何かを忘れてる気がしてならない。夢なんて不確かなものを根拠にするのは変な話だ。だけど、偶然がこれほど重なったならそれには何か理由があるはずだ。
かぐやと私が見た夢。無意識でやってしまう変な動きも。全て、見たこともない誰かが関わってる。頭痛とも違う、何かが頭の中で囁いてる気がしてならない。
「かぐや」
「うん」
二人は頷く。もう涙は流れない。それよりもやる事ができた。手短に準備して外へと飛び出す。
「この気持ち悪い既視感はまだある」
「探そ!彩葉!」
ヤチヨも誘おうと思ったけど、二人が寝てる間に出掛けたらしい。携帯に遅くなるかも、と連絡があったから心配はしてないが。その言葉を受けたかぐやは目を伏せていた。
今なら、なんとなく私にもその理由が分かる気がする。だって、十年前とそっくりだ。
かぐやが月に帰った後、周りとの関わりを断とうとしていた頃に。
「懐かしいねぇ」
外に出て道を歩く。前をまるであの頃みたいに歩くかぐやは陽射しに目を細めながら笑った。
「覚えてる?学校の帰りにパンケーキ食べに行ってた事」
「真実と芦花に連れられて行った店があったね、というか、かぐやに食べられたんだけどね!」
学生時代に何度も歩いて通った道を今の自分が歩くと、なんだかふわふわしたような、不思議な気分になる。懐かしいとはこんな感覚なんだろうか。
「私も覚えてるよ!あのパンケーキ美味しかったもん……」
それに、とかぐやは自分を指差して笑うのだ。
「かぐやが『かぐや』なんだってあの日彩葉がくれたから」
「あぁ……」
あの時は咄嗟というか、思いつきでその場限りのつもりでかぐや、と呼んだ。細やかで、何気ない日常。それを目の前の彼女は幸せそうに言うものだから、こちらもなんだか嬉しくなって微笑んだ。
今も、自分の横をあの日の自分達が横切って行った気がして、二人でそれを見た。
──ふっふっふ、今日は食べるぞー!
──あの、少しは手加減してな?俺の財布も無限じゃないからね?
──はいはい
──いや、今日は……
学生の青春をそのまま映したような光景だった。その中には、知らない、知ってる人も居た。
かぐやに引っ張られる形で先へと進む。今度はスーパーだ。私が行く事はめっきり無くなったが、かぐやがよく使っている店。
「あ、キャベツが安い!」
「あのかぐやが、随分と庶民派になったよね……」
初めの頃ネットスーパーで散財した人間とは思えない。今となっては良い思い出……いや美化できんわ。やっぱり今考えてもあの時の出費は背筋が凍る。美味しかったのは認めるけど。
「ここで彩葉と買い物したよね!引越しした後!」
「家で荷解き頼んだのにね」
「だってつまんないじゃん!?」
「はいはい」
ここにも、誰かが居た。
──ねぇねぇこれ買おう!
──はぁ?かぐやこれ、子供向けの知育菓子だよ?
──ほう、それに目を付けるとは流石だな妹よ!俺のオススメはこのグミだ!開封RTAもある由緒正しいものだ
──ほほう!
──アンタも!変な事を教えないの!
