レベルアップによる回復で、既に毒による身体の汚染は綺麗さっぱりなくなっている。
けどあまりにも連続で、無理矢理毒牙を受け止め続けたせいで感覚的に気持ち悪い。
全身がピリピリするというか、実際はもう収まってるんだけど変な気持ち悪さが残っているというか。
顔色が悪いまま、動けなくなったアークタラテクトを吸収していく。
今の私に“顔色”なんてものがあるのかは知らないけど。
終わってしまえば実に呆気なかった、と思う。
私の仕掛ける攻撃は成功すれば文字通りの必殺で、実際アークもグレーターも私に為す術なく私に呑み込まれた。
別に、蓋を開けてみればタラテクト軍団が弱かったとかそういう話ではない。
確かに相性は良かったと思うけど、アークタラテクトは間違いなく強敵だった。
いや、そもそもグレータータラテクトの時点で相当に強敵だった。
ただ事実、終わってしまえばそこには何も残らないという話。
死体として残る筈の蜘蛛の身体は私が食べちゃったし、一番の強敵だったアークもたった今吸収し終えた。
辺りに散乱しているスモールとか無印タラテクトの死体は、別に強敵と戦った証明になるものでもない。
諸行無常、それはそれとして私にとって今までで一番危うかった戦闘は確実にこの戦闘だったと思う。
なのに緊張感がなかったというか恐怖が薄かったのは、勝ち目を少しでも感じてたからなのかな。
だからなのか、なんというか、後味が悪いな。
頭の中で語りかけてくる贖えコールもそうだし、既に回復してる筈なのに変な気持ち悪さを残す毒もそうだし。
普通、勝利っていうのはもう少しスッキリするものな筈なのに。
禁忌の内容を見せられた後だから若干メンタルにダメージが、って可能性も捨て切れないけど……
ぶっちゃけ私、この世界の人達に同情して心を痛められるほどこの世界に思い入れがない。
じゃあやっぱりこんなにスッキリしない気分なのは、何度も何度も打ち込まれた毒のせい……
『……じゃなくて……』
……まあ、相手がタラテクト種だったからだろう。
蜘蛛子ちゃんと行動していようがタラテクト種に対しての愛着が湧いたりするわけではない。
いや蜘蛛自体は割と好きだけど、好きなのと慈悲が湧くのはちょっと別の話だし。
どちらかというと、タラテクト種の強力な魔物が、上層で集団を作って何かを目論んでいたということが引っ掛かっている。
その引っ掛かりが、私の頭をスッキリさせてくれない。
そしてその目的というのが、うん、ほぼ間違いなく。
『蜘蛛子ちゃん、だろうなぁ』
蜘蛛型の魔物がわざわざこんな場所にまで来て、あれだけ団結して行動を起こしてるんだよ?
蜘蛛といえば蜘蛛子ちゃん、そう、蜘蛛子ちゃんは滅茶苦茶強い。
強い上に、今の蜘蛛子ちゃんはタラテクト種の魔物から逸れた進化先へ進化している。
イレギュラーの排除、って理由かは分からないけど、あの集団の目的が蜘蛛子ちゃんなのはなんとなくわかる。
今までの戦闘は割と流れで行ってきたものが多かった、明確に私達だけを標的に襲いかかってきたのは猿くらい。
火龍もそれに近しいけど、あれに関しては直前に大蜘蛛に殺されかけた腹いせが原因だろうし。
蜘蛛子ちゃんに巻き込まれた!!……とは言わないけど、私は蜘蛛子ちゃんにこれからもついていくつもりだから。
