銀と琥珀   作:らむさいだー

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第7話 にせもの、ほんもの

 

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1

「お守りの、返金……ですか」

 

HUB第三支部のカウンターで、ミレイが困ったように依頼書を読み上げた。

 

依頼人は、カウンターの前の椅子にちょこんと座っていた。背の丸まった小柄な老婆だ。膝の上に、布の手提げをきゅっと抱えている。

 

「マーサさん。市場で買ったお守りが、効かなかった、と」 「効かなかったというか……」

 

老婆――マーサは、手提げの中から小さな包みを取り出した。

 

中身は、親指ほどの大きさの石だった。表面が、妙に鮮やかな青色をしている。

 

「『安眠の護り石』っていうんですよ。孫がね、最近ちっとも眠れないって言うもんだから。市場にいた予言者さんが、昼寝の神様のお告げがあったって。これを枕元に置けば、神様が休息をお許しくださるって」 「おいくらでした?」 「銀貨、三枚」

 

ミレイが、小さく息を呑んだ。老婆の年金の、たぶん一週間分だ。

 

「孫は、相変わらず眠れなくてねえ。それで、予言者さんに言いに行ったら、『効き方を、まだ受け取っておられないだけです』って……」

 

マーサは、申し訳なさそうに笑った。

 

「こんなことで傭兵さんにお願いするのも、おかしな話だとは思うんですけど。わたしが言っても、ちっとも聞いてもらえなくて」

 

依頼の報酬欄には、「干し柿 一袋」と書かれていた。

 

カウンターの端で、ガルドがジョッキを置いた。

 

「干し柿で傭兵雇おうって婆さんは、初めて見たわ」 「すみませんねえ……」 「いや、いいんだよ。婆さんは悪くねえ」

 

ガルドは、パラゴンの方を見た。

 

「どうする。こういうのは、普通なら受けねえ仕事だが」

 

パラゴンは、老婆の膝の上の、青い石を見ていた。

 

銀貨三枚。依頼としては、どうでもいいくらい小さな額だ。けれど、この人がその三枚を出したときの気持ちは、たぶん、どうでもよくはない。

 

「受けるよ」 「……いいんですか?」 「干し柿、好きなんだ」

 

隣の丸椅子で、マキナがぱっと顔を上げた。

 

「ほしがき! わたしも、すき!」 「食ったことあるのか」 「ない。でも、たぶん、すき」

 

マーサが、ようやく少しだけ肩の力を抜いて笑った。

 

ガルドが、ジョッキの陰でにやりとした。

 

「ちょうどいいじゃねえか。お前、ここんとこ顔が辛気くさかったからな。婆さんの干し柿でも食って、元に戻れ」

 

パラゴンは、答えずに依頼書を折りたたんだ。頬に残っていた浅い傷は、もうほとんど分からなくなっていた。

 

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2

市場の北の外れ、古い噴水のある小さな広場。

 

そこに、それはあった。

 

「――不安は、放っておくと大きくなります」

 

低く、よく通る声だった。

 

「石ころではございません。心の置き場所です」

 

広場の隅に、布を張っただけの露店が出ていた。手書きの看板には、金色の塗料で「予言者ヴィンセント」とある。塗料が一部垂れて、「予言者ヴィンセソト」に見えた。

 

露店の前には、小さな人だかりができている。その中心で、一人の男が両手を広げていた。

 

年の頃は、三十代半ばから四十手前くらいか。金糸風の刺繍が入った深紫のローブを着ている。ただし、裾が少し短くて、足首と、擦り切れた革靴がしっかり見えていた。刺繍の金も、あちこち剥げている。指には、明らかにサイズの合っていない大きな指輪が三つ。手にした杖は、よく見ると、ただの木の棒に金色の塗料を塗っただけのものだった。

 

髪は丁寧に撫でつけてあった。昼を過ぎた今は、前髪がひと房、額に垂れ落ちてきている。

 

「昼寝の神、コテン様は、こうお告げになられた」

 

男――ヴィンセントは、そこで一拍、間を置いた。

 

集まった客の一人一人と、順番に目を合わせる。

 

「――『汝らに、休息を許す』と」

 

ぱん、と男の手元で何かが弾けた。

 

