例によって私のMP総量では純潔の連続使用は出来ない、しかし蜘蛛子ちゃんの火耐性と体力的に相手の攻撃が当たることは死を意味する。
防げるのは一度だけ、それまでは蜘蛛子ちゃんの回避能力を信じて頼る他ない。
けど蜘蛛子ちゃんの飛び抜けた速度ステータスでも、あの火龍の速度を上回ることは出来ないのだから。
『それでも避ける!!』
魔闘法と気闘法、それに前に火竜を倒した時に得たスキルである竜力をプラスで発動する蜘蛛子ちゃん。
MPとSPを代償に一時的なステータスの底上げを行う、これによってあの火龍にも追い付くことが可能。
油断も慢心も存在しない戦場、火龍が様子見と言わんばかりに火球を一発飛ばす。
本気の一撃には遠く及ばない、文字通り様子見の一撃。
それでも軽く避けるなんてことは出来ない、それは火龍の持つ命中と確率大補正というスキルの効果によるもの。
戯れの一撃すら、三重の強化スキルを重ねがけた蜘蛛子ちゃんでようやく避けれるといったレベル。
その上、火龍がその様子見の一撃だけで満足する筈もなく。
その回避に思考のリソースを持っていかれた蜘蛛子ちゃんに対し、距離を詰めているその火龍はその巨大な尻尾を叩き付けてくる。
ただでさえステータスの高い物理攻撃、その上で火炎を纏うという彼女殺しの属性。
その攻撃を私は受け止める、それは純潔の効果ではない。
影から身体を這い出し、その両腕を使って受け止める。
恐らく骨も関節もない私の腕はそれによって折れたりはしない、それでも激痛は伝わってくる。
その上、私のステータスではそれを“耐える”ことは出来ても“受け止める”ことは出来ない。
が、一瞬の隙を作れるということが大切。
私の身体が割り込んだことで蜘蛛子ちゃんへの到達が遅れたその攻撃、それを見て彼女は慌てて移動する。
両腕は……使い物にならないというほどではない、まだ純潔を用いない防御手段として活用出来る。
酷使しすぎれば私は攻撃手段を失うことになるけど、所詮私の爪なんか微々たるダメージにしかならない。
『大丈夫!?』
『大丈夫だから、集中』
私は蜘蛛子ちゃんを守らないといけない、それは感情的な話ではない。
だってあの火龍を倒せる可能性があるのは蜘蛛子ちゃんだけなんだから。
私は火龍を倒すためにも、後悔しないためにも。
蜘蛛子ちゃんに当たる火龍の攻撃を防ぐという役割がある、というかそれしか出来ることがない。
開戦から常に嫉妬は発動させている、今のところ封印出来たスキルは一つもない。
封印を狙っているのは〈火龍LV1〉、あれさえ止めれば幾つかの攻撃手段を機能不全に出来るから。
しかし使えなくなる気配はない、私の嫉妬は格上相手には通用しづらい。
それでも発動出来るだけマシだけど、発動までにかかる時間は長い。
蜘蛛子ちゃんも邪眼を使って火龍の行動を阻害してるようだけど、その効果は実感出来ない。
時間をかければそれらの効果によって少しずつ私達が有利になるとは思う、でもそんなに耐えられる要素がない。
続いて火龍が振り下ろした爪を、今度は私が受け止めずとも蜘蛛子ちゃんが回避する。
私達の勝機がないわけではない、むしろこの絶望的な状況でも捲れる手段があるだけマシだ。
大蜘蛛にやられたダメージで火龍が万全ではないこと、配下が存在せず火龍単体との戦闘であること。
そして、時間さえかければスキル封印と麻痺の邪眼の効果でトドメを刺しに行くルートが出来ること。
それ込みで考えた上で圧倒的に火龍の方が有利なのが笑えない現状なんだけどさ。
