それは些細な思いつき、戦況を大きく変えるわけではないが確実に変動させる一手。
暫くグレーター二匹とアークの攻撃を捌き続ける、魔物とは思えない程に連携の取れたその攻撃に隙間はない。
が、本来隙にならない部分を切り取って隙にすることでその問題は解消出来る。
私の攻撃方法の問題として、ある程度拘束する時間をもらえないと吸収が終わるまでに総叩きに遭うということが挙げられる。
あとはやっぱり、私がそうやって覆い被さる素振りを見せた瞬間に一度退かれるということ。
アークとグレーター一匹の攻撃を純潔で防ぐ、その隙をカバーするように牙を剥くもう一匹のグレータータラテクト。
私が狙ったのはその一匹、敢えてバックステップを踏むことでその個体を引き寄せる。
私の身体にその牙が突き刺さる直前に純潔、例に漏れずその牙は純潔の結界によって弾かれ……
『貰った』
その牙は弾かれず、深々と私の身体に突き刺さる。
グレーター自身もそれに違和感を覚えるだろう、だって避けられない程の攻撃じゃなかったし。
となると予想されるのは私からの反撃、しかし私の反撃は距離を離すことで逃げられると既に学ばれている。
当然即座に牙を抜き、他の二匹の蜘蛛と合流せんとステップを踏むグレーター。
しかし、その先に本来あった道はない。
グレータータラテクトと私を取り囲むように展開された、純潔の壁。
小さなドーム状のように展開されたソレは外部からの攻撃を許さず、内部からの破壊も勿論出来ない。
いくら速度ステータスで負けていても、その速度を活かす場がなければ意味はないのである。
逃げ場を失ったことを察したか、今度は私に蜘蛛糸を飛ばしてくるグレーター。
しかしその糸が私に届くことはない、これでもかってくらいの純潔フル活用。
当然これだけ結界を多面展開すれば、消費されるMPの量も半端じゃない。
けど、そんなことを気にする必要なんてないんだよね。
だってこんなに狭いフィールドで、お互いに逃げ場なく。
私だけが一方的に、相手を即死させる攻撃方法を持っているんだから。
こうなった時点で私の一手は通っている、やけになったグレーターが私に対して向かってくるが。
その突進を真正面から受け止めて、さっきと同じようにその身体を呑み込んでいく。
外部からのアークと最後のグレーター、そして雑魚蜘蛛集団が一斉に結界に対して攻撃を行っている。
そんな集中砲火を受ければ維持出来る筈もなく、その結界は数秒ともたずに崩れ落ちた。
まあ、一度でも通せちゃった時点で手遅れだけど。
他の蜘蛛達が結界を壊すのに躍起になっている間に、私はその蜘蛛を捕食し終えていた。
時間がかかるとは言っても、一切の妨害を受けなければ割とスムーズに吸収することが出来る。
純潔の無理な使用によって空になったMPも、レベルアップの回復により再び満タンに。
純潔簡易マイホーム作戦、案外上手くいったっぽい。
残った二匹と、それを取り巻く蜘蛛集団の息が詰まったように感じる。
そりゃそうだろう、一匹目のグレータータラテクトがやられた時と違って今の蜘蛛達は油断していない。
様子見みたいなノリで戦わず、しっかりと連携を取って着実に私を追い詰めていた。
それなのにあんな訳の分からない方法で分断されて、また一人仲間がやられたのだから焦りもするだろう。
さっきみたいに分断が狙える攻撃を待って、再び純潔で分断するというのも結構いい作戦だと思う。
恐らくもう一匹、グレータータラテクトの方はその状況にさえ持っていければ問題なく仕留めることが出来る。
しかし問題は、そんなことは相手も理解しているということ。
最後の一匹であるグレータータラテクトを守るように、その前に出てくるアークタラテクト。
あの個体は強い、ステータス的にもスキル構成的にもとんでもなく強い。
しかし糸関連のスキルはさっき二匹目のグレーターを吸収する時、タイミング良く封印することに成功したのが分かっている。
現在封印を試みているのは毒関連のスキル、そこまでいけばアークから私への有効打はほとんどなくなる。
出来ればその前に最後のグレーターを倒して、安全に擬似的な一対一を作りたい。
という考えがバレているので、アーク側も最後に残ったグレーターを守ろうとしている。
あの二匹を同時に貫けるようなスキルは私は持っていないし、守ろうとして動いているということは引き剥がすことも安易には出来ない。
さっきみたいな分断からの捕食ルートはまず狙えないし、かと言って即死以外の方法でちまちま戦うには私は力不足。
アークから飛んでくる蜘蛛糸がなくなったので、気にするのは一匹しか残っていないグレーターの糸だけ。