ぼふっ、と紫色の煙が立ち上る。客たちが、おお、とどよめいた。

 

「……煙玉だな」

 

広場の入り口で、パラゴンは呟いた。

 

「けむり! むらさき!」 「感心するな」

 

煙が晴れると、ヴィンセントの手の中には、いつの間にか青い石がいくつも並んでいた。マーサが持っていたのと、同じ色の。

 

「ハンスさん、先日お話しした、奥さまとのこと。いかがです」 「い、いや、相変わらずで……」 「それは、心の置き場所が定まっていないからです。こちらの護り石を、枕元に」

 

客の名前を、すらすらと呼ぶ。相手の目を見る。間を取る。声だけは、本物の神官のようだった。

 

そして、石を渡す手つきだけが、妙に速くて、正直だった。銀貨を受け取る指の動きに、一切の迷いがない。

 

パラゴンは、人だかりをかき分けて前に出た。

 

「ちょっといいか」

 

ヴィンセントは、パラゴンを見た。左袖に継ぎ当てのあるコート、腰の拳銃、背中の剣。上から下まで、一瞬で値踏みする目つきだった。

 

それから、にこやかに微笑んだ。

 

「ええ、ええ。ご相談でしたら、順番に」 「相談じゃない。返金の話だ」

 

パラゴンは、マーサから預かった青い石を掲げた。

 

「この石を銀貨三枚で売った相手が、返してほしいと言ってる」

 

ヴィンセントの笑顔は、崩れなかった。

 

「ああ、そちらの件ですね。承知しております」

 

声を落として、耳打ちするように身を寄せてくる。

 

「市場組合の方ですか? それとも区の? 大丈夫、許可の件は近々きちんと――」 「どっちでもない。傭兵だ」 「ああ、傭兵さん。ご苦労さまです」

 

ヴィンセントは、ぽんぽんとパラゴンの肩を叩いた。

 

「効き目についてのご意見は、よくいただくんです。ですがね、効かないのではない。効き方を、まだ受け取っておられないだけで」 「さっきの婆さんにも、それを言ったらしいな」 「真理ですので」

 

まるで、いつものクレーム対応の延長だった。役人がまたうるさいことを言いに来た、程度にしか思っていない顔だ。

 

パラゴンが次の言葉を探していると、隣でマキナが首を傾げた。

 

「コテン、って、どんな、かみさま?」

 

ヴィンセントは、待ってましたとばかりに両手を広げた。

 

「よくぞお尋ねくださいました、お嬢さん。コテン様は、うたた寝とまどろみを司る、慈悲深き休息の神。疲れた者、眠れぬ者に、そっと安らぎをお与えになる」 「どこに、いるの?」 「コテン様? ええ、いらっしゃいますとも。今は、おやすみの最中で」

 

ヴィンセントは、厳かに天を仰いだ。

 

「その御名において、わたくしがこうして、皆さまに――」

 

「……ん」

 

ヴィンセントの、すぐ後ろで。

 

小さな声がした。

 

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3

露店の裏手には、古い噴水の縁に沿って、石のベンチが置かれていた。

 

そこに、誰かが寝そべっていた。

 

最初、パラゴンは、昼寝中の近所の住人だと思った。この広場の噴水の周りは日当たりがよくて、午後になると、よく誰かが座って居眠りをしている。

 

くしゃくしゃの寝癖。ローブと呼ぶには生地が柔らかすぎる、どう見ても寝間着にしか見えない生成りの衣。片腕を枕にして、もう片方の手でお腹のあたりを掻いている。

 

その人影が、もぞりと身を起こした。

 

「……あれ」

 

半分しか開いていない目が、ぼんやりとヴィンセントの方を向いた。

 

「今、呼んだ?」

 

ヴィンセントの口上が、止まった。

 

「……は?」

 

「コテン、って聞こえたから」

 

人影は、ゆっくりとベンチに座り直した。大きなあくびを一つ。

 

「あれ、僕のことかな?」

 

額に、小さな紋があった。円と、その中にうずまきのような線を一本。神の印だ。ただし、うっすらと埃をかぶっていて、少しも光っていなかった。

 

広場が、しんとなった。

 

