私達の狙いは持久戦、そう言ったのにはしっかりとした理由がある。
確かに今までも私達は持久戦に強かった、それは私の嫉妬と蜘蛛子ちゃんの毒魔法が時間が経つにつれ効力を発揮するスキルだから。
それに加えて回避特化の蜘蛛子ちゃんと防御特化の私、耐久するのに必要な要素は揃っている。
しかしアラバには魔法の通りが悪く、嫉妬でスキルを封じようにもそのスキル自体が多いときた。
そもそもの話、限りある縦穴の高度で逃げながら戦闘を行う、SPの量は負けているときた。
単純に考えれば、持久戦でも然程有利にはならない筈だ。
それに対する解答、蜘蛛子ちゃんが新たに取得した
《怠惰:神へと至らんとするn%の力。自身を除く周辺のシステム内数値の減少量を大幅に増加させる。また、Wのシステムを凌駕し、MA領域への干渉権を得る》
蜘蛛子ちゃんがこのスキルを発動し続ける限り、彼女の周囲の存在はシステム内数値……
HPとMP、SPの減少速度が普段の何倍も大きくなる。
HPとMP、瞬間的なSPには自動回復がある。
が、持続的なSPに関しては減り続けるばかりだ。
戦闘が長引くほどその減りは大きくなり、全力を出せば出すほどその減り方は激しくなる。
天鱗があるアラバに魔法は通らない、虚飾でステータスを奪った私の物理攻撃も大きなダメージにはならなかった。
それは最初から予想出来ていたこと、戦い始める前からこの戦法、この勝利だけを狙っていたのだ。
HPが削れないのなら、体力を消耗させてSPを尽きさせればいい。
鑑定を保持していないアラバは自分のSPの減少に気付きづらい、気付くのは空腹感を覚えて動けなくなる直前。
今のアラバにはSPがほとんど残っていない、よって纏っていた強化スキルが一気に解けた。
その上SPがないので動くこともままならない、私でも押し返せる程度の力しか持たないその爪を押し返す。
勝負はついた、アラバはもう動けるだけの力が残っていない。
SPが尽きればHPも同時に尽きる、私達の認知で言うところの餓死だ。
蜘蛛子ちゃんは進化してすぐに怠惰を取得していた、それが結果的に戦略の核になったのだからやはり支配者スキルの性能はとんでもない。
嫉妬、怠惰、あとは蜘蛛子ちゃんの呪怨の邪眼とか私の純潔とか。
とにかく耐久戦、持久戦に特化した私達のスキル群。
私達相手に向き合い、本気で戦えば戦うほど相手は不利になっていく。
私と蜘蛛子ちゃん、双方に注意を向けながら全力で戦ったからこの結果になった。
アラバがもっと余裕を持って戦っていたら、私達に付き合っていなかったら結果はまた違ったかもしれない。
それを避けるためにわざわざ虚飾を使って、リスクを背負ってあんなことをしたわけだけど。
地龍に油断はなかった、私のブレスモドキにすら警戒する程度には彼は私達に向き合っていた。
だからこそ敗北した、油断も隙もなかったからこそ敗北した。
本来なら怠惰は私のHPやMPの消費速度も増やすんだけど、蜘蛛子ちゃんに対して虚飾を使ってる間は私のステータスは減少しない。
それも戦法との相性が良かった、逆に言うとアラバに虚飾を使ってる間は物凄い速度で私の数値が減少してたんだけど。
そう、既に勝負はついている。
地龍はその場から動かない、鎮座した地龍はゆっくりと首を上げ私達を凝視している。
その目は清々しいくらいに澄んでいた、恨みや嫉妬なんていう感情は一切こもっていないように見える。
魔物としては珍しい、いや、人だとしてもこんな目をして敗北を認める人は中々いないと思う。
地龍は抵抗せず、真っ直ぐと私達のことを見つめていた。
私はその瞳に対して感じることがない、いや、思うことくらいはあるけどさ。
武士道ってやつなのかな、潔く負けを認める魔物なんて出会ったことがなかった。
今まで出会った魔物達は敗北が確定してからも足掻いてもがいて、最後まで抵抗をやめなかった。
だから私がそれを見た時に思ったのは物珍しさとか、そんな感情だったんだと思う。
地龍のステータスに異常が起きる、スキルの文字が灰色に染まっていく。
嫉妬が発動した際と似たような現象、あれは自分自身でスキルの発動を止めたという証拠。
天鱗も、各種耐性系スキルも、発動すること自体にデメリットが存在しないスキル達が効果を失っていく。
今のアラバならきっと、私の放つ物理攻撃だろうと一撃で倒れてしまうだろう。
それを見た蜘蛛子ちゃんの表情が歪むのが分かった。
『そうかよ』
震えた声で、私に対してではなく地龍に応える蜘蛛子ちゃん。
そこに滲んでいる感情は怒りだろうか、私には分からない。
分からないけど、蜘蛛子ちゃんがその結末に納得していないことは理解出来る。
怒るような、虚しさに震えるような、そんな様子で彼女は一歩、また一歩と地龍に近寄っていく。
『いいよ、お望み通り殺してやるよ』
呪怨の邪眼、静止の邪眼、引斥の邪眼、そして死滅の邪眼。
蜘蛛子ちゃんの持つ全ての邪眼が、抵抗力を失った地龍を侵していく。
既に満身創痍、死に体だった地龍の身体は塵となって消え去った。
腐蝕属性である死滅の邪眼を受けたアラバの肉体はその場に残っていない。
