普通なことと特別なこと、どちらもあって初めて輝かせることができるのです。」
パティスリーチュチュは、多様な人たちが通う人気店だ。
しかし、無秩序に賑わっているわけではない。特に平日の日中は、どうしても閑散とする。それを好んで来店する酔狂もいるが。
「ご注文、ありがとうございます」
本日12人目のお客様に、帆羽くれあはそう言って厨房へ向かった。
午前でこれくらいなら平常運転。休日のラッシュすら一人で捌ける彼女にとっては何ら苦ではない。
「ティラミス一つ、お願いします」
「はいよ! 今日もありがとね、帆羽さん」
浅井たいら店長は相変わらず気さくだ。若く見られるぐらいに元気があって、大人らしい落ち着きも具わっている。きっとこの仕事や夢に対する熱意を持っているからだろう。
カウンターに戻ると、ちょうど来店の音が鳴った。
現れたのは、一人の男性だ。くれあは、その顔を知っていた。
「いらっしゃいませ。今日はどちらにしますか?」
「……持ち帰りで。学校あるから」
ボサボサな髪に丸メガネ。ネズミ色のパーカーとジーンズを纏って、少しばかり無愛想な返事がくる。
その意味を、教えてもらってはいないが、彼女はなんとなく察している。
「学校って、もっと早く始まるものと思っていたんですけど、違いました?」
「一時間目、道徳なんで。二時間目からっす」
そんな融通が利くのか。疑問に思っていると見透かされたのか、「理事長にオッケーもらってる」と後付けされた。
「私、学校には通ってなくて……楽しいですか? 学校」
「まあ。友達いるし」
彼はポケットに手を突っ込んだまま、ショーケースを覗き込んでいる。レンズの奥の目が細まり、どことなく真剣さがうかがえた。
「お料理、なさるんですね」
「いや……まあ、します。あの、ここ勉強になる。ケーキとかきれいで」
パティシエ仲間? それとも趣味だろうか。いずれにせよ勉強と言っているのだから、料理を生業の一部にしているのは間違いない。
「これ……帆羽さんの?」
「ふふ、よくわかりましたね。私が考えたものですよ」
一見起伏のない瞳が、にわかに輝くのが見えた。こういうところがあるから、ただのぶっきらぼうには感じない。先の「友達がいる」発言も、だから疑わなかった。
「だって、きらめいてるから。帆羽さん、みたいに」
「ありがとうございます。なんだか照れちゃいますね」
男はこちらを一瞥すると、気まずそうに唇をつばんだ。目が泳いでいる。
「あ……店長のもいいです。どっちのも好き」
「わかっていますよ。あとで伝えておきますね」
「ども」
何を買うか決めたようだ。屈んでいた背筋が伸びて、目線は大体同じ。ポケットから手を出し商品を指す。爪がよく切り揃えられていた。
「これと、これ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
慣れた手つきで袋に包む。
渡そうとして彼の顔が近づく。力の抜けた目がよく覗けて、思っていたよりずっと澄んでいることに気付く。
肌も清潔感がある。髪を整えればもっと印象がよくなりそうだ。
「……あの」
「あ、ごめんなさいっ」
気恥ずかしそうに目を逸らされるものだから、こちらまで焦ってしまう。
「研究してから食べます。いつも、助かってます」
「どうぞ。応援しています。――いつか私にも食べさせてくださいね」
男は会釈して踵をかえす。
去り際、彼は向き直って、
「……余計なお世話かも、っすけど」
「はい?」
「……いっすよ、学校。来ません?」
くれあは目を丸くして、ようやくその気遣いを受け取れた。
「機会があればぜひ。今はここでスイーツをつくるのが好きですから」
「でも、」
「じゃあ、私からも一つ、余計なお世話を」
空のように晴れやかな髪を揺らし、麗らかな笑顔を向けた。
「髪、短くしたらもっとかっこよくなりますよ。あなたは優しい顔をしていますから」
「…………よく、言われます」
珍しく、彼の口角があがった。とても自然で穏やかな、人当たりのいい笑顔。
その見てくれがカリソメなのだと思わせる、素敵な表情だった。
「また来ます」
「ええ、お待ちしていますよ。タクミさん」
みくるが傘を忘れた。
ここのところ雨なんて降ってなかったから、誰も予報を気にしてなかった。ジェット先輩も直前まで研究していて、外のことは意にも介さなかった。
ジェット先輩から渡されたものは二つ。一つは完成したばかりの伝説のプリキット。何が起こるかは使ってみないとわからないけど、はなまるミラクルなことが起こせそう。
そしてもう一つは――ポケットからチラシを取り出す。
「店休かぁ……」
月に一度だけ、喫茶ルナは門戸を閉じる。ジェット先輩いわく、タクミさんが店主になったばかりのころは年中無休だったものの、客に心配されることがあって今の形になったらしい。
毎日通っていたわけじゃないから、一日くらい大丈夫だと思うけど……もしものときに頼れる場所がないのは不安になる。
っていう感じになっても、今夜は月が見えないってことだよね。
「ポチィ?」
「おっ? あはは、ありがとポチタン」
何かを察したみたいで、ポチタンが心配そうに私を見つめていた。
とにかく、今日の私のミッションは、この傘をみくるに届けること!
