今回はマミさん宅でのお茶会、そしてまどか氏とのゲーム日常回です。キングの心臓はいつでも全力でバクバクしています。
第2話【それはとってもうれしいなって】
ほむらは、前回の時間軸には決して存在しなかったこの謎の男を、世界の因果を狂わせる最大の警戒対象として、ここで秘密裏に排除、あるいは見極めるべく、時間停止の能力を発動して死角から音もなく接近していた。
(……何者なの、あなたは。まどかの運命を狂わせるバグならば、ここで消えてもらうわ。)
ほむらが冷たい銃口を構え、キングの背後まで肉薄する。
彼女の放つ殺気は、常人なら呼吸を止めるほどのプレッシャー。だが、キングは腕を組んだ直立不動のポーズのまま、ピクリとも動かなかった。
一切の回避行動すら取らず、まるで背後に銃を持った少女が迫っていることなど、最初からすべて『知っている』かのように、ただ傲然と前を見据えたまま静止していた。
(ひいいいぃぃ!? なにこの寒気!? 急に背中のあたりがゾクゾクして、心臓が口から飛び出そうなくらい怖いんだけど!!
……あ、ダメだ。筋肉がガチガチで指一つ動かせない状態になっちゃったよ!!振り返れない! 誰か助けてえええ!!)
自分が見えないものの恐怖で硬直している。この事実が、『アラサー成人男性』であるキングにとっては恥ずべきことであり、自分でも呆れてしまうほどの恐怖心だった。彼は思わず独り言を漏らす。
「フッ………(自分が)情けない……!!」
(っ……!? 嘘…!?私の不意打ちを『情けない』だなんて…。正々堂々と戦えっていうの……?)
この怪物の佇まいとその一言に、思わずほむらも戦慄する。
(まさか…この男は、攻撃が届かないという『未来の確定演出』を計算し尽くしているから、避ける価値すらないとでも言うように冷徹に構えている……!?)
ほむらは、キングが放つ「動かざるがゆえの圧倒的な威圧感」に激しく気圧され、それ以上の手出しができずに一歩後退り、再び時間停止を使って影の中へと撤退せざるを得なかった。
(あ、あれ? なんか今、背後のヤバい気配がすっと消えた気がする……。気のせいか? よ、よかった、動けるようになったぞ。早くお家に帰ろう……。)
翌日。魔法少女について説明するため、マミの自宅でお茶会に誘われたまどかとさやかは、教えられたマミの自宅へと歩みを進めていた。
「鹿目さん、美樹さん、いらっしゃ──」
そう言いかけた瞬間、まどかと一緒に訪れた、この場にいるはずのない先日の大男が視界に入り、普段から微笑むような眼差しを保つマミの表情が硬直した。
ポットを途中で静止させてしまったせいか、紅茶がカップから少し外れてしまった。申し訳なさそうに眉間に手を触れるさやかが口を開いた。
「えぇっとその〜……マミさん…。なんて言えばいいのやら…。」
「マミさんの家の近くで偶然会ったんです。せっかくなので、キングさんも一緒に来ていただきました!」
(んんん??まどか氏が『一緒にお菓子でもいかがですか?』って誘われたから来てみたけど、完全に俺が来ていい場所じゃないじゃん!?青髪の子ずっと表情引きずってるし、昨日のコスプレの子も完全に固まってるし、ここは帰らせてもらおう。)
「……俺が立ち入るフィールドではなかったようだな。」
少女たちの引きずった表情と場の気まずさに耐えかねたキングは、そそくさとマミの自宅から出ようと試みた。しかし、マミの魔法少女として培ったプライドと義侠心がそれを許さない。
他者を気遣うマミの一声が、地上最強と呼ばれる男を自身のフィールドへと縛りつけた。
「あっ…いえ…!折角いらっしゃったので、よかったらお茶だけでもいかがですか…?昨日助けていただいたお礼もできていなかったですし…」
ここまでマミに引き留めてもらってはキングも帰るわけにはいかない。マミの優しさが、見滝原に転移したキングを最初に追い詰める出来事となった。
「……邪魔させてもらう。」
(お家帰りたい…)
こうして、鹿目まどか、美樹さやか、巴マミの三人の少女と、『キュゥべえ』と名乗る白い生物が一匹、戸籍無し29歳無職男性の4人と一匹による沈黙のお茶会が始まった。
キングと面識があるのはまどかのみだったため、マミとさやかは改めて自己紹介を行い、まずはお茶菓子からだろうと、マミは焼き立てのスコーンと紅茶をみんなに振る舞う。
まどかやさやかが好意的な反応を示す中、なによりマミが気になったのはキングの反応だった。
「えっと….キングさん?スコーンと紅茶はお口に合いましたか…?」
キングは極度の緊張と気まずさにより、普段の数倍の低音ボイスでマミの問いかけに答えた。
「……悪くない。」
(めちゃくちゃおいしいです!!多分おいしいはずなんだけど緊張し過ぎて全然味わかんねぇ!しかも悪くないって上から目線みたいになっちゃってほんとすいませ))
(マミさんのお菓子と紅茶を『悪くない』って…こいつ普段からどんな贅沢してだよ……!)