なんというか理由が分からないのがモヤモヤする、うん、モヤモヤしてる。
だって蜘蛛子ちゃんが気付いてない筈もないんだもん、これ。
今は状態を共有出来てないけど、蜘蛛子ちゃんには探知がある、叡智だってある。
私より何倍も感知範囲というか、認識出来る事象の幅が広い。
そんな蜘蛛子ちゃんが何も言わずに巣を離れて、結果的にこうやって私が蜘蛛の群れと遭遇した。
……いや、分かってるよ、勝手に巣から出て外の様子を見に行った私に相当な罪があるっていうのも。
だとしてもやっぱり、モヤモヤする。
私の知らないところで蜘蛛子ちゃんが何かをしているような気がして、その感覚が正しい気がしてモヤモヤする。
だから巣に戻ったら蜘蛛子ちゃんを問い詰めよう、知ってることを全て話させよう。
その後にこのモヤモヤした気持ちについて考えよう、そうしよう。
***
また二時間くらいかけて巣のあった場所へと戻ってきたら、ぐったりとした蜘蛛子ちゃんがそこに倒れていた。
別に死にかけとかそういうわけじゃなくて、単にぐったりした姿勢でぼーっとしてる感じ。
『何があったの?』
『いやさ、〈怒〉ってスキルを取得したから試しに使ってみたら正気を失っちゃって……』
『何をしてるの?』
入ってきた私に気付かないくらいだらけてる蜘蛛子ちゃんに声をかけてみれば、そんな返答。
私が目覚めた時に巣の内部に蜘蛛子ちゃんがいなかった理由は分かったけど、もっと深刻な理由だと思ってたから拍子抜け。
いや別に正気を失うことが大したことではない、とかそういうことではないんだけど。
なんかもっと、うん、蜘蛛子ちゃんも戦ってるものかと思ってたから。
『って影ちゃん!今までどこ行ってたのさ!』
『タラテクトに、殺されかけてた』
そこでようやくさっきまでいなかった私がそこにいる違和感に気付いたのか、起き上がって振り向いてくる彼女。
怒?ってスキルの効果が大きかったのかもしれない、普段よりちょっと疲れてそうな様子。
けど休ませてあげる暇もあんまりないので、単独直入に切り出していく。
『殺され……あ?ん?タラテクト?』
殺されかけてた、の部分に反応して目を見開いた後にタラテクトの部分で首を傾げる蜘蛛子ちゃん。
まあ私が通常タラテクトに負けるなんてことがある筈もないし、スモールとかなら尚更そう。
しかもここは上層、余程のことがないと防御能力のない私が死にかけることはないんだから蜘蛛子ちゃんのその疑問も当然のもの。
なので、さっきまで起きていた戦闘のことを話す。
蜘蛛子ちゃんを探して彷徨っていたら、アークタラテクト率いる蜘蛛の集団と遭遇したこと。
そのアークタラテクトはグレータータラテクト三匹を率いており、明確に統率の取られた集団だったこと。
そして、その四匹は件の火龍と並ぶステータスを持っていたということ。
それらを全て説明すると蜘蛛子ちゃんは頭を抱え、申し訳なさそうに私に告げてきた。
『……あのー、ごめんさい、あの、それ私が原因っすわ……』
『だろうね』
改めて言われなくとも分かる、蜘蛛子ちゃんが関係してるだろうなっていうのは魔物の種類でわかる。
けどその理由まではわからない、イレギュラー個体の排除という理由だけであれだけ躍起になるものか?