さっきまでヴィンセントを囲んでいた客たちが、一斉にベンチの方を見た。それから、誰からともなく、じり、と半歩下がった。

 

神だ。

 

本物の、神だ。

 

さっきまで「コテン様のお告げ」をありがたがっていた人々の顔に、ほんの一瞬、怯えのようなものが走った。何をされるか分からない、得体の知れないものを前にしたときの顔だった。

 

――そのくせ、ついさっきまで、その神の言葉を銀貨で買っていた。

 

パラゴンは、客たちの顔を見回した。

 

「……恐れてるくせに、言葉だけは欲しいんだな」

 

小さく呟いたそれは、誰の耳にも届かなかったかもしれない。

 

ベンチの上で、神――コテンが、また一つ、あくびをした。

 

ふわあ、と。

 

それだけで、広場の空気が、すとんと一段落ちた。

 

張りつめていた客たちの肩が、目に見えて緩んだ。一人、二人と、つられてあくびをする者まで出てくる。さっきまでの怯えが、嘘のようにほどけていく。

 

煙玉の紫の煙よりも、ずっと効いていた。

 

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4

「えー……っと」

 

最初に我に返ったのは、ヴィンセントだった。

 

「どちら様で?」 「コテンだよ」 「……ご同名の方で?」 「たぶん、本人」

 

コテンは、寝癖を片手で押さえながら言った。押さえても、すぐにぴょこんと跳ね上がった。

 

「そんなお告げ、した覚えないよ」

 

静かな声だった。怒っている様子は、まったくない。ただ、事実を説明しているだけの口調だった。

 

「『汝らに、休息を許す』だっけ。言わないなあ、そういうの。休みたい人は、勝手に休めばいいと思うし」

 

「い、いや、これは、そのですね」

 

ヴィンセントの声が、急に早口になった。低く厳かな響きは、どこかへ消えていた。

 

「比喩というか、象徴というか。コテン様の、その、御心を代弁する形で――」

 

「おつげ、いま、した?」

 

マキナが、首を傾げてコテンに聞いた。

 

「してないよ」 「……だって」

 

マキナは、ヴィンセントに向き直った。

 

「して、ないって」 「いや、お嬢さん、それは直接的なお告げではなく、霊的な――」

 

マキナは、ヴィンセントの手の中の青い石を、ひょいと一つつまみ上げた。

 

じっと見つめる。裏返す。指先で、表面をこする。

 

指先が、うっすらと青くなった。

 

「これ、ただの、いし、だよね」 「……」 「いろ、ぬってある」

 

コテンが、マキナの手元を覗き込んだ。

 

「ほんとだ。石に色、塗っただけだよね」

 

少し考えてから、付け加える。

 

「まあ、色はきれいだけど」

 

「で、ですから! 石そのものではなく、込められた祈りが――」 「いのり、こめた?」 「こ、込めました! 心を込めて!」 「コテンに、きいた?」 「聞いては……いませんが……」 「じゃあ、コテンの、おつげじゃ、ないね」

 

ヴィンセントが、口をぱくぱくさせた。

 

周りの客たちが、ざわざわし始めた。

 

「……おい、じゃあ俺の買った石は」 「あたしのも、ただの色付きの石?」 「ハンスさん、奥さんとのことって、あれ誰にでも言ってたんじゃ……」

 

ヴィンセントの顔から、見る見る血の気が引いていく。

 

背が、縮んだように見えた。

 

実際に縮んだわけではない。けれど、本物の神の前に立たされたヴィンセントは、さっきまで広場の真ん中で両手を広げていた男とは、まるで別人だった。深紫のローブが、急にぶかぶかの借り物に見えた。舞台衣装を剥がされた、ただの凡人がそこにいた。

 

「わ、分かりました。分かりました! では、こうしましょう。本日限り、護り石は半額で――」 「そういう、はなしじゃ、ない」 「では三割引き!」 「わりびき、しても、いしは、いし」 「そもそもですね、神託というのは受け取る側の心の持ちようで、僕が効かせているわけでは――」 「さっき、コテンが、ゆるすって、いってた」 「言ってたのは僕です! あっ」

 

墓穴だった。

 

