クズ女コレクション~クズコレ~   作:法廷

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クズの三連星

 静かな早朝の住宅街。

 朝霧が立ち込める薄青い空気の中、俺は1人歩いていた。

 日課の散歩である。

 俺はこの時間がたまらなく好きだった。

 静かで、孤独で、何よりも人の居ないこの時間が。

 反対に、騒がしく、人の多いところは嫌いだ。

 というより、人が嫌いだ。自分以外の人間が吐き出す二酸化炭素を吸うのも、肺胞を震わせる呼吸音や脈打つ心拍音を聞くだけで虫唾が走る。全人類は今すぐ、俺のために心拍を止めるべきだと思う。

 

 そうして俺が1人で尊い孤独を噛み締めていた最中、突如として背筋にサブイボが立った。

 人の気配だ。

 

「おっはよ〜。久しぶりだね! 元気してた」

 

 その気配は、幼馴染の1人の湯栗(ゆくり)柚葉(ゆずは)のものだった。両手にはなぜか業務用サイズの特大ゴミ袋を抱えている。

 学校の置き傘を全教室から一本残らずガメてロッカーに詰め込み、生徒指導室送りになって停学同然の謹慎を食らった上に、謹慎期間中にゆっくり茶番劇なるものを商標登録しようとして大炎上し、見事に失敗した救いようのないクズである。

 心の底から死んで欲しい人間ランキングを作るとするなら、コイツは間違いなくTOP10には入って来るであろう害悪で、仮に殺人が合法化されたら始末している人間でもある。

 早く死なねぇかなコイツ。それも、なるべく惨たらしく。

 

「死ね」

 

 おっと、思わず殺意が漏れてしまった

 

「あハっ、相変わらずだね!」

 

 柚葉(バカ)はまるで「今日もいい天気だね」とでも返されたかのように、面の皮の厚い笑顔を浮かべる。

 コイツには耳が付いていないのか? それとも、言葉の意味が理解できないのか? おそらく後者だろうな。知能指数が原人と同値なのだ。これは殺してやるのが慈悲じゃないか? 情状酌量の余地ありでギリ犯罪にならないだろ。

 

「俺の半径4万75キロメートルに近づくな。低知能が移る」

 

「うーん人類はまだ宇宙進出出来てないし、無理じゃないかな?」

 

「チッ……お前、謹慎食らってただろう。何故巣から這い出てきてる」

 

「チッチッチッその情報、古いよ。情弱だなぁチミは」

 

 柚葉(バカ)は人差し指をちっちっと左右に振って見せた。その指先をへし折ってやりたい衝動に駆られる。

 

「頼むから死んでくれ」

 

「なんと、私の謹慎は昨日明けで解除されてるのでした〜! つまり、私は晴れて自由の身! 次はもっと上手くやる!」

 

「謹慎期間1億年とかで良かっただろう。何故一ヶ月ちょっとで解放してるんだあのクソ無能(教師)共。教育委員会にクレーム入れるか」

 

「相変わらず辛辣ですなァ〜私、キミに何かしたっけ?」

 

 キョトンとした顔で首を傾げる柚葉(バカ)。悪気がないのではない。というか、コイツの行動原理に悪気とかそういったものは存在しない。

 自分の行いは全て正しいと思っている正真正銘の怪物(モンスター)で、人類とは相容れないカスなだけなのだ。

 最悪だな、駆除すべきだろ。

 

「なにも」

 

「ならなんで?」

 

「生理的に無理。俺、心臓動いてる人間ダメなんだよね」

 

「なら、仮に私が心臓を停めたら?」

 

「俺、炭素系生物無理なんだよね」

 

「なら、そうじゃなかったら?」

 

「俺、お前嫌いなんだよね」

 

「でも実は?」

 

「死ね」

 

「う〜ん取り付く島もない」

 

 両手を広げて大げさに肩を竦める柚葉(バカ)に、俺のこめかみの血管がピキリと音を立てる。

 

「いいから帰ってくれないか? そもそも何の用なんだお前。俺は、こんな無為な時間を過ごす為に散歩をしているわけではないんだが」

 

「道端で、幼馴染に出会ったら挨拶するものでしょ? 普通」

 

「この世で普通と最もほど遠いのがなんか言ってる」

 

「いやまぁ私も、こんな事してる暇ないんだけどね。急がないと回収されちゃうし」

 