「よーっし、しゅっぱーつ!」
早朝ランニングさながら、私は駆け出した。
まことみらい学園の前まで来た。私の身長ではとても越えられない柵の向こうに、大きな校舎が見える。
みくる、あそこで勉強してるんだ。
眺めていると、偶然にも今朝見送ったまんまの姿のみくるが現れた。ちょっと遠いけどあのシルエットはみくる! 連絡通路から顔を覗かせている。
「おーい! みく」
名前を呼びきる前に気付いた。あの様子はもしかして、私じゃなくて――
「みっくるー!」
あ。
「わあ! びっくりしたぁ――」
クラスメイトらしき子が、おどかすようにみくるに抱き着いていた。名前を呼び合って、会話の中身は聞こえないけど、表情だけは見えた。
笑ってるみくる。同じ制服を着て、同じ場所で、私じゃない誰かと。
「……」
そっか。
――そうだよね。
みくるにはみくるの生活がある。みくるはこの時代の人間。私も確かに今はここで生きているけど、同じ時の流れにいるわけじゃない。積み上げてきたものが違う。
当たり前のことだった。ただ、それを目の当たりにする機会がなかっただけで。
重い痛みが胸を圧迫する。不安のまま、ペンダントをぎゅっと握った。
「……だめ」
ダメだよ、私。羨ましいなんて思ったら。この感情は間違いだ。
不可抗力とはいえ、私はあとからみくるの世界に入ってきた。だから、その世界を捻じ曲げようなんて浅ましいこと、やっちゃいけない。
嘘なんかじゃない。もう私、自分に嘘はつきたくない。
寂しい……寂しいよ。でもこの寂しさは、私の敵じゃないんだ。
「……ふぅ」
胸に手を当てる。うん、心に余裕は残ってる。これならちゃんと自分自身に向き合える。
私は何を思っているか。そして、何をしたいのか。
悩んで迷って、それでも目は背けずに。
「………………よし!」
証明するんだ。私は、大丈夫だって――。
動揺の残る中、ある決意をした私が直後遭遇したのは、大学生の北村真理子さん。なんでも、ロンドンに留学しているはずの妹さんが市内で度々目撃されていることを知り、心配しているらしい。
困っている人は放っておけない。私は依頼という形でその現象を調査することにした。ついでに私の願望も叶えられそうだし、一石二鳥だと思った。
なのに……
「一人で依頼を受けた……?」
「う、うん」
不服そうなみくるの反応を見て、自分の心臓の音が大きくなった気がした。
予感があった。きっと、良くないことになるって。
「みくるの学校、邪魔しちゃ悪いかなって……」言い訳がましいことを言っちゃった。案の定みくるが困惑している。
「私がいない間に何かあったらどうするの?」
「でも、みくるだって一人で……」
みくるは学校の理事長から、学園内で起きている幽霊騒ぎの調査をしていたらしい。とさっき聞いた。
「ボイスメモで連絡しようとしたのに出なかったんじゃない」
「でも、真理子さんのこと助けたくて」
「一言相談してくれたらよかったのにっ。勝手なことしないで!」
「でも、……」
なんだろう。力が入らない。
でも、でも、でも、って、私わがままな子供だ。自分でそれをわかっているのに、隅っこに残された本心で誤魔化している。
嘘をついていない
「……ごめん」
「え……あんな?」
これも本心。私、本当にみくるには申し訳ないって思ってる。
だけど、
「うん、みくるの言う通りだ。私うっかりしてた、今度は気を付けるよ」
きっと、みくるには私が『諦めた』ように見えたんだと思う。
「……あんな、本当にわかってるの?」
「わかってる。だから今は調査に」
「ッ……! やっぱりわかってない。ちゃんと目を見て言って!」
肩を揺らされた。反射的に一歩引いてしまった。
ズキリと胸が痛んだ。
「……大丈夫だから、私」
「あんなっ……」
いいんだよ、みくる。私にはみくるの優しさはもったいない。
これまでみたいに、この時代で仲良しなみんなと笑い合っている方が、みくるにとって……
「私だって、みくるがいなくても大丈夫だから」
嘘じゃない。だけど、これは本心というより願望だ。
願望をあえて突き放すように発して、私は完全にみくるから目を逸らした。
「あんな! いい加減に――」
痺れをきらしたみくるが手を振り上げた。次に起こることを予感して目を瞑る。
ぶたれる……!