「すごくおいしい…!こんなおいしい紅茶初めてです!」
「それは良かったわ。この紅茶は『ダージリン』という茶葉に使っているの。茶葉の浸透時間によって渋みやコクが変わるのよ。」
「へぇ〜!なんだか奥深いですね…!」
(……ダージリンって名前のキャラ、確かあのゲームにいたよな……属性なんだっけ……)
……………………………
まどかは紅茶をいただきながら、いつ発せられるかわからない魔法少女に関する話を聞き漏らさまいとマミを注視し、さやかはキングへの警戒心からキングを睨みつける。
キングは自分がこの場には不要な存在であることを自覚しつつも、マミの厚意によりその場から離れられず、腕を組みながら単細胞のような心境を必死に保とうと努め、マミは魔法少女に関してどれくらい説明しようかキュゥべえとテレパシーで相談していた。あまりに長い沈黙により、淹れたてだった紅茶も少しずつ冷めてきた。
(キュゥべえ……あの方も魔法少女の話の中に入れてもいいのかしら…?今更帰ってくれなんて言えないし…。)
(あれほどの男であれば、帰れなんて言ったら逆に怪しまれるだろうね。詳しいことはいつでも話せる。今回は、魔法少女の大まかな概要だけ伝えることをおすすめするよ。)
(そうね…)
マミは張り詰めた空気の最中、魔法少女に関して口を開いた。
「……まずは、これがソウルジェム。魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの。」
(ああ……眼帯とか十字架みたいなやつか。己の魔力とか闇の力とかを制御するとか何とかの…)
「そして……私たちが戦っているのは、人間に呪いを振りまく『魔女』という存在よ。世界を裏側から守るために、私たちはキュゥべえから、一つの願いを叶える引き換えに、契約することで魔法少女となっているの。」
「魔女は呪いから生まれた存在なんだ。魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望をまき散らす。しかも魔女は普通の人間には見えないから質が悪い。」
(…出たよ……設定が重い…! 魔女に呪いに契約に絶望って、完全に世紀末系ダークファンタジーのガチ勢じゃん…… 。マミ氏…その歳でその設定を真顔で語るのは後から絶対に悶絶する黒歴史になるぞ……)
「キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いも叶えることができる。でもそれは、死と隣り合わせなの。」
キングは、険しい貌のまま、静かに深く頷き、遥か遠くを見つめるような目をしていた。
(……!やはりこの方も、相当な修羅場を乗り越えてきたみたいね…。)
(……右腕に封印されし暗黒竜の設定をノート3冊分書き殴って、毎日包帯巻いて登校してたっけ……。まぁ、俺にもこういう時期があったなぁ。あの頃の俺に比べれば、衣装まで自作してキャラになりきってるマミ氏は、むしろクリエイターとしてリスペクトできるレベルかもしれない……)
(な、なにあいつ……。マミさんの命がけの話を聞いて、まるで子供の泥遊びでも眺めるような、圧倒的な格上の目で見てる……。どんだけ修羅場くぐってきたらあんな目ができるんだよ……!)
