影ですが、なにか? 作:邪神ですが。
教室の隅、教壇から見て奥の奥の奥。
そこが私の座る席、日の当たらない特等席。
少し目線を逸らすだけで教室の全てが目に入る、それだけのことがなんとなく面白く感じる。
身振り手振りを交えながら特徴的な口調で授業を進める古文の先生。
窓の外に顔を向けながら髪を弄る黒髪の生徒。
天井の隅に巣を張った一匹の小さな蜘蛛。
周りを見渡すほど、大抵の生徒が授業を真面目に聞いていないことがわかる。
スマホを見ている生徒もいれば、堂々と居眠りをしている生徒も。
眠気に負ける寸前なのか、不規則に頭を揺らしている生徒もいる。
こうして他人の行動ばかり見ている私も不真面目に授業を受けている生徒の一人だと言えるか。
これが私の学校生活、変わり映えのない日常。
その日常の中に一つの非日常が混ざり込んだ。
目線の先にいた生徒達の一人、眠気と戦っていた男子生徒が目を見開いたように見えた。
眠気が吹き飛ぶだけの何かがあったかのように。
焦りのような困惑のような、そんな表情を見せ。
それに気付いた私がふと、彼の視線の先を追おうとした時———
視界が光って、弾けて、何かと混ざって。
あとは痛みを感じた気がする、私に理解出来たのはそれだけ。
手足の感覚も、視界も聴覚も、そのうち何もかも無くなって。
***
ぼんやりと、誰かの話し声が聞こえる気がする。
声が聞こえるということは、私にはまだ耳が付いているということ。
なら私はまだ生きているってことで、あの激痛は何かの間違いだったということなのか。
それとも病院に緊急搬送されてるとか、保健室で寝かされてるとかそんな感じなのかな。
右手の感覚も左手の感覚もあるし、もう痛みだって無くなって……
……足の感覚が、ない。
———どさり、と。
戸惑っている私の目が開いたのは、その音に驚いたから。
視界の先を見れば私の目の前で“人影”が倒れている。
そう、文字通り“人の影”のような黒い物体が私の前で倒れ伏していた。
『なにが……』
と、独り言のように呟いた言葉は私の耳に届かなかった。
いや、そもそも“口を動かせた感覚”がない。
口を塞がれている……というより、私の口が無くなってる?
分からない、私は今どんな状況にあるんだろう。
理解出来る範囲で整理してみる。
私の視界に映っているのはその人影と洞窟みたいな壁、そして私に振り下ろされる剣。
まず第一に気にするべきなのは、剣。
そう、私に振り下ろされている剣。
気付いた時にはもう遅い、いや、そもそもそれを脳が理解する暇もなかったと思う。
玩具などではない、本物の殺意が籠った“人を殺すための道具”が私に振り下ろされていて。
何が何だか分からないまま私は、その刃を受けて今度こそ人生を終え……
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!?」
ぴくりとも動かなかった人影が突如として起き上がり、剣を持っていた男に突進する。
体勢を崩した男に覆い被さる黒い影……だけど、明らかに力負けしているように見える。
それでも必死に、片腕を斬られようとも一歩も退かない人影。
その黒い影の持つ青く光る瞳が、何かを訴えかけるように此方を見た。
放心して恐怖を感じることすら出来ない私に、その瞳が突き刺さる。
何を伝えたいのかは分からない、人のものではないその瞳から私は心を読み取れない。
真意を読み取ることは出来ないが、その怪物の瞳には恐怖があった。
“殺される”
———駆け出していた。
その表現が適切だとは思えない、少なくとも足を動かせている感覚はない。
けど、私は確かにその場から逃げ出していた。
人影と男の真反対に、見覚えのない洞窟の先へと進んでいく。
「⬛︎⬛︎⬛︎!!」
分からない。
見て、整理して、把握して、その上で何一つとして分からない。
ここは何処なのか、私に何があったのか、あの人影はなんなのか。
でも分かる、それでも一つだけ分かることがある。
あそこにいたら、間違いなく私は殺される。
脳内に直接響いたそんな声、分からない。
