私は何をしてあげられるだろう、という思い。
それが、私が蜘蛛子ちゃんの話を聞いて真っ先に感じた感情だった。
理解が出来ないというよりは理解した上で受け止めるのに時間がかかるその状況。
あまりにもスケールが大きくて、今生きるだけで精一杯の私にそこまで上のことを考えるほどの思考力は備わっていなかったのだ。
神だとか管理者だとか仕組まれてるだとか、言葉としては理解は出来るが芯のところではまだ理解出来ていない気がする。
たとえ仕組まれていた行動だとしても、私はこうして生きているという事実。
それだけが私にとっての真実というか、それ以外を考える余裕がなかったというか。
生き方、生き様を考えられるほど私は今世に向き合い切れていなかったのかもしれない。
だからこの話を気にしていないのか、って聞かれるとまた話は別だけども。
私だって感情を捨てたわけじゃない、こういう話を聞いていれば流石に色々ツッコみどころがあるのを感じる。
前提として蜘蛛子ちゃんが気にしてる、それを気にして私に相談してきてるという話があった。
それが何よりも大切なことで、今まで物理的に口を開かなかった彼女がこうやって私に話しかけてきたんだ。
それは私にとって、この遠い話を気にするだけの理由になるだろう。
《叡智:神へと至らんとするn%の力。自身の知覚範囲内に存在するものすべての閲覧レベル1までの情報を取得可能にする。また、Wのシステムを凌駕し、MA領域への干渉権を得る》
蜘蛛子ちゃんはこのスキルを“上位管理者D”という存在に授けられた。
いつも私が聞いてるシステム音声みたいな感じじゃなくて、明らかに何かの介入を受けたような様子で取得したらしいそのスキル。
嫉妬とか純潔とか傲慢みたいに、これもまたわけの分からない言葉の使われた例のスキルシリーズである。
彼女はこれに対して恐怖を感じていた、正確にはこのスキルではなく。
“今までその世界の常識だと思っていたものが、誰かによって作られた非常識だったということ”に対して恐怖していたようで。
受け入れちゃってたけど、私達の住む世界にスキルも数値化されたステータスも存在しなかったからね。
当然今の私達みたいな魔物も存在しなくて、これはまるでゲームの世界のシステムみたい……
って思ってたけど、本当に神みたいな存在によって作られたものだとすると話が変わってくる。
それは“ゲームみたいな世界”なんじゃなくて“ゲームを模して動かされている世界”ということになるんだから。
『でも結局、それによって私達がすぐに死ぬとかいうわけじゃないんでしょ?』
『いやそうなんだけどさー!!』
じゃあやっぱり気にしすぎる必要もないんじゃないかなって私は思うけど、蜘蛛子ちゃんはどうしてもそれが気になるらしい。
だってどうしようもないじゃん、私達がその世界の登場人物AとBだとして。
その世界に神のような、開発者のような存在がいたとしても抗える道理が一つもない。
そもそも私達が今こうして戦える力がその存在によって授けられたものなら、それを授けられる存在が私達が倒せるような相手でないことは容易に想像できる。
それにこれは、もっと単純なことだけど。
『強くなったんでしょ?』
生き方を考える前に、まず私達は生き残らないといけない。
ステータス的に強くなってどこか安心感は得ていたけど、結局私達はただの魔物でしかない。
こんな話をしている中で、急に目の前を地龍が通りかかれば即死してしまうかもしれないような存在。
実際は純潔で一回は受けられると思うけど、今言いたいのはそういう話じゃなくて。
生き残った先のことを、生き方を考えたところでその前にぽっくり死んでしまったら何も意味がないということ。
得体の知れない神みたいな存在に恐怖するよりも、私達はまず間近の龍みたいな存在に恐怖するべきだ。
別に気にするな、なんてことは言わないけど。
『なら、ちょっと得をしたくらいに考えておこう』
『……まー、その方がいいのかなー』
不穏な影が見えたというだけで、叡智の獲得自体は私達にとってメリットしか存在していない。
それによって蜘蛛子ちゃんは魔法が使えるようになって、私にも魔法が使える希望が……
いやそれは今はどうでもいいんだけど、とにかく私達にとってはメリットだらけ。
それを躊躇っていては、折角のチャンスなのに生きるに生きられない。
『その先で、まだ気になるんだとしたら』
同時に蜘蛛子ちゃんの考えも分かる、この世界で碌な目に遭っていなかった私だから分かる。
分かるけど、私はその声を聞いた当事者ではない。
蜘蛛子ちゃんと比べて危機感のない言葉にはなってしまうだろう、私は彼女そのものではないんだから。
彼女の考えを一から十まで理解して寄り添ってあげることは、私には多分出来ないだろう。
『もっと強くなって、そのDって人の顔を一発殴ってやればいい』
だから私の方は楽観的にいくべきだ。
そのDって存在が“人”なのか私には分からないけどね。
もしかしたら地龍みたいに龍の姿をしているのかもしれないし、もっとクトゥルフ的な感じの存在なのかもしれない。
ただまあ、遠い存在であることは確かだ。
遠い存在なら、近付けるまでは気にしなくても問題ない。
逆に言えば、近付くことを一つの目的に進んでいけばいい。
『出来ると思う?』
『まあ、蜘蛛子ちゃんなら?』
蜘蛛子ちゃんが気にしてるのなら、逆に私は気にしない。
でもその考えを否定はしない、私はそういう存在でいるべき。
強く共感して不安を煽ってもいけないし、強く否定して彼女を抑圧してもいけない。
だから私はこれくらいの考え方でいるべきだ。
