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彩葉が帰ってくるまで暇で仕方なかったヤチヨは考えました。何故足りないと感じるのか。何故違うと思うのか。
「……んー……」
考えても考えても、それが分かりません。ツクヨミに作られたあるボロアパートを再現した空間の中で大の字で寝そべるヤチヨ。
天井のシミがあるで顔のように見えるくらい長い時間考えました。余りにも長いので、心配になったFUSHIが側に居ました。
「何をそこまで悩んでる?」
「なんて言えばいいのかな……何もないの」
何もない。全てが正常。挟む余地のない完璧さ。数字も正常で、何もおかしなところなど無い。でも感情はそれを否定している。
「何も無い事がおかしいって感じてるの」
こんなにも幸せで、彩葉が引っ張ってくれたハッピーエンドなのに。
貴方が居ないのに
「変な話だね」
そんなヤチヨの所感を一言でぶった斬るFUSHIだったが、ヤチヨカップに支障が出るかもしれない、と悩んでるんだと思ったのか。ツクヨミ内のデータを調べ始めた。何も無いと分かれば安心もできるだろう。
どれだけ長い沈黙があったか。その静けさを破ったのは、FUSHIの疑問を漏らす声だった。
「ん?」
まるで不思議なものを見たような声だ。体を起こしてヤチヨは尋ねました。
「どうしたの?」
「あぁ、いや、こんなもん作ったかなと思って……古いデバックルームか何かだと思うんだけど」
入口も出口もない箱みたいな空間がぽつりと、電子の海を漂っているのだと。ヤチヨは目を見開きました。心がやけにざわつくのを感じました。
「それ!それ何処!?」
余りの勢いにFUSHIは押されながら、答えます。
「場所は……なんだこれ」
「何処なの!?」
「いや、入れる場所が限定されてる……ここからじゃアクセスできない。」
ツクヨミを作ったのはヤチヨだ。最初から最後まで作り上げた。何が何処にあるのか事細かく知っている。だからこそおかしいのだ。知らないものなんてあるわけが無い。
初めて自分の感覚を肯定してくれるかもしれない事象を前に、ヤチヨは前のめりでそれを調べる事にした。目の前を幾つもの数字と文字の羅列がながれていく
粗方精査し終えたその時だ。一つだけ目を引くものがあった。これが、その異物だろう。
PROCESS 015040 ........ UNKNOWN
唯一警告色で表示されたそのデータを更に調べようとしても、やはり弾かれる。管理者であるはずのヤチヨが、である。
「何処?何処にあるの……」
できる手段を尽くして、調べ回る。あちこちを指し示す彼女の指が、暫くして止まった。
「これって──」
ヤチヨがかつて彩葉にサーバールームで同じ事をしたように、この異物は特定の場所からしかアクセスできないようになっていた。その場所こそ。
「あのアパート?」
彩葉とかぐや、二人の始まり。その場所こそ、この異物へアクセスする方法だった。
陽が落ちるまで、まだ時間はある筈。すぐヤチヨは意識を義体に移し、家を飛び出した。
ただいまー、と家に帰ってきた彩葉。それを迎えたのはかぐやだった。うわぁん、と泣きながら飛びついてくる。
「彩葉ァァァア!!」
ドスン、と胸に飛び込むように抱きつくかぐやの様子は少し変だった。
「か、かぐや?どうしたの。何かあったの?」
困惑しながら抱きついてきたかぐやを受け止める彩葉。
「ヤチヨが帰ってこないの!」
「え!?」
まさか、そんなに怒られたくなかったの……?いや、流石にそれはないか?すぐさま連絡を送ってみるも、既読はつかない。
「えぇ、もう夜だよ?こんな時間まで一体何を──」
「ただいまー」
「って帰ってきた!?」
その時だった。背後から声がした。件の下手人ことヤチヨその人である。
「彩葉、心配してくれて感謝感激アラモード!でも大丈夫!ちゃんと帰ってきたよ」
ニコニコとヤチヨスマイル全開でそう答える姿になんだか脱力した彩葉は、へらっと微笑む。
「まぁ……無事なら良かったよ」
もし義体に故障があって動けなくなっていたりしたら大変だった。そう言う意味では安心した。特におかしな感じはしない。
玄関で三人集まっても狭いだけだ、とりあえず靴を脱いで三人は部屋へと向かう。
「っていうか、ヤチヨあの話はなんなの。私何も聞いてなかったんだけど」
「あ、それかぐやも!」