視界の端に映った私の“黒い手”、分からない。
日本語でも英語でもない知らない言葉を話した男、分からない。
分からない。
いつしか、背後から聞こえていた怒号が聞こえなくなっていて。
そこでようやく私は立ち止まる。
立ち止まって、自分の腕に視線を向けてみる。
指が3本しかない、“人影”のように黒い腕。
感覚の無かった足に、視線を向けてみる。
そこに足はなく、黒い身体が地面に溶けるように続いていた。
人影と、同じ。
さっきの人影と、同じ。
湧き出る不快感が漏れ出る先は無かった、私の口から吐き出される筈の吐瀉物は存在しない。
口がない、足がない。
身体が小さく、身体の熱を感じない。
けれど認めてしまう、考えてしまう、受け入れてしまう。
何より分かってしまう、目の前で見せつけられれば分かってしまう。
私は確かにあの時教室で死んだ。
私は確かにこの場で生きている。
私は、異世界に転生してしまったんだと思う。
***
どうにか一旦落ち着けたんじゃないかと思う。
実際は落ち着けてないんだろうけど、このまま立ち止まっていれば私は今度こそ殺される。
なんとなくそんな予感がするので、落ち着いたということにしておく。
モンスター、魔物、怪物、クリーチャー。
今の私はそう呼称される“何か”の身体になっている。
ドラゴンがクエストしてるゲームの“あやしいかげ”みたいな……
いや、あれは影のモンスターではないんだっけ。
細かいことはいいとして、多分私は影に関するなんらかのモンスターになってるんだと思う。
そう、私は人間じゃない。
茉莉花 影という存在は紛れもなく人間だった、でも今の私は人間という種族ではない。
……“影”って名前だからこんな転生先に選ばれたんじゃないかって考えが浮かんだけど、どうか違うことを祈る。
私の名前、
そんな姿形だから当然機能も人間と違うわけで、私の身体には足がない。
その代わりに下半身、人体なら足がある部分がスカートのような形で地面に溶けて接地している。
さっきあの場所から逃げられたのは、この下半身を動かして這うように動いてきたからだと思う。
だからかジャンプとかは出来ない、でも壁と天井を歩けた。
本当に私は人間じゃないんだな、って自覚するキッカケになって若干メンタルにきたけど……
……あの黒い影はきっと、今の私の同族にあたる存在だった。
彼か彼女か分からないけど、アレが人に襲われていたのはきっと“魔物”だからで。
アレと同族である私も同じように、魔物である。
たとえ前世が人であったとしても、私はきっと殺される。
次に人と会えば間違いなく殺される、会ったのが人じゃなかったとしても殺されるかもしれない。
あの時、教室で一度死んでいるのだとしても。
理解の及ばない死と、襲い掛かってくる死は別である。
怖い。
死にたくない。
このまま殺されたくない。
なのに、生きる術は見当たらない。
……でも、私の認識が間違っていないのならきっと。
私は、あの人影に庇われた、逃がされた。
でなければあの場で私に視線を送る理由がない、そもそも立ち向かう理由すらなかったかもしれない。
やっぱり、私はあの存在に“生かされた”んだと思う
同族だったから逃がされた、っていうのが一番可能性が高いと思う。
それは種族としての本能なのか、それともあの個体が持つ独自の善意の表れなのか。
どちらにせよ、あの場における私の敵は“人間”だった。
私は、私の種族は、少なくとも人と共に在れる存在ではないらしい。
で、次の話。
そもそも私の住んでいる日本……というか、もっと広げて地球には今の私みたいな怪物は存在しなかった。
私に斬りかかった男に関してもそうだ。
言語……に関しては私の知識不足でもおかしくないけど。
そもそも怪物相手に剣を抜いている、つまり剣を“持ち歩いている”。
だからここは異世界で、今私がいるのは洞窟……
いや、ダンジョン的な場所なのかな。
っていう風に予想してるんだけど、実際はどうなんだろうね。
そして、これが今一番大切な話かも。
私は生きる、死にたくないから生きる。
