―――オルゴールが鳴っている。
調子の外れた、ぜんまいの伸びきったような音色。どこから聞こえてくるのかわからない。園内のすべてのスピーカーから、あるいは、錆びた鉄骨の一本一本から、同じ旋律が滲み出してくるようだった。
「走って!」
青子は、草十郎の無事な方の腕を掴んで駆け出していた。
背後で、メリーゴーランドが回っている。
崩れていたはずの屋根が、いつの間にか元の形を取り戻していた。色の剥げていた木馬たちが、極彩色の塗料を滴らせながら上下に揺れている。首の折れていた一頭が、ぎこちなく首をもたげ、こちらを見た。
木でできた目が、瞬きをした。
「蒼崎。あの馬は、生きているのか」
「生きてないわよ! 生きてないけど動くの!」
「そうか。都会の遊園地は、すごいな」
「ここは都会の遊園地の基準にしないで!」
怒鳴り返しながら、青子は前を睨んだ。
石畳の道の先、売店の並ぶ一角から、小さな影がわらわらと湧き出してくる。
人の形をしていた。けれど、人ではなかった。
こんがりと焼き色のついた、丸い頭。干しぶどうの目。砂糖衣の口。子供の背丈ほどの、焼き菓子の人形たち。かつての売店の看板に描かれていた、この遊園地のお菓子のマスコットだった。
それが、何十体も。
甘ったるい焦げた匂いを撒き散らしながら、よたよたとこちらへ押し寄せてくる。
「……ブレッドマンまで」
青子は、舌打ちをひとつして、右手を振り抜いた。
青い光。
先頭の数体が、粉々に砕けて、パンくずのように四散する。
けれど、その後ろから、また次の列が。
「蒼崎。あれは、何なんだ」
草十郎が、血の滲むハンカチを押さえながら、淡々と訊いた。
青子は、撃ちながら答えた。
「――有珠の、使い魔よ」
「使い魔」
「あの子が飼ってる、童話の怪物。その中でも一番たちの悪い三体のうちの一つ。……月の油、フラットスナーク」
撃つ。砕く。また湧いてくる。
「あれは、捨てられたものや忘れられたものに、おとぎ話の命を吹き込むの。こういう、誰にも見向きもされなくなった場所なんて、あいつにとっては最高の遊び場よ」
この遊園地そのものが、もう有珠の手のひらの上だった。
メリーゴーランドも、コーヒーカップも、売店の看板も、錆びた街灯の一本に至るまで。すべてがスナークに見つかり、目覚めさせられ、二人を狩るための玩具に変えられている。
そして。
「……柵が、増えてる」
青子は、園の外周を見て、唇を噛んだ。
ほんの十分前には、一重の古い鉄柵だったはずのものが、今は三重、四重に連なっていた。いや、見ているそばから、五重目の柵が地面から音もなく生えてくる。遊園地そのものが、じわじわと膨らんでいる。
逃げ道を、塞がれていく。
「夜明けまで、あと何時間だ」
「……六時間ちょっと」
「長いな」
「わかってるわよ!」
さっきより、ブレッドマンが硬くなっている。一発で砕けていたはずの焼き菓子の身体が、二発目でようやくひびが入る。時間が経つほど、スナークの生み出したものは強くなる。
それが、フラットスナークという童話のルールだった。
日景忉利が、錆びたゲートをくぐったのは、そのすぐ後だった。
くぐった、というのは正確ではない。
ゲートの鎖は外れていたが、その向こうには、見えない壁のようなものがあった。雑木林の坂道にあったのと同じ、垂れ下がる無数の黒い線。忉利は、それを睨みつけ、また右目を焼かれながら、無理やり引き裂いて通り抜けたのだ。
右目の奥で、何かがぐらぐらと煮えている。
視界の右半分が、赤い靄に覆われていた。袖で拭っても拭っても、生温かいものがこめかみを伝い落ちてくる。父のマフラーの端が、黒く湿っていた。
それでも、忉利は歩いた。
園内は、明るかった。
