蜘蛛子ちゃんがさ、魔法を使えるようになってたんだよ。
少しずつコツを掴んでとかじゃなくて、何の前兆もなく突発的に使えるようになっていた。
潜影の効果で一部の状態や感覚を共有してる私だからこそ分かった、明らかに違和感があるその進歩。
なんて思いながら鑑定してみたら蜘蛛子ちゃんのスキル欄に見覚えのないスキルが複数。
それ自体は別に悪いことじゃない、急にスキルを手に入れることって結構あるし。
けどそれを見られた蜘蛛子ちゃんが気まずそうに私のことを見つめ返すので、やっぱりそれは異常なものと見て間違いないのだろう。
だからきっと私はそれを追求するべきで、行動として正しいのは問い詰めること。
でも、なんか、キャラじゃないっていうか。
私って今の今まで蜘蛛子ちゃんに助けられてばかりで、私が蜘蛛子ちゃんの行動に口を出す権利なんてない気がする。
一緒に行動してはいるし、今となっては仲間と呼んで差し支えのない関係だと思う。
けど元々はお互いほぼ他人だったんだから、そんな人間が過度に口を出すのも野暮じゃない?
『まあ、気にしないでおく』
だから私はこのことを忘れることにした、蜘蛛子ちゃんが魔法を覚えたってだけで大躍進なんだから。
よくよく考えればそれに対して不満をぶつける意味なんてない、プラスのことばっかりだ。
ただ、その時の蜘蛛子ちゃんがどこか不安そうな目をしていた気がして。
魔法がどうこうとかスキルがどうこうとか、そういうのを全て抜きにして。
私はその、弱気な彼女の視線だけが気に掛かった。
***
うわー!!絶対気遣わせたよこれ!!絶対影ちゃんに空気読まれちゃったって!!
いや私が変にウジウジしてたのが悪いんだけどね、魔法を使えるようになったっていうのにウジウジしてたらそりゃあ心配されるよね。
喜ばしいことだもん、普通は。
……んー、ほんと、話すべきなのかな。
でも話すべきではない気もする、これを抱えるのはまだ私だけでいいって考えもあるから。
上位管理者D。
天の声(仮)から聞こえたのは普段の無機質な音声じゃなくて、何かに割り込まれたような言葉。
ノイズ混じりの音から聞こえた声は確かにそう名前を呼び、私にそのスキルを授けて来た。
それは“人為的に起こされた行動”であり、この世界の常識として定められたルールではない。
私は知ってしまった、この世界の上にあるものを。
《叡智:神へと至らんとするn%の力。自身の知覚範囲内に存在するものすべての閲覧レベル1までの情報を取得可能にする。また、Wのシステムを凌駕し、MA領域への干渉権を得る》
ゲームじゃない、っていう感覚があった。
だから消去法で現実だと思ってたんだよね、それが逆に私の思考を誘導していた。
この世界はそういうものだ、そういうものだからスキルがあってステータスがある。
私はそう認識していた、けど違う。
だって私が元いた世界に数値化されたステータスも、スキルなんてものも存在してなかったじゃん。
なのにこれを常識として受け入れてた、それがまず私の間違いだった。
鑑定のレベルがせっかくカンストしたのに派生スキルがないことに不満を溢していた私。
当然その不満は“声に出ていない”、私についてくる影ちゃんにもその言葉は当然届いていない。
届いていない筈なのに、その言葉を受け取ったソイツは私の愚痴に合わせてスキルを作った。
たった一言、愚痴として溢したその一言を受けて私は新たなスキルを授けられた。
それを起こしたのがここで出てきた、上位管理者Dという存在。
上位管理者がいるってことは多分普通の管理者もいるよね、ってことは管理者は一人じゃないんじゃないかな。
じゃあ管理者ってのは一体何を管理してるんだ?
決まっている、スキルだ。
スキルとステータスと、もっと広げるならこの世界。
要はこのスキルもステータスも全部、管理者を名乗る連中に後から与えられたものだったんだ。
予想に過ぎない?なんとでも言えばいい。
だって私は現にそのスキルを受け取ってしまった。
受け取ってしまったスキルによって魔法が使えるようになってしまった、これは冗談として流せるものじゃない。
だって、あまりにも都合が良すぎるから。
じゃあ何のために、どうやってこの世界にスキルというものを定着させているんだ?
それは流石に分からない、予想のしようがない。
でも確かに言えるのはこの世界は何かがおかしくて、そのおかしさに気付くことが出来ていないということ。
背筋に冷たいものが走る、地龍に遭遇した時とはまた別種の恐怖。
その恐怖が私をじわじわと侵食して身体が震える、嫌な汗が流れてきた。
こうやって慌てふためく私の姿を見て、ほくそ笑んでるヤツがいるのか?
『蜘蛛子ちゃん?』
……やっぱ取り繕うのが下手だなー、私。
前世から表情筋を殺すのは得意だったし、蜘蛛の身体は余計に表情なんて分からない筈なのにさ。
私がこうやっておどおどしてると勘付かれちゃうんだ、これも潜影の効果とか言われたらもう対策の施しようがないんだけど。
正直に言おう、怖い。
今まで頼ってきた、頼りにしてきたスキルが今は理解し難い異様な何かのように思える。
だってそうじゃないか、このスキルが管理者によって与えられたものだとしたら。
私は今、いや、私達は今そいつらの手のひらの上で転がされているということになる。
だって私達は、スキル頼りで生き残ってきたんだから。
ゲームみたいで楽しいかも?バカだ、バカだよ。
管理者が“そういう風に作ってる”んだとしたら、そりゃあゲームみたいになるに決まってる。
管理者が本当にスキルを管理しているのだとすれば、そいつらはこの世界をゲーム感覚で観察しているのかもしれない。
だとすれば私達はそのゲームの登場人物、自由行動する一つのパーティー。
本当にそんな存在がいるのだとすれば、そんなのまるで神みたいなものじゃないか。
いいや違う、それがきっと神なのだろう。
この世界における神、支配者。
だからこんなことが出来る、私を監視出来る。
私はどうすればいい?
