【奇跡も、魔法もあるんだよ】
『ピンポーン』
家賃6万4000円の部屋に一つの生活音が鳴り響く。ここの住民であるキングは、珍しいインターフォンの音で、ある人物を想像していた。
(ん…?まどか氏かな?でも今日は用事があるって言ってたから来ないはずだが……もしかしてサイ──)
キングが自宅のドアを開けた瞬間。そこにいたのは、黄色のスーツ──ではなく、黄色の髪の、先日マスケット銃を乱射していた少女──巴マミだった。
「キン──」
『バタッ』
(えっ!?なんでいるの!?俺住所教えてないよね??昨日銃乱射してた子じゃん!?やべぇ殺される!!)
彼女が視界に入った瞬間、キングは反射的にドアを閉めた。
「あの…!キング先生!?折行ってご相談があるのですが…やはり突然お邪魔するのは迷惑でしたか…?」
彼女が自分のことを殺しに来たわけではないことを知ったキングは、おそるおそるドアを開け、まずは一番気になっていたことを問いただした。
「………よく、ここがわかったな……」
(まどか氏しか俺の住所教えてないよね!?なんで知ってんの!?)
「鹿目さんから教えていただいたんです。キング先生にご相談したいと伝えたらここにいると…」
(何してんのまどか氏ィィィィ!?確かに『君がセーブポイントになればいい』とは言ったけど、俺の家は君たちのセーブポイントにならないよ!!でもここで断ったらマミ氏の銃で俺の命がログアウトする…!)
「お菓子や紅茶も用意しています…。どうか…!」
キングは、マミにお引き取りしてもらうすべての可能性を諦めた表情を作っていたが、マミの視点からは、迷い人の心情をすべて察している老賢者のような表情に感じられた。
マミが両手で抱えている四方形の荷物が銃ケースではないかと不安になったが、もはやキングにはどうしようもなかった。
「……上がるといい…。」
マミはキングの寛大な心(諦観)に深々と頭を下げた。
「……キング先生…ありがとうございます!」
ゲームオタクの部屋からはあるはずのないふんわりとした華やかな香りが広がる傍ら、キングの内面は混沌とした感情が渦巻いていた。
(やばい…ホントに入れちゃった…。ご相談って俺何喋ればいいんだよ…ゲームのノウハウくらいしか言うことないぞ!?)
まどか以外の中学生を部屋に入れてしまったキング。緊張から《ドッ、ドッ、ドッ》と小刻みにキングエンジンが鳴り始めた。
丸テーブルに紅茶を置き、一息ついたころ。キングが何を話すかすら頭から出てこない状況で、先にマミから口を開いた。
「先生…。私、今までずっと『完璧な先輩』でいなければと、自分を追い詰めていました…。周りに頼れる人がいなかったので、せめて…自分で自分を助けられる人間でありたいと……」
(お、重い…。まどか氏といい、最近の中学生はこんなに悩んでんのか…?マミ氏と同じ歳の頃なんてゲームと漫画しか頭に無かったぞ…。限定版だのゲームだのに振り回されてる俺が恥ずかしくなってくるんだが…。
…まぁ言えることなんて戦い方くらいか。とりあえず協力プレイが大事ということを伝えておこう…。)
キングはマミの思いを汲むように深く頷くと、視線をマミに向けて語り出した。
「……巴さん。君は少し肩の力が入りすぎだ。……君のプレイスタイルは、『耐久力の低い高火力職が、前衛もなしにソロで高難度ダンジョンを周回している』状態だ。そんなの、いつか操作ミス(油断)で即死するに決まっているだろう…。」
「……! 私の、単独活動の限界を……」
(いや…マミ氏のマスケット銃って、明らかに遠距離アタッカー用じゃん…なんで自分で縛りプレイして、敵の懐に突っ込んでんの…? )
「ゲームってのはな、役割分担が基本だ。タンクがタゲを取り、アタッカーが殴り、ヒーラーが癒やす。一人で全部抱え込もうとするから、視野が狭くなって『クソゲー』だと錯覚するんだ。もっと周囲のプレイヤー(仲間)を信用して、リソースを分散させるべきだ。」
(……先生は私に『一人で戦うな』と仰ってくれているのね。鹿目さんや美樹さんを、ただ守るだけではなく、共に戦う仲間として育てろと……。)
「たが……後輩を導く先輩としての振る舞いや決意は、俺にはない立派な心だ。……すべてを一人で背負う必要はない。頼られる完璧な先輩であったとしても、俺からすれば、君はまだあどけない少女だ。
…自分が本当にどうすればいいかわからなくなったときは、俺みたいな大人を頼るといい。」
『すべてを背負う必要はない。』
魔法少女になって以来、身近に頼れる大人がおらず、悩みを共有できる同じ立場であっても、数多くの仲間を失ってきたマミからすれば、自分より遥かに強い(マミフィルター)この男に、一人で背負い込まなくて良いと言われたことが何よりも嬉しく、抱え込んでいた重りがすっと軽くなった気がした。
マミは固まっていた表情を和らげ、眼を濡らせながら清々しくキングの思いに応えた。
「…はい…!ありがとうございます……!」
(よし…これでマミ氏が『新人を育てるのは大変だからソロでいいわ』って拗ねるのを防げたな。格ゲーもネトゲも、仲間がいた方が長続きするしな…!)
