あの懐かしい縦穴に、戻ってきました。
私も蜘蛛子ちゃんが出会うきっかけを作ったその縦穴、下層直通一直線。
アラバは地龍である、火龍がマグマを自在に泳ぎ回るように地龍は地を這ってその地形を利用する。
まあつまり、アラバ相手に私達も地に足付けて戦うのはちょっと無茶だと蜘蛛子ちゃんは判断したらしい。
彼女の持つ空間機動のスキルは、空中を自在に走り回ることを可能にする。
選ぶのは空中戦、アラバにとっての武器である地上で対戦するのは避けたいという理由。
なので広くて縦に長い縦穴を戦場にしようと、下見に来ているのが今の状況ってわけ。
それにしても懐かしい、私達の目の前をブンブンブンブン飛び回ってる蜂とか特に……
『あっ!!刺された!!』
その蜂が私の目の前で蜘蛛子ちゃんの背中をブッ刺した、その蜂を咄嗟に手で振り払う。
軽く振り払ったつもりだったんだけど、物凄い勢いで吹き飛んだ蜂が壁に当たって散っていった。
ここに初めて来た時は蜂とタイマンするだけでいっぱいいっぱいだった記憶があるんだけど、人って変わるものだね……
いやごめん、今の私ってば“人”じゃないんだった。
『あだっ』
なんて悠長に影から上半身を出してたら私も背中を刺された、実際は針より私の方が硬いから刺さってないんだけど。
それはそれとして勢い良く突進されたのでちょっとチクってした、やめてね。
そう、問題はあまりにも多いこの蜂の大群である。
地龍と戦っている最中にこの蜂共にちょっかいをかけられたら、それで死ぬことはなくてもだいぶウザい。
何が酷いって、今の私達にとって蜂の一匹程度取るに足らない存在であるということ。
煽りとかじゃなくて事実そうであるから、スキルの危険探知が蜂の気配を感じ取ってくれない。
だからまあ、さっきから蜘蛛子ちゃんがずっとブスブスブスブス刺されてる。
私はそれを悟って影の中に隠れたからノーダメージ、こういう時に影に潜れるのは役に立つ。
『影ちゃんそれ私を盾にしてるのとあんまり変わんないからね!?』
『普段は、私が盾役だし』
そりゃそうですけども、と言いながら目につく蜂を切り裂いていく蜘蛛子ちゃん。
彼女の影を離れても蜂程度には流石に負けないので、ここは二人離れて蜂の殲滅を進めていく。
折角だからと真影の使い方を模索して、相手の影から槍とか出せたりしないかなー、と試してるけど中々上手くいかない。
正しい魔力の使い方が分かれば出来るのかもしれないけど、今のところ私は自分の影、自分の身体しか操れないらしい。
あとまあ、それに近しい蜘蛛子ちゃんの影もちょっと動かせるけど。
その途中でこう、蜂の正当進化系みたいなジェネラルフィンジゴアッドって魔物を見つけたりした。
見つけたりしたけど、うん、何も出来ずに散って行った。
強い弱いの問題以前に、大抵の魔物の物理攻撃は私の装甲を突破することが出来ない。
いくら不意打ちが決まろうと私にダメージが入ることはなく、悲しく散って行く姿だけがそこにあった。
そんな感じで取り巻きを潰してたら、蜘蛛子ちゃんが蜂の巣に暗黒魔法を連打しているのが見えた。
いやほんと、やばい、容赦なく“魔法”っていう兵器を打ち込まれて蜂達が為す術なくやられていく。
私達が最初に地龍に薙ぎ払われたように、蜂達は蜘蛛と影に蹂躙されていた。
ということで全滅を確認、騒ぎを聞いた地龍が来たりしたら嫌なのでちゃちゃっと帰る。
帰宅手段は勿論蜘蛛子ちゃんの転移、これが使えるようになってから移動が凄い楽に……
『あ?』
『え?』
転移した先にいたのは、無数の人間達。
間違いなく私達は巣の周辺に転移してきた筈で、あれ、ん、あれ?
