前半のキングの部屋でのアットホームな和解から一転、後半は原作通りの過酷な現実が魔法少女たちを襲います。
【こんなの絶対おかしいよ】
──さやかとの衝突から一夜明けた、その日の夕暮れ。
マミの後をつけ、キングの家を突き止めた杏子は、キングの自宅を訪れていた。そのとき、ちょうど部屋から出てきたマミとドアの前でバッタリ鉢合わせた。
「佐倉さん。どうしてあなたがここにいるの? ここはキング先生の聖域(プライベートエリア)よ。あなたが出入りしていい場所じゃないわ。」
「アタシはアンタじゃなくてキングに用があんだよ。そこをどけ……!」
アパートの狭い廊下で、互いのソウルジェムがパチパチと火花を散らし、虚空に武器の輪郭が具現化しかけたその瞬間、『ガチャッ』と重々しい音を立てて、キングの部屋の扉が開いた。
(……今日の買い出しと、ゲームトーナメントの申し込みをサクッと済ませて……って、なんだこの修羅場!?)
ドアを開けた瞬間、先日のヤンキー少女(杏子)とマミが殺気全開で睨み合っている。キングの心臓は恐怖と驚きで一気に跳ね上がっていった。
《ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!》
廊下に響き渡る圧倒的なキングエンジン。
マミと杏子は、その恐るべきプレッシャーの源が『二人の間に割って入るように、一歩を踏み出したキング』であることに気づき、息を呑む。
(先生……! 私たちを止めるために、自ら間に入ってくださったのね……!)
(早くどいてくれ……俺はスーパーに行きたいだけなんだ……!!)
(……ッ!?…アタシらの殺気を、ドアを開けただけで霧散させやがった……!)
しかし、杏子とマミはキングの顔を見たまま硬直していた。彼女たちの睨み合いの距離も近く、巨体のキングが間から通り抜けようとする隙もなかった。
『十代半ばの少女が巨漢の男の部屋に出入りしている』と一度通報されてしまったキングにとっては、この状況自体が事案になりかねない。とりあえず二人を部屋に招くしかなかった。
「……二人とも上がれ。」
──家賃6万4000円の狭い一室に、重苦しい沈黙が流れる。
キングは腰を掛け、腕を組んだまま、眼前の二人の少女を冷徹な眼差しで見つめていた。
その内心は、一刻も早く買い出しに行きたい焦りと、中学生を部屋に連れ込んだという社会的リスクへの恐怖で破裂寸前である。
(頼むから早く帰ってくれ……! こんな狭い廊下で中学生の女の子二人が殺気立ってたら、近所の住人に通報されて一発アウトだぞ…!
…また警察が来て事情聴取なんてことになったら、今日のタイムセールも、格ゲーの受付締め切りも、全部パーだ……!)
身分証も戸籍もないキングは、警察の事情聴取に途方もないほど苦労していた。偶然遊びに来てくれたまどかの弁明、母親の電話保証、キング本人の威圧感により『事件性なし』と判断され事なきを得たが、もう二度とあんな経験はしたくない。
一刻も早くこの場を解散させるため、キングはドスの利いた声を絞り出した。
「…君たち……これ以上、俺のテリトリーでくだらない『ロスタイム』を作るな。」
「……あぁ!?」
「先生……。」
「どんな小競り合いしていようが、俺の知ったことではない。だがな、そんな無意味な時間のために、大元のスケジュールが狂わされる側の身にもなってみろ。……非効率極まりないクソムーブだ。」
キングは、また警察の世話にはなりたくないから廊下で喧嘩するなと言いたかっただけだが、その冷徹な貌から放たれる圧倒的な威圧感は、二人の少女の脳内を全く別の方向へと加速させた。
(……ロスタイムだと……!? マミと喧嘩しようとしてんのを、こいつは『大元の目的(魔女の討伐)を狂わせる無意味な時間ロス』だって一瞬で見抜いて、切り捨てやがった……!)
(…先生は、私たちの思想の違いで足を引っ張り合っている現状を、憂いていらっしゃったのね……!)
マミは、キングのロスタイム論を、『くだらない小競り合いで時間を無駄にせず、協力できる所は協力して、見滝原の平和という本来の目的に立ち帰れ』という意図として受け取った。
「……分かったなら、さっさと立ち回りを整えろ。無駄な諍いをしている暇など、誰にもないはずだ。」
しかし、二人が抱えている問題は、魔法少女としての信念に関わる。いくらキングの論理が正しいといっても、二人の間にできた溝をすぐに埋めることは難しかった。
これは長期戦になると見込んだキングは、二人を見渡してから軽くため息をつくと、ひとまず一旦トイレに行こうと立ち上がった。
(先生……!まさか……!)