そんな曖昧な理由のままに生きていこうとしている私は、深い悲しみと絶望……
ではなく、他にも感じているものがある。
空腹感。
いや、普段感じていた空腹感とはまた違う感覚ではある。
身体がエネルギー不足を訴えてる感覚というか、絶妙な倦怠感みたいな。
補給を行ってくださいというサインを私は受け取っている。
しかし私の手元には食べられるものがない、あと口がない。
そう、口がない。
足がないように、この身体には口にあたる器官がない。
だから、人のような形をしているのに声も出せない。
視点の高さ的に子供というか、デフォルメされたミニキャラみたいなサイズだと予想してるんだけど……
……あの人影も、私と変わらないくらいの大きさだった気がする。
……この話はもっと余裕がある時に考え直そう、そうした方がいい。
とにかく今の私は食事?にあたる何かが必要で、そのために食料?にあたる何かを探さないといけない。
主に思いつく選択肢は三つだろうか。
一つ、人間の持っている食料を分けてもらえるように交渉する。
二つ、他に存在するであろう魔物を食べる。
三つ、ダンジョン内に存在する宝箱的なものを探す。
一つ目は論外、どうやっても殺される未来が見える。
そもそも人の食べるものと私が今糧にするもの、それが一致している確証もない。
そんな状態で、言語もわからない状態で、種族が違う存在に交渉。
私はまだ死にたくないので、とにかくボツ。
二つ目は……考慮自体は出来るけど、難しい。
これは絶対に魔物同士……というか、生物同士での争いになる。
そうなった時、一般高校生として学生生活を送っていた私が生粋の魔物に勝てる道理がない。
チート能力!転生特典!みたいなのがあるなら話は違うんだろうけど、私にそんなものがある気配はない。
むしろこうして魔物に転生したデメリットの方が大きいと思う、やだやだ。
三つ目は一番現実的だけど、同時に非現実的。
そもそも“そんなものがある”という認識自体、信用出来ない。
私はゲームの中に転生したわけじゃない、何も知らない未知の世界に記憶を持って生まれ変わっている。
なら、そんな楽観的な発想で行動して上手くいくと思えない。
ただこれ以外に選択肢が思い浮かぶかと言われると……
……私、種族的に強いわけでもなさそうだし……
人間相手に1対1で蹂躙されるってことは、所謂雑魚モンスター相手にも勝てる気がしない……
というか、私がその雑魚モンスターである可能性の方が高い。
無害なモンスターが存在することを祈って探索しつつ宝箱的なアイテムを探す、っていうのが一番マシな選択肢なのかな。
来た道を戻るのも嫌だし、丁度良くこの先も一本道。
とにかく前に進んでみて、命の危機を感じたらすぐに逃走すっ……!?
もし今の私に口があったらきっと、素っ頓狂な悲鳴をあげていたと思う。
理由はただ一つ、私の目線の先にいる存在だ。
白色の身体を持つ蜘蛛が、こちらへと近付いてきていた。
茉莉花 影 MATSURIKA AKI
PROFILE
転生前は人と人との間に潜り込むことが得意だった小柄な少女。
固定の友人グループなどを持たない代わりに、どのグループの中に入り込んでも馴染み可愛がられていた。
人が好き、というよりは人を知ることが好き。
影から人を見て、徐々に交友を深めるタイプ。
転生後は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎大迷宮にて⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎という魔物になり目覚める。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎⬛︎を見つけたことで⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ようになる。
〔⬛︎からの一言〕
名は体を表す、とはまさにこの事でしょう。
折角なので更に合わせてみましたが、どうですか?