ナマズを探す、タツノオトシゴを狩る。
たまにナマズを見かけると全速力で追いかけて、死ぬ気でそのナマズを仕留めて蜘蛛子ちゃんが食べる。
で、またナマズ探しの繰り返し。
あまりにも探しすぎて色んなスキルのレベルが上がったりした、蜘蛛子ちゃんが食べたいって言ってるんだから仕方ない。
ナマズもタツノオトシゴと同じような火球を放ってくる、ということが分かったのは新たな収穫。
タツノオトシゴのソレより速度も大きさも、恐らく威力も高いその火球。
まあ私の嫉妬の効果で満足に放てないからあんまり意味ないんだけどね、当たりそうになったところで純潔があるし。
そう、純潔は凄かった。
MPさえあれば本当にどんな攻撃でも防げるような雰囲気を感じるその結界は、事故防止として私達の戦闘に安定性を追加してくれた。
その結果なんというか、全体的に緊張感がなくなった。
勝てる勝てないではなく趣味嗜好の問題で獲物を選べるようになり、その獲物自体も安定して倒すことが出来る。
下層にいた頃の“逃げないと死ぬ”が連続で起きていた頃と比べると、明らかに緊張感がない。
環境的にはあの時より過酷な筈なんだけど、やっぱり出てくる魔物の問題なのかな。
なんてお気楽に考えてたからか、そんな私を戒めるように天罰が下ったんだ。
《エルローゲネレイブ LV7
HP:1001/1001(緑)
MP:511/511(青)
SP:899/899(黄)
:971/971(赤)
平均攻撃能力:893
平均防御能力:821
平均魔法能力:454
平均抵抗能力:433
平均速度能力:582
それは、鰻のような姿をした魔物。
マグマの中から飛び出した魔物はこちらを凝視し、攻撃を仕掛けんとロックオンしている。
エルローゲネレイブ:エルロー大迷宮中層に生息する中位竜に属する魔物。雑食性だが他の魔物を好んで食べる習性がある》
竜種であることや名前のゲネの部分から、この鰻もナマズやタツノオトシゴの仲間……
或いは、進化形態であることが見て取れる。
なんて言ってる場合じゃない、そんなことを考えている場合ではない。
強い、HPだけとはいえステータスの数値が4桁に達している。
圧倒的な差がある相手より、届きそうで遠い相手の方がやりづらいとはこういうこと。
私達と鰻の距離は15メートルくらい、しかし相手は既に臨戦体制。
『逃げれ……ないよね?』
当然、と言った風に首を縦に振る蜘蛛子ちゃん。
速度は勝っている、けどそれ以外のステータスが負けすぎている。
いくら速度だけ勝っていてもそこに大きな差がないと、結局はSPによる持久力の差で追いつかれるから。
だから結局のところ、戦うという選択肢しかないらしい。
鰻の口から飛ばされた火球は、タツノオトシゴよりも速く大きいナマズの火球……
それと比べ物にならないほど大きく、そして速くこちらへと飛んできた。
少なくともその場にいたのが私一人だったら避けられていない速度と規模、だが今の私は蜘蛛子ちゃんに回避を任せているので同時に避けられる。
なのに、その上で避けるのがギリギリだった。
隙を減らすためにギリギリまで引き付けるいつもの戦略ではなく、単純に避けるのが間に合わずに危ない橋を渡った形。
さっきの攻撃の余波で蜘蛛子ちゃんのHPが少し減っていた、これだと長期戦も厳しいだろう。
嫉妬は既にかけ始めている、が、このスキルは効果が発動するまでに時間がかかるという条件があり。
しかもその発動時間は相手によって異なるときた。
純潔は使えない、使用自体は出来るが恐らくあの火球を防いだら一回で私のMPが尽きる。
本当はもっと気軽に使って蜘蛛子ちゃんをサポートしたいけど、私のステータスだと一回が限界。
相手によってはもっと使える、けどあの火球を受け止めるとなるとそれ以上は厳しいだろう。
だから回避を蜘蛛子ちゃんに任せて、私は嫉妬の発動だけをし続ける。