「……あっ、他にも、色々な種類のお菓子や紅茶を用意しています。よかったら先生もご一緒に!」
そう告げるとマミは、すぐさま台所へ移動し、さりげなくマイ茶器を棚へ忍ばせながら新しい紅茶を用意していた。
(……えっ?まだいるの…?)
相談が終わったら、ドキサバの限定イベント周回と見滝原市のゲームショップで物色した格ゲーをプレイする予定だったが、もはやキングに彼女を止めることはできなかった。
マミは、手慣れた手つきでティーポットを傾けながら、ソファーに腰掛ける男──キングの横顔を盗み見ていた。
見滝原市の片隅にある、ごく普通のマンションの一室。棚に並ぶ大量のゲームパッケージをバックに、彫刻のように険しい貌(かお)をした男は、ただじっとテレビ画面を睨みつけている。その男の背中は、いつも世界を見通しているかのように冷徹で、そして孤独だった。
張り詰めた沈黙。室内の空気は、男が放つ目に見えない圧力によって凝固しているかのようだった。
(…なんて、底知れないお方かしら……)
マミは、自分の胸元で淡く光るソウルジェムに、そっと指を触れた。
魔法少女という過酷な運命。いつ命を落とすかもわからない孤独な戦い。誰にも弱音を吐けず、ただ「完璧な先輩」を演じ続けるしかなかったマミの張り詰めた精神は、この部屋の敷居をまたいだ瞬間に、嘘のように解きほぐされてゆく。
この男の前にいる時だけは、自分が『完璧な魔法少女の先輩』ではなく、ただの『巴マミ』という一人の少女に戻れるような気がした。
その日、キングのマンションの部屋には、華やかな香りの他に、いつもとは違う異様な熱気が満ちていた。
家賃6万4000円のオタク部屋。そのドアが勢いよく開け放たれたかと思うと、一人の少女が飛び込んでくるようにして直立不動の姿勢を取った。美樹さやかである。
彼女の胸元には、恭介の奇跡的な快復と引き換えにキュゥべえと契約し、手に入れたばかりの新しいソウルジェムが、澄み切った青い光を湛えて輝いていた。
「失礼します! ギルドマスター!」
さやかはこれ以上ないほど背筋を伸ばし、軍隊の敬礼に近い角度で頭を下げた。キングは、驚きで一瞬だけ眼光が鋭くなり、強面のまま動きを止めた。
(ひええええええええ! ギルドマスターって何!? ネトゲの話!? っていうか、さやか氏もガチの兵器人間になっちゃったの!? 俺を指名手配犯みたいに見てた子が、なんで今度は目をギラギラさせて俺を部屋の長みたいに呼んでるんだよ!? 怖い、怖いよ!!)
キングが内心の恐慌を隠すために、腕を組んで冷徹なポーズを取る。さやかは、それがすべてを見抜かれているとでも感じているように、さらに声を張り上げた。
「わたし、マミさんみたいに、誰かを守れる魔法少女になりました!これからはわたしも、このアジトの正式メンバーとして、見滝原の平和のために戦います!ギルドマスター、いや、マスター! わたしのことも、あなたのギルドメンバー(弟子)にしてください!!」
(メンバーって何だよ!! 誰がギルド立ち上げたよ!! ここはただの1DKの賃貸だよ!!…っていうか、ここで『いや俺、ギルドとか作ってないから。ただのゲームオタクのニートだから』なんて本当のことを言ったら、マミ氏の時と同じだ……!
さやか氏に『騙したのね!』って一瞬で微塵切りにされる……!ここはマミ氏と同じく、『好きにしろ(早く帰れ)』のポーズで煙に巻くしかない……!)
キングは額から滝のような冷や汗を流しながらも、ドスの利いた低い声で、静かにさやかを見下ろした。
「……ふん。好きにするがいい……ただし、俺のレクチャーは厳しいぞ……」
「はい! ありがとうございます、マスター!!」
さやかはパァッと顔を輝かせ、まるで難攻不落のクエストの参加権を得たかのようにキングに質問した。
台所にいるマミは新しい仲間の誕生に、微笑みながら深く頷いている。
「マスター! 魔法少女として、まず最初に叩き込むべき『鉄の掟(仕様)』とは何でしょうか!? どのような心構えで日々のパトロールを行うべきか、ご指導をお願いします!」
(ガチ勢だ……! 完全に格ゲーのフレーム表を暗記しにくるタイプのガチ勢だよこれ!!心構え?そんなもん『ゲームを楽しむこと』以外にねぇよ!!)