マミは、深く頷くキングの様子から、彼も孤独に戦い、仲間を失い、血の滲むような過酷な運命を背負っていた『時期』があったのだと解釈していた。
同じ戦士の目で見守ってくれている。それだけでも、この男がこの場にいてくれたことが、マミにとっては何よりの力となったが、当のキングにそんなものなどない。少しでも早く帰りたいがための頷きである。
──マミが二人に説明している最中、キュゥべえがキングに声をかけた。
「君がキングだね。マミやまどかから聞いているよ。僕たちインキュベーターのネットワークでも、君のようなエネルギー特性を持つ生命体は観測されたことがないんだ。君はいったい、どこの宇宙から来たんだい?」
(うわ出た…この白いマスコット枠……。腹話術かラジコンだか知らんが、さっきから生気の無い目でこっち見てきて不気味すぎる。
わ『どこの宇宙』ってなんだよ……。ただの無職ニートの地球人だよ…。早く帰って格ゲーしたいのに、なんでこんなのに絡まれるんだ……)
キングは威圧感を放ちながら、無言でキュゥべえをジロリと見下ろす。極限の緊張と焦りにより、胸の奥から《ドッ、ドッ、ドッ……》と小さなキングエンジンが鳴り始めていた。
(なんだい……?この圧倒的なプレッシャーは。彼の心臓の鼓動と同調して、僕の感情受信センサーが異常数値を叩き出している。まるで、宇宙の熱的死をたった一人でねじ伏せるほどの、莫大なエネルギーの奔流だ。
……まさか、僕に警告しているのか?『これ以上詮索すれば、お前たちの文明ごと消し去る』と……!彼の鼓動(エネルギー)は、宇宙の寿命(エントロピー)の限界を超えている。ここで彼と争うのは計算が合わない…!)
「……なるほど、答えるつもりは無い、か。いいよ、無理に聞き出そうとは思わない。君を敵に回すのは、僕たちにとっても不都合だからね。」
(……なんだコイツ? 勝手に話しかけてきて、勝手に納得して黙ったぞ。やっぱりこの集団、ちょっと電波系というか、関わっちゃいけないタイプのコスプレサークルだな。よし、目を合わせないようにしよう…。)
そんな緊迫感に満ちたお茶会をなんとか生き延び、命かながら帰宅した、その数日後のこと。
見滝原市の片隅にある、家賃6万4000円のマンションの一室。
棚に整然と並ぶ大量のゲームパッケージと、液晶テレビから流れる、どこか気の抜けたのんびりとした電子音。
まどかは、ご近所のキングの部屋に招かれ、並んでコントローラーを握っていた。画面に映っているのは、二人が通信プレイで一緒に遊んでいる、無人島をまったりと開拓する平和なゲームだった。
「わたしの島に、キングさんが作ってくれた『果物自動回収システム』、すっごく便利です! えへへ、おかげでお花がたくさん買えました!」
まどかは液晶画面を見つめながら、屈屈のない満面の笑みを浮かべた。まどかの操るキャラクターが、キングの整備した美しく効率的な交易ルートの周りを嬉しそうに跳ね回っている。
(癒やされるわぁ……。マミ氏の家でお茶をご馳走になった時は、マミ氏や変なマスコットのプレッシャーに生きた心地がしなかったし、さやか氏には未だに指名手配犯を見るような目で見られるし……。
でも、まどか氏だけは、俺の島で一緒に虫を追いかけて『キングさんすごい!』ってピュアに喜んでくれる……。やっぱりまどか氏は、このクソゲーみたいな緊迫した世界に降臨した、唯一の天使(オアシス)だよ……!)
キングは効率厨オタクとしての本領を発揮し、徹夜で作成した計算シートを用いて、島のインフラ整備やカブの売買による金策を完璧に計算し尽くしていた。
しかし、隣に座る少女を怖がらせないよう、腕を組んだ直立不動のポーズのまま、ドスの利いた低い声で静かに呟いた。
「……フッ。鹿目さん、そのレイアウトはフレームレート的にも美しいな。……次はこの『カブの効率的な転売計画表』を、君のポストに入れておこう。」
「わぁ、ありがとうございます! キングさんは、ゲームの中でも本当になんでもできちゃうんですね!」
まどかは楽しそうにコントローラーのボタンを叩いていたが、ふと、その小さな指の動きが止まった。
画面の中のキャラクターが寂しげに立ち尽くす。まどかは俯き、液晶の光に照らされたその瞳に、ぽつりと無力感の影を落とした。
「……ねえ、キングさん。わたし、本当にダメな子なんです……。」
まどかからの突然の告白により、一瞬だけキングの眼光が鋭くなり、強面の表情が硬直した。
「さやかちゃんも、マミさんも、みんな一生懸命誰かのために戦えて、自分の力で誰かを救える……。なのに、わたしには何も取り柄がなくて、ただ守られてるだけで……。わたし、生きてるだけで誰かの役に立ってるのかなって。何か特別な力を手に入れないと、みんなと一緒にいちゃいけないのかなって……」
(痛い痛い痛い! 胸が痛い!! なんだその悩み、まるで俺の事じゃないか! 才能がない、取り柄がないって、こんな良い子がそんな風に自分を責めるなよ……!