連絡した時こそ怒りがあったが、それはどちらかと言えば何も聞いていなかった事への憤りであり、ヤチヨカップをまたやるという事自体に反対はない。
あれから十年。ちょうど節目を迎えた今やろうとヤチヨが考えてもおかしくはない。
「ふっふっふ、まだ内緒なのです。言ってもいいけど、その方がきっと楽しいから」
「えぇ、早く聞きたいのに」
「……」
猛烈に嫌な予感がする彩葉だったが、言葉をかろうじて飲み込む。かぐやと違いある程度の抑えができるヤチヨだが、その根にある行動力は今でも健在。振り回されてきた彩葉はそれをよーく知っていた。
まぁ、結局お願いされたら聞いちゃうんだろうな、と半分諦めの境地である。
「それじゃ、私は配信の準備があるから一度向こうに行ってくるね」
「あ、うん」
会話を切るように、ヤチヨは自分の部屋へと入っていった。その様子を見送り、かぐやと顔を見合わせる。
「どしたの?」
「いや……少し変だったなって」
普段のヤチヨならもう少し、こう……会話を楽しむ余裕があると言うか。十年ぶりのヤチヨカップで忙しいから余裕がないとか?いや、でも……と考えてみるがそれらしい答えが見つからなかった。
その裏で、部屋に入って扉を閉めたヤチヨはその場に立ち尽くし、扉に寄りかかるようにして座り込んでいた。
「あはは……こういうの、ヤチヨ得意だったのになぁ……」
上手く誤魔化せただろうか。人の目に触れなくなった途端、限界が来ちゃった。
「なんで謝るの……私、そんな、そんなつもりじゃなかった」
後悔だけがその胸を巣食っていた。今は空き部屋となったボロアパートの一室に残されていたのは、たった一言のメッセージだった。
──ごめん
その一言を見た瞬間。フラッシュバックしたのは、存在していた存在しない記憶。
混乱しながら私はそのメッセージのログを確認して、ありえない事実を見つけた。
──遥か昔。仮想世界ツクヨミが出来るより前に書かれたメッセージだった。
それが引き金。私は知らない貴方が何をしたのか予想ができてしまった。
微かにフラッシュバックした記憶。彩葉が亡くなり、かぐやが月へ帰ったあの瞬間。輪廻が崩れた事を悟ったあの日。
友人として私の前に立つ少年に、私は言った。言ってしまった。
彩葉を返して……
崩れてしまった輪廻。八千年が崩れていく。その絶望が口から漏れただけの一言。少年は、何も言わなかった。口をキツく結んで、堪えるように拳を握っていた。
十二万九千三百三回目
……分かっていた。分かってたんだ。途中からそうなんじゃないかって。でも信じたくなくて、ずっと探してた。
でもダメだった。探せば探すほど一つの答えを示していた。一つの可能性を除いて、それ以外の全てをやり尽くして残ったものがこれしかなかったんだ。
ヤチヨの話じゃ、閉じた輪廻は確定事項で、これが壊れないようにしていたって言ってた。
嫌だ
──じゃあ、最初の最初はなんで壊れたんだ?
消えたくない
その原因は何なのか。そう、自分だった。何も知らない自分が起こしたリセットが、その輪廻を致命的に壊してしまった。
それを修復しない限り、ハッピーエンドはあり得ない。
「太陽が沈んで、夜がやってきます」
そんなお決まりの言葉で迎えられた彼。今回の周回では初めてツクヨミに来た。その目的は、目の前の彼女に会う為。
忘れないでほしい
「お別れを、言いに来たんだ」
消えたくないよ
返事はない。当然だ。ここに居るのはAI。決められた事をなぞるだけのもの。でもそれで良かった。もう初めましてをするのは嫌だったから。
「もう、会えない」
相手からすれば、何を言っているのか分からないだろう。でもいいんだ。これは自分にとって必要な事。
今まで彼はリセットをある一定の時間までしか使ってこなかった。その上限は『自分が生まれてから』『かぐやが月に帰って、ヤチヨと彩葉が出会うまで』。でも今回は違う。『自分が生まれるより以前』までリセットするとどうなる?
答えは簡単。自分の存在が消える可能性が生まれる。歴史から、時間から自分が消えてしまえば、捩れてごちゃごちゃになってしまった輪廻の糸はリセット出来る筈だ。
「君たちと過ごした日々は楽しかった」
最初の最初。かぐやと出会ってからの日々は、思い出せなくても楽しかったことはまだ覚えているから、残りの旅もきっと耐えられる。
そうして、彼はリセットボタンを押した。