脳内に響くレベルアップ音声、その言葉から暫くの間私達の間に沈黙が続く。
私の方から切り出すべきかと、存在しない口を開きかけたところで彼女が振り向いた。
その表情に満足感はない、蜘蛛子ちゃんが勝ちたいと言った相手にこうして勝ったというのに。
むしろ不満に染まった表情で、ゆっくりと。
私のことを数秒見つめた後、ゆっくりと言葉をかけてくる。
『……影ちゃん……』
弱々しい声、それでいて強く震えている声。
『私、コイツに勝ったんだよね?』
『うん』
『私、コイツを打ち倒したんだよね?』
『うん』
自分が成し遂げたことを再確認するように、何度も何度も私にそう聞いてくる彼女。
いや、確認しなくてもきっと理解してるんだと思う。
分かっているだろう、地龍アラバは蜘蛛子ちゃんの邪眼によって塵と化した。
彼女は地龍に勝った、彼女は地龍を打ち倒した、それは紛れもない事実である。
『なのにさ』
それを理解しているからこそ、続ける。
『ちっとも嬉しくないんだ、初めて自ら倒したいって思った相手の筈なのに』
明確に蜘蛛子ちゃんを害そうと追ってくるタラテクト達と違って、私達がアラバと戦う必要はなかった。
レベル上げのためという理由付けも出来る、しかしそのためにわざわざあの強敵に挑む必要はない筈。
倒したい、挑みたいという理由だけで地龍に喧嘩を吹っかけて、勝利した。
そうするだけの理由が、あの時感じた恐怖に対して向き合う意思があったからこそ彼女は地龍に挑んだ筈。
『一対一じゃなかったから……』
地龍に挑むことを決意した時、彼女は一対一で戦いたいと申し出てきた。
『いや、言い訳か、言い訳だな……』
しかしそれを理由にするのも違うと、首を横に振る彼女。
『影ちゃん』
私は彼女に共感しきれない、彼女と地龍の間にあったその感情を理解してあげることは出来ない。
だから、その言葉に対してどう返してあげればいいのか分からない。
気まずい沈黙がその場に流れる、折角勝ったというのに酷く後味が悪い。
『私、どうすれば良かったんだと思う?』
***
「バルトはさ、龍に遭遇したことある?」
突然、魔王様からそんなことを聞かれた。
何故今何の前触れもなくそんな質問をと思いながら、首を捻りながら俺は答える。
「いえ、竜にならありますが……」
「だよねー」
そんな俺の答えを軽く受け流す魔王様。
椅子にふんぞり返り足を机に投げ出したその格好は、決して褒められたものではない。
それに加え背後に佇む影の少女から菓子を受け取っている、無作法にも程があるだろう。
が、この方を叱れる者などいる筈もなくその無作法を見て見ぬフリをする。
部屋の片隅には白の少女が静かに座っている、この部屋にいるのは俺とその三人。
得体の知れないそれらの存在に対し、俺は押し黙る以外の選択を取ることが出来ない。
「私はねー、地龍なんかともやり合ったことがあるんだけど……」
気まぐれな様子で昔話を始める彼女、魔王様の唐突な行動など今に始まったことではない。
「総じて誇り高いんだよ、地龍ってのは」
龍といえば魔物の中でも特別な存在、普通は遭遇することすら稀である。
その上、魔王様はそんな存在と戦ったと仰っている。
なのにこの方ならばその行動にもなんの不思議もないと、あまり驚いていない自分がいた。
妙に納得してしまった俺はきっと、既に魔王様の存在に毒されているのだろう。
「影ちゃんも分かるよね、懐かしいなー」
「うん、あれは武士道だと思う」
うんうん、と納得しながら背後の少女に聞けば彼女も口を開く。
ブシドウ?というのは一体なんだろうか。
しかし魔王様がいる場でそんな野暮な質問を出来る筈もない、寿命が縮まる思いでこの場にいるのだから。
彼女達は時々俺には理解出来ない話をする、いちいち聞き返していたら命がもたない。
「今まで色んな龍に会ったけど、やっぱり一番マトモだったのは地龍だったなー」
「……氷龍は?」
「あれは論外でしょ」
ポツリと言い放った魔王様と、それに対して返す影の少女。
色んな龍、地龍だけではない、沢山の種類の龍種。
本来ならありえる話ではないが、魔王様なら本当にありえる話なのだから怖い。
少女が語ったことを考えると、影の少女もそんな色んな種類の龍と会ったことがあるのだろう。
ともすればきっと、白の少女も同じ。
「あぁ、ごめんごめん、余計な話しちゃって」
「いえ」
余計な話、確かに余計な話ではある。
余計な話ではあるが、このような話の一つ一つが俺の胃を痛め続ける。
魔王様と話していると、相手にそのつもりがなかったとしても寿命が縮むような思いを抱かされる。
いいや、もしかしたら俺に対して圧をかけるためにわざわざ話しているのかもしれないが。
「じゃあ、エルフの里を攻める準備、よろしくね?」
「仰せのままに、魔王様」
ようやく切り出された本題、気が乗らない。
気が乗らないが、俺にこれを拒否する選択はない。
魔王様の言葉に対して、俺は感情を表に出さないように意識しながら頷いた。
「……影様、魔王様の仰ったことは本当なのですか?」
「うん、本当だよ」