佐倉杏子VSキング回となり、ようやくメンバーが揃います!
【後悔なんて、あるわけない】
見滝原市のゲームセンター。薄暗い店内の奥に、激しい電子音を鳴り響かせるダンスゲームの筐体があった。
『巴マミが一般人の男に師事している』というキュゥべえからの話を聞きつけ、杏子はキングを尾行していた。
(マミの奴をたぶらかして、いい気になってる魔法使いの詐欺師かと思えば、ただの一般人じゃねえか…。あの甘ちゃんも焼きが回ったな。)
かつてコンビを組んでいた巴マミが、魔法少女でもないただの一般人の男を『キング先生』などと呼び、お茶を淹れて精神的に依存しているという情報もキュゥべえから聞いていた。
魔法少女としてそのような行為は屈辱的であり、かつての師がそのような醜態を晒すなどもっての外であった。
(一般人を戦いに巻き込まないのがあいつのポリシーの癖に、こんな弱者を祀って精神安定剤にしてるなんざ、虫酸が走んだよ。……あの甘ちゃんが、ついに頭までイカれて一般人のオヤジに騙されやがった…!)
ゲームコーナーで新作ゲームを物色していたキングの前に、棒菓子を咥えたまま立ち塞がった。
「おい……あんたが噂の『キング』ってツラか。見滝原の化物だかなんだか知らねぇが、ただの一般人がデカい顔されてっとムカつくんだよ。……ちょっと表に出な。アタシの槍が、あんたのそのデカい身体に風穴開けたがってるぜ…!」
杏子の瞳には、隠しきれない激しい怒りと嫌悪感が燃え盛っていた。
(ひ、ひえええええええ! 終わった! 完全に絡まれた! なんで見滝原の中学生はどいつもこいつも物騒なこと言ってくるの!? 槍って何!? 銃の次は槍なの!? 逃げたい、今すぐ逃げたいけど、背中を見せたら串刺しにされる……!
落ち着け、こういう時は……格ゲーの戦力差の話で、そもそも勝負の土俵が違うってことを大人っぽくアピールして煙に巻くしかない……!)
キングは、鋭い眼光をさらに細め、彫刻のような強面のまま杏子を見下ろした。
「……フッ。お前のような初心者が、この俺に直接『マッチング』を挑もうなど、片腹痛いな」
「あ……?」
「戦いたいというその衝動は認めよう。だが、戦いというものはな……互いのリソースを消費するだけの、最も非効率なクソゲーだ。真の強者は、戦う前にすでに勝敗を決している。
……俺の領域(テリトリー)に届きもしないお前と拳を交えるなど、俺にとってはプレイ時間をドブに捨てるようなものだ。」
《ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!! 》
重低音の鼓動が、ゲームセンターのBGMすら掻き消して響き渡る。
(な、なんだこの音……!? こいつ、アタシの殺気を、ただの『初心者の小細工』だって一蹴しやがった……!)
杏子は、あまりに激しく、空間全体に重圧を与える「キングエンジン」に冷や汗を流していた。
「……だが、どうしても俺の実力を拝みたいと言うなら、別のルールで相手をしてやろう。そこに、お前が普段から熱心に『やり込んでいる』ゲームがあるな?」
キングが指差したのは、ゲームコーナーにあるゲームの数々だった。
「お前が最も得意とするステージで来い。ハンデとして、お前の『プレイ履歴』のすべてを上回ってやる。」
「へっ……面白いじゃねぇか。タイマンはビビって逃げたかと思ったが、アタシの得意分野で勝負ってか。後悔すんなよ、おっさん!」
杏子が指差したのは、普段、ストレス発散とステップの修行のために狂ったようにプレイしているダンスゲームの筐体だった。
「……本当に、それでいいんだな…?」
(……えっ?ダンスゲーム?格ゲーじゃなくて?)
「……?得意分野で来いっつったのはおっさんだろ?」
ダンスゲームは完全に守備範囲外だった。
杏子が筐体のステップパネルに飛び乗る。コインを投入し、最高難易度の隠しステージを選択した。アップテンポなユーロビートが鳴り響き、画面の下から恐ろしい速度で矢印のノーツがせり上がってくる。
「オラオラオラァッ!!!」
杏子の足が残像を伴って動く。魔法少女としての身体能力、そして日頃の修練によって鍛え上げられた足捌きは、もはや人間の限界を超えていた。筐体のパネルが激しく踏み鳴らされる。
画面には『PERFECT!』『MARVELOUS!』の文字が途切れることなく連発していく。
コンボ数は100、300、500と膨れ上がり、最後のノーツを叩きつけた瞬間──
──ピピピッ!