キングが立ち上がった時、何かを察したマミは、すぐさまキングに言葉を添えた。
「キング先生!!ここは私が…!」
(えっ?トイレ??)
「……私たちの対立によるロスタイムをなくそうと、先生自らお茶を振る舞おうとしていたのですね…!」
「……!そういうワケか…」
(いや…ちが……)
「これは私と佐倉さんの問題…!これ以上先生のお手を煩わせる訳にはいかないわ……!」
「まぁ……確かにそーだな…悪かったなキング。アンタがそこまでする必要はねぇ。マミとの折り合いはこっちでつける。」
「………そうか。」
キングはもはや座るしかなかった。
──そこからは早かった。キングがギリシャ彫刻の哲人のような顔立ちで耐えている間に、あずかり知らぬところでいつの間にか協力体制が可決され、元・師弟の熱い和解が成立した。
こうして双方の折り合いがついた頃には、杏子はマミが淹れた紅茶を飲みながら、手持ちの小袋のお菓子を食べ尽くしていた。しかし、もっと食べたいが手元に何もないことに気づき、気まずそうに指をくわえている。
「……食うか?」
見かねたキングは、隣に置いた袋から、甘ったるくておいしくなかったから、買い出しのついでに処分しようとしていたゲーム特典の「海外製のよくわからない赤や黄色、青や紫の混じった奇抜なチョコレートバー」を杏子に渡した。
長らく棚の奥に封印されていたが、事あるごとにマミの紅茶セットに侵食されかけていたため、もはや余分な物を入れる余地もなかった。キングにとっては、またとない好都合である。
「……へっ。ありがたく頂いとくわ。アンタが『足元の小さなリソース(お菓子)の奪い合いなんてくだらない、これでさっさと立ち回りを整えろ』って言いたいのは、よーく分かったからよ。」
(え?いや、捨てるくらいならあげた方がいいかと思って渡しただけなんだが……まぁ喜んでくれるなら…。)
「……そうか…全部持ってゆくといい。」
食い物を無駄にするくらいなら必要とする人間に渡した方がいい。ゴミも処分できて、杏子の機嫌も取れる。キングにとって一石二鳥だったので、杏子にチョコレートバーの入った袋ごと渡した。全部で16本ほど入っている。
(あぁ…先生は佐倉さんのハングリー精神すら見抜いて、施しを与えて改心させようとしているのね……。なんて底知れない慈悲深さかしら…!)
(ゴミも場合によっては使いようだな…いらない食べ物あったらこの子にあげよう。)
キングの深い慈悲に感服した杏子は、機嫌良くチョコをかじりながら部屋を後にした。
キングにお礼を述べた後、帰路に着こうと歩みを進めていたマミの前に、ほむらが立ち塞がった。
「巴マミ…あなたに話があるのだけれど…。」
「……暁美さん…?何の用かしら?」
マミはソウルジェムを顕現させたが、ほむらはその態度を遮るかのように話を続けた。
「…あなたと戦いに来た訳じゃない。美樹さやかについて話があるの。」
「…どういうこと……?」
──同時刻。キングの部屋を出て、ゲームセンターに通った直後。歩道橋に差し掛かった杏子の前に、血相を変えたさやかが立ち塞がった。
「佐倉杏子…! アンタ、使い魔を放置してゲーセンで遊んでたんだってね……! しかも、マスターから『特別な力(チョコ)』まで貰い受けたって……!」
「あ? あぁ、これのことかよ。キング直製の回復アイテム(チョコ)だよ。美味いぜ?