ヴィンセントは、ちらりとコテンを見た。コテンは、ベンチの上で膝を抱えて、うとうとしかけていた。

 

「……怒らないでください、本物さん」

 

ヴィンセントは、すがるように言った。

 

「僕はただ、需要に応えただけで。みんな、不安なんです。誰かに大丈夫だって言ってほしいんです。それで、あなたの名前が一番、その、角が立たないというか……」

 

「怒ってないよ」

 

コテンは、目を半分開けた。

 

「起きてしまっただけ」

 

少し間があった。

 

「百年くらい、誰も僕の名前で何もしてなかったから。珍しいね」

 

本当に、珍しがっているだけの顔だった。

 

名前を勝手に使われたことに、腹を立てている様子はない。ただ、昼寝を途中で起こされたことが、少しだけ面倒くさそうだった。

 

マキナが、コテンの隣にちょこんと座った。

 

「コテンは、いじめられたり、しなかった?」

 

唐突な質問だった。パラゴンは、一瞬ひやりとした。十二区画の、あの静かな路地を思い出したからだ。

 

コテンは、少し考えた。

 

「うーん。あんまり、ないかなあ」

 

あくびを一つ。

 

「僕、地味だから。昼寝の神なんて、誰も怖がらないし、誰も頼らないし。敵にも味方にも、されなかったんだよね。……だから、ずっとここで寝てた」

 

「……そっか」

 

マキナは、ベンチの上で足をぶらぶらさせた。

 

「みんながみんな、たいへんな、おもいを、してるわけじゃ、ないんだね」

 

「そうみたいだね」

 

コテンは、他人事のようにうなずいた。

 

その隙に。

 

ヴィンセントが、そろりそろりと露店の裏手へ後ずさっていた。

 

「――あっ、逃げた!」

 

客の誰かが叫んだ。

 

ヴィンセントが、ローブの裾をからげて駆け出す。短い裾が、こういうときだけ役に立っていた。

 

パラゴンが追いかけようと一歩踏み出した、その瞬間。

 

「……ふわあ」

 

ベンチの上で、コテンが、また大きなあくびをした。

 

広場の出口まであと三歩というところで、ヴィンセントの膝が、かくん、と折れた。

 

「あ、あれ? 足、足が――」

 

まるで、昼下がりの長椅子から立ち上がろうとして、うまく力が入らないときのように。ヴィンセントは、ふにゃふにゃと石畳の上に尻もちをついた。

 

手から、金色の杖がすっぽ抜けて、ころころと転がっていく。

 

マキナが、それを拾い上げた。

 

「これも、ぬってある」 「返します! 返しますから、杖は置いて。あれ、塗装剥げます」

 

「……逃げるなら、最初からやるなよ」

 

パラゴンは、尻もちをついたままのヴィンセントを見下ろした。

 

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5

マーサが広場にやってきたのは、それから少しあとのことだった。

 

パラゴンが、HUBの若い使い走りに頼んで呼んできてもらったのだ。

 

「あらまあ……」

 

広場の様子を見て、マーサは目を丸くした。石畳の上に正座させられた予言者。露店の前に積み上げられた青い石の山。その横で、自分の石を取り戻した客たちが、口々に文句を言っている。

 

そして、噴水の縁のベンチで、寝間着姿の誰かが、うとうとと船を漕いでいた。

 

「マーサさん」

 

ヴィンセントは、マーサの顔を見るなり、正座のまま小さくなった。

 

さっきまで客たちに文句を言われても、へらへらと言い訳を並べていた男が、この老婆の前でだけは、何も言えなくなっていた。

 

「……お孫さんは、まだ」 「ええ。眠れないままでねえ」

 

マーサは、怒っているようには見えなかった。ただ、少しだけ寂しそうだった。

 

「わたしね、あなたの言うこと、信じたかったんですよ。神様が、あの子に休んでいいって言ってくださったなら、それで、あの子も少しは楽になるかしらって」

 

ヴィンセントは、膝の上で拳を握った。

 

しばらく黙っていた。

 

それから、懐から銀貨を三枚取り出して、マーサの手に載せた。

 

そして、少し迷ってから、もう一枚。

 

「……これは、お孫さんに。何か、温かいものでも」 「まあ」

 