ここにも、彼は居た。あそこにも、ここにも、何処かに彼は居た。一つ一つ、丁寧に梱包された品を取り出すように色んな場所に見つかった。1日掛けて色んな場所に行った私たちの最終地点。ゴールは。
「まだ、残ってたんだ」
「うわぁ、ボロアパート」
「ボロアパート言うな」
かぐやと彩葉。二人の始まり。夕闇に沈む街の光が照らすアパートはまるで本丸。魔王の城を思わせるような佇まい。あの頃とは違って、空き部屋ばかりで誰かの住んでいる気配はなかった。
「こっちこっち、懐かしいなぁ」
「って、開いてるわけないでしょ」
いつものように、部屋に走るかぐやは手慣れた様子でドアノブを捻る。彩葉の予想とは反対に、すんなりと扉は開いた。鍵閉めはされていなかったみたいだ。
「あれ?鍵開いてるよ?」
「だからって勝手に入るのは──」
しかし、かぐやはルンルンでただいま!と部屋へと入っていく。止めるべくその後を追いかける彩葉は、かぐやと二人で見た。
「彩葉……」
家具一つない、空っぽの部屋。その真ん中で体育座りでこちらを見るヤチヨが、そこに居た。その瞳は酷く揺れていて。いつも見せる明るい様子など微塵もなかった。夕闇が支配する晴天とは程遠い暗闇の中、彼女はこちらを見ていた。
私がヤチヨを見つけたあの日の再現。
「横、座るよ」
ヤチヨを挟むように、靴を脱いでかぐやと彩葉で座った。
「懐かしいね」
この部屋には沢山の思い出がある。親の元を飛び出して初めての一人。ヤチヨの配信みながらご飯食べたり。エナドリ飲んで眠気を誤魔化しながら勉強したり。
突然現れた赤ん坊拾ってどうしよう、と右往左往してた。
──自分がハッピーエンドにする!そんで、ハッピーエンドまで彩葉も連れてく!
──ハッピーエンドいらない、フツーのエンドで結構です。
あの時はそんなふうに言ったっけ。フツーなんて程遠い日常だけど、充分ハッピーエンドだ。
「……怒らないの……?」
膝を抱えて顔を俯かせたヤチヨからくぐもった声が聞こえる。何か言うより先に、手が動いた。
さらさら、と優しく、ヤチヨの頭を撫でる。
「……私のせい、なの」
彼女の言葉だけが響く。かぐやはヤチヨを抱きしめ、私は撫でる手を止めない。
「あの人があんな、あんな風になっちゃったのは私のせい」
無間地獄にも等しい苦行を走り抜けた。八千年が霞む地獄。少しずつ自らを削る作業。そのきっかけが自分の言葉であったこと。今私たちがこうしてハッピーエンドを迎えられたのは、彼のお陰で。
それを忘れて幸せにしてた事を、彼女は自らを罰するように後悔していた。血を吐くような彼女の言葉を受けて、彩葉は告げる。
「ねぇ、ヤチヨ。私が言った事、覚えてる?」
──本当のハッピーエンドまで、付き合ってよね!
そう、これはまだお話の続き。エンドロールが終わったって、その文末に続きを書く事は出来るんだ。
その言葉に、ヤチヨは泣き疲れた目で顔を上げこちらを見た。
「ヤチヨがこうして隠れてたのって、きっと」
私が知ったら何をするか、分かってたからでしょう?その言葉に、諦めたような、或いは悲しそうな。そんな顔で彼女は頷いた。
「私は……酷いよ」
自分のせい、この幸せな日常に彼の犠牲があった事を理解していながら。何処かこの幸せを享受したい、このままでいたいと思う気持ちがあった。そんな醜い自分がまた嫌だった。
八千年、待ち続けたハッピーエンドがそこにあったから。そんな醜い気持ちも彩葉は気づいてる。でもそれを責めなかった。
「ヤチヨはさ、私の命の恩人なんだ」
そんな彼女を慰めるように、彩葉は唐突に言った。
「この部屋で生活していた頃。ヤチヨが私の生き甲斐みたいなものだった。」
じゃなきゃ今頃何処かで倒れてて、下手したら死んでた。ギリギリを繋いでいられたのはヤチヨのお陰だった。
だから、そんな命の恩人を悪く言わないで。そんな思いで揺れる瞳を見た。
「ね、私にも教えて?」
折れない事を理解していたヤチヨは、泣き笑いながらその額を彩葉の額にくっつけた。
「無茶言うねぇ……でも、彩葉ならそう言うと思った」
そうして、彩葉は彼が辿った時間の旅をした。明るく、かぐやがもう一人いるみたいに破天荒で、周りを巻き込む事が得意だった少年。
でも、巻き戻す度に彼はその身を削っていった。感情を、記憶を、感覚を、言葉を、そうして存在を。
何をしてるのかすら分からず、それでも這う体で、ヤチヨの歌が彼を動かしていた。
──やっと、見つけた。