私はこの状況を、一体どうすればいい?
他人に弄ばれていることがわかった今の状況を、どう受け入れればいい?
『……あの……』
おずおずと話しかけてきたのは、影ちゃん。
というかこの場で私に話しかけることが出来る知性ある存在なんて、影ちゃんしかいない。
『深く聞く気は、ないけど』
困ったように、少し普段より落ち着いた声色で続ける彼女。
『何か悩むことがあって、その上で蜘蛛子ちゃんが“話してもいい”って思ったら』
私の手を握ってきたその手は冷たい、人の暖かさのある手ではない。
人の手を握ったことなんてないけれど、その手の温度はやけに冷たくて、やけに温かかった。
『私はいつでも、それを聞くから』
……私は、この子にこの感情を溢してもいいんだろうか?
しかしそんな事が許される筈もない、これは私の問題だから私一人で抱え込むべきで……
いや、違うな、これは違う。
私が嫌なだけだ、気遣ってるからこういう選択を取ろうとしてるんじゃない。
私がこの影という少女に対して責任を取ることを、これ以上巻き込むことを避けようとしているだけだ。
だってこれを打ち明けてしまったら、私と彼女は成り行きで行動を共にしている存在ではなくなってしまう。
話さなければ少なくとも、まだこんな得体の知れない恐怖を知らずに生きていくことが出来る。
分からない、どうすればいいのか分からない。
万年ボッチの私が人と関わる正しい方法なんて知っている筈もない、そんな前提がある上で。
今の弱った私を見せたくない、彼女の前では強い蜘蛛子であるべきだ。
なんだか分かんないけど、私の中にそんな思考がある。
だから言えない、これは話せない。
でもなんでかな、この子相手なら大丈夫って気持ちもあるんだよ。
分かんないな、ほんとさ、そりゃあ私だって影ちゃんを信じてるけどさ。
それだけで済まないくらいの信頼というか、安心感がある。
この子になら大丈夫だっていう、根拠のない感情が私に囁きかけてくる。
それが酷く不安定で、私に対して天使と悪魔のように呟き続けていて。
問題なのは、きっとどちらの選択肢を選んでも私にとってのそれは悪魔になるということ。
選べない、どうしても優柔不断になってしまう。
そんな私の背中を押したのは最初の話、私に話しかけてきてくれた影ちゃんのこと。
そう、地龍に巣を吹き飛ばされた時のこと。
下層で得体の知れない“私”に話しかけてきてくれた彼女のことを、思い出して……
……いや、それはなんだか、もっと前の出来事だったような……
———誤魔化してたけどさ、スキルポイントの残量には常に気を遣ってたんだよ。
影ちゃん、私に対して一方的に話しかけてきてくれるじゃん?
それがなんだか申し訳なくて、私からも言葉を返そうと思ってさ。
念話くらいいつでも取れるようにって、影ちゃんへの申告を誤魔化してヘソクリとしてのポイントを溜めてた。
まあ結局のところ私から話す決意が湧かなくて、ずっと使うことのない倉庫番ポイントになってたんだけど。
取るならさ、今しかないって思ったんだよ。
この機会を逃したらずるずると、どうせずるずると私が彼女と会話を交わすことはない。
それ自体が嫌なわけじゃないけど、今のこの時を無駄にするというのが私は嫌だった。
不安で、怖くて、何度も何度も折れかけた私
折れかけた私が唯一頼れた、縋れた相手が私を受け止めようと腕を広げてくれている。
でもさ、やっぱり不安で。
『うん』
これは私だけが持てばいいもので、私が溢す理由もない我儘だから。
『うん』
その責任をわざわざ受け持ってもらわなくてもいいんじゃないかって。
私の我儘をこうやってぶつけなくてもいいんじゃないかって思うんだよ。
『そうかな?』
そう。
だから、だから影ちゃんは知らなくていい。
こんな胸糞悪くて嫌な話を聞かなくていいんだ。
『でも、聞きたい』
どうして?
『どうして、かぁ』
『
それは、私に?
『うん』
でも私の方も危ないところを何度も影ちゃんに助けてもらって……
『物理的に、じゃないよ』
じゃあどういうことなのさ?
『内緒』
それじゃあ分かりませーん。
私は説明を要求しまーす。
『内緒です』
あのさー!!それずるいって!!
私が追求しないっていうのを分かってやってないか!?
『バレたか』
でしょうね、だと思ったよ。
私が下手に出れば調子に乗っちゃってー。
『ごめんね』
全く影ちゃんってばさー……
『……少し、落ち着いた?』
……うん、少し落ち着いたと思う。
ダメだなー、私。
あれだけうだうだ言っといて、結局言葉を漏らしちゃってるんだから。
中途半端に決意をして、結局実行出来ずに溢してしまった。
それをするくらいなら最初からもっとハッキリ物を言いたいものだね、それもコミュ症には難しいことですけど!!
ただ、それでも話す、私は影ちゃんに話すと決めた。
だからそれだけでいい、それ以上は考えない。
これ以上無駄なことを考えるのは、目の前の彼女に失礼だから。
だから私は、打ち明ける。
『……叡智ってスキル、見てもらってもいい?』