タツノオトシゴと違ってそもそものMP総量が多い鰻は、火球を連発させても中々MP切れを起こさない。
MPが切れないということはマグマから出る必要もないということで、私達じゃ決定打が生まれない。
だからまずは嫉妬で火球の発動を妨害しないと、私達の戦いは始まりすらしないわけだ。
その判断が正しかったか否かは分からない。
けど、その判断のお陰で蜘蛛子ちゃんと違って私には余裕があった。
することが少ないということは視野も広く持てるということで、私は蜘蛛子ちゃんが気付かなかったその動作。
火球と同じ動きでありながら、少し“ための大きかった”攻撃に気付くことが出来たのだから。
視界を埋め尽くすように広がる激しい炎。
それは火球ではない、地龍が使ったようなブレス攻撃。
点ではなく面で対象を焼き尽くすその攻撃を余裕がない彼女が避け切れる筈もなく、私達は炎に呑まれる。
だが気付けた、発動に気付けさえすれば一度は防げる。
その炎は私達の視界の前で消えるように止まり、何事もなかったかのように無傷な蜘蛛子ちゃんがそこにいた。
防げる、純潔なら多分地龍のブレスだって一度は防げる。
ただ予想通り今の一発で私のMPが全て持っていかれた、二度はない。
ブレスの存在を確認出来た今ならさっきのような初見殺しはもう受けないとは思う。
しかしどうしても事故は起こる、そもそも避けづらいあの攻撃を蜘蛛子ちゃんは避け続けることが出来るのか。
そのブレスを連発してくるんだから、その心配は余計に現実味を帯びてきた。
薙ぎ払うように再びブレスを吐き出した鰻の攻撃を、蜘蛛子ちゃんは天井へと飛び上がることで避ける。
つまり“宙に浮かんだ”、今蜘蛛子ちゃんを助ける足場は何処にもない。
その勢いのままに、吐き出した炎を上へとズラした鰻。
避けられない、かと言って防ぐことも出来ない。
彼女が糸を出そうとする姿が見えたような気がした、けどこの中層でその糸は何かにくっつく前に燃え尽きてしまう。
これは、避けられない。
いくら頭を働かせても、どう足掻いたって避けられない。
『蜘蛛子ちゃん!!』
考えるより先に出たのはその言葉、そのたった一言。
私が言葉を続けるより前に蜘蛛子ちゃんは言葉の糸を読み取って、体制を整え炎の中へと飛び込んでいった。
『
その炎が蜘蛛子ちゃんの身体を焼く前に、鰻の口から出ていたブレスが止まる。
嫉妬の発動が間に合った、もう鰻は火球やブレスを使えない。
MPはまだ半分近くあるが、もはや関係ない。
遠距離攻撃の手段を失った鰻、タツノオトシゴやナマズだったらここから陸地へと這い上がってきて戦闘が続くだろう。
果たして鰻の取る選択肢は、どうか。
———それは、紛れもなく竜と呼んでいいものだろう。
鰻のように見えていたのはその顔だけで、そこにいたのは長い体躯を持った竜の姿。
それは何処か東洋の龍を彷彿とさせるような、そんな威圧感を持って。
マグマから這い出た竜は、私達のことを睨み付けていた。
もう火球もブレスも飛んでこない、その上で陸地での戦闘に付き合ってくれる。
ようやく“スタートラインに立った”、私達が有利になったわけじゃない。
ようやく、勝ち目ある戦いに挑めるようになった。
火球がないなら逃げられるかもしれない、そう思い鑑定した蜘蛛子ちゃんのSPは既にカツカツ。
逃げ続けるのは不可能だろう、戦闘だって長引くとまずい。
ステータスだけ見れば私達に勝てる道理はないが、私達の戦いに付き合ってくれるだけなんとでもなる。
竜種ということは龍鱗のスキルを持っているだろう、私の天鱗に比べれば効果は薄いがそもそものステータスが高いんだから私よりも余裕で硬い。
物理攻撃は通らない、とはいえそんな状況はナマズ相手だって同じようなものだった。
こちらが何か一撃貰って、そのままずるずると負けるか。
それともその前に蜘蛛子ちゃんの毒を食らわせて、防御を無視して倒し切るか。