色とりどりの電飾が、観覧車の輪郭をなぞって点滅している。オルゴールの音色が、どこからともなく降ってくる。十年前に潰れた遊園地が、まるで開園初日の夜のように、きらびやかに息づいていた。
ただ、客が一人もいなかった。
いや。
いた。
石畳の道の真ん中に、何かが立っていた。
丸い頭。干しぶどうの目。砂糖衣の口。子供の背丈ほどの、焼き菓子の人形。
それが、ぎこちなく首を傾げて、忉利を見た。
砂糖衣の口が、にい、と横に裂けた。
「……は?」
人形が、走ってきた。
よたよたと、けれど驚くほど速く。短い腕を振り回し、甘ったるい焦げた匂いを撒き散らしながら。
忉利は、反射的に横に跳んだ。
石畳に肩から転がる。一瞬前まで忉利がいた場所を、焼き菓子の腕が薙いでいった。空振りした腕が、背後の街灯に当たる。
鉄の柱が、ぐにゃりとひしゃげた。
「――なんだよ、それ」
冗談ではなかった。あれは、人を殺せる。
人形が、ゆっくりと振り返る。
その身体の上に。
線が、見えた。
一本。頭のてっぺんから、股の間まで。焼き菓子の身体を、ちょうど真っ二つに分けるように、黒く細い線が一本、まっすぐに走っていた。
ずきり、と右目が疼く。
見るな、と身体が叫んでいる。
けれど、忉利には、もうわかっていた。
あの線は、切れる。
さっき、坂道で、切れたのだから。
人形が、また走ってくる。
忉利は、逃げなかった。
右目を見開いて、その一本の線を、睨みつけた。
「――切れろ」
ぱきん、と。
乾いた音がした。
走ってきた人形の身体が、頭のてっぺんから、ちょうど線をなぞるように、真っ二つに割れていた。
左右に分かれた焼き菓子の半身が、それぞれに数歩よろめいて、石畳の上に倒れる。そして、それきり動かなくなった。
断面は、まるで鋭い刃物で切ったように、滑らかだった。
「……っ、ぐ……!」
遅れて、痛みが来た。
目の奥で、何かがぶちりと千切れる。脳の芯を、灼けた鉄の爪で掻きむしられるような。忉利は膝をつき、額を石畳に押しつけて、声にならない呻きを漏らした。
痛い。
痛い、痛い、痛い。
右目から溢れた血が、石畳の溝を伝って流れていく。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
ようやく顔を上げたとき、忉利の耳に、遠くから轟音が届いた。
青い光が、園の奥で、立て続けに夜を切り裂いていた。
園の中央、噴水広場。
枯れていたはずの噴水から、水の代わりに、どろりと甘い蜜のようなものが噴き上がっていた。
その縁に立って、青子は、撃ち続けていた。
両手から、交互に。休む間もなく。青い光の奔流が、押し寄せるブレッドマンの群れを薙ぎ払い、砕いた菓子の破片が、蜜の噴水に降り注いでいく。
額に汗が滲んでいる。コートの袖が、光の熱で焦げている。
その背後で、草十郎は、崩れかけた売店の屋根を、無事な右手一本で引き剥がし、盾のように構えていた。
人間の業ではなかった。けれど、忉利の目を奪ったのは、それではなかった。
青子だった。
噴水の縁に立ち、押し寄せる怪物たちを、手から放つ光で次々と粉砕していく幼馴染の姿。
その横顔は、忉利が十年以上見てきた、どの顔とも違っていた。
冷たかった。
鋭かった。
そして、ひどく綺麗だった。
まるで、夜そのものを従えているかのように。
―――なんだよ、それ。
忉利は、広場の入り口で、立ち尽くしていた。
手から光を出す。怪物を砕く。一人で、夜の中で。
人間の、することじゃない。
あれは、まるで――
「……バケモノかよ、お前」
声が、漏れた。
責めるつもりはなかった。怯えたつもりもなかった。ただ、目の前の光景に、言葉が追いつかなかっただけだった。
その呟きが、聞こえたはずはなかった。
けれど、青子は、振り返った。
目が、合った。