……こわい!
……でも
「…………あれ?」
草が風にくすぐられる音だけが続いて、私はおそるおそる目を開ける。
目の前にみくるはいなかった。見回して、私を横切って走っていく姿が映った。
「み、みくるっ」
「行かないと! 幽霊、かもしれない人見つけた!」
「えっ!?」
あっという間に、彼女の姿は曲がり角に消えてしまった。
……みくる、私との会話を中断してまで調査に戻った。
……そう、だよね。みくるにとって、それは何よりも大事なことだもんね。
「ぐ……ッ」
胸が痛い。さっきよりも重く、苦しく、全身が熱くなってくる。
眩暈がしてきた。見えないはずの景色が見える。朧気ではっきりしない。確かなのは、それは私の記憶じゃない。
声が聞こえる。失意や失望のような、冷たくか細い声。どこか聞き覚えがあるのに、現実を無理矢理打ち付けるような響きに、頭が警鐘を鳴らしている。
「はぁ……はぁ。うぅっ――」
「ポチィ!?」
「は――! ぽ、ポチタン?」
沈みかけていた意識が引き戻される。ポチタンが取り乱していた。マコトジュエルが危ないってことか!
「行か、なきゃ。私一人で……」
なんとか両足で身体を支え駆け出す。いつもより呼吸がやけに乱れたけど、現場にはたどり着けた。
「みくる……」
「あんな?」
予想とは裏腹に、そこには別れたばかりのみくるの姿と、もう一人。
「恵子さん……?」
「恵子さんって……あ、あの人が?」
真理子さんの探していた妹さん。私はすでに、その正体に感づいていた。
「多分、違う。『いないはずの人が現れる』、そうやって何度もマコトジュエルを盗んできた。そうでしょ……怪盗団ファントム!」
「ハハッ、ご明察。でも一歩遅かったね!」
勢いよく制服を脱ぎ捨て、変装を解除したニジーがツバメ像の側で立っていた。
「コイツを運ぶために何か手はないかと奔走したよ。案の定、多くの観衆の注目を浴びてしまったらしい」
影が深まる。薄かった雲はもう何層にも重なって、あたりから光を奪っていた。
「決め手は、君さ」
「へ、私……?」
「ツバメなら空を飛んで簡単に運ぶことができる! 美しい演目になるとは思わないかい!」
私が来るまでに、二人の間で何か会話があったんだ。中身まではわからないけど、みくるはどこか苦しそうにしていた。
間髪入れずにハンニンダーが召喚される。ツバメは二匹。なんで二匹?
「比翼の鳥、と言うそうだよ」
芸術品を扱うように、ニジーはハンニンダーを撫でた。
「翼を一つずつしか持たないから、寄り添い合って体を預け合わなければ飛ぶことができない」
目が合った。力の籠もった目。
「まあ、この子たちはちゃんと両翼が揃っている。だからその強さは、説明するまでもないだろう?」
「……」
私たちはプリキュアに変身した。
正面からハンニンダーが仕掛けてきた。すごいスピード――。
「いたっ!」
「……!」
ミスティックとぶつかった? 避け方が噛み合わなかったんだ。
「ふふっ」
薄ら笑うニジー。私たちを見て嘲っている。
二対二だけど、今の私たちで協力することは……できない。一体を狙い撃ちしても失敗しちゃうかも。
だったら、
「ミスティック! 左のほうお願い!」
「え? ちょ、ちょっとアンサー!」
私は片割れに向かって駆け出しながらウォッチの針を回す。
「アンサーアターック!」
拳を打ち付けてハンニンダーを殴り飛ばす。よし、効いてる。土煙から恨めしそうな瞳が覗いた。
「ミスティックリフレクションッ!」
もう片方もミスティックが上手くいなしてる。様子を一瞥してから私も追撃を試みる。
「悪くない作戦だ。でも良くはないね、ベイビー!」
ニジーがハンニンダーに指示を飛ばした。ハンニンダーは、
「あ! 待って!」
逃げるように飛ぶハンニンダーを追いかける。けれど、地面を走る私じゃ滑空する鳥には追いつけない。
「ミスティック避けて!」
「え? な――」
しまった、狙いはミスティック!
