青い空、身体を照らす陽の光。
この前逃げ出した人間達のマーキングを頼りに、迷宮の出口を見つけた私達。
アラバに勝利してから数日、この迷宮では本当に色々なことがあった。
そのほとんどは碌な思い出じゃないけど、この迷宮で生まれたから私は蜘蛛子ちゃんと出会ってここにいる。
それはまあ、良い出来事と言ってもいいのかもしれない。
『ふはははは!!さらば我が故郷!!』
『いつでも、戻って来れるけどね』
そう、迷宮を出ると言っても蜘蛛子ちゃんの転移がある以上私達はいつでも迷宮へと帰って来れる。
というか多分今後も帰ってくることになる、今の私達にとってエルロー大迷宮は危険区域じゃなくて安全地帯だし。
だとしても私達はついに外に出た、あれだけ長く付き合った迷宮から外へと出たのである。
立ち込める砂埃のせいで景色が少し見づらいけど、色彩豊かなその景色と陽の光は私を、私を……
『日光って、こんなに痛かったっけ』
痛覚軽減が発動しているから実際のところ痛みは殆ど感じていない、けど確かに痛い。
その日光を浴びているだけで痛い、私の身体が痛んでいる。
いやまあHPの減少はないというか、多分減ったそばから回復してるんだけど。
私の種族特性である日光への弱点、すっかり忘れてたけど未だに健在だったんだね。
『で、どうしよっか』
『いやほんと、どうしようねー』
目の前にあるのは崩壊して土埃をあげる、ほんの少し前まで砦だったものの残骸。
エルロー大迷宮級は世界最大のダンジョンである、そんなダンジョンから魔物が外へ出てきたらトラブルの元。
それを防ぐために砦があるというのは当然の道理である、壊しちゃったけど。
うん、蜘蛛子ちゃんが壊しちゃったんだけど。
迷宮から出て最初に目に入ったのは行手を塞ぐ壁、そしてそこから放たれる矢の雨。
それを見て反射的に放ったであろう蜘蛛子ちゃんの暗黒魔法、そう、暗黒魔法である。
思い出してほしいんだけど、人間の兵士の平均的なステータスっていうのは三桁がやっと。
龍みたいな四桁ステータスは普通は中々見ない強敵で、そういう存在の攻撃っていうのは天変地異みたいな事象を引き起こす。
因みに、蜘蛛子ちゃんの魔法能力のステータスは四桁どころか五桁に達している。
『知らなーい、砦の崩壊事件のことなんて知らなーい』
彼女がこう、反射で放った何気ない暗黒弾は射手もろとも砦を大崩壊させた。
たった一発である、そのたった一発で魔物の進行を防ぐ砦が崩壊した。
多分、というかほぼ確実に砦の中にいた人も全員死んでる。
流石に可哀想だと思った、運が悪かったとしか言いようがないけど。
今の蜘蛛子ちゃんと私、一般的な兵士からしてみれば天災みたいなものだし。
『知らないので早急にここから離れます、私はこの事件には関与しておりません』
ということであの場に居続けるわけにもいかず、砦の崩壊現場から逃げ人目のつかない場所まで移動する。
蜘蛛の魔物と、その魔物の影に潜むもう一匹の魔物。
私の方はぶっちゃけ目立たないんだけど、そもそも潜んでる対象が蜘蛛なんだから物凄い目立つ。
目立つというか多分、人間と邂逅したら襲われる。
襲われるということは死を意味する、相手の死を。
私も蜘蛛子ちゃんも……いや、蜘蛛子ちゃんがそうかはぶっちゃけ怪しいところがあるんだけど。
無駄な殺生はしたくない、だから人目につかないように行動する。
折角外に出たのはいいものの、人間と友好的に接することなんて夢のまた夢。
というか人殺しの魔物に対して友好に接してくれるのかな、この世界の人間って。
たとえ外見が普通の人間だとしても怪しいんじゃないかな、ちょっと不安になってきた。
まあ、ともかくだ。
『クイーンの様子は、どう?』
『んー、まあぼちぼち?』
蜘蛛子ちゃんがクイーンタラテクトに仕掛けている逆ハッキング。
正面から倒すことも考えたんだけど、蜘蛛子ちゃん曰く私と蜘蛛子ちゃんのコンビでも正面から戦うのは厳しそうとのこと。
