王の咆哮を是非ご覧ください。
【そんなの、あたしが許さない】
家賃6万4000円のオタク部屋が、かつてないおぞましい絶望に支配された瞬間だった。
「ソウルジェムが完全に濁ると、ソウルジェムはグリーフシードに生まれ変わり、魔女が生まれる。君たちはそういう運命なんだ。」
「すべては宇宙の寿命を伸ばす為にある。君たちの感情エネルギーは宇宙の運命を凌駕するエネルギー源になりうるんだよ。」
キュゥべえが淡々と語った魔女化の真実。
「君たちはキングの教えに従う事で、魔女となったかつての魔法少女たちを、効率的に処分していたことになるだろう。キング。やはり君は僕たちと同類、いや、それ以上の冷徹な合理主義者だね。」
ガシャッ──
マミは、キング達へ運ぶ途中だった紅茶や、割れたティーカップを呆然と見つめながら壁にもたれかかっていた。その温かいはずの液体が冷えていく様子が、彼女たちの誇りのカウントダウンのようだった。
(インキュベーター……!!よりによって、こんなときに……!!)
まどかは溢れそうになる声を殺しながら床にうずくまり、ほむらですら言葉を失い失意の底へ溺れていく。
(……あの子たちに良かれと思って教えていたゲーム知識……。それが、あの子たちをただの『効率的な歯車』にさせるための、クソ運営の手助けになってたっていうのか……!?)
キングにおいても、『生き残ってほしい』という自分の良心からのアドバイスが、インキュベーターが生み出した魔女を減らすための『処理業者』を輩出させていた事実に狼狽えていた。
そんな中、キュゥべぇは彫刻のように険しい貌のままフリーズしているキングへ、あざ笑うかのように無機質な赤い目を向けた。
「君ほどの男なら、このシステムの何が不満なんだい? 君の圧倒的な力があれば、彼女たちが魔女になった瞬間にねじ伏せて消し飛ばしてしまえばいい。それとも何だい? 君は彼女たちの命を救う領域などと言いながら……実は、目の前の魔女一匹すら自分の力では倒せない、ただの『口先だけのハッタリ』なのかい?」
(あぁっ!!? 今こいつ何つった!? 怪物になった瞬間に俺の力でねじ伏せればいいだと!?ふざけんなよクソ運営があああ!!!
俺が魔女一匹すら倒せるわけねぇだろ!! 使い魔の時点で心臓止まりかけてんだよ!! マミ氏の必殺技に毎日怯えて暮らしてんだよこっちは!!)
──などという情けない大人の本音は、極限の恐怖によって硬直したキングの顔面により隠蔽されていた。
側から見れば、それは『クソ運営』のすべてを見通し、今にもその存在を消去せんとする絶対強者の威圧そのものだった。
(それを、あの子たちが怪物になるのをただ眺めて、最後は俺に処理させようとしてんのか!? ユーザー同士を内ゲバさせてエネルギーを回収しようだなんて、どこまで悪趣味なデスゲームをプロデュースしてんだよお前は!!
……そんな悲しいバッドエンド、一人のゲーマーとして、そしてあの子たちと一緒に島開拓してきたご近所の大人として……絶対に…、絶対に認められるかよおおお!!!)
恐怖を完全に超越した、クソ運営に対する純粋な「怒り」が、キングの身体を突き動かした。
《──ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!!!!!!》
マンションの窓ガラスをビリビリと震わせる『キングエンジン』の重低音。
キュゥべえを正面から睨みつけるキングの貌は、怒りのあまり血管が浮き出し、まさに「冥府の王」そのものの凶悪さだった。ハッタリを確信しかけていたキュゥべえの演算システムが再びパニックを起こす。
(バ、バカな……!? エネルギー数値はやはりゼロだ! なのに、この皮膚を刺すような絶対的な殺気と威圧感の正体は何なんだ!?)
部屋全体が黒く澱み、マミが『あの最悪な選択肢』をよぎらせたそのとき、まどかが、溢れる涙を止められずに叫ぶように声を上げた。
「…ち……違うの、みんな聞いて……! 今は…私たちが落ち込んでる場合じゃないの……!! さやかちゃんが……さやかちゃんが、大変なの!!