俺なんて毎日『地上最強』のハッタリがバレて社会的に死ぬんじゃないかって怯えてるだけのただのニートだぞ!? クソ、この子を励まさなきゃいけないのに、俺のボロが出そうだ……。落ち着け、こういう時は……格ゲーの初期ステータスの話をベースに、大人っぽく言うんだ……!)
《ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……》
キングの極限の緊張と、まどかへの深い共感により、彼の身体の奥底から小さなキングエンジンの重低音が響き始める。まどかはハッとして息を呑み、キングの険しい横顔を見上げた。キングが、自分のくだらない悩みに本気で怒っているのではないかと、少しだけ身体を強張らせる。
キングは深くため息をつき、画面からまどかの方へと静かに視線を向けた。
「……鹿目さん。君は大きな勘違いをしているな」
「え……?」
「取り柄なんてものはな……他人が勝手に決めた、ただのパラメータ(数値)に過ぎないんだ。 攻撃力が高いとか、特別なスキル(魔法)があるとか、そんなのはただの初期設定の差だ。それで人間の価値が決まるなら、この世は最初からクリア不可能なクソゲーだよ。」
「でも、わたしは何も持っていなくて……」
「持っているさ。君は気づいていないだけだ」
キングは少し声を和らげ、まどかの小さな手を包み込むような温かい眼光を向けた。
「君のそばにいる友人たちは、戦わないからといって、君を見捨てたりしたか?」
「ううん……そんなこと絶対にしないです。」
「なら、それが君の『取り柄』だ。誰かを応援できること。誰かの無事を心から祈れること。……それはな、戦う力を持つことよりも、ずっと難しくて、ずっと尊いスキル(能力)なんだよ。
傷ついた仲間が帰ってきたとき、そこに変わらない笑顔で『おかえり』と言ってくれる君がいるから、彼女たちはまた前を向ける。君という存在そのものが、彼女たちのセーブポイント(帰る場所)になっているんだ。だから、戦えない自分を卑下するな。」
「セーブ、ポイント……」
「ああ。君は君のままで、すでに誰かの救いになっている。……俺が保証してやる。だから、そんなに悲しい顔にならなくていい。」
それは、ゲームの比喩から出た、キングなりの精一杯の慰めだった。 しかし、戦う力のない自分を、その存在ごと「それでいい」と全肯定してくれたキングの言葉は、まどかにとって、何よりも温かい救いだった。
「……っ、はい……! ありがとうございます、キングさん……!」
まどかの瞳から涙がこぼれ落ちたが、その表情はパァッと明るい笑顔へと変わっていた。
『特別な力がなくても、わたしはここにいていいんだ。』
キングに保証されたことで、まどかの心はキュゥべえとの契約の焦りから解放された。
「……キングさん、わたし、お礼にまた美味しいお菓子作って持ってきますね!キングさんのこのお部屋が、みんなの『セーブポイント』になれるように、わたし、もっとお料理頑張ります!」
(天使……まどか氏は本当に天使だけど、お菓子を持ってくるってことは俺ん家に中学生たちが集まるってことだよね!? マミ氏やさやか氏がここをアジトにし始めたら俺の胃が持たないよ!! 嬉しいけど怖い!!)
だが、まどかの笑顔の邪魔をするわけにはいかない。キングは、マミやさやかが来ないことを祈りながら、まどかに対し柔らかな目つきで答えた。
「……ああ、楽しみにしているよ、鹿目さん」
魔法少女まどマ☆キング第2話 完
第2話ご覧いただきありがとうございました!
キングとしては「中学生のコスプレごっこ生々しくてキツいなぁ」からの「ゲームの初期設定の話で慰めよう」だったのですが、まどか氏にとっては人生最大の救いになってしまいました。
実質的なアジト(セーブポイント)に指定されかけて胃が死にそうなキングさんですが、これからも家賃6万4000円の部屋を守るために頑張ってほしいですね。