あれ映画だと語られてない事多すぎませんか!?サラッとやべー情報出てきて面食らいましたよ!?
画面に齧り付くようにしてディスプレイを睨む。カタカタと一定のリズムを刻むキーを叩く音。永遠にも思えたリズムは不意に途切れる。
「あー……もう」
ギィ、と軋むオフィスチェアの背もたれに身を任せ、天井を仰ぐ。十年、十年である。ようやくかぐや達の素体を作ることに成功。しかし、それはゴールではなく、ようやくスタートラインに入った事を示すものだった。
「味覚、嗅覚……」
etc……と、まだまだやる事は山積み。ここで満足など出来ない。その情熱で持って彩葉は今日も仕事に従事していた。しかし、それも煮詰まってきているのを感じていた。
「まだデータが足りないのかな……」
具体的な数字ではない。ヤチヨと共有した8千年の記憶を元に、まず味覚や嗅覚といった感覚がない、0を代入したのはいいが、そこから1までに挟まる途中式が見えないと言えばいいのか。
ため息一つ。仰け反った背を勢いよく跳ね上げ、その反動で立ち上がる。備品のコーヒーメーカーにカップを置き、ボタンを押せば自動でコーヒーが注がれていく。
「失礼しまーす……誰か、いますかー?」
そんな時だ。研究室の扉をノックしながら恐る恐るといった様子で部屋を覗く人がいた。
「ん?あぁ、お疲れ様です」
「あ、彩葉さん居ましたか。お届け物です」
なんて事はない。いつも研究室に荷物を届けてくれるもはや常連と言っていいこの研究室の馴染みの気のいい兄ちゃんである。お互い顔を覚えて久しく、荷物を受け取りながら軽い会話をする仲である。
── 一時期、それにヤチヨが浮気だーって拗ねてた事あったなぁ。
あれは大変だった、と遠い目になるがそんな私に、兄ちゃんは不思議そうな顔だ。
「?」
「ああ、いえ、何でもないですよ」
ニコニコと愛想笑いをしながら、慣れた手つきで荷物の受け取り用紙にサインして、段ボールを受け取る。
「いつも大変そうですよねぇ……」
「まぁ、仕事ですから」
所狭しと並ぶ研究機材達をまるで手持ち無沙汰のまま場違いな場所に迷い込んだ子供のような様子で研究室を見渡す兄ちゃん。
「おっと、時間掛けてると先輩にどやされる。それじゃ、俺はこれで。お客様を迎えられる準備の最中、お邪魔しました」
「え?いや──」
どうもー、と人の良さそうな笑顔でこちらが違うと言うよりも早くシャシャッと出ていってしまった。
「……ま、いっか」
受け取った荷物を空いている机に置き、改めて並々と注がれたカップを手に取る。
「あっ」
そこで私は気がついた。よく見たらコーヒーを二人分用意していた事に。自分一人しかいないのに無意識に二つ用意してたらしい。なるほど、それを見て配達員の兄ちゃんは勘違いしたのか。
「疲れてるのかな……」
完全に無意識だった。まるでそれが当然みたいに用意してた。最近、こう言うことが増えた気がする。この前なんか、友人の真実と芦花と食事に行った時だって、似たようなことがあった。
──あれ?彩葉、なんで二人分頼んだの?
──え?あ、ホントだ。
──なになに、食べ盛りの時期?
友人達は気にした様子もなくそんなうっかりをした私を茶化してきたが。
「うーん……」
コーヒーを一口。ほろ苦く、そして甘い。そんな味で舌を湿らせながら考える。
── なんでなんだろう?
一度や二度じゃない。こう、自然と体が動くような──
――――――……
と、思考が深くなる前にポケットに入れた携帯が不意に震えた。コーヒーを飲みながら携帯を取り出し通知を見れば普段SNSでチェックしているアカウントの投稿があった。
「忠犬オタ公さんのアカウントじゃん、何かあったのかな」
何気なく開いてみる。
──伝説再び!第二回ヤチヨカップの開催だぁぁぁぁあ!!!
目に飛び込んできたそんな文言。私は一人口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
「ゲホッゲホッ!!」
──何それ!?聞いてないんだけど!!?
咽せて言葉にならない叫びが研究室に響いた。
一万五千四十回目
直す事に成功した。その為に色んな人と縁を繋いで、その協力で出来た修理パッチをもと光る竹にインストールする事で直せた。これで、彩葉もかぐやも。ようやく光が差し込んだように感じて、彼女達と出会う日を待ち望んだ。
でも、彩葉は亡くなった。また消えた。これじゃなかったのか。あと何回初めましてを言えばいい?何回さようならを言わなきゃいけないんだ。
三万七千九百二十回目
今回は根本を変えてみた。そもそもの出会いを変えるのだ。彩葉ではなく、自分がかぐやと出会った。そうしてすくすくと育った彼女は、月へと帰って、そのまま。
「何書いてるの?」
もはや自分の名前も思い出すのに時間が掛かってきた。霞んでいく記憶を覚えておこうと日記を書いていた彼を、向かいのかぐやはモグモグと食べながら尋ねた。
「……内緒」
「えぇー!?」
気になるー!と駄々を捏ねるかぐやを、彼は優しく頭を撫でるのでした。
「必ず、返すから」
「?」
遠い何処かを見ながら言う彼に、かぐやはおとなしく撫でられたまま彼の顔を見上げるのだった
六万七千五百三回目
嘘だ、そんなわけが無い。
その回の日記は、その一言だけで終わっていた。