……にしても、にしてもだよ。
『蜘蛛子ちゃん、声可愛いね』
『急にセクハラ!?』
いや初めて聞いたんだもん、前世があるから声自体を聞いたのは初めてじゃないけど。
なんというか、この声でラフに話しているということが私の中でちょっと面白かった。
身振り手振りだったり表情が結構コロコロ変わるから、内面はこんな感じなんだろうなと予想していたけど。
それにしても、ここまで愉快な感じだとは思ってなかったし。
喜怒哀楽がしっかりと感じられる声、それでいて圧がなくてフラットな感じ。
しかも声が可愛い、ずるい、羨ましい。
そんなに可愛い声してるなら前世のうちにもっと聞きたかったし、話したかった。
言ってくれれば良かったのに、いや、それが不可能なのは分かってるけど。
ただそれ以上に、私が思ったのは。
『蜘蛛子ちゃんが“これ”なの、ちょっと面白い』
『やめてくれー!!』
私と一緒にいた存在の中身がこんな感じ、って知れたのが面白かった。
本当に私は蜘蛛子ちゃんのことを何も知らなくて、今会話を交わしたことでようやく彼女のことを少し知れたような気がして。
それがなんだか、新鮮な感じで面白かった。
私が一方的な言葉をぶつけてるんじゃないかって、今までは少しだけ不安があったから。
あとこれは内緒だけど、ちょっと嬉しかったのもある。
動作とか筆談で反応は返してくれてたけど、こうして会話を交わせるというのが嬉しい。
それはこの世界で初めて交わす言葉と言葉との会話だから、っていうのもあるし。
なんだかんだここまでずっと一緒に戦ってきた蜘蛛子ちゃんの言葉だというのも、また嬉しかった。
『あと一つだけ、いい?』
『はいはい、なんですかー』
とまあ、話題に決着がついたので私も私で言いたいことを言わせてもらう。
それは蜘蛛子ちゃんの相談と違ってそこまで深刻なものでもないし、私自身あんまり深く考えていないもの。
ただちょっと、うん、多分本人も気付いてないから流石に言っておこうと思ったこと。
『私の名前、
『……マ?』
『マジ』
会話を交わす中で何回も何回も
深刻な話をされてるのは分かるけど、途中から頭がその呼び方に埋め尽くされてて思考力が鈍っていた。
私の名前は茉莉花
当然前世でそんなあだ名が付いてたみたいなこともなく、私は今初めて
『ごめんね
『ぁ、別に戻さなくていいよ』
なんかその呼び方はその呼び方で面白いし、別に不快だとかそういうわけでもない。
しかも今の私は影みたいな魔物で、アキって名前よりもカゲって名前の方がなんとなく似合っているような気もする。
『でも……』
『ほら、私も蜘蛛子ちゃんって呼んでるんだから』
ごにょごにょとどもる蜘蛛子ちゃんに対して押し切る私、変にここから変えられるのもなんだか嫌だ。
『じゃあ、引き続き影ちゃんと呼ばせてもらいます……』
そんなわけで私は
***
『話すことがあったらさー、聞こう聞こうってずっと思ってたんだけど』
『何が?』
折角言葉を交わせるようになったので、だらだらと二人で話している中で投げかけられたそんな言葉。
『影ちゃんは、なんであの時私に話しかけてきたの?』
それは私と蜘蛛子ちゃんの出会いの日。
いいや、出会ったのは私が逃げ出して、初めて蜘蛛と戦った時だから少し違うけど。
私と蜘蛛子ちゃんが、行動を共にする人となったその日のこと。
『もっと言うなら、どうしてわざわざ地龍がいるのに飛び出してきたの?』
『得体の知れない魔物の、私なんかのために』
私は地龍に目を付けられた蜘蛛子ちゃんを覆い隠すように飛び出した。
あの時の私は今みたいに天鱗もなければ純潔だってない、ステータスだって貧弱だった。
地龍どころか蜂一体と戦うことが精一杯で、蜘蛛子ちゃんも似たような感じ。
まあ、マイホームを作って群れを相手にしてた分蜘蛛子ちゃんの方がよっぽど立派だったけど。
『んー』
だからあの時、どうして自殺行為とも言えるような行動をしたのかと。
蜘蛛子ちゃんが聞きたいのはきっとそういうこと。
自分のために私が死んだ、なんてことがあっちゃ胸糞悪かっただろうしね。
蜘蛛子ちゃん、最初に遭遇した時から私が転生者であることを知ってたらしいし。
ただ私は、それに返せるマトモな理由がない。
『……なんとなく?』
『適当ダナー』
『いや、本当に行き当たりばったりで』
計画性はなかった、そもそも下層に降りてくる選択肢をした時点で私に計画性なんてない。
その選択を取らなければもしかしたら私はまだ上層でぬくぬくと生きていたかもしれないし。
私はまだ“そこは一人でいたかもしれない”。
放っておけなかった、なんて崇高な理由じゃない。
それはもっと我欲から来るもので、私が一人だったからこそ生まれた感情。
『寂しかったから、かな』
最初に見たのは、“私と同じ人間”が私に剣を振り下ろす姿。
私の命はそこで終わってもおかしくなかった筈で、今の私が生きているのは最初も最初。
私を庇ってくれた魔物がいたからこそ、私はまだこうやって生を謳歌出来ている。
だからなのかな、どうしても甘い考えを捨てきれなかった。
どうしても一人ぼっちで生き続けるのが怖くて、ちょっとした可能性に縋りたくなってしまった。
だからあの時、あの目で私を見つめてきた蜘蛛子ちゃんを追いかけてしまったという話。
理由というにはあまりにも無計画で、無鉄砲で、無謀な話。
でもお陰で私は今、こうやって蜘蛛子ちゃんの後ろを歩けている。
『だとしても命を投げ出すような真似をするのはどうかと思うなー』
『仰る通り』
ならきっと、私にとってあの判断は間違っていなかったんだろう。