影ですが、なにか?   作:邪神ですが。

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2 あるのは運だけ

 良いニュースと悪いニュースがある、正直どちらも悪いニュース。

 

 比較的良いニュースから話すなら、白蜘蛛は愚直に私へと突撃してきてくれたということ。

 この身体でまだ動き慣れていない私でも、なんとか身を躱す事が出来る速度での攻撃だった。

 

 悪いニュースは、白蜘蛛が私へと突撃してきたこと自体。

 つまり私は“敵”として見做されているわけで、魔物同士だから味方陣営みたいな望みは絶たれたということになる。

 

 恐らく、逃げるという選択肢は取れない。

 

 それは白蜘蛛から逃げる事が不可能、という話ではない。

 勘でしかないが、私とこの白蜘蛛が全速力で追いかけっこをしたとして私が逃げ切れる確率は割と高いような気がする。

 突撃してきた時の速度で分かる、多分私の方が早い。

 

 なら逃げればいいじゃないか、と言われるとそうはいかない理由がある。

 一つは“あの人間がいた場所へ戻りたくない”という心情。

 もう一つは私には逃げる先がない、という現実。

 

 ここであの白蜘蛛から逃げる、そうすることは簡単だろう。

 でもそれじゃあきっと、逃げて終わり。

 こうしている間も刻一刻と、私の身体を動かすエネルギーが減っているような感覚がある。

 逃げる事が出来たとしても、逃げた先で倒れるだけ。

 頼れる相手がいないこの場で倒れるということは、それ即ち死を意味することになる。

 

 ……目の前にいる白蜘蛛が、私のエネルギー源になるかもしれない。

 

 初撃を躱した時に感じたのは恐怖ではなく、そんな考え。

 少なくとも私にとっては目の前にいる、現実には存在しないような風貌の蜘蛛よりも。

 先程殺意を向けてきた、見慣れた“人間”の姿の方が強い恐怖の対象に感じられた。

 だからなのか、幾らか立ち向かうことに躊躇いがない。

 

 とは言ったものの、私には牙や足のような武器になるようなものがない。

 唯一武器になるとすれば指の先の尖った爪?のような部位だが、お世辞にも鋭いようには見えなかった。

 攻撃手段がなければダメージを与える事は出来ない、ダメージを与えられないということは勝つ手段がない。

 

 そもそも白蜘蛛が食料?エネルギー源?になる確証もないんだから、素直に引いた方が賢い選択は気はする。

 でもとにかく試してみないと、今の私には何も分からな危ない!?

 

 先程と同じように突撃してきた白蜘蛛、向けられたのはその鋭い牙。

 旋回性能が悪い、っていうのかな。

 一度避けるとそのまま暫く走っていくから追撃の心配はないんだけど、それはそれとして避け続けられる自信がない。

 

《熟練度が一定に達しました》

《スキル〈回避LV1〉を獲得しました》

 

 ……幻聴じゃなかったんだ、アレ。

 男から必死に逃げてる最中、頭に直接響くような言葉を聞いたのは朧げながらに覚えている。

 でもあの時はそれどころじゃないくらいに必死だったから、後から思い返しても幻聴か何かだと思っ危ないって!!

 

 ……ただ、私が攻撃的なスキルを持ってるのかは分からないし、そもそもスキルの発動方法も分からない。

 結局“だからなんだ”という話であって、計画無しに実行出来るような便利システムではないように感じる。

 白蜘蛛は私に噛みつこうとしている、それがあの蜘蛛の攻撃方法。

私が相手と同じように蜘蛛だったら考えやすいけど、影の攻撃方法と聞いても正直ピンと来ない。

 

 相打ち覚悟で攻撃が通らないか試してみる?

 無しとは言い切れないが、向こうからのダメージの方が大きかった時に挽回が出来ないと思う。

 万事休すというほど詰まった盤面でもないが、有効打がないからにはやはり逃走を選ぶしか……ぁ?