これはそういう勝負、もはやステータスはあまり関係ない。
音もなく始まった、陸地での第二ラウンド。
タツノオトシゴの突進、ナマズの大口。
そんな直線的で愚直な攻撃をしてきてくれないかと期待したが、鰻が選んだのは尻尾での殴打。
曲線的な軌道を描くその攻撃は隙が少なく、尚且つ真正面を向いていないのだから毒を食らわせるタイミングもない。
そもそも、それだけで攻撃は終わらなかった。
尻尾を薙ぎ払った勢いのままに身体を一回転、そのまま突進し突撃してくる鰻。
さっきと同じ状況、避けられることを前提に避けた後の動きを狩りにきている。
糸を使えない中層で蜘蛛子ちゃんが咄嗟に動きを変化させるのは難しい、その身体は間違いなく蜘蛛子ちゃんを捉え貫くだろう。
でも私がいる、地味なことしか出来ないけれど確かに私はそこにいる。
純潔が使えなくとも、天鱗の防御力は健在だ。
鰻と蜘蛛子ちゃんの間に割り込んだ私は、その頭を自らの全身で受け止めた。
ごっそりとHPが減ったのが分かる、追撃を貰えば間違いなく私は死ぬ。
天鱗の防御性能があっても単純なステータスの差で、私の防御は打ち砕かれた。
だけどまあ、無策じゃない。
むしろ私達はこれを待っていたと言える。
何度も何度も繰り返した、私達の数少ない連携。
私にぶつかったことで動きの止まった鰻の口に、蜘蛛子ちゃんが毒を投げ込んだ。
それだけで十分、私達はこれだけでいい。
苦しみもがきながら急速にHPを減らす鰻は、ナマズよりも長い間暴れ続けている。
影に潜り直す体力すらなかった私は蜘蛛子ちゃんに担がれるような形でその暴れる範囲から離脱した。
いくらステータスで負けていようが、蜘蛛子ちゃんの毒が入れば大抵の相手はそれだけで死ぬ。
毒耐性があったり、それを相殺出来るほどのスキルやステータスがあればまた別なのかもしれないけど。
私達の必勝パターンは、私が攻撃を受け止めて蜘蛛子ちゃんが毒を入れること。
そもそもほぼ蜘蛛子ちゃん単騎で勝てる相手が多いから私の出番は少ないけど、逆に言うと私が受け止めなきゃいけない相手は大抵格上。
とにかく痛い、声が出せないから反応が鈍いだけで私だって痛みは感じる生物だ。
だからあまりやりたくはないけど、普段蜘蛛子ちゃんが頑張ってる分こういうところは私がやらなきゃ存在意義を見失うって感じ。
鰻は物凄いしぶとくて、蜘蛛子ちゃんの毒を食らったっていうのに中々生き絶えることはなかった。
が、のたうち回っている魔物相手にトドメを刺すことなんてそう難しくはない。
隙を見て鰻の首のあたりに爪を突き刺した私、それに合わせて再び毒を投げ込む彼女。
その攻撃でようやく、私達とその火竜の戦闘は終わった。
相手のステータスが高すぎたこと、それと傲慢の補正も相まって物凄い勢いで経験値が入ってきた。
聞こえたのは進化可能という言葉、けどそれ以上に私は全身を襲う痛みが引いたことに意識を持っていかれていた。
『……死ぬかと思った……』
それは多分蜘蛛子ちゃんも同じ、痛みが大きかった私と違って蜘蛛子ちゃんに傷は少なかったけど。
一定の耐久力がある私と違い蜘蛛子ちゃんは攻撃を受けたら即死する、ブレスが飛んできた時は気が気じゃなかっただろう。
かく言う私も気が気じゃなかった、本気で死ぬかと思った。
だが勝てた、私達はあの強敵に勝利した。
今は頼むから、その事実だけを噛み締めていたい。
後から聞いた話だが、念話は使用する気がなくても“強い感情”を持つと勝手に漏れ出てしまうらしい。
何が言いたいかというと、うん。
私が攻撃を受け止めた後、蜘蛛子ちゃんは私がずっと呻いている音声が脳内に流れ続けていたらしい。
申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで死にたくなった、そこは融通利かせてほしかったな……