 そう言って、柚葉(バカ)はチラチラと付近のゴミ集積所に視線を走らせた。

 

「⋯⋯あぁ、そうか。今日は粗大ゴミ回収の日か。ん? 回収シール貼り忘れてるじゃないか。お前の親はおっちょこちょいだな」

 

「私が回収する側なんですケド!」

 

「はっ、お前はされる側だろう」

 

「失礼な!」

 

「いいからとく失せろ」

 

「はぁ~まあいいや、じゃーね〜また学校で」

 

 カサカサとゴミ袋を擦り合わせながら、柚葉(ゴミ)は粗大ゴミ置き場へ向かって小走りで去って行った。

 

「⋯⋯⋯⋯あのまま転んで頭カチ割って死ねばいいのに」

 

 クズと出会ったせいで散歩の時間を台無しにされた俺は、深くため息を吐いて歩き出した。

 あぁ、やはり1人は良い。空気が冷たく澄んでいる。クズとの邂逅で荒んだ俺の心が、徐々に癒されて行くのを感じる。

 

 瞬間、喉の奥が引き攣り、強烈な吐き気が込み上げてきた。

 足元から這い上がってくる悪寒。

 人の気配だ。

 

「やあ、奇遇だね」

 

 不快極まりない空気の振動が鼓膜を揺らした。

 ピチッとした意識の高そうなランニングウェアを着込み、額にこれ見よがしの汗止めバンドを巻いた人物が、わざとらしいフォームで息を整えている。

 堀(ほり)大樹(たいき)。幼馴染の1人だった。

 17年間ずっと1日30分睡眠だと宣ってセミナーを開き、先日、1週間30分睡眠チャレンジなるYouTubeライブを配信し、盛大に自爆した虚言癖のクズである。

 

「今日も12時間たっぷり熟睡出来たか? 嘘つきカス野郎」

 

「ボクは30分睡眠のショートスリーパーだ!」

 

 間髪入れずに返ってきたヒステリックな甲高い声。

 は? 何だこいつ、生理か? それとも睡眠不足か?

 ヒステリックに叫びたいのは朝っぱらから手前ぇみてぇなクズに出くわしたこっちの方なんだが? 訴えたら勝てるだろこれ。

 

「落ち着けよ。睡眠が足りなくてイラついてんのか? 寝ろよ」

 

「寝ろって言うの止めてくれないかな!」

 

「あぁ、すまん。しっかり毎日寝てるもんな、12時間も。そらそれ以上は寝れんわな」

 

「だから! ボクはショートスリーパーだ!!」

 

 必死に喚き散らす大樹(カス)の目の下には、無理やり早起きしたせいでくっきりと濃いクマが刻まれており、頬には先ほどまで敷布団に押し付けられていたであろうシーツの縫い目痕が鮮明に残っていた。

 目パキパキで草。虚言癖も大変だな。同情はしないが。

 ……睡眠不足で事故って死んでくんねぇかな。

 

「で、なんの用だよ嘘つき」

 

「⋯⋯ジョギング中に出会った幼馴染に挨拶してはダメなのかい?」

 

「あぁ、ダメだね。迷惑極まりない」

 

「キミは相変わらず連れないねえ」

 

「連れなくて良いから、今すぐ回れ右して失せてくれないか」

 

「イヤだね。ジョギングはボクの日課なんだ。朝の代謝を上げてパフォーマンスを最大化するライフハックだよ」

 

「嘘つくなよ。お前、今までジョギングなんてしてなかっただろうが。大方、無理して早くに起きて『朝活ルーティン』みたいな動画撮影とかだろ。先日、大失敗したからその挽回か? 御苦労な事だな。嘘つきがよ」

 

「ぐっ……! ⋯⋯⋯⋯そういえば、柚葉の謹慎が明けたそうだね」

 

 完膚なきまでに急所を抉られた大樹(カス)は、あからさまに目を泳がせながら唐突に話題の舵を切った。

 

「そうだな。さっき道端でゴミ漁りしようとしてる現場にエンカウントしたからな。最近のゴキブリは人の形でしかも鳴くのかと驚いたもんだ。あと、話逸らすなよ嘘つき」

 

「じゃあ、ボクは次のタスクが詰まってて急いでるからこの辺で失礼するよ。それじゃ、学校で」

 