青子の顔から、すうっと、血の気が引いていくのが見えた。
「―――忉利?」
撃ち出しかけた光が、指先で霧散する。
「なんで」
声が、震えていた。
「なんで、あんたがここにいるのよ……!?」
そして、忉利の顔を見て、青子は息を呑んだ。
「あんた、その目……!」
「日景。来たのか」
売店の屋根を構えたまま、草十郎が、いつもと変わらない調子で言った。
「来たのか、じゃねえよ」
忉利は、ふらつく足で広場に踏み込んだ。
「お前ら、何やってんだよ。こんなとこで。こんな――」
言葉が、続かなかった。
広場の向こう側で、地面が盛り上がっていた。
石畳を突き破って、それは現れた。
最初は、コーヒーカップだと思った。
巨大な、ピンク色のコーヒーカップ。遊園地の定番の乗り物。けれど、それは一つではなかった。七つ、八つのカップが、錆びた回転台ごと、ぐにゃりと溶け合うように一つに繋がっている。回転台の軸が背骨のように伸び、カップの縁が、ぎざぎざの牙のように並んでいた。
ぐるぐると、回りながら。
甲高いオルゴールの旋律に合わせて、陶器の顎を開閉しながら。
巨大な百足のようなそれが、噴水広場に、身をもたげた。
「……冗談、きつすぎるでしょ」
青子が、低く呻いた。
両手を掲げる。回路に、ありったけの熱を叩き込む。
撃った。
これまでで一番大きな、青い光の塊が、怪物の胴体の真ん中を撃ち抜いた。
轟音。閃光。
砕けたカップの破片が、雨のように降り注ぐ。
けれど。
「――効いてない」
青子の声が、掠れた。
砕けたはずのカップが、ばらばらに散った破片が、まるで時間を巻き戻すように宙を舞い戻り、元の形に組み上がっていく。一瞬前と、寸分違わぬ姿で。
童話の怪物。
それは、童話のルールに従った手順でなければ、本当の意味では倒せない。どれほどの火力で吹き飛ばそうと、物語の筋書きに沿わない攻撃は、すべて「なかったこと」にされてしまう。
青子は、それを知っていた。
知っていて、それでも撃つしかなかった。まだ、このスナークを倒す筋書きが、見えていないから。
怪物が、身をくねらせた。
陶器の牙が、青子めがけて振り下ろされる。
「蒼崎!」
草十郎が、売店の屋根を投げつけた。牙が屋根を噛み砕き、勢いがわずかに鈍る。
けれど、止まらない。
青子は、跳ぼうとした。
足が、動かなかった。
足元の石畳から、焼き菓子の腕が何本も生えて、青子の両足首を掴んでいた。
「――っ」
牙が迫る。
青子は、両腕を交差させて、顔の前に掲げた。
間に合わない。
その、刹那。
忉利の目には、見えていた。
巨大な怪物の身体を、頭から尾まで、一直線に貫く――太く、黒い、一本の線が。
さっきの焼き菓子の人形に見えたものとは違う。もっと太く、もっと深く、もっと濃い。まるで、この怪物という存在そのものを縫い合わせている、たった一本の糸のような。
右目が、悲鳴を上げていた。
もう一度使えば、次は本当に目が潰れるかもしれない。頭の中の何かが、焼き切れてしまうかもしれない。
知ったことか、と忉利は思った。
あいつが、目の前で潰されようとしている。
それ以上の理由は、要らなかった。
「――そいつに、触んな」
見る。
睨む。
意志を、たった一本の線に、叩きつける。
「切れろ」
音は、しなかった。
ただ、怪物の動きが、止まった。
青子の顔の、ほんの数センチ手前で。振り下ろされた陶器の牙が、ぴたりと静止していた。
次の瞬間。
怪物の巨体が、頭から尾まで、まっすぐに――左右に、ずれた。
一本の線に沿って、まるで最初からそこに継ぎ目があったかのように。鋭い刃物で紙を裂いたような、滑らかな断面を晒して。
二つに分かれた巨体が、ゆっくりと、左右に倒れていく。
石畳を揺らす、二つの地響き。