……お前さぁ…、そんなにカリカリして、キングの教えの何を学んでんだよ…」
「アンタみたいな自分勝手なヤツに、マスターの高潔さが分かってたまるか! マスターは、無駄のない完璧な効率で人々を救う、無私無欲の『本物のヒーロー』なんだよ!それなのにアンタは、自分の利益のために使い魔を放置して……!」
「ハッ、おめでてー頭だな。キングがアタシに言ったんだよ。『くだらないロスタイムを作るな』ってな。目の前の小さな効率(使い魔)に囚われて、大元の立ち回り(魔女)を崩す方がよっぽど『クソムーブ』だってことだよ。お前のなりふり構わず戦う効率の悪いやり方、見てて反吐が出るんだわ」
「……っ!……私のやり方が、出来損ないだって言うの!?だったらどっちの『立ち回り』がマスターの教えに相応しいか、ここで白黒つけてやる!!」
杏子は深くため息をつきながらも、自らのソウルジェムを顕現させた。
「おいおい…キングの名前出して偉そうに語んじゃねぇよ。お前のガタガタな立ち回りのどこがキングの弟子だって? キングの顔に泥塗ってんのはお前だろ……ちょっとお仕置きしてやるよ。」
杏子としては、すでにマミやキングと和解しているため、見滝原の縄張りを荒らすような無駄な戦いをするつもりは微塵もない。
しかし、さやかがキングの名を出して正義論を吹っかけてくるため、杏子にとってはさやかが気に食わなかった。
魔法少女へ変身しようとするさやか。杏子も魔法少女へ変身し、槍を構えた。無駄な戦いであることは言うまでもないが、両者のプライドを賭けた戦いは、もはや止められなかった。
その時──
「さやかちゃん、やめて!!」
その暴走を止めるため、必死の思いで二人の間に割って入ったまどかは、さやかの手元で怪しく光る青い宝石、ソウルジェムを、衝動的に小さな手でひったくった。
まどかは涙を流しながら、奪い取ったソウルジェムを、歩道橋の下を走る道路へと向かって思い切り投げ捨てた。
放り出された小さな光は、運悪く下を通りかかった大型トラックの荷台へと吸い込まれ、そのまま猛スピードで遠ざかっていく。
その瞬間だった。
「あ……ぁ……」
さやかの瞳から、ふっとすべての生気が消え失せた。糸の切れた操り人形のように、その身体がガクガクと崩れ落ち、目の光を失い、歩道橋のアスファルトへと崩れ落ちた。呼吸は止まり、その胸の鼓動も沈黙している。
「さやかちゃん!? 嘘、息をしてない……! 嫌、嫌だよさやかちゃん!!」
泣き叫ぶまどかと、訳もわからずただ立ち尽くしている杏子。
そして、賞金付きのゲームトーナメントを申し込みにゲームセンターへ赴いたものの、身分証と銀行口座が必要であることから応募できず、俯きながら途方に暮れていたキングは、偶然その現場に居合わせていた。
よりによって、また中学生たちの物騒な修羅場のエンカウントエリア(現場)を踏んだキングは、腕を組んだまま、微動だにしない。
あまりの恐怖に呼吸すら忘れ、ただ冥府の王のごときドス黒いオーラを放って固まっている。
(……は???? え???? 待て待て待て!!! さやか氏!? なんで急に倒れてんの!? 心停止!?)
まどかがさやかのソウルジェムをひったくったところから目撃していたキング。ソウルジェムが離れた瞬間に、さやかが倒れたことがあまりに理解できなかった。
(……いや、おかしいだろ! さっきまどか氏がさやか氏から綺麗な宝石ひったくって、橋の下にポイ捨てした瞬間に、さやか氏の電源が切れたぞ!?)
そのとき、現場に居合わせていたキュゥべえから、衝撃的な真実が明かされる。魔法少女は、ソウルジェムが本体であり、体は器でしかないというのだ。
(え? キュゥべえ今なんて言った? 『本体があっちで、体はただの器』…?……ってことは何?? あの宝石がさやか氏の『本体』で、この倒れてる中学生は、ただの『リモコン操作のラジコン』だったってことか!?)
あまりに理不尽な生命維持装置(仕様)に対する恐怖と、中学生の女の子たちがそんな危なっかしい身体で戦わされているという衝撃。キングの驚愕は止まらなかった。
(宝石が離れたから通信エラー(圏外)になって、ラジコン(肉体)の電波が途切れて仮死状態になったのかよ!! どんな超ハイテクラジコン仕様なんだよあの子たちは!!
…っていうか、壊されたら即死のコア(本体)を、あんな無防備に体外に剥き出しにして、今まで国家予算並みの超絶バトルしてたのかよ!! 命がいくつあっても足りねえよ!! 危なすぎるだろおおお!!!)
キングの顔面は完全に血の気が引き、蒼白を通り越してドス黒い殺気すら孕んだ『凄まじい冥府の王のフリーズ』と化していた。あまりのショックに、呼吸すら忘れて直立不動で固まっている。
《──ドッ。》
沈黙した戦場に、その鼓動が落ちた。
《──ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!!!》
歩道橋のコンクリートをびりびりと震わせる、怒りと恐怖の重低音。
マミとの対話により、現場に遅れて合流したほむらは、キングの凍りついた横顔と、空間を支配するキングエンジンの波動を浴びて、ハッと息を呑んだ。
(美樹さやか…まさか…!…えっ!?キング!?!?)