まあアークタラテクトですらステータスだけ見ればアラバに匹敵するんだから、その上位互換のクイーンときたら確かにそうかもしれない。
ので、クイーンから攻撃を仕掛けられないためにも迷宮の外へと逃げてきたというのが現状だろうか。
クイーンタラテクトはとんでもない巨体、あの巨体で迷宮の外に出てくることは中々に難しい。
そもそも自在に動き回ることすら難しいのだろう、だから自分自身じゃなくてアークを派遣してきたんだろうし。
結果的に私が一人で倒しちゃったから、それも経験値にしかならなかったんだけど。
とにかく迷宮の外に出た今、クイーンタラテクトが私達を追いかけてくるのは不可能。
『蜘蛛子ちゃんは、どうしたい?』
『飯かな!!飯!!』
そんなわけで、今の私達に早急に解決しなければならない問題というのは存在しない。
良くも悪くもクイーンへの対処は時間がかかる、その間私達は暇を持て余しているということ。
ほぼ観光モードである、折角外に出たんだから色んなものが見たい。
あと蜘蛛子ちゃんの場合、美味しいものが食べたいという欲求が強いらしい。
私は未だに味がわからないので、そういう欲求はないんだけど。
『……強盗、する?』
『いやー、キツいでしょ』
美味しい食べ物を求めるとなれば、やっぱり人の街に赴くことが必要になるだろう。
でも魔物の私達が人とお金のやり取りを……いや、そもそも穏便に街に入ることすら出来ない。
『アラクネ、目指すしかないよねー』
蜘蛛子ちゃんがアラクネに進化すれば、少なくとも人とのコミュニケーションが可能になる。
上半身が人な分、今の姿よりはまだ受け入れられる可能性が上がるだろう。
出来れば私も人に近い感じの進化をしたいけど、叡智がない私にはこの先のことはわからない。
ぶっちゃけ“人影”の魔物である私は今の時点でも若干人っぽくはあるんだけど、それにしても真っ黒すぎるし姿形がぼんやりとしすぎている。
『私も、人間らしくなりたいなぁ』
『そうねー、やっばり口とか欲しいもんね』
髪とか口とか、あとちゃんと人間らしい目とか。
完全に人、ってまではいかなくてもいいけど今より人間の姿に近付きたい欲求は私にもある。
というか口が欲しい、味を感じられる器官が欲しい。
迷宮にいた頃はないことが得になってたけど、外に出た今となっては私も味を感じたい。
そういう進化先があるといいなぁ、と願ってみたり。
空間機動を使って空中に駆け上がり周りを見渡す、前方すぐ近くの場所に人間の街が見えた。
街並みはいかにもファンタジー然とした中世ヨーロッパって感じで、機械とかが置かれてるようには見えない。
まあ予想はしていたことだけど、私達の住んでいた地球、日本とは文明の差が激しそう。
『ま、スルーかな』
『そうだね』
見つけたはいいものの行ける筈もないので、それ以外の場所を見る。
平原、見渡す限りの平原、あと森と山。
『行くなら森と山かなー、自然の恵みを求めたい』
果物とかきのことか、そういうものを探せるかもしれないと。
彼女は平原ではなく森と山の方を指差した。
その先に海があるかもしれないという希望も持っているらしい、中層にいたナマズのことを考えると魚は美味しいのかもしれない。
ということで出発である、初めての迷宮外観光会が始まった。
***
お散歩楽しい、外を歩けるってだけで楽しい。
歩くだけで景色が移り変わるというのがとんでもなく楽しい、迷宮の壁は変わり映えがなさすぎた。
マグマの海?あれを景色として認識するのはおかしくない?
こうやって歩いてると色んなところに寄って美味しいものを……ホットスナックとかコーヒーとか、たい焼きとか食べたくなるね。
ないけどそんなもの、そもそもあったとしても魔物の私は店員に話しかけられないけど。
『私、何気に散歩するの初めてかも』
『そうなんだ』
蜘蛛子ちゃんのテンションも中々に高い、彼女も楽しそうに