砕けた破片は、今度は宙を舞い戻らなかった。組み上がりもしなかった。ただ、ぴくりとも動かずに、そこに転がっているだけだった。
青子の足首を掴んでいた焼き菓子の腕も、ぼろぼろと崩れて、ただのパンくずになった。
「…………」
青子は、腕を交差させたまま、動けなかった。
目の前で、真っ二つになった怪物を見つめている。
それから、ゆっくりと、忉利の方を向いた。
忉利は、膝から崩れ落ちていた。
両手で右目を押さえ、背中を丸めて、ぜいぜいと荒い息を吐いている。指の間から、赤黒い血が、ぼたぼたと石畳に落ちていく。
「……いま、の」
青子の声は、かすれていた。
「いまの、なに。……あんた、何したの」
「……知らねえよ」
忉利は、顔を上げずに答えた。
「線が、見えたから。……切れろって、思っただけだ」
青子の背筋を、冷たいものが走り抜けた。
ありえない。
魔力の流れは、なかった。回路が起動した気配も、術式が組まれた痕跡も、何ひとつ感じなかった。忉利の身体からは、今この瞬間も、魔術の匂いなどひとかけらもしない。
ただの、人間だ。
物心ついた頃から隣にいた、魔術のまの字も知らない、ただの幼馴染だ。
それが、見ただけで。
スナークの怪物を、童話の筋書きごと、断ち切った。
伝承防御を、無視して。
魔術という手順そのものを、飛び越えて。
―――魔眼? いいえ、そんな生易しいものじゃない。
青子の指先が、震えていた。
それは、恐怖だった。十年以上隣にいた相手に対して、生まれて初めて抱いた、底の知れない恐怖だった。
あんたは、いったい、何なの。
観覧車の頂上。
久遠寺有珠は、鉄骨の上で、凍りついたように立ち尽くしていた。
肩の上の駒鳥が、羽毛を逆立てて、ばたばたと暴れている。
「マ、マイ天使! 今の見たッスか!? あいつ、あいつ、見ただけでスナークの子を真っ二つにしたッスよ!? あれ絶対ヤバいやつッス! おいら、羽が全部逆立ってるッス!」
「……黙りなさい」
有珠の声は、いつもと同じように静かだった。
けれど、手すりを握るその指先は、白く色を失っていた。
あれは、何。
人払いを抜けてきたのは、あの少年だったのだ。静希草十郎のように「かからなかった」のではない。張り巡らせた結界そのものを、あの目で、断ち切って。
そして今、フラットスナークの子供たちを。
初代の魔女から受け継がれてきた、三つの奇跡の一つを。
物語の理ごと、切り捨てた。
有珠は、眼下の広場を見下ろした。
血に濡れた右目を押さえてうずくまる、見知らぬ少年。そのそばに立ち尽くす、青ざめた青子。
有珠の唇が、かすかに動いた。
「……あれは」
囁くような、けれど、冬の湖の底のように冷たい声で。
「生かしておいては、いけないものだわ」
崩れかけたチケット売り場の中に、三人は身を潜めていた。
窓の外では、まだオルゴールが鳴っている。遠くで、何かが軋む音。地面の下で、何かが蠢く音。柵が、また一重、増えていく音。
青子は、自分のマフラーを外して、忉利の右目に押し当てていた。
「押さえてて。……強く」
「……ああ」
忉利は、壁に背中を預けて、言われたとおりにマフラーを押さえた。
血は、少しずつ止まりかけていた。痛みも、鈍い疼きに変わりつつある。
草十郎が、窓の外を見張りながら、ぽつりと言った。
「日景は、目で切るのか」
「……知らねえよ」
「都会の人間は、いろいろだな。蒼崎は手から光を出すし、日景は目で切る」
「こいつと一緒にすんな」
「私と一緒にしないで」
声が、重なった。
青子と忉利は、一瞬だけ顔を見合わせて――それから、同時に目を逸らした。
沈黙が落ちた。
窓の外の電飾が、三人の顔を、赤く、青く、黄色く、代わる代わる照らしていく。
先に口を開いたのは、忉利だった。
「……青子」