 

 目を離していたわけではない、むしろ注視していたと思う。

 

 次の攻撃がいつ来るのか、どう避けるか、そう考えていた私の目が捉えたのは白蜘蛛が背後から襲われた姿。

 白い蜘蛛を襲ったのは、同じような見た目の白い蜘蛛。

 その差異は私には分からなかったが、少なくとも奇襲をかけた蜘蛛の方が強いことくらいはわかる。

 

 魔物って全然同族も襲うんだ、私って運が良かっただけなんだ。

 

 現実逃避の混じった思考をしていたのにはワケがある。

 私は白蜘蛛の動きを追えていた、攻撃手段がないとはいえ“争い”として成立していたように認識していた。

 見えなかった、二匹目の白蜘蛛は存在を認識する前にそこにいた。

 

 悪寒。

 恐怖や怯えとはまた違う、形容し難い悪寒が全身を襲う。

 

 同族に牙を立て、爪を刺し、此方を見つめながら白蜘蛛はゆっくりと。

 先程の素早さを見せずに、ゆっくりと近付いて来る。

 逃げられるだろうか、いや、逃げるしかない。

 でも逃げられるだろうか、否、逃げられる気がしない。

 

 せめて刺激しないようにと身を動かさず、じっと。

 

 白蜘蛛は同族の亡骸をその場に落として振り返り、私のことを放置してその場から去っていった。

 明らかに私を認識した上で、見逃された。

 運だけだ、私は運だけで生かされている。

 自分の命を守れているわけでもなく、他人の命を糧にしているわけでもなく。

 

 庇われたから生き残って、見逃されたから生き残っている。

 

 いつ死ぬか分からない、なんて話じゃない。

 私はもう既に二度死んでいる、前世を合わせればもう三度。

 本来死ぬ筈だった状況を、他者の行動の結果運良く生き延びる権利を貰っているだけ。

 これではダメだ、だって何も意味がない。

 これじゃあ私は、生きていけない。

 私は、力を手に入れないといけない。

 

 

 

***

 

 

 

 新しく分かったことがある。

 

 私の身体は口がない代わりに、身体のどの部位からでも食事?を補給出来るということ。

 あの強い方の白蜘蛛が置いていった死体をどうするか。

 どうにかエネルギーに出来ないかと試行錯誤していたところ、私の身体がその亡骸を呑み込んだ。

 私の身体に、影に呑まれるように吸収されていった死体。

 それによって空腹感?倦怠感?が収まったのをみるに、アレが今の私にとっての食事にあたる行為なのだろう。

 

 ……あの見た目の蜘蛛を呑み込んだ事に対して、多少とは言い難い大きさの嫌悪感があるけど目を逸らしておく。

 味や食感を感じなかっただけマシ、生きていくためには必要、そう考えておく。

 うん、大丈夫、よく見ればちょっとだけ可愛さを感じられそうな見た目だったような気もするし。

 あんまり向き合いすぎると、人間としての大切な何かを失いそうな気がするし。

 

 そして、この食事は攻撃方法に転用出来そうだということ。

 

 呑み込み吸収するのに多少の時間はかかったが、吸収しきれば確実に相手を仕留めることができる。

 多分あの時私の同族が男に覆い被さったのも、これを狙ってのことだったんだと思う。

 ……あれは、結果的に振り払われてたけど。

 

 真正面から組み伏せるのは無理があると思う。

 ならカウンター気味に、相手の攻撃を避けつつ覆い被さるのは?

 良い線を行ってる気はするが出来れば避けたい、そもそも私が攻撃を躱し続けられる自信がない。

 一番確実なのは奇襲、不意打ちだと思う。

 相手の背後を取って、組み伏せて、抵抗を最小限に抑えて呑み込む。

 

 とにかく試してみる価値はある、というより。

 死ぬ気で試さないと、私は生きていられない。

 

 というわけで、私の視界の先にいるのは多足の虫。

 前世の記憶に当てはめて名前を付けるなら、そう、ゲジゲジのような外見を持った生物がそこにいる。

 今、私はその生物を捕食せんと背後からゆっくり近寄っている状況。

 