だからこの人間達は侵入者で、私達を待ち伏せ……いや違うな、相手側も急な出来事に驚いてるっぽい。
人間であるというだけで私の中の敵意が湧き上がってきたけど、どうにか抑える。
うん、大丈夫、あれは敵じゃない、敵意は向けちゃダメ。
『マイホーム燃やされてる!?!?!?』
ごめん、やっぱり敵かも、敵意剥き出し。
蜘蛛子ちゃんがいくら強くなっても、火に対する弱さっていう弱点は未だに残ったまま。
以前と比べれば確かに火に対する耐性も強くなったけど、それでもやはり燃えてしまう。
それに対して怒るのは私……いや、私も怒ってる、怒ってるけど冷静な判断自体は出来ている。
彼女の方がやばかった、明らかに普段の数倍キレている蜘蛛子ちゃんは目の前の敵を殺す気満々だった。
『これ正当防衛だよね?ね?』
『……まあ、私も、そう思う……』
人数は全部で三十四人かな、前回会った人間なんかとは比べ物にならないくらい多い。
この多さってことは多分ちゃんとした戦闘集団で、ステータスもこの前見た騎士達より全員高い。
その中でも二人飛び抜けたステータスの人間がいて……ん、なんか変な感覚だ。
それは蜘蛛子ちゃんに鑑定された時の感覚に似ていて、それよりも不快感が強い感じ。
間も無く受鑑定中というメッセージがステータスに表示された、蜘蛛子ちゃんにされてる時はそんな風にならなかったのに。
じゃあこの不快感も鑑定によるものなのか、なんか嫌だ、最近ちょっとこういう感覚が多い気がする。
ということでその鑑定を弾く、私にはそれが可能。
純潔や嫉妬、虚飾などの謎スキル……いや、“支配者スキル”の権限を使えば鑑定を弾くことなど造作もない。
『ないわー、マジでないわ、ライン超えてる』
そう言いながら蜘蛛子ちゃんが発動した邪眼……呪いの邪眼の進化系、呪怨の邪眼。
それを受けた人間達がこう、即死した。
あまりにも呆気なく、あまりにも酷い死に方だったもので私の怒りも変に冷めてしまった。
『……あの、蜘蛛子ちゃん、ちょっと……』
『いや違くて、そんなつもりじゃなくて』
流石に蜘蛛子ちゃんも出力……というか、人間側の耐久力を過剰評価していたらしくて。
そんな風に即死した人間らを見てドン引くような視線を向けていた、流石に酷い、あれは酷い。
その瞬間、私の頭の中にレベルアップ通知が響いた。
しかも二つ、一気に二つもレベルが上がった。
今蜘蛛子ちゃんが殺した人間は八人、人間八人でこの経験値量。
『人間ってば経験値美味すぎ?』
『……もう、殺した方がいいか……』
蜘蛛子ちゃんが止まるというか、穏便な解決方法を望んでいるなら私もちゃんと止まろうと意識していた。
前回のやらかしがあるし、それに続いて私が蜘蛛子ちゃんに迷惑をかけちゃいけないし。
ただ今回は人殺しに蜘蛛子ちゃんが乗り気になってしまっている。
私の良心とか人道的には止めるべきなんだけど、それ以上にトラウマからくる恐怖と怒りが殺害行為にGOサインを出してしまっている。
あとまあ、禁忌の内容を知ってしまったせいで今の私が前世の人間と今世の人間を同一視出来ていないのもある。
人間皆殺し、まで思想が歪んだわけじゃないけど、自分を害する人間にまで優しく出来る余裕は今の私にはない。
というか魔物である私が、私達が人間と友好に生きるっていうのはちょっと難しいところがあるし……
なんて考えてたら一人の人間が飛びかかってきた、それに対して私は反射で手を出してしまった。
槍の形に変化した腕に貫かれ、一撃で絶命するその男。
……ダメだ、何も感じない、人を殺したって感覚はあるけどそれに対して強く感じる後悔とかがない。
