むしろあの攻撃を耐えたことを褒めるべきだと、そう思う。
目の前の火龍、そのHPはもはや風前の灯。
MPもSPもほぼない上に、主要なスキルも私に封印されて使用が出来なくなっている。
まだ抵抗を、火龍はまだ抵抗を試みている。
それでもそのボロボロの身体で出来ることなど、限られていた。
火龍が最後に選んだ方法、それは体当たり。
炎を纏えず、そして最初の攻撃に比べあまりにもキレも素早さもないその単調な突進。
いくら消耗してるとはいえ、そのくらいの攻撃なら私でも受け止められる。
そうして私に動きを止められた火龍はそれ以上の攻撃をしてこない、いや、その余力がない。
攻撃を受け止められたことにより無防備になったその体を、蜘蛛子ちゃんの鎌が切り裂いた。
その音声を聞いて、ようやく私の緊張が解ける。
無茶をしたせいで削れたHPも、主に純潔のせいで消し飛んだMPもレベルアップの効果で回復した。
回復はしたけど精神的に疲れた、感覚的にだるいという感情を私は感じている。
綱渡りな戦いだった、あまりにも不確定要素の多い戦闘だった。
メインが蜘蛛子ちゃん頼りなのは相変わらず、私が途中で脱落しても負けるような危うい戦闘。
とにかく疲れた、もう二度とあんなのと戦いたくない。
私達がいる場所を中心として、半径100メートルくらいの地面が5メートルくらいべっこりとへこんでいる。
蜘蛛子ちゃんの地獄門の規模はそれほどのもので、中心にいたっては先が見えないほどの深い穴が生成されていた。
逆に言えば火龍は最初からダメージを負っていた上、追撃の腐触攻撃と猛毒を受けて尚その攻撃を耐えた。
火龍は強敵だった、それを証明するかのような破壊痕だった。
沈んだ地盤にマグマが流れ込んでくる前に火龍の死体を担いで移動する。
置いて行ってもあまり問題はないんだけど、折角なら蜘蛛子ちゃんが食べたいんじゃないかと思って運ぶ私。
当の本人である蜘蛛子ちゃんはだんまりと、私に対して念話を送ってこない。
私からも送ってないんだから沈黙が続くことに対する違和感はないけど、こういう時の蜘蛛子ちゃんは大抵気まずくなって先に口を開くもの。
理由はよくわからないけど、何かを考えているのか何かを気にしているのか。
まあ、気にしてても仕方がないので私は火龍の鱗を剥ぐ。
味的には感じられないからどうでもいいんだけど、それはそれとして私も食事は必要な身。
蜘蛛子ちゃんの反応を見てどれくらい食べるか決めよう、もしも美味しいようだったら私はタツノオトシゴを狩って食べよう。
***
久しぶりに取得可能スキルの一覧をだらだらと見る、久しぶりって言っていいほどこの世界でまだ生きてない気がするけど。
目当てのスキル的なのはないけど、それはそれとして強力なスキルを取得したい。
今の私はタンクと呼ぶには中途半端で、かといって他の役割があるわけでもない弱小存在。
その弱小要素をどうにか脱却出来ないものかと、とにかくスキルを見ていたのが今の私である。
その中でも特に探しているのは七大罪系のスキルと七美徳系のスキル、純潔と嫉妬から分かる通りあのシリーズのスキルは本当に強力だ。
蜘蛛子ちゃんの傲慢もそうだし、忍耐だって目立ってないだけで効果の強さは保証済み。
私はポイントが有り余ってるから、少し必要ポイントが高くてもそれらのスキルを発見したら真っ先に取得出来るようにと考えていたのだ。
今回の火龍との戦闘で蜘蛛子ちゃんと比べた時の私の力不足、本当に深刻なことが分かったし。
その時だった、空間の歪みを察知したのは。
それは私の目に見えたわけではない、蜘蛛子ちゃんの空間感知を私も受け取って察知した形。
しかし次第に視界にもその変化は現れる、空間が割れるように避け始める。
これは転移だ、空間魔法ってやつを使った転移。
私の潜影のおまけ効果みたいなのとは違う、正真正銘魔法を用いた転移。
蜘蛛子ちゃんのものを除けば初めて見る魔法、しかしそんな呑気なことを言っている場合ではなかった。
転移を使用しているということは、相手は間違いなく魔法を使える。
そして今この場に転移してくるということは、その標的はきっと私達。
『逃げる!?』
『いーや無理だねこれは!!』
身構える、既に撤退をするには間に合わない。
目の前の空間が割れ、そこから一人の男が姿を現した。
身体と一体になったかのような細身の鎧、黒い髪、浅黒い肌。
そして、全体的に黒いシルエットに対し不気味なほどに赤く光る異様な瞳。
その男の姿を認識した瞬間に悟る、これは無理だと。
勝てない、いや、勝てる勝てないの問題ですらない。
次元が違う、きっと私達とこの男では
《鑑定不能》
鑑定が失敗する、ということは今までにも何度もあった。
しかしその表示は鑑定の失敗ではなく、そもそも鑑定という行為が失敗したということを意味する。
これは理外の存在、私達が勝てるビジョンが見えない。
それなのに何故だか危機感を抱いていなかった、それは蜘蛛子ちゃんも同じような様子。
これだけ接近され、明らかに勝てる相手ではないのに、それでも何故か危機感がない。
「****************?」
男が何か言葉を口にする、けどその言葉の意味は理解出来ない。
その言語は私の知らないもの、なんとなく私がこの世界で最初に聞いた言葉のような気がする。
しかし意図は何一つとして分からない、相手がコミュニケーションを試みていることだけは理解出来る。
「++++++++++++++++?」
男がまた何か言葉を口にする、相変わらず何を言っているのかは分からない。
多分この世界の言葉を話しているんだろうけど、私も蜘蛛子ちゃんもこの世界の言語が分からない。
とにかく、その男に今すぐ私達と敵対する意思はないということだけが分かった。
『えっと、日本語、分かります?』
そう念話を飛ばせば、一瞬戸惑うような様子を見せた後首を傾げるような動作をするその男。
まあ当然伝わっている雰囲気はない、予想はしてたけどコミュニケーションの意思があるということだけ伝わればOK。
だけど困った、なんとも言えない空気感である。
蜘蛛子ちゃんの方は男に対して何もアクションを起こさないし、私達二人も困惑すること以上のアクションが起こせない。
そんな私達二人と男の間に、ぽとりと。
何か、この場には似合わない物体が落ちてきた。
それは私達が慣れ親しんでいた、スマートフォン。
そう、それは紛れもなくスマートフォンである。
……なんで?