《熟練度が一定に達しました》

《スキル〈隠密LV1〉を獲得しました》

 

 またこの声、ゲームでいうシステム音声みたいな声。

 私の行動を元にスキルを習得している、っていうことはなんとなく分かるけどそれ以上が分からない。

 常時発動型(パッシブスキル)だとしたら獲得してるだけで得なんだろうけど、まず持っているスキルの確認も出来ない。

 それが分からないということは、恩恵を感じることも出来ないということ。

 

 閑話休題

 

 休息を取っているのか、目の前で蹲っているその仮称ゲジゲジ。

 あんまり意識したくないけど、中々に気持ち悪い。

 白蜘蛛の方はまだ、うん、まだ耐えられたというか、視覚的な不快感は正直少なかった。

 だけどこれはゾワゾワする、怖いとかじゃなくてきもい。

 

 でも、目を逸らし続けられる問題でもないし……

 

 覚悟を決めて仮称ゲジへと覆い被さる。

 当然無抵抗で仕留められるなんてことがある筈もなく、身体を激しく動かして私に抵抗してくる、けど。

 力負けはしてない、明らかに私の方が優勢な気がする。

 感じるのは、抵抗されていることによって生じる身体の痛みとぞわぞわとした不快感、あと原因不明の痺れ。

 

 明らかに無視していい感じの痺れではない、恐らくゲジが持ってる生物的な特性?能力?

 でも、それによって私が押し返されるようなことも起きていない。

 なら私は拘束を続けるべき、これくらいの痛みや苦痛でいちいち躊躇ってたら何も起こせない。

 少なくとも、さっきの白蜘蛛よりは何倍も勝てる予感が湧く。

 

 ———どれくらいの時間が経っただろう、長いように感じたけど実際はあまり長い時間ではなかった気もする。

 魔物は動かなくなっていた、いや、私に食べられて“なくなっていた”という方が正しいかな。

 

 達成感は、ない。

 不快感も、正直あんまりない。

 ただ、私がその生物を殺し糧にしたという事実だけがあった。

 

《経験値が一定に達しました》

《個体、エルローウンブレラがLV1からLV2になりました》

《各種基礎能力値が上昇しました》

《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》

《熟練度が一定に達しました》

《スキル「暗視LV5」が「暗視LV6」になりました》

《スキル「影魔法LV1」が「影魔法LV2」になりました》

 

 身体に残っていた痺れと痛みが何事も無かったかのように消えた。

 

 共感性が高いタイプでもないし、ゲジを殺した事に対する忌避感的な感情はない。

 私の感性はまだちゃんと人のソレを保っているようで、同類であろう魔物を殺したところで感じることはなかった。

 それもまた人間離れしているのかもしれないし、生きるためには仕方ないんじゃないかという考えもあるし。

 でも仮に、私の感性が狂っていたとしても既に確認する方法はない。

 私は一人で生きていかないと、何があっても生きていかないといけないんだから。

 

 頼っていいような相手は、もういない。

 親も、友人も、先生も、私の近くにはもういない。

 

 ……聞こえたシステム音声を整理してみる。

 レベルアップ通知と、基礎能力の向上、スキルのレベルアップ通知かな。

 個体云々は恐らく私の種族名で、エルローウンブレラっていうのが私の転生先の種族らしい。

 あとは《暗視》と《影魔法》のレベルアップ通知、これで私は把握している範囲で四つのスキルを保持しているということになる。

 使い方が分からないんだから意味がないんだけども、南無。

 

 影魔法!!!!!!

 

 って心の中で念じてみても何も起きないし、今のところは宝の持ち腐れということで。

 

 他に気になることと言えば、スキルポイント?

 名前的にスキルを入手するのに使うポイントなのか、強化するのに使うポイントなのか。

 でも今の私はスキル云々がよく分かってないから、こっちも結局宝の持ち腐れということになってそう。

 

 とにかく言えることは、私は生き残っているということ。

 私は自分の力で獲物を仕留めたということ。

 

 そして、生き残るためにはもっと力を付けないといけないということだ。




『ないわー、そりゃないわー』
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