「…………」
「お前、何なんだよ」
青子は、膝を抱えたまま、しばらく答えなかった。
それから、観念したように、長い溜息をついた。
「……魔術師よ」
「魔術師」
「そう。こういう、普通じゃないことをする人間。蒼崎の家は、代々そういう家なの。……私も、そう」
忉利は、マフラーを押さえたまま、青子の横顔を見た。
電飾の光に照らされたその顔は、ひどく疲れていて、ひどく小さく見えた。
「夜に何してんのかって、訊いたわよね。……これよ。町に入り込んでくる、ああいう変なのを片付けてたの。一ヶ月前から、ずっと」
「……そうかよ」
「だから、あんたには関係ないって言ったの。関係させたくなかったの。……なのに」
青子の声が、震えた。
「なのに、なんで来たのよ。あんたまで、こんな――」
言葉が途切れる。
青子は、膝に顔を埋めた。
忉利は、しばらく黙っていた。
それから、空いている左手で、青子の頭を、ぽん、と一度だけ叩いた。
「……っ、なによ」
「別に」
気だるげな声だった。
「お前が手から何出そうが、魔術師だろうが、青子は青子だろ」
青子の肩が、ぴくりと震えた。
「おれは、それ以上のことは知らねえし、別に知りたくもねえよ。……ただ、お前が一人であんな顔してんのが、気に食わなかっただけだ」
「…………バカじゃないの」
膝に顔を埋めたまま、青子はくぐもった声で言った。
「ほんと、バカじゃないの。あんたも、静希くんも。どいつもこいつも……」
その声は、泣いてはいなかった。
けれど、泣き出す寸前の子供のように、震えていた。
忉利は、何も言わなかった。
ただ、青子の頭に置いた手を、どけなかった。
「……で」
しばらくして、忉利は窓の外に目をやった。
「誰がこんなことしてんだよ。この、遊園地のバケモノ連中」
青子の身体が、一瞬、強張った。
膝から顔を上げる。けれど、忉利の方は見なかった。
「……今は、説明してる暇はないわ」
語尾を、一度切ってから。
忉利は、それに気づいた。気づいて、それ以上は訊かなかった。
「ただ、これだけは覚えておいて。夜明けまで生き延びれば、終わる。そういう約束なの」
「約束?」
「そう。……夜が明けるまで、あと五時間半」
青子は、窓の外の空を見上げた。
「それまでに、あいつの本体を見つけて叩くか。それとも、朝まで逃げ切るか」
「本体」
「あの怪物たちを動かしてる、大元よ。スナークっていうのは、とにかく正体がわからないってことそのものが、正体みたいな奴なの。どこにいて、どんな形をしてるのか、誰にもわからない。……だけど」
青子は、目を細めた。
「わざわざ雲を払っていったのよ、あの――」
言いかけて、口をつぐむ。
「……あっちは、ヒントをくれたの。雲を払って、月を見せた。だから、たぶん、答えは空にある」
忉利は、青子の視線を追って、窓の外を見上げた。
夜空に、白い満月が浮かんでいた。
異様なほど大きく、異様なほど白く、冷たい光で遊園地を照らしている。
右目が、ずきりと疼いた。
忉利は、息を止めた。
見えていた。
遊園地のあちこちから――メリーゴーランドから、コーヒーカップの残骸から、焼き菓子の人形たちから、増え続ける鉄柵から――無数の細い黒い線が、夜空に向かって伸びていた。
まるで、操り人形の糸のように。
何百本、何千本という線が、夜空の一点に向かって、まっすぐに引き絞られている。
その先に。
白い満月が、あった。
月の表面に、すべての線が、吸い込まれるように繋がっていた。
「……青子」
忉利は、かすれた声で言った。
「月に」
青子が、振り返る。
「月に、線が繋がってる」
窓の外で、オルゴールの旋律が、ぴたりと止んだ。
そして、園内のすべての電飾が、一斉に――
月と同じ、白い色に変わった。