…さやかちゃん、自分の身体がゾンビみたいになったこともショックだったのに、『キングマスターっていう、あんなに最高の人が信じて保証してくれたのに、自分は嫉妬や醜い絶望を隠せない最低のクソキャラだ』って……! マスターの期待を裏切っちゃったから、もうあの部屋に帰る資格なんてないって……!!」
(さやか氏……!! 何がゾンビだよ! 何が帰る資格がないだよ!! あの子は、恭介って少年のために自分の命を懸けて、誰かを守るためにボロボロになって頑張ってきたヒーローだろ!!
…それを、こんなクソ運営の用意した理不尽な初期設定のせいで、自分を醜いなんて責めて、一人で泣いてゲームオーバーを迎えるなんて……そんなの、絶対にあってたまるかよ……!!!)
『ちょっと危ないけど真面目で正義感がある子』として、キングが少女たちの中で一番気にかけていたさやかが魔女になるかもしれない。
そう考えたキングは、冥府の王のような容貌を保ったまま徐に立ち上がった。少女たちは息を呑んでキングを見上げる。
「行くぞ。……テリトリープレイヤーが、勝手にバッドエンドを迎えるなど、この俺が絶対に許さん……!!」
「……!!」
キングの怒りと決意を受け、少女たちは一斉に立ち上がる。彼女たちは、魔女化の真実により濁ったソウルジェムから魔法少女に変身し、さやかと杏子を探しに窓から飛び出そうとした。
──そのとき、土砂降りの雨粒が、落下を忘れたかのように空中で停止した。
「………!?」
「私が時を止めた……。マミはリボンを全員に付けて。時間が無いわ……早く!!」
(んん!!? 何これ!? 急に部屋のテレビや照明がセピア色になって完全にフリーズしたんだけど!? あ、キュゥべえのやつも剥製みたいに固まってる……。 何このイベント演出!? クソ運営のイベントカットシーンに強制突入したのか!!?)
次の瞬間、キュゥべえだけを残し、キングの部屋には、ただ電気だけがつき、床が紅茶で水浸しになり、窓が空いたままのもぬけのからとなっていた。
「……やはり僕の観測機器のバグか。あの男は触れてはならないイレギュラーだ…」
マミとほむら、キングとまどかに別れ、さやかを探していたが、やみくもに探していては埒が明かない。マミは、さやかの居場所に心当たりがないかほむらに問いただした。
「…心当たりなら2つあるわ。駅のホームか閉店後のゲームセンターの路地裏ね。」
「ええ……?そんなのどうやってわかるのよ…。」
「統計よ。この2つなら駅のホームにいる可能性の方が高いわ…。」
「……?…行ってみるしかないわね…。」
その頃、まどかとキングは、ほむらと通話を取りながら、さやかがいそうな場所に走って向かっていた。
「キングさん!早く急がないと!!」
「フウウウウ…フォ”ォ”ォ”ォ”…!!」
(し、死ぬ……!いきなりマラソンはきつい…イベントのカットシーン(時間停止)が終わった瞬間、いきなり大雨の屋外でマラソンが始まるとかどんな鬼畜ゲームだよ!!
…普通は暗転挟んだら目的地までファストトラベルさせてくれるだろクソ運営!!クソ!早くさやか氏を見つけないと……!!)
土砂降りの雨が激しく叩きつける、見滝原市の薄暗い駅のホーム。
今にもソウルジェムが完全に真っ黒に染まりかけていたさやかと杏子を、ほむらたちはついに見つけ出した。
しかし、魔女化の真実によるショックと急激な魔力の過剰使用により、マミや杏子はおろか、ほむらでさえも、ソウルジェムがさやかと遜色ないほど濁り、満杯のグラスに一滴の水が入ることで、誰が魔女になってもおかしくない、極限状態の空間へと変貌していた。
キングの鋭い一喝を頼りに、彼女たちはついにさやかたちを見つけ出した。しかし、無事に出会えた安堵も束の間、『その後について』を明確に考えている者は誰一人として存在しなかった。
さやかの濁ったソウルジェムをどうするのか?
説得して魔女化を留まってもらうのか?
自分たちのソウルジェムの濁りはどうする?
魔女化の真実にはどのように向き合う?
もしさやかが魔女になってしまったら──。
──その答えを明確に持っている者はこの場にいない。ただ、仲間の危機を知り、全員が土砂や雨水で水浸しになりながら、衝動的に駆けつけただけであった。
「……みんな……? なんで……わたしなんかを探しに……。わたしはもうダメだよ。マスターの言葉を裏切って、醜い感情で満たされた、最低のクソキャラなんだ……」
「……なに言ってんだよさやか!!キングがそんなことでクソキャラだなんて言うわけねぇだろ!!」
さやかが思いとどまるよう、杏子はさやかの元へずっと付き添い、できる限りの説得を試みていたが、彼女たちの視座は、その先の命の奪い合いに集中するほかなかった。
(……少しでも魔女化の片鱗を出したら攻撃するわよ…)
(……えぇ。)
(……っ……!)