蜘蛛子ちゃんが迎撃で飛ばした毒弾は、逆鱗のスキル効果によって威力が弱まり打ち消される。
私の攻撃手段は物理攻撃のみ、つまり蜘蛛子ちゃんの魔法が通用しないと中距離以上での攻撃手段が存在しない。
いや、実際のところ魔法が完全に通用しないというわけでもないんだろう。
だからどうにか蜘蛛子ちゃんが大技系の魔法を火龍に当てる隙を作らないといけない。
今までは猛毒を飲ませることで突破してきた戦闘だが、火炎を纏っている火龍相手に近付くことは難しい。
嫉妬の効果で止めるまで待つか、しかしその前にアクションを起こさないと蜘蛛子ちゃんがもつか怪しいか。
攻撃を捨てて回避に専念してる彼女に対してこれ以上の要求は出来ない、それを狙うなら私が彼女の負担を担う必要がある。
必要があるけど、私にそれが出来る気は……
いや、出来るかじゃなくて、やらないと。
突進を避ける蜘蛛子ちゃん、そのまま流れるように火龍が空中へと舞い上がる。
その攻撃にナマズや火竜のような大袈裟な動作は存在しなかった、流れるような動作で放たれたのは炎。
火竜LV10の効果で使用可能な獄炎ブレス、火龍の口から火炎が迸った。
その極大のブレスは地上を覆い尽くし、周りの地面を吹き飛ばしながら辺りを新たなマグマの海へと変える。
彼女はそれを、天井に糸を伸ばして移動することで避ける。
一瞬でその蜘蛛糸は燃え尽きるが、あくまで回避目的での使用なので今回はどうでもいい。
休む間もなく飛んでくる火球、それを避けるために天井を蹴ればその身体を一口で飲み込まんと火龍の大口が迫っていた。
私の純潔を信じたか、その大口に蜘蛛毒を叩き込む彼女。
しかしそれは“避けられた”、危険を察知した火龍は攻撃より回避を優先した。
それにより自然と攻撃を避けられた私達が着地したのは、再び地上の足場。
それが失敗、ブレスによって吹き飛ばされた一帯の地面。
この足場の先が存在しなかった、逃げ場がなく次の攻撃を避ける手段がない。
前後左右一切の逃げ場がなく、唯一ある逃げ場の上空には翼を翻した火龍。
そこに撃ち込まれたのは先程と同じ、地上を破壊する威力のブレス。
これを私は純潔の効果で防ぐ、案の定一度防ぐだけでMPの8割が消し飛んだ。
ただ防いだところで、私達に先はない。
このまま防ぎ続けられるならまだしも、逃げ場がないのだから防いだ後の選択肢がない。
だから選択肢を考える、思考を加速しながらその先にある選択肢をどうにか生み出す。
やがてそのブレスは止み、再び火龍と彼女の視線が交差する。
今まで純潔を見せていなかったことから、防ぐ手段など存在しないと思っていたのだろう。
龍の表情の変化は分からないが、どこか驚愕したような様子を見せながら突撃してくるその火龍。
蜘蛛子ちゃんはそれを、避けない。
その攻撃を真正面から見据え、真っ直ぐと火龍の目を見続ける。
その行動に、魔物の中でも賢い火龍は不信感を抱くだろう。
それでも意図が理解出来ず、攻撃を止めることはない。
そして気付く、その突進が直撃する前に気付く。
蜘蛛の背後に付き纏っていた
火龍の纏っていた炎が消え、同時に動きが止まる。
その身体には細長い影が巻き付いており、その影の影響で一瞬だけ動きが静止したのだ。
しかし影が火龍の行動を止め切れることはなく、すぐに振り切り視線を戻せばそこに蜘蛛の姿がない。
『さんきゅー影ちゃん!!』
纏っていた火炎が消え、無防備なその火龍の身体に上空から蜘蛛子ちゃんの腕の鎌が突き刺さる。
当然それは腐触属性を纏ったもの、硬い鱗を切り裂き傷を残す。