背後からの奇襲でミスティックの身体が跳ね跳んだ。倒れ伏したところを、餌に群がるように二匹で攻撃する。
助けないと!
「あなたの相手は私!」
「ハン! ハンニン! ダー!」
逃げないで! あなたは私が倒す、倒さないとダメなんだ!
駄々っ子のように身を捩らせて、なかなかハンニンダーをどかせられない。
こうなったら……
「アンサー、アターーック!」
拳を振り上げる。力任せに放ったそれは、
「ぎゃあっ!」
「あっ!」
不幸なことに二匹の間を素通りミスティックに当たってしまった。
「いったぁ……何するの、アンサー!」
「ご、ごめん……」
ああ、もう。思うようにいかない。こんなんじゃ……
「不満げな顔だね、キュアアンサー」
「……ッ、ニジー……!」
精神を逆撫でする怪盗を睨みつけるも、当の本人はどこ吹く風だ。
「思うようにいかない、そう感じているんだろう?」
「……」
「どうしてだと思う? それがわからないから、君は僕たちに勝てないんだ」
「……ッ、ぁぁあああぁ!」
頭に血が昇る。沸々と怒りが込み上がる。何に? ニジーに? ハンニンダーに? この状況に?
私は一体、何に苛立っているのだろう。
「アンサーアターックゥ!」
乱暴に振るった衝撃は今度こそハンニンダーを穿つ。もう逃さない!
馬乗りになった私は間髪入れずにもう一度、もう一度、もう一度殴打する。
何度も、何度も……何度も何度も何度も!
「ッ……! ッ――!」
「アンサー……」
どこからか私を呼ぶ声がするが、今はそんなものを気にしている場合じゃない。
私が、私一人でやるんだ! 私だけでハンニンダーを倒すんだ!
力が湧いてくる。ウソで塗り固められた身体に叩きつける度に、膂力が増幅するような感覚を受ける。
濁って黒ずんだ光が、私の拳を包んでいた。
「ハンニンダーッ!」
「……! うわぁっ!」
復帰したもう一体が私を突き飛ばした。横腹をやられた、ズキズキする……。
「アンサー、だめだよ。一人じゃ……」
「私が……私がぁ!」
すぐ後ろの声を気にも留めず、傷だらけの身体を無理やり起こす。
「言ったろう、君は勝てないって」
「くっ……!」
歯ぎしりしたところで、足元に転がっているものに気付く。立ち上がったときに落ちたようだ。
「プリキット……」
伝説のプリキット、ジェット先輩に渡された。
これで……
「アンサー? なに、それ……」
事情を説明できていないミスティックに渡してもしょうがない。私は藁にも縋る思いで、プリキットを掲げた。
「オープンッ!」
すると、
「…………え?」
虚しい静寂が、湿り気に溶ける。音もなく、奇跡もない、絶望的な沈黙。
何も、起きない……!?
そんなっ、
「オープン! オープン!」
みくるが憂いの目で、ニジーが嘲笑うような目で私を見ている。
そんなはずないっ。だって、これを使えば強くなれるって言ってたんだ! 反応すらしないなんて。
「ッ……オープンッ! なんで、どうしてッ……!」
おかしいよ……こんなの。こんなはずじゃなかった。
私の手で依頼を完了すれば、全部丸く収まるはずなのに。
失敗、しちゃうの……? 私の、せいで。
「お願い……ねえ応えてよ。開いてってばッ!」
胸の奥底を、段々と暗い感情が覆い始める。
混乱、焦燥、後悔、絶望、私の中で絡み合って、深い影を落とす。
「開けッ! 開け、開け開け開け開け!」
今開かなきゃ何にもならないの! なんの証明にもならない!
みくるを、
だから!
「開いてよッ!」
そのときだった。
「……! かはっ――」
私の中で、何かが激しく脈を打った。
戦闘シーン描くのムズすぎ!
一旦ここで、拙作が描きたいものをまとめておきましょう。以下の3つです。
①明智あんな
②あんみく
③アンサーはなまるソード
特に③。あれなんでまだ2回しかやってないの?主人公のキメ技よね?あんなちゃんの「かっこいいの部分」としてめちゃくちゃ刺さったのに。
拙作ではちゃんとキメ技に意味を捏造する予定です。
拙作ではあんなちゃんのメンケアがほどほどにできているという体なので、この話はけっこう落としどころに悩みました。結果的にあんなちゃんの心理状態や次の仲直り回の展開が変わっています。こういう世界線もあるかもなと思ってもらえれば。