マミは起こりうる最悪の結末に備え、ほむらから借りた手榴弾をポケットに忍ばせ、指を震わせながらさやかに銃口を向けていた。仮に魔女化したさやかに魔力を用いれば、今度はマミ自身も魔女化してしまうかもしれない。
だが、ここで止めなければ被害は免れない。マミは、自分がその後どうなるかを理解しながらも、仲間を撃たねばならない理不尽に指を震わせていた。
(先生……私たちはどうしてこんなことになってしまったの……?)という悲痛な問いが、彼女の視線を曇らせる。
新人の育成すらできず、仲間を処理することしかできない自らを無能な先輩と断じ、理不尽なゲームの攻略法をキングの到着にひたすら求め続けていた。
「……さやかちゃん!!」
「下がっていなさい。あなたが立ち入れる空間ではないわ……。」
まどかがほむらたちと合流するも、あまりに異様な空気から、さやかに近づくことができなかった。
マミの銃口を向ける姿、ほむらの佇まい、まどかの表情を見渡し、さやかは自分に何が起きるのかを体感した。
まるで遺言を残すかのように、ほむら達に対して独白する。空間は魔女の結界とも遜色つかないほどに混沌とし、もはや魔法少女ではない人間が立ち入れられる領域ではなかった──
「……みんな…そうだよ。……何のために戦ってたんだろ……。アタシって…ホント──」
《ドッ》
「…え……?」
《ドッドッドッドッドッドッドッドッ…!!!》
──『ある1人の男』を除いては──
──まどかの叫び声から数秒後、肩を震わせたキングが到着した。数ヶ月ぶりの全力疾走と、積み重ねられた運動不足により、キングエンジンは最大出力を放つ。
《ドッドッドッドッ……!!!》
「マ、マスター……?」
(……!…キン……)
「せ…先生……!?」
マミの銃口の照準を遮り、今にも魔女化しそうなさやかの前に、キングが、激しい雨を遮るように大股で歩み出た。
背後から淡々と付き従ってきたキュゥべえが『無駄だよキング。彼女のソウルジェムの穢れは臨界点だ。これは宇宙の熱力学第──』と言いかけた声を、キングの冷徹な一喝がねじ伏せる。
「……黙れ。システム(宇宙の法則)がどうだ、バグ(魔女化の呪い)がどうだ、そんなものはな、お前たちの都合で組まれたただの『クソ仕様』だ。そんなくだらない数値で、この子たちの価値を決めるな…。」
キングは目の前で静かに腰を下ろし、絶望に震えるさやかと同じ目線に合わせて語った。
「……美樹さん。よく聞け。お前は自分を『期待を裏切った醜いクソキャラだ』と絶望しているようだが……。『ヒーロー』ってものはな、最初から完璧なステータスを持った奴のことじゃないんだ。
…どんなに理不尽な難易度のゲームだろうが、どんなに酷いバグだらけのクソゲーだろうが、画面の向こうのキャラクターを動かしているのは……他でもない、お前たちの『心』だ。
……お前が大切な人を救いたいと願い、傷つき、泥をすすりながらも、誰かのために流したその涙はな……お前の心がどれだけに濁ろうが、お前がどれだけ醜いと感じようが、絶対に偽物なんかにならない。お前たちが歩んできた軌跡を、インキュベーターごときに否定させてたまるか。」
「…でも……。わたし…わたし……!」
「お前たちが自分で自分を『怪物』と呼ぶなら、呼べばいい。世界中がお前たちを呪いと呼ぼうが、世界がお前たちを見捨てようが……。地上最強と呼ばれるこの俺が、お前たちのその『心』を、本物の人間だと、気高いヒーローだと、最後まで認めてやる。」
キングは拳を握りしめ、地響きのような重低音を轟かせながら、全身全霊の大人としての本音を吼えた。
「運命が絶望で終われと言うなら、そのルールごと、この俺が叩き潰してやる。お前たちの背負ったバグも、恐怖も、将来の不安も……全部、この俺のテリトリーに置いていけ……!この俺が、お前たちのゲームオーバーを、全力で拒絶してやる。だから……もう一人で泣くな。お前は、何も間違ってないんだ。」