『
スマホからいきなり声が聞こえた、その声は原理は分からないが二重に重なって聞こえる。
一つは私達が理解出来る日本語で、もう一つは聞いたことのない言語。
恐らくさっき男が口にしていた、その言語。
「*******!?」
男が驚いたような様子でそのスマホに向けて何かを言っている、正直私も驚いている。
だってこの世界にスマホが存在するなんて、いや、そもそも。
そのスマホが何故この場に急に現れて、そこから日本語の音声が流れてきたんだろう。
しかもそれは名乗った、確かに“管理者D”と名乗った。
『はい、Dです、お二人はちょっと待っててください』
そのスマホは、スマホの主は男と会話しながら同時にそんな言葉を私達にかけてくる。
この隙に逃げたい気持ちもあったけど、この場で動くということが何を意味するか理解してしまいそんなことは出来なかった。
スマホの声は女の人の声、聞いてると物凄く不安になるような平坦な声。
その声に聞き覚えはないけど、私はその気配に一つの懐かしさを覚える。
聞いてるだけで身体が震えるような声なのに、私は何故かそれを懐かしく感じる。
何やら深刻な話をしているのか、話が進む度に男の表情は変わっていった。
大袈裟なリアクションを取っているわけではないが、眉間に皺が寄ったり軽く目を見開いたり。
そのうち話が一段落したのか、男が盛大な溜息を吐きながらくるりと身を翻した。
そのまま来た時と同じように空間魔法で、何処へとテレポートしていく。
残ったのは私と蜘蛛子ちゃんと、その場に似合わないスマートフォン。
『お待たせしました』
間も無く、そのスマホから声が発せられる。
『彼には話をしておきましたので、今後あなたに自ら関わることはないでしょう』
その言葉に対して何か返答を返そうとするけど、よくよく考えれば私はこれと話す手段がない。
念話は対象を思い浮かべ、出来れば視界に捉えながら発動するもの。
スマホの通話?を用いて私達に話しかけているこれに、私はどうやって言葉を返せばいいんだろうか。
『お構いなく、伝わっていますので』
ああ、うん、心が読めるとかそういう感じかな。
だって念話が伝わる伝わらない以前に、そもそも今の思考を私は念話にして飛ばしてすらいないから。
私の脳内で勝手に考えていたことを読み取られた、とんでもないことをされている気がする。
けど不思議と驚愕が少ない、それくらいならされてもおかしくないという謎の感覚がそこにある。
『蜘蛛さんの方も同じですよ』
蜘蛛子ちゃんがぎょっとしたような反応を見せるけど、私の心が読まれてるんだからそりゃあ彼女も例外ではないだろう。
D、管理者D、私はその名前に聞き覚えがある。
蜘蛛子ちゃんが溢した弱音、叡智を取得した時に“そのスキルを構築した人物”として出てきた存在。
蜘蛛子ちゃんが語った、この世界をゲームのように操っているかもしれない存在。
『ええ、私ですよ』
そんな私の思考に対して正解だと言わんばかりに、Dは言葉を続けてきた。
『頑張っている蜘蛛さんへのご褒美に送りました、有効活用しているようで何よりです』
『あんた、何?』
それは私の声じゃない、蜘蛛子ちゃんがDという存在に向けたであろう感情が私にも念話で漏れてきただけ。
そこにあるのは怒りだろうか、それとも困惑だろうか。
少なくともそこに恐怖が混じっているのは私にも理解出来る。
僅かに身体が震えている蜘蛛子ちゃんの背に肩を添えると、笑い声。
笑っているように感じられない、平坦な笑い声のような音の後に一言告げられた。
『邪神です、それも世界最悪の』