銀河英雄伝説 後日談 フェザーン日和ー英雄の子供たちー   作:牛親方

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伯母上

皇宮から少し離れた、静かな住宅街。

夕暮れの柔らかな光の中を、アレクは一人歩いていた。

 

やがて一軒の家の前で足を止める。

呼び鈴を鳴らしてしばらくすると、扉がゆっくりと開いた。

 

「まあ、アレク。いらっしゃい」

 

「伯母上。突然すみません」

 

「そんなところに立っていないで。さあ、入りなさい」

 

皇族の住まいとしては、決して豪華とは言えない邸宅だった。

室内も華美な装飾はなく、綺麗に整えられていた。

アレクはアンネローゼにリビングへと案内された。

 

「アレク。私の所へはいつでも来ていいのよ」

 

アンネローゼはそう言いながら、作りかけの刺繍道具を片付けると、手作りのケルシーのケーキと紅茶をテーブルにそっと置いた。

 

「あなたは、私にとって皇帝陛下である以上に、可愛い甥っ子ですからね」

 

「それで、今日はどんなお話をしてもらえるのかしら」

 

優しく微笑む伯母は、歳を重ねた今も美しかった。その表情に、アレクは時折、肖像や映像でしか知らない父の面影を感じることがあった。

アンネローゼは、ローエングラム朝初代皇帝ラインハルトの姉であり、アレクにとっては父方の伯母にあたる。

 

「それが……母と学園長が厳しすぎて、息が詰まりそうなんです……」

 

「まあ、それは大変ですわね」

 

「笑い事ではありませんよ……」

 

クスクスと笑ったアンネローゼは、そっとカップを置くと静かに話し出した。

 

「アレク。あなたはまだ幼い頃から銀河帝国の皇帝として生きてきましたからね」

 

「銀河帝国皇帝として、そしてラインハルトの息子として、重圧を感じているのは私にも分かります」

 

「銀河帝国皇帝である以上、あなたの母上が厳しく教育なさるのも仕方のないことなのですよ」

 

「でも、あなたはアレクでしょう?」

 

アンネローゼは優しく微笑んだ。

 

「銀河帝国皇帝としての責任はあります。でも、あなたはラインハルトではありません。ラインハルトと同じように生きる必要もないのですよ」

 

「アレク。あなたは、どんなふうに生きたいの?」

 

「僕は、普通に生きたい。学園に普通に通って、友人と他愛のない話をして、楽しく過ごしたいだけなんです」

 

「でも……母上や学園長が、僕に対してだけ凄く厳しくしている感じがするんです……」

 

「そうね。確かに私も厳しいと思う所は感じています。でもねアレク。あなたも将来の自分を考えなくてはならない年齢になってきているのよ。もう十五歳ですからね」

 

「でも!銀河帝国皇帝の責任、厳しい学園長、それ以上に厳しい母上!もう頭がパンクしそうです……」

 

「私が居ますよ」

 

「え?」

 

「皇宮での生活や学園が辛いと感じたり、疲れたらいつでも私の所へいらっしゃい」

 

「あなたの好きなケルシーのケーキなら、いつでも焼いてあげますよ」

 

「弱音を吐いてもいい。誰かの愚痴を話してもいい。私の所で少しでも休んでくれればいいのよ」

 

そう言うと、アンネローゼは優しくアレクを抱きしめた。

 

「伯母上……」

 

壁時計の鐘が鳴り、時刻は十九時を指していた。

 

「伯母上、今日はありがとうございました。少しですが気持ちが軽くなった気がします」

 

「そう、それは良かったわ」

 

「そうだ、今度、友人を一人、伯母上に紹介したいのですが、連れてきてもいいですか?」

 

「勿論大丈夫よ。いつでも一緒にいらっしゃい」

 

「それじゃ、帰ります。お邪魔しました」

 

帰り際、アンネローゼはもう一度、優しくアレクを抱きしめた。

 

「またいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」

 

アンネローゼ邸を出ると、公用車が数台待ち構えていた。

 

「陛下、こちらへどうぞ」

 

「やれやれ、俺の行動は筒抜けか」

 

仕方なく公用車に乗り込み、皇宮へと走り出した。

 

アレクが帰った後、テレビ電話の向こうにはヒルダがいた。

 

「アンネローゼ様、アレクがいつもお世話になってます」

 

「ヒルダさん、そう他人行儀にならないで下さい。アレクは私にとっては可愛い甥っ子ですから」

 

ヒルダはわずかに視線を逸らし、少し間を置いてから口を開いた。

 

「……アンネローゼ様、少し言いにくいのですが、あまりアレクを甘やかし過ぎないでいただけないでしょうか?あの子ももう十五歳です。将来の事も考えなくてはならない時期になって来ていますので……」

 

「ヒルダさん、あなたや学園長が厳しく教育をなさってるのですから、私ぐらい甘やかさせていただけないかしら」

 

アンネローゼはそう言って、優しく微笑んだ。

 

「アンネローゼ様……」

 

少しの沈黙のあと、ヒルダは静かに頷いた。

 

「アレクがそちらに伺ったら、またよろしくお願いします」

 

「勿論、私はいつでも歓迎しますよ。あと、たまにはヒルダさんもご一緒に来て下さいね」

 

「アンネローゼ様、ありがとうございます。時間を作って伺わせていただきます」

 

「お待ちしてますわ。ではおやすみなさい。ヒルダさんも政務で忙しいとは思いますが、しっかりと休養は取って下さいね」

 

「ありがとうございます。それでは失礼致します」

 

通信を終えると、部屋には再び静けさが戻った。

テーブルには、アレクが使っていたティーカップと、少しだけ残ったケルシーのケーキ。

アンネローゼはそれらを見つめ、静かに微笑んだ。

 

銀河帝国皇帝ではなく、偉大な父の後継者でもなく。

ここにいる時くらいは、ただの少年でいてくれればいい。

 

「またいらっしゃい、アレク」

 

誰もいなくなった部屋で、アンネローゼは小さく呟いた。





次回 第三話「父上がテストに出るらしい」

10月2日(金)20時頃公開予定です。
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