画面には、誰も達成したことのない最高得点と【ALL PERFECT】の文字が眩しく輝いた。杏子は息を荒くしながら、勝ち誇った顔でキングを見上げて言った。
「はーっ、はーっ……! どうだおっさん! これがアタシの最高記録だ! さあ、次はあんたの番だ。化物のステップってやつを見せてみな!」
( 無理無理無理無理!!! なにあの動き!? 人間じゃないじゃん! 足が16本くらいに見えたぞ!! あんなの俺がやったら1秒で足がもつれて筐体に顔面を強打して前歯が全部折れるわ!!
……でも待てよ、俺の番だよな。乗るしかないのか。乗るしかないけど、一歩も動けずに【Eランク(ゲームオーバー)】になったら、その瞬間に『なんだ、ただの凡人か』ってバレて、あの槍で風穴を開けられる……!
あぁ、もうダメだ、足がすくんで、パネルの上に乗ることすらできない……!!)
キングは、極限の恐怖で顔面を完全に蒼白にし、全身の筋肉を硬直させたまま、ガタガタと震える足でなんとかステップパネルの真ん中に立った。 腕を組み、彫刻のように険しい顔のまま、スタートボタンを押す。杏子と同じ、最高難易度のステージが始まった。
ノーツがものすごい勢いでせり上がってくる。しかし、キングは一歩も動かない。腕を組んだまま、微動だにしない。
(おいおい、おっさん? 諦めてフリーズしちまったのか──)
その時だった。
最初の矢印が判定ラインに重なった瞬間、キングが乗っている古い筐体の内部で、突如として激しいスパークが発生した。杏子の凄まじい超絶ステップによって筐体が激しく激震し、内部の配線がイカれてしまっていたのだ。
──ピピピピピピピピピピピピピッ!!!!
筐体のスピーカーから、バグったような電子音が超高速で鳴り響く。
システムエラーを起こした判定基盤は、キングがパネルのすべてを同時に、常時、神速でパーフェクトタイミングで踏み続けていると誤認識(バグ)を起こしてしまった。
画面のコンボカウンターが、恐ろしい速度で爆発的に上昇していく。
『PERFECT!!』
『PERFECT!!』
『PERFECT!!』
『PERFECT!!』
キングはただ、恐怖で直立不動のまま、冷や汗を滝のように流して固まっているだけだった。しかし、画面のスコアは杏子の記録をあっさりと塗り替え、カウント不可能のカンスト数値を叩き出した。
楽曲が終了する。画面に表示されたのは、杏子の記録を遥かに凌駕する、見たこともないバグ画面の【TRUE PERFECT(理論値上限)】の文字だった。
(え???? なにこれ???? バグった???? 画面が緑色になって数字がバグってるんだけど。俺、一歩も動いてないのに点が入ったぞ?
…あ、もしかしてこれ、古い筐体だから彼女が暴れた衝撃でセンサーがイカれただけか……? 点数はなんかバグってるけど、ゲームオーバーのブザーが鳴らなかったから、とりあえずいいのか……??)
キングは、腕を組んだ姿勢のまま、フッと深くため息(安堵の息)をつき、ドスの利いた声で呟いた。
「……やはり、この程度の『仕様(システム)』か。……画面の枠に囚われているうちは、俺の領域には届かないと言ったはずだ」
キングはそれだけ言い残すと、腰が抜けてガクガクする足を必死に隠しながら、渋いポーズを崩さずに無言でゲームセンターを立ち去っていった。
その場に取り残された杏子は、冷や汗を抑えられず、全身を震わせながら、筐体とキングが去った入り口を交互に見つめていた。
(う……嘘だろ……一歩も、動かなかった……。足どころか、服の裾一つ揺らさなかった……。なのに、筐体のセンサーが『全てのステップを同時に踏まれた』って認識してバグを起こしやがった…
……いや…あのおっさん、動かなかったんじゃない……!)