それは、誰の例えでもない、キングの本心から出た精一杯の「慰め」だった。さやかたち魔法少女にとって、自分たちの醜い部分すらも「全部俺のテリトリーに置いていけ」と全肯定してくれたその男の貌は、神よりも神聖な救世主そのものだった。
(……マスターは…わたしの醜い感情も全部知ってて、それすら『引き受ける』って言ってくれたんだ……。)
さやかの絶望の仮面の内側から、大粒の思いが次々と溢れ出した。
「……キングさん……!!」
その瞬間、見滝原市の駅のホームに、まばゆいばかりの純白の光が溢れ出た。少女たちのソウルジェムの穢れが、キングを中心に渦を巻き、やがてキングの前で消失していった。
少女たちの心に満ちた、絶対的な安心感と幸福感が、インキュベーターによる世界のシステムを完全にへし折ったのだ。
さやかのソウルジェムを覆っていたドス黒い穢れが、パキィィィン!とガラスが割れるような美しい音を立てて弾け飛び、グリーフシードでの吸引すら必要とせず、まばゆいばかりの輝きを取り戻した。
「バカな……! 感情エネルギーだけで穢れが完全に消滅した!? 宇宙の熱力学第二法則を無視するなんて、そんなことが許されるはずが──」
「しつこいぞ、インキュベーター。……これ以上、俺のプレイヤーに不快なアップデート(干渉)を続けるつもりか? 早く消えろ。二度とこの画面(街)に湧き出るな…!!」
「……今日のところは引き上げるよ。君という存在は、やはり計算に合わない。」
キュゥべえは今度こそ尻尾を巻いて、見滝原市から逃げ出していった。
キングの衣服を握り締め、顔を身に寄せて思いの限りを爆発させながら、さやか自身が最初の願いの動機を思い出した。まどかも涙を流しながら、さやかの背中をさする。
「ごめんなさい…!…わたし……!キングさんが信じてくれるなら…、絶対に絶望なんてしない……!」
(あぁ……美樹さん……。本当に良かった……!)
キングが説得している最中も、万が一に備えて銃口を構え、撤退させようと予めキングにリボンを巻きつけていたマミは、憑き物が落ちたかのように地面にへたり込み、恍惚とした表情を浮かべながら目の前の光景を眺めていた。
本当はさやかの元へ一緒に駆け寄りたかったが、張り詰めていた緊張から解放されたことで、全身に全く力が入らなかった。
髪は乱れ、スカートは泥だらけとなり、顔や全身水浸しで、普段の優雅さとは程遠い姿なっていたが、その泥にまみれた姿は、絶望の戦場を生き抜いた戦士としての何よりも美しい勲章だった。彼女のソウルジェムに濁りは一切見られない。泥に汚れた手掌の中で、ただ神聖なほどに宝石のような輝かしいばかりの黄金色である。
(……ったく…。無駄に手間かけさせやがって…)
杏子もまた、さやかやキングに呆れながらも、安堵したようなニュアンスで文句を垂れた。
(ゲームの仕様どころか、絶望のルールまで力技でへし折っちまうなんてさ……だが、久しぶりだな……何も問題が解決してねぇってのに……こんなに清々しい気分になったのは……!!)
杏子はキングの方向を一切見ず、ただ反対方向だけを見つめ、目の前のさやかに対して特に語ることは無かった。
頬を伝ってソウルジェムへ滴り落ちる水滴が、激しい雨のせいなのか、それとも別の何かによるものなのか、それを確かめる者は誰もいない。 ただ、洗朱(あらいしゅ)の輝きは、水明を帯びてかつてないほど清らかに澄み渡っていた。
(キング……。言葉だけで魔女化という世界の絶対法則を完全に無効化し、彼女たちの因果のベクトルをすべて自分一人へと集中させた。この方こそが、私たちの真の救世主……!)
キングは、自分が地上最強であるという周囲からの誤解により、多くの災難や被害を被ってきた。
しかし、『地上最強』という最上のハッタリにより目の前の少女たちを救うことができたなら、このハッタリも悪くはないと感じられた。キング自身も、自分に付きまとうハッタリに救われたのであった。
魔法少女まどマ⭐︎キング第9話・完
ここまでご覧くださりありがとうございました!
キングがギリギリのところで間に合ったおかげで、ホントばかキャンセルをよりさやか氏を救出できました。