だから他の理由があるのかもしれない、と思っていたけどやはりあるようで。
蜘蛛子ちゃんは事の顛末、どうして私がその集団に襲われたかの理由を推測で語っていく。
蜘蛛子ちゃんの親……クイーンタラテクトは、自分達の子供を操るスキルを持っているらしい。
彼女もそのスキルの対象として操られるらしく、蜘蛛子ちゃんはちょっとした思考誘導を受けていたと。
火龍と戦ってる時、蜘蛛子ちゃんの様子が若干おかしいように感じたのはこの誘導に引っ張られてたかららしい。
完全に支配されなかった理由は蜘蛛子ちゃんがタラテクト種から外れた進化をしたから、そして抵抗系のステータスが一定以上高かったからだと思われる。
それを許さない蜘蛛子ちゃん、反撃の狼煙を上げる。
思考を操れるということは、クイーンと蜘蛛子ちゃんの間にちょっとした思考のパスみたいなのが通っている、と彼女は予測したらしく。
どうにかそのパスの存在を解析して、蜘蛛子ちゃんはそこから逆ハッキングを行ったと。
具体的には、自分を構成する魂と思考の一部をクイーンに送り返すことで逆に操るという反撃を試みたらしい。
その結果、蜘蛛子ちゃんの送った一部の精神は今もクイーンタラテクトの魂を貪っている。
つまり蜘蛛子ちゃんは現在進行形でクイーンに対して攻撃を行っている、それに対する対抗策として送り出されたと思われるのがあの蜘蛛軍団とのこと。
うん、蜘蛛子ちゃん、私に一言も相談せずにそんなことをしていたらしい。
そう、私に一切の相談を行わずに、そんなことを。
『蜘蛛子ちゃんが悪くない?』
『いやでも仕方ないじゃんねー!?真正面からマザーと戦うなんて私無理よ!?』
そこじゃない、私が怒ってるのは相談しなかったことの部分。
いや人間一つや二つ、隠し事があって然るべきだっていうのも分かってる。
いくら私が蜘蛛子ちゃんの傍に居続けるからって、彼女の全てを知ろうとするのは不健全。
だけど私は今回、蜘蛛子ちゃんの行動によって死にかけてる。
責めるつもりはないけど、それは流石に蜘蛛子ちゃんが相談しなかったのが悪いと思う。
『……怒ってる?』
『怒ってる』
『ごめんってー!!』
そんなこんなで、私が納得するまでの間蜘蛛子ちゃんの謝罪祭は続いた。
蜘蛛が土下座する姿、正直ちょっと面白かったから記憶の奥底にしまっておく。
***
『アラバって分かるよね』
『話、逸らそうとしてる?』
『ちがくて!!』
蜘蛛子ちゃん謝罪祭が終わって暫く、沈黙の続く私達の空気を破壊したのはそんな呟き。
『私、アイツのこと倒そうと思ってるんだよね』
彼女は小心者……いや、違うか、小心者ではない。
彼女が自ら何かに対して喧嘩を売ることは中々ない、基本的に食事確保とレベル上げのための格下狩りのみ。
強いて言うなら中層にいた頃にナマズを乱獲していたことが当て嵌まると思うけど、あれは食欲から来る行動。
私だって、地龍アラバに挑むその意思が食欲から来るものではないことくらいわかる。
『勝算は?』
『まあまあ、準備してからならいける自信はある』
蜘蛛子ちゃんがそう言うのなら作戦はあるんだろう、行き当たりばったりじゃないなら勝てる可能性は十分にある。
私も幾つか使えそうなスキルを見積もって彼女をサポートするべきだろう。
タラテクト達を葬ったあの丸呑みは地龍相手にはサイズが違いすぎて使えないし、かといって真影を使った他の攻撃は龍鱗の効果で通らない。
純潔と嫉妬だけじゃやっぱり蜘蛛子ちゃんにかける負担が大きいし、何かもっと他の方法で彼女を……
『協力してもらってもいい、かな?』
『……え?』
その困惑を口に出したつもりは……蜘蛛子ちゃんに対して送ったつもりはない。
けど、あまりの混乱にその言葉は念話として彼女に対して漏れてしまった。
いやだって、改めてそんなことを言われても、私は元々蜘蛛子ちゃんに協力するつもりだったし。
そもそも改まって協力を要請するような仲じゃないし、逆に黙って行かれたら私怒るし。
『ダメ?』
『ダメな理由がないけど……?』
その言葉に少し驚いたような反応を見せる彼女、いや驚いてるのは私の方なんだけど。
『よーし、一番の懸念点は突破した!』
私が協力するか否かの部分を懸念点として認識されていたことがちょっと……いやちょっとどころじゃないな、かなり不満だけど。
不満だけども、まあ、どちらにせよ私は彼女に協力するんだろう。
言葉一つで揺らぐような関係でもない、むしろどうしてそこを心配してたんだって私は思う。
まあ、それに関してはまた後々話すとして。
『……やっぱりタイマンしたいって言ったら、怒る?』
『流石に怒る』
『デスヨネー』
地上を目指す前にすること、私達の目標がアラバ討伐に定まった。