だが、キングの頭から浮かんだのは、『人々を守るため』『他人のため』といった美談じみた信念が、一種の強迫観念に近いように感じられたことだった。
(………待てよ。マミ氏の家で聞いてたけど、あの子たちの戦いって、なんか義務感とか正義感だけでガチガチになってて、見てて痛々しいんだよな。ゲームだって、義務感でやってるデイリーミッションほどつまらんもんはない。そんなのただの労働だぞ。よし、そういうゲーマーの本音を、ちょっとそれっぽく言ってやるか……。)
キングは深くため息をつき、静かに視線を窓の外の夕日に向けた。
「……美樹さん。他人のためにプレイ(戦闘)するな」
「え……? 他人の、ため……?」
「攻撃力が高いとか、特別なスキルがあるとか、そんな初期設定の差で『正義の味方』を演じようとするなと言っているんだ。他人の評価や、義務感だけで動くゲームほど、つまらないものはない。自分が楽しめないゲームはな……ただの『クソゲー』だよ。君がそのコントローラー(武器)を握ったのは、誰かに褒められるためか? 違うだろう。自分の意志でログインしたはずだ。」
キングは、腕を組んだまま、静かにさやかの方へ焦点を合わせた。
「他人のための正義など、ただの自己満足に過ぎん。まずは自分自身を大切にしろ。自分が生き残るためのリソース管理を最優先にするんだ。……それができない者は、俺の画面(ギルド)にログインする資格はない。」
キングの言葉は、ただの『ゲームは楽しんでやれ、無理して労働にするな、ライフ(命)は大事にしろ』という、オタクの本音だった。
しかし、恭介のために契約し、「完璧な正義の味方にならなきゃ」と自分を追い詰め始めていたさやかの胸には、その言葉が、雷に打たれたような衝撃となって突き刺さった。
(他人のための正義は、ただの自己満足……。まずは自分を大切にしろ、リソースを管理しろって……。)
「はい……っ、はい!! わかりました、マスター!! わたし、マスターの言う通り、自分の心を、自分のライフを一番に大切にして戦います!!」
(うわっ…めちゃくちゃ感動してる!! ライフライン最優先って、俺はただ『命を大切にしろ、カブの転売の資金(リソース)は残せ』って言っただけなのに、なんでそんなに輝いた目で見てくんだよ!)
「あら、美樹さん。あなたも先生の弟子になれたのね。おめでとう。」
キッチンから、いつの間にかティーセットを勝手に常駐させ、マイ茶葉で淹れた紅茶を持ったマミが、優雅に微笑みながら現れる。
「はい、マミさん! わたし、今日からこのギルドの一員として、マスターの教えを命がけで守ります!」
(命かけないで!! 頼むからゲーム感覚でやって!!…っていうかマミ氏、紅茶は本当に美味いんだけど、いつの間にか後輩まで我が家に引き込んでるのなんなのおおおお!!! ) こうして、さやか氏はキングの二番目の弟子(自称メンバー)となり、キングの胃にさらなる特大のデバフが刻まれるのだった。
──見滝原の夜景を見下ろすビルの屋上。
リンゴをかじりながら、佐倉杏子は不機嫌そうにキュゥべえを睨みつけていた。
「あ? 新入りの美樹さやかって奴が、巴マミのところに転がり込んだ? めんどくせえな。マミの縄張りを荒らす気はねぇけど、新人の教育ごっこなんて…相変わらずの甘ちゃんだな。」
「いや、正確にはマミのところじゃないんだ、杏子。彼女たちは今、キングという『一般人の男』のマンションを拠点(アジト)にしている。」
「はあっっ!? 一般人!? 魔法少女が男の家に? マミの奴、ついに頭がイカれちまったか?」
「……僕にも理解できないんだ。その男は魔力を持たないただの人間のはずなのに、僕が近づこうとすると、僕の端末の機能に致命的なエラーが発生する。さらに、彼は言葉だけで美樹さやかの『契約の呪縛』の方向性を書き換えてしまった。彼女たちのソウルジェムの輝きが、彼の言葉一つで安定しているんだ。」
「へえ……。ただの人間が、あのマミを従えて、お前をバグらせる、ねえ…」
杏子は好戦的な笑みを浮かべたが、仕草からは激しい嫌悪感を漂わせている。眼光を尖らせ、リンゴの紙袋を持った手には、袋が破けんばかりの力が込められていた。
「……面白そうじゃん。その『キング』だか何だか知らねえおっさん、アタシが直々に品定めしてやるよ。」
見滝原は彼女の縄張りではなかったが、巴マミを従える一般人の男に興味を抱いた杏子は、キングに接触しようと目論んでいた。
魔法少女まどマ☆キング第4話 完
最後までご覧いただきありがとうございます!
次回は杏子VSキングとなります。果たしてキングのハッタリが通用するのか…彼の胃痛は治まりそうにありませんね。
第5話は明日の19:00に更新します。明日も楽しんでいただけたら幸いです!