(……えっ?……何が起こったの…!?)
杏子とキングの対決を隠れて見ていたほむらは、キングが何をしたのかまったくわからなかった。
「……佐倉杏子。キングはさっき何をしたの…?」
杏子は全身を震わせながら、ほむらに対して、キングが起こした行動について語る。
「……キングは…アタシの目が追いつかないほどのステップを、あの一秒の間に何万回と踏み込んでた…。あまりに速すぎて、残像すら残らずに、アタシには『止まっている』ように見えただけなんだ…! 」
「…どういうこと……?」
ほむらには、杏子が発した文脈は理解していたが、それが現実に起こった出来事であることとは信じられなかった。あまりに理解を超えた現象としか感じられなかった。
「アンタがもし…キングの何かを探っていたとしても、あいつには逆らわない方がいい…あのマミが入れ込むわけだ…。
……魔法少女とか魔女なんてレベルじゃねぇ…あいつは世界のルールすら力技でへし折る、化け物中の化け物だ……!!アタシの槍じゃ…届くどころか構える前に殺されちまう……!」
(佐倉杏子がここまで怯えるなんて…。あの男……。まさか本当に、この世界の概念すらもへし折る存在だっていうの……!?)
ほむらは、キングに対する警戒心を突き抜け、額から冷や汗を流していた。
しかし杏子は、自分が挑もうとしていた男の『底知れない深淵』に心の底から戦慄し、それと同時に、これほどの高みにいる男にいつか認められたいという、猛烈な憧れと狂信の炎をその胸に灯すのだった。
その翌日。
マミに負担をかけさせないため、そして『キングマスターの弟子』として早く成果を出したいと焦るさやかは、いつになく殺気立って張り切っていた。
そんな彼女を心配したまどかは、さやかの異変に勘付きつつも、無茶だけはさせまいと共に付き添っていた。
薄暗い路地裏で、使い魔を見逃した杏子を目撃するさやか。自らの魔法少女としての信念を主張する杏子と、それを阻むさやかが、互いに武器を構えて対峙していた。
「へえ…マミが中々来ねぇと思ったら、出てきたのはその出来損ないとただの一般人のギャラリーかよ。おめでてー頭してんなぁ。」
「アンタね……! さっき逃げた使い魔をわざと見逃したでしょ! 人間が襲われるのを指をくわえて見てるなんて、そんなの魔法少女のやることじゃないわ!」
「さやかちゃん、もうやめて……! 二人とも、戦うなんておかしいよ……!」
まどかが涙目でさやかの袖を引っ張るが、さやかの怒りは収まらない。
「ハッ…何が正義の味方だ。使い魔が人間を食って魔女に育たなきゃ、グリーフシードが手に入らねぇだろ。それとも何だ?マミの奴みたいに、キングにお茶淹れて精神安定剤にしてる異常者にでもなれってか? 」
「……ッ!! アンタ、今なんて言ったの……!? マミさんがマスターにお茶を淹れるのは、弟子としての当然の嗜みよ! アンタみたいな外道に、キングマスターの崇高な教えや、マミさんの覚悟を侮辱される筋合いは無いわ!!マスターの弟子として、アンタを認めるわけにはいかない!!」
「……キングの弟子?おまえが?笑わせんな…!」
さやかと杏子が激突した、その同時刻。
キングは暇だったので、見滝原市内にあるゲームセンターを巡回していたところ、予想外に面白いゲームが3つあった。同時間帯に発売される限定版を購入するため、なけなしの金を握りしめ、あらかじめ脳内で構成した最速ルートによって、全ての限定版を購入する最適ルートを進めていた。
ちょうどその通り道を用いれば、一般的なルートに比べて1分28秒のショートカットとなる。全ての限定品を揃えるには好都合のルートだった。
だが、今回は何故かそこで杏子とさやかが衝突していた。1分14秒のロスタイムである。
(おいいいいい完全にロスタイムじゃねぇか!!何でここで争ってんだよ!!せめて通させてくれよちくしょおぉぉ!!)
《ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!!》
路地裏に出現したキングエンジン。杏子の記憶から、『あの日のゲームセンターのトラウマ』が甦った。
「……なッ!!キング!?…チッ…!」
杏子は途中で戦闘を切り上げ、蜘蛛の子を散らすかのように去っていった。さやかも、キングの顔を見た瞬間、表情がみるみると青白くなってゆく。
「す、すいませんマスター!!」
さやかは『キングが自分たちの小競り合いに深く怒りを抱いている』と感じ、路地裏の端に寄り、深々と頭を下げ、まどかもキングに対しぺこりと頭を下げた。
(あれ?なんかわかんないけど終わった…!やべぇ急がないと!!)
しかし、杏子とさやかを仲裁しようとビルの上で伺っていたほむらは、またもやキングが介入したことに目を見開き、すぐさまキングに接触した。
「待ちなさい…。あなた、さっきから何を企んでいるの…。」
(うわっ!またこの子かよ!!今はホントに邪魔だから早くどっか行ってくれよ!!)
「……お嬢さん…。悪いが俺は今『重大なミッション』(限定品獲得)の最中なんだ。お引き取り願おうか……!!」
(『重大なミッション』……!?)
イレギュラーな男が発する『重大なミッション』。ほむらに心当たりは全くなかったが、キングの鬼気迫る圧力により、ほむらは反射的に引かざるを得なかった。
しかし、キングの求めていた品は、残念ながら入手することはできなかった。移動の途中で売り切れてしまったようである。
(嘘だろ……。脳内で構築した最速ルートを進んでたのに……。あの三人のロスタイムのせいで、限定版の特典コードが……俺のマイコレクションが……っ!)
キングは地面の砂を握りしめ、ガタガタと震えながら血の涙を流さんばかりの形相でうなだれている。
(終わった……。もう手に入らない……。あの時、力ずくで通り抜けるべきだったんだ……。こんな、こんなクソみたいな結果が待っていたなんて……っ!!)
その時、極限のストレスと絶望によって、街の喧騒をかき消すほどの重低音が鳴り響いた。
《ドッ……ドッ……ドッ……!》
周囲の空気が物理的に歪むような、『キングエンジン』の咆哮である。
──その様子を、数メートル離れた電柱の影から、ほむらは冷や汗を流しながら凝視していた。
(なんて、底知れない絶望なの……!? 魔女化すら生ぬるいほどの、圧倒的な魔力が、あの男の身体から溢れ出している……!?)
(……先ほどの『重大なミッション』は……失敗に終わったというのね。…あの男が、あそこまで無惨に地を這い、悔しさに震えている……。私が知らない裏のタイムラインで、どれほど凄惨な『ゲームオーバー』が確定してしまったというの……!?)
「……すべてが手遅れだ……」
地面を見つめたまま、ドスの利いた低い声で呟くキング。ほむらの冷や汗は、もはや止まらなかった。
(……!!…世界を裏から支配していたあの男が、『すべてが手遅れだ』と絶望している……。ワルプルギスの夜を前に、この見滝原は、もう取り返しのつかないバグに侵食されてしまったというの……!?)
ほむらは目を強く瞑り、奥歯を噛み締めながら、静かにその場を去っていった。
だが、キングは知る由もない。 仮に1分28秒を削減できていたとしても、店の売り切れ時刻はさらにその5分前だったということを。
その場に取り残されたキングは、虚ろな目で宙を見上げていた。
(……あ、転売されてる。価格3倍かよ……。俺のなけなしの購入資金が……本当にゲームオーバーだよ……)
キングは『無理にでも通過すれば良かった』と悔い、ほむらは『キングのミッションについて強く問いただせば良かった』と悔いる。
両者の食い違いは、留まることを知らず、ただ深い後悔ばかりが路地裏の水溜りに残っていた。
魔法少女まどマ⭐︎キング第5話 完
ここまでご覧いただきありがとうございます!
第5話にてようやく主要メンバーが揃いました。ここからはようやくまどマ☆キングの本領発揮です。
これにて「勘違い系ギャグコメディ」としてのまどマ☆キングから「勘違い系クロスオーバー」としてのまどマ☆キングに変容していきます。ぜひ最後までお付き合いしていただければ幸いです!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、感想などでお知らせしていただけると大きな励みになります!
第6話は今週金曜の19:00に公開予定です。処分予定のゴミで場を制するキングをぜひご覧ください!