ほむらは冷や汗を滝のように流しながら、キングに向かって叫ぶように言い放った。
「私が回収してくるわ!!キングはそこから動かないで!!!」
ほむらは即座に時間停止を発動し、トラックの方向へ向かって跳躍していた。
( なんか俺の顔見てめちゃくちゃ青ざめた顔で跳んでいった!! 早くさやか氏を復旧させてあげて!! 俺は1ミリも動けないから、言われなくてもずっと立ってるよ!!)
キングは腕を組んだまま、夕闇の中でただ直立不動のポーズを維持し続けた。
(あのプレッシャー……! キングの顔が怒りで完全に凍りついている……。キングにしてみれば、この世界の歪みなんて、とっくに把握していた仕様に過ぎない。
…それを私が手荒に扱ってまどかを泣かせたことにキレているんだわ……! 殺される……これ以上キングの不興を買ったら、私が時間逆行する前に消される……!!)
ほむらは杏子とキングの接触で、『目が追い付かないほどの神足ステップ』の瞬間を目撃している。これ以上の不手際は、時間逆行を行う猶予すらなくキングに殺されてしまうかもしれない。それだけは避けたいと、死に物狂いでトラックを追っていた。
激走するトラックの荷台へと消えていった、さやかのソウルジェム。
そして、それを『通信圏外(仮死状態)からの復旧作業』として必死に回収しに向かったほむらの背中を見送ったあと、歩道橋の上には、表現しようのない、重苦しく奇妙な沈黙が降りていた。
手すりの上から眺めていたキュゥべえは、ソウルジェムの真実に拒絶反応を示す少女達に違和感を覚えていた。
「なぜ君たちは魂の場所にこだわるんだい?君たちの肉体は少しでも傷が入ると動けなくなる。だが、ソウルジェムが破壊されない限りは肉体がいくら損傷しても死ぬことはない。普通の肉体よりも便利だろう?」
(便利だろじゃねぇよ!!! 初期設定の説明書にデカデカと書いておけよそんな重要事項!!
…利用規約のスクロールしないと読めない最下部にちっちゃく『※なお、本契約においてお客様の肉体はゾンビ化します』って書いてあるタイプの悪質なクソ運営かよ!!)
「さやかちゃん……。わたし……なんてことを……」
自分のしでかした事の恐ろしさに気づき、歩道橋の床に崩れ落ちて泣きじゃくるまどか。その傍らで杏子は、手にした槍を消滅させることすら忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(……なんだよ、これ。なんなんだよ、このゲーム(世界)のルールは……)
キュゥべえが語った「魔法少女の本体はソウルジェム」というグロテスクな真実。杏子は、キングから譲り受けたあの青いチョコレートの袋を、ポケットの中で強く握りしめた。
(キング……アンタ、最初から知ってたんだな。アタシらに『くだらない小競り合い(ロスタイム)をするな』って言ったのは、命のやり取りですらない、ただの『通信エラー(圏外)』で簡単に壊れちまう人形同士の喧嘩が、あまりにも滑稽で、愚かに見えたからなんだろ……?)
全てを見通していながら、直接真実を語らず、ただ「チョコ」を渡したキングの冷徹なまでの高潔さに、杏子は背筋が凍るような恐怖と、同時にどうしようもない敗北感を抱いていた。
泣き叫ぶまどかの声と、遠くを走るトラックのロードノイズだけが、夕闇に染まる見滝原に虚しく響いていた。
杏子はまどかを見下ろし、短く舌打ちをすると、何も言わずに背を向けて、闇の中へと消えていった。
魔法少女まどマ⭐︎キング6話 完
ご覧いただきありがとうございました!
インキュベーターの悪質な規約の数々。ヘビーゲーマーのキングにとっては完全にクソ運営のそれでした。
今回はさやか氏の通信圏外事件となります。キングはもはや何をしても深読みされることになりましたね。ですが、この世界の理不尽な仕様を前に、物語の歯車はここから徐々に崩れ始めていきます。
もしよろしければ、今回の「トイレに行きたいだけのキング」や「クソ運営へのツッコミ」など、クスッと笑えたポイントを気軽に感想欄で教えてもらえると励みになります。
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第7話は10/9(金)19:00公開です。ほむらがマミにどう警告したのか。そして、キングがさやか氏を励まそうと試みますが、それがどうなるのか…ぜひご覧いただければ幸いです。