じゃあ殺せちゃうな、うん、私は人間を殺せてしまうらしい。
蜘蛛子ちゃんもなんの躊躇いもなく魔法で人を殺している、絵面だけなら彼女の殺し方の方が色々と酷い。
そんなとんでもない死に方をした人間が数人いるからか、奥にいる召喚士的な人が叫び始めた。
鳥に亀に、虎に、あと竜っぽい魔物が召喚される。
『四神っぽい?』
にしてはこれじゃない感が漂ってるけどね、虎とかドギツイピンク色だし。
ステータスは確かに高い、ものによっては800を超えているんだから普通の魔物として考えると本当に高い。
それを人間が従えているって考えると多分、凄いんだろう、きっと凄いことをした。
けどなんというか、相手が悪いというか。
即座に鳥が放った風魔法、その攻撃が私達に届く前に天鱗の効果で分解された。
その隙を埋めるように……全然埋まってないけど、虎が突っ込んできた。
無慈悲に繰り出される蜘蛛子ちゃんの魔法、地面から生えた槍が虎の身体を貫いた。
即死、語るまでもなく即死である、虎が死んだ。
そしてついでのように発動された邪眼によって鳥も死んだ、オワタ式である。
手持ち無沙汰なので伸ばした私の腕によって竜も死んだ、竜って言っても見た目はフグっぽいけど。
残った亀は折角なので私の身体で呑み込んだ、硬そうな見た目だったけど呑み込まれたら装甲の意味なんてない。
『出オチ感ぱねー』
『相手が悪い、かな』
時間稼ぎだったんだろう、その使い魔を相手にしている間に魔法使いが何かの魔法を準備している。
術式の解析は私には出来ないけど、この状況で使用する魔法、そしてなんとなく見たことのあるあの形式は……
あ、あれ転移だ、蜘蛛子ちゃんが散々使ってる転移。
騎士に守られた魔法使いが、転移を使って退散しようと試みている。
蜘蛛子ちゃんが繰り出した魔法の狙撃を、召喚師が防ぐ。
それでもその周囲を取り囲む兵士達は蜘蛛子ちゃんの魔法によって段々と命を散らしている、全滅するのも時間の問題。
今私があの場に突っ込んでいけば、あの集団は間違いなく全滅するだろう。
する、けど、いや、うーん、殺すくらいなら利用したい。
『蜘蛛子ちゃん』
『なにさ影ちゃん』
『あの人、逃がさない?』
指を指したのは、三十四人の中でも飛び抜けたステータスを持っていた魔法使い。
既に転移の構築はほぼほぼ終わっている、それでも、今から殺すことは出来るけど。
ただ私としては、ただ殺すより利用するだけ利用する方が得だと感じた。
『ほら、マーキングとかして、ね?』
『えぇー……?』
渋々、本当に渋々といった感じで魔法の構築を止める蜘蛛子ちゃん。
攻撃の手は止んだ、止まった上でそこにいる生存者は召喚士と魔法使いの二人のみ。
その二人が転移でその場から姿を消した、戦闘が始まったと同時に逃げ出した者が四人。
全員にマーキングを付けた彼女、これで迷宮の“外”のことが少し把握できる。
『んー、まあ、数人くらいならいっか』
蜘蛛子ちゃんも私も、人を殺すという行為にあまり躊躇いがないことが今回の件でわかってしまった。
なんというか、人間との穏便な交流を目指してた筈なんだけど、そもそもそれを目指す必要がないかもしれない。
外に出たら出たで魔物として過ごせば……いや、禁忌の情報から考えるといるんだもんね、あれが。
『蜘蛛子ちゃん、アラクネになったらさ』
『うん?』
『魔族とかと交流、出来たりしないかな』
『あー、確かにその手があるのか……』
この出来事を機に、私達の持っていた人間としての感覚は若干崩れて捻じ曲がることになる。
いやまあ、蜘蛛子ちゃんの持っていたそれは私のものとはちょっと違ったような気がするけど。