残った傷口にこれでもかと猛毒を投げた彼女と私は再び合流し、火龍のことを正面から見据える。
もがき苦しみ、それでいて戦意を喪失せずに向き直ってくる火龍。
私の身体は普通の生物のそれとは少し違う、蜘蛛子ちゃんと共有した探知情報から予測すると私は“魔力を構成要素として生きている生命体”なんだと思う。
私は魔力の操作が出来ない、認識出来てもその魔力を動かす方法が分からない。
だけど私は身体を動かせる、魔力で出来ている筈の身体を動かせる。
私は“私自身”を“魔力”に見立てて魔法を発動した、術式の構築は酷くぎこちなかったけど。
影魔法、イメージしたのはその魔法。
身体の形を変化し火龍を縛り付け、その隙を狙って蜘蛛子ちゃんが攻撃を行う。
お互いに会話を交わしたわけでもなければ、私が拘束を成功させる確証もなかった。
むしろ失敗する可能性の方が高かったと言える。
が、結果的に私達は火龍への一撃を叩き込んだ。
『嫉妬の進捗、どう?』
『……火龍LV1だけは、止まった』
腐触攻撃と猛毒のコンボ、流石の火龍でも大ダメージを受けている。
しかし今までの魔物と違って一撃で倒れるなんてことはなく、まだ私達を敵として認識し迫ってくる。
弱った火龍相手なら蜘蛛子ちゃんなら逃げられるかもしれない、最も厄介なスキルも封じた。
ここで逃げて、絶対的強者である火龍を健在のまま放置するというのは少し嫌な感じもするけど。
というかかなり妬ましい相手ではあるけど、そんな感情で自分の命を投げ捨てるなんて真似は……
『逃げない』
その提案を、まだ声には出していなかった。
いや、私に声を出すことは出来ないから実際には蜘蛛子ちゃんに伝えていなかったというのが正しいか。
けど彼女は私の考えを読み取り、それに対しての応えを返してくる。
『私は、あの忌々しい龍を倒す』
……なんだか様子がおかしい気がする、おかしい気がするけどその異常を上手く表現出来ない。
とにかく蜘蛛子ちゃんは逃げないと言っている、彼女が逃げないと言うのなら逃げる選択肢は存在しない。
なら私は立ち向かうべき、依然不利な状況だってどうにかする。
私は攻撃を受け止めた時のダメージと、さっきの拘束を振り払われた時のダメージ。
蜘蛛子ちゃんは火炎によるスリップダメージと、さっき使った腐触攻撃による自傷。
大きな傷はないように見えて、なんだかんだ満身創痍。
私のMPはほぼ空、蜘蛛子ちゃんのMPはまだ残っている。
なんとなく使い方を掴めた魔法だけど、私がこの戦闘中にもう一度使うということは出来なさそう。
けど、その先の戦況を考えるなんてことは私には必要なかった。
それは私に策があるから、とかじゃなくて。
蜘蛛子ちゃんが無言で発動した魔法が、火龍の身体を周辺のマグマごと飲み込んでいったから。
マグマから発せられる光すらも掻き消すような極大の闇が地面から這い上がってくる。
その黒は私の身体よりも暗く暗く、ひたすらに暗く。
マグマを飲み込み地面を飲み込み、火龍の巨体すらも飲み込んだ。
深淵魔法LV1、地獄門。
傲慢の副産物として付いてきたらしい、今まで発動不可能だったスキル。
魔法を使えないことから、自然と発動が封じられていたスキル。
魔導の極みを取得した蜘蛛子ちゃんは、その最上位魔法を火龍へと叩き込んだ。
闇は全てを飲み込み収束し、唐突に地面へと吸い込まれて消えていく。
それはまるで封印されたかのように、地獄の門が再び閉ざされたかのように。
後に残ったのは私達と、ボロボロになって動けなくなった火龍だけだった。