 大樹(カス)は逃げるように踵を返し、もつれそうになる足を必死に動かして走り去って行った。おそらく角を曲がったあたりで息を切らして歩いているに違いない。

 

「勝ったか。二度とその汚ぇ面見せるな嘘つきカス女」

 

 哀れな虚言癖のクズを言葉でボコボコにして撃退した俺は、意気揚々と散歩を再開する。

 やはり1人は良い。この静寂、この孤独が、先ほどのクズとの邂逅によって薄汚れてしまった俺の心身を洗い清めてくれる。

 この世から俺以外の全人類が消え失せれば、俺は永遠に清らかで美しいままでいられるのに⋯⋯。

 

 そうして、俺が独り世界の平和について思考を巡らせていると、突如、全身の無数の細胞という細胞が沸騰したように泡立ち、血管の中の血液がマグマのように煮え滾る感覚に襲われた。

 人の気配である。

 

「にょっす」

 

 この世のあらゆる不快な雑音と媚びへつらいを掻き集め、ミキサーにかけて一纏めにしたような不愉快極まるその音が背後から浴びせられた。

 音の発生源は、コンビニのレジ袋をぶら下げた坪池(つぼいけ)勝子(しょうこ)であった。

 奴は先ほどのクズ2匹とは違い、俺よりも4つほど年上の情けない無職である。

 もう安楽死させてやれよ。無駄にデカくなったウドの大木、生き恥だろ。

 少し前までは配信サイトで数十万人の登録者を集めていたが、過去にマルチ商材を売り捌いていた疑惑で大炎上したクズである。

 

「俺を誘っても無駄だぞ」

 

 俺は振り返りもせず、冷え切った声で釘を刺した。

 

「⋯⋯何のことかな突然? 朝の爽やかな挨拶に対して、ずいぶんトゲがあるんじゃない?」

 

 勝子(ウド)は元インフルエンサー特有の、カメラの前で作る営業用の完璧な貼り付けスマイルを浮かべてみせた。

 怖気の走るカスの笑みだ。硫酸かければギリ浄化出来るか? いや、無理だな。王水の方が確度が高い。

 

「マルチの勧誘だろ? 詐欺師」

 

「⋯⋯いや、だからアレは完全な誤解でさぁ」

 

「どこがだよ。実際にやってんの知ってんだよクソ犯罪者」

 

「⋯⋯いや、アレは私も騙されていたというか被害者側というか、ね? 悪い大人に利用されただけっていうか」

 

 勝子(ウド)は眉を下げ、上目遣いでか弱い女を演じようとする。

 キモいので是非死んで欲しい。

 

「騙されてた奴があんな幹部相当の立場なわけないだろ。商材講師やってたの知ってんだよ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯この話、止めない?」

 

「テメェが豚箱に行けば止めてやるよ」

 

「おねーさん悲しいなあ。昔はあんなに可愛かったキミが、こんなに荒んでしまうなんて⋯⋯」

 

 わざとらしく目元を指で拭う勝子(ウド)。

 

「お前みたいなクズが周りに居たせいだろうな」

 

「⋯⋯⋯⋯そういえば柚葉ちゃん、謹慎明けたんだって? キミたちは昔から本当に仲が良かったよねぇ」

 

 大樹(カス)と寸分違わぬ手口で、勝子(ウド)はコンビニ袋を揺らしながら話題をすり替えた。

 やること成すことなんか似てんだよな、このクズ共。クズはやっぱある程度生態が似通うものなのか?

 クズの収斂進化だな。死ねばいいのに。

 

「話逸らすなよ詐欺師」

 

「じゃ、じゃあ私はこの辺で失礼しようかな。学校、ちゃんと休まずに行くんだぞ〜?」

 

「お前はさっさとムショ行けよ」

 

 勝子(ウド)は引きつった顔で愛想笑いを浮かべると、背中を丸め、這うような足取りで逃げるように去っていく。

 

 クズのジェット・ストリーム・アタックを食らったせいで、俺はまだ朝の6時過ぎだというのにフルマラソンを走り終えたかのように疲労困憊だった。

 全身の気力も、散歩で得たはずの清涼感も、全てあいつらの吐き出す毒素によって消滅した。

 おまけに、これからあのクズのうち2匹が生息する上に大量の人間が集まる学校へ行かなければならないというのだから、気が狂いそうである。

 

 あ~マジで滅びねぇかな、人類。

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