マーサが、目を瞬かせた。

 

ベンチの上で、コテンが、ぱちりと目を開けた。

 

いつの間に起きていたのか。半分だけの目が、マーサの手の中の銀貨と、マーサの顔を、順番に見た。

 

「お孫さん、眠れないの?」 「え、ええ。……あら、あなたは」 「コテン。一応、昼寝の神」

 

コテンは、ベンチから立ち上がった。マーサの前まで、のそのそと歩いていく。

 

「休息なら、あげられるけど。お金は、いらないよ」

 

コテンは、マーサの手をとって、その手の甲を、ぽんぽんと二回叩いた。

 

それだけだった。光も、音も、何もなかった。

 

「今夜、お孫さんの頭、撫でてあげて。それで、たぶん眠れるから」 「……本当に?」 「たぶん。僕、あんまり嘘つかないから」

 

マーサは、自分の手の甲を、じっと見つめていた。

 

それから、深々と頭を下げた。コテンは、困ったように寝癖を掻いていた。

 

―――

 

ヴィンセントの処分は、あっさりと決まった。

 

騒ぎを聞きつけてやってきた市場組合の世話役が、露店の撤去と、青い石の全品没収を言い渡した。それから、当分の間、市場への出入り禁止。

 

「当分って、どのくらいで……」 「当分は当分だ」

 

それで終わりだった。セイフガードに突き出すほどの話でもない。

 

没収された青い石の山は、市場の子どもたちの石蹴り遊びに使われることになった。色がきれいだと、評判は上々だった。

 

ヴィンセントは、深紫のローブを脱いで、丸めて小脇に抱えた。ローブの下は、よれよれのシャツとズボンだった。どこにでもいる、少しくたびれた三十代の男が、そこにいた。

 

広場を出ていく前に、ヴィンセントは一度だけ振り返った。

 

ベンチの方を。

 

「……あの、本物さん」 「うん?」 「本当に、怒ってないんですか」

 

コテンは、もうベンチに寝そべっていた。片腕を枕にして、目を閉じたまま答える。

 

「まあ、いいけどね」

 

もう一つ、あくび。

 

「次は、起きる前に言って」

 

ヴィンセントは、なんとも言えない顔をして、それから、深々と頭を下げた。一番深いお辞儀は、その日、客にではなく、この地味な神に向けられていた。

 

―――

 

「コテン」

 

帰り際、マキナがベンチの横にしゃがみ込んだ。

 

「また、あいに、きていい?」 「いいよ。たいてい、ここで寝てるから」

 

コテンは、薄目を開けてマキナを見た。

 

「君も、眠いときは眠ったらいいよ」 「……わたし、あんまり、ねむくならない」 「そう? じゃあ、眠くなったら、でいいよ」

 

それから、半分だけの目が、マキナの後ろに立つパラゴンに向いた。

 

しばらく、じっと見ていた。

 

「……君は、ちゃんと起きてる人だね」

 

コテンは、ぼんやりと言った。

 

「大変そう」

 

パラゴンは、何も言い返せなかった。言い返す言葉が、見つからなかった。

 

コテンは、それ以上何も言わずに、また目を閉じた。ほどなくして、すうすうと寝息が聞こえてきた。

 

―――

 

HUBへの帰り道。

 

マキナは、マーサからもらった干し柿を、両手で大事そうに抱えていた。一つだけ、先に齧っている。

 

「……! あまい。ねっとり、してる」 「だろ」 「ほしがき、やっぱり、すき」

 

パラゴンも、一つ口に放り込んだ。

 

甘かった。

 

ふと、あくびが出た。

 

自分でも驚くくらい、大きなあくびだった。ここしばらく、夜中に何度も目が覚めていた。錆びた配管と、蒸気の音の夢を見て。

 

「パラゴン、ねむい?」 「……ちょっとな」 「コテンの、せい?」 「さあな」

 

マキナが、くすくすと笑った。

 

「じゃあ、きょうは、はやく、ねようね」 「……そうだな」

 

夕暮れの市場に、どこかの子どもたちの笑い声が響いていた。色のきれいな青い石が、石畳の上を、ころころと転がっていく音がした。

 

(第7話 了)

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