毒魔法は天鱗で分解出来るし、他の毒関連のスキルは身体に当たるくらいでは大きなダメージにならない。
つまりここまで来ればなんとか持久戦が出来る、無理に急いで二匹を仕留める必要はなくなった。
なくなったけど、それはそれとして戦闘を長引かせて変な事故を起こすのも私としては避けたい。
狙うは最後の一匹のグレーター……じゃなくて、そのグレーターを守るアークタラテクト。
アークの方を害そうとすれば、そのすぐ背後からグレーターが援護の手を出してくる。
そんな感じで厄介な陣形だけど、この陣形を取っている以上アークはグレーターの保護に必死ということ。
アークの方を狙うといっても、なにも馬鹿正直にアークタラテクトに突撃するわけではない。
アークの繰り出した牙を避け、そのままその背後にいるグレーターに向かって爪を振り下ろす。
その攻撃は多分、グレーターに当たったとしてもあまり大きなダメージにはならないものだけど。
もはや何を食らっていいか分からないアークタラテクトは、その爪からグレーターを庇ってその身で受ける。
案の定大きなダメージにはならないが、そもそもヒットするということがこの場では重要。
全てのステータスで劣る相手に対して、初見殺しではない攻撃が何度も当たる。
その一つ一つは大したダメージにならないし、私には蜘蛛子ちゃんみたいな毒もない。
微々たるダメージの積み重ね、大きくHPが減っているようには見えない。
見えないけど、ダメージとして通ってるってことは当然攻撃を受けている感覚がある。
痺れを切らしたか、それともそれがグレーターを守るための最善手だと感じたのか。
愚直に私に接近し、その腕を私に突き刺さすように真っ直ぐと伸ばしてくるアーク。
私は知っている、この腕は本命の攻撃ではない。
その背後から目を光らせ、避けた先に牙をぶち込んでやろうと画作するグレータータラテクトの姿が見えるから。
この戦闘が始まってからずっと、敵意は感じても殺意は感じない。
その敵意もなんとなく私ではない誰かに向けられているようで、一部の察知スキルが機能していないことが分かる。
だからまあ、その奇襲は普通の魔物相手だったら成功しただろう。
しかし私は元人間、自分がやられたら嫌なこと、相手が狙っているそういう悪い考えはよく分かる。
だって性格あんまり良くないもん私、今自分が、相手がされたら嫌なことは察せるし。
こんなに近い距離で繰り出された筈の腕は、私でも避けられる程度の甘い攻撃。
それは避けた先にある牙こそが本命の攻撃だから、恐らくあの腕が私に突き刺さったとしても大したダメージにはならない。
予想通り避けた先、アークの背後から飛び出してきたグレーターがその口を開き牙を繰り出してくる。
純潔を使用出来るMPはまだまだある、変に冒険しなくても問題なく防げる状況。
でもまあ、こんなチャンスを見逃す筈もなく。
その牙をわざと受け入れることで、私とグレーターの身体が重なる。
瞬間、グレーターの身体に覆い被さるように私の身体が伸びていく。
警戒していたと言わんばかりにアークのいた場所へと下がっていくグレーター、いい判断だ。
そうやって二人纏まられれば純潔で囲うことも難しい、二人いる状況で囲っても私がリンチされるだけだし。
そう、その場にアークタラテクトが“まだいるのなら”その行動はきっと正しいものだったんだと思う。
『焦ってるね』
私が無理矢理グレーターを吸収しようとしたのがその目に映ったアークタラテクトは、持ち場を離れて私の目の前まで接近してきていた。
結果的に“下がったグレーター”と“前に出たアーク”で二人の距離が離れることになる。
ああ見えて、同族二人が殺されたのを見ていたグレータータラテクトはいたって冷静だった。
それは多分、いくらステータス的に勝ってるとはいえタイマンなら私と互角だという意識があの最後のグレーターにはあったから。
だから厄介だった、いちいち私の一挙一動を警戒されたらマトモな攻撃を差し込む隙なんてある筈もない。
けどアークは違う、さっきからグレーターを庇って私の攻撃をちまちまと受けていたアークは違う。
あんな貧弱な攻撃を受け続けて苛立っているアークは、そこにいる自分の部下の考えを読み取れていなかった。
再合流を試みたグレーターに対して、自分が出ることでその戦闘を早く終わらせようとしたアーク。
そのアークを、さっきと同じように純潔の結界で囲む。
私とアークタラテクト、二人が狭い場所で戦ったとして私が勝てる可能性は低い。
理由は単純明快、いくら蜘蛛糸を封じたと言っても私とアークのステータスには大きな差がある。
自分からフィールドを狭めるような真似をすれば強制されるのは接近戦。
