こんなイベントやるなんて寝耳に水だった彩葉はヤチヨに慌てて連絡する。返事はすぐに帰ってきた。
「上手い言い訳があればあるかもね〜……」
おっと、眉がピクピクしてきた。クールダウン。
とは言え、何か理由があるのは間違いないだろう。かぐや達があぁやってちょけて誤魔化す時は、話せない何かがある時だと今までの経験則が告げている。多分それは向こうも同じ。こうなった時の私が折れないって分かってる筈だから。
既に定時だ。少し重いカバンの肩紐を通し、電気を消して研究室を出た。
──ヨヨヨ、彩葉がおこなのです。
ヤチヨは泣き真似をしながら、仮想空間ツクヨミを一望できる天守閣から人々の行き交う姿を見下ろしていた。
穏やかな表情で見る。一人一人の好きなものを見て楽しそうな顔、対戦で負けて悔しそうにしてる顔。様々な顔があった。かつては地上から空に見える星があった。
だけど、何もなかった青い星に人は、地上にも星を作ったのです。だから、ここからの眺めがヤチヨにとって1番のお気に入りだった。
「──」
あぁ、やっぱり違う。十年前のあの日も、こうして見下ろしていたから、自覚して初めて分かる。明確に感じる違和感。
「貴方は、誰?」
見えない誰かに語りかけるように、ヤチヨは言うのでした。
──大切なメロディーは、流れてるよ。貴方のハートに。
届いているだろうか。お役目御免だと思っていたこの歌が、知らない誰かにも。
早く帰ってこないかなぁ、とソワソワし出すかぐやは、少しでもすぐ分かるようにと、ベランダに出ていた。
思い出すのは、初めて引っ越してタワーマンションに来た時の事。肌を叩く風と、風が運んでくる匂い。全身を打ち付けるように広がる空と地面。棚びく髪がじゃれつくように肌に張り付く感覚。
かぐやはこれが好きだった。
「〜♪」
機嫌良く鼻歌を歌い、手すりに両手を乗せぶらぶらと足を振り回すかぐや。
──キラキラ光る、おそらのほしよ。
あれ?と、自分の口から漏れ出た歌に疑問が浮かんだ。何処でこれを聞いたんだろう?
あぁ、ほら泣かないで……えーっと、彩葉はなんて子守唄だったかなぁ
きーらきーら、ひかーる。おーそらーのほーしよ。あ、笑った
あれだけ泣いていた赤子は、子守唄を聞くと、楽しそうに笑ったのでした
十万三千九百三回目
休み時間、もはや条件反射のように動く体は努めていつも通りの自分を周りに見せていて。数分前に自分が何を言ったのか、そんな些細なことも思い出せなくなってきた。
「ねぇ、大丈夫?」
窓の外を頬杖ついて眺める自分を、誰かが肩を叩いた。誰だと顔を向ければ、そこに居たのは彩葉だった。心配そうな表情で、こちらの顔を覗くようにして見ていた。
「……何、かな」
彼女の後ろには真実さんと芦花さんも居た。どうしてそんな顔をするんだろう?自分は完璧に出来ていた筈だ。それに、今回は彼女達とは知り合いですらなかった筈だ。右から左へ流される程度の関係。
「あ、いや……」
居心地悪そうに首の後ろを撫でながら、彩葉は言うのだ。
「なんていうか、さ。張り詰めてそうだったから」
そう言う彼女だって、限界ギリギリでいつ倒れてもおかしくない生活してくる癖に。何を思って、そんな事を言うんだろう?
「大丈夫、だったかな」
変な気を回しちゃったかな、と彩葉が心配と不安が混じった顔でそう言うものだから。うん、きっとそうだ。それに、今回もきっとダメだから。
彼はここ数万回の中でずっと擦り切れ始めた心に抱いていたものが少しだけ漏れてしまったのでした。
「……もしさ」
「え?」
「もし、大切な人達が笑えるハッピーエンドがあって。そこに辿り着くのに自分が要らないと分かったら、どうする?」
唐突で、脈絡のない質問。驚きながらも、彩葉は真面目に少し考えこう答えた。
「……どうもしないかな、何したって決まってる事が変わるわけじゃないと思うから。受け入れて、覚悟するしか……ないと思う」
「……そっか、そうだよね」
薄く薄く、彼は笑いました。でもどうしてか、彩葉にはそれが泣いているように見えたのでした。