あまりにも近い場所から繰り出される攻撃は私の速度じゃ避けられない、多分、吸収をしようにもステータス的に振り払われる。
だから私は、アークタラテクトだけを純潔で囲った。
結界を壊さんとその身で攻撃を繰り返しながら、同時に魔法を放つアークタラテクト。
その様子を見て、上司を助けんと無防備な私相手に牙を繰り出してくるグレーター。
グレーターのことは一旦無視する、コイツは警戒心が高すぎて初見殺しが通用しづらい。
とにかく、結界で捕縛したアークに対して意識を割く。
純潔は使いやすいけど、使いづらい。
どんな場面でも発動するだけで活躍するし、その発動だって難しいものではない。
雑に使うだけで機能する上、乱用が出来ないという理由で大抵の場合は相手の一撃必殺を防ぐ目的で使用することになる。
だからタイマン用のフィールド構築といい、こういう使い方をしたことは今までになかった。
というか、出すこと自体は簡単だけど制御するのは割と難しいし。
アークタラテクトを囲った結界が、
どんな物理攻撃でも受け止め、どんな魔法攻撃でもその術式を霧散させる純潔の結界。
その耐久力は折り紙付き、私のMPが切れない限りは壊れることはない。
物凄い勢いでMPが減ってるけど、私が結界を解くことはない。
抵抗するアークタラテクト、私に対して何度も何度も攻撃を繰り返すグレータータラテクト。
もはや避けない、無視出来ないダメージだけど回避に意識を割けば集中力が途切れるから。
どんどんとその隙間を無くしていく純潔がアークの身体を押し潰していく。
抵抗の意思は感じられる、勢いよく減り続けるMPの残量は2割を切った。
けど十分、これなら十分足りている。
確かにアークタラテクトは強い、とんでもなく強い、火龍よりも圧倒的に強い。
正直グレータータラテクトの時点で、真っ当にやり合えば勝ち目が五分五分くらいの相手であることは間違いない。
ただまあ、敢えて言うなら、その蜘蛛は龍と比べて身体が小さかった。
その身体は私の身体、私の影で難なく覆えてしまう。
その身体は私の純潔、私の結界で難なく囲えてしまう。
ステータスとかの話じゃなくて、単純に私の初見殺しが通る相手だったというだけ。
それだけの理由で、いや、“それだけの理由”が“大きな理由”なんだろうけど。
純潔の壁に押し潰されたアークタラテクトは、嫌な音を鳴らしながらその形を歪めていく。
これ以上はMPが足りない、ただ、ここまでやれば十分だ。
純潔を解き、私に噛み付いているグレーターに対して意識を向ける。
その視線に気付いたのか即座に飛び退こうとするグレーター、本当に判断力だけならこの集団で一番優れてそうなこの個体。
ただ私もそれを予見していた、もはやこの個体が簡単に私に捕まるとは思っていなかった。
このグレータータラテクトは回避行動を取る際、天井や壁に蜘蛛糸を伸ばして移動する。
蜘蛛子ちゃんもよくやっている、機動変化の可能な緊急回避行動として優れた移動法。
それに頼りきりじゃなければ、の話だけど。
飛び退いたグレーターが壁に向かって糸を放とうとするも、その糸が発射されることはない。
その混乱で動きが一瞬静止したソレに対し、私は己の身体を伸ばす。
純潔を使えるMPはもう残っていない、何の小細工もなく真正面から覆い被さる。
糸があればここからでも回避行動が出来たんだろう、まあ、それを縛るために狙って嫉妬をかけてたんだけど。
私に纏わりつかれたグレーターは、最後の抵抗と言わんばかりにその牙を突き刺しありったけの毒を流し込んでくる。
痛いし、不快だし、何より集中力が削がれる。
集中力が削がれれば、魔法で性能を引き上げてるこの吸収は失敗……
……はしない、単に時間がかかるというだけ。
時間がかかったとしても、残念ながらそのダメージが私を殺すことはなかった。
残った数匹の雑魚蜘蛛達が私に攻撃を仕掛けてくるも、煩わしい程度で一切の問題はない。
やがて、最後のグレータータラテクトも私にその身体を呑み込まれる。
頭の中に無機質なレベルアップ音声が鳴り響く、それと同時に使い果たしたMPも回復していく。
そこにはほとんどのHPを使い果たし、変わり果てた身体になったアークタラテクトがいる。
その瞳はこちらのことをじっと敵視し、先程から何度も私に対して魔法を放ってきているが。
私に魔法は通用しない、私を倒すには物理攻撃を繰り出す方がよっぽど有効。
しかしその蜘蛛は既に動けなくなっていた、四肢……四肢?が折れ曲がったその身体が正常に動くことはもうない。
対して私はレベルアップの影響でHPもMPも、元の値まで回復しきっている。
勝負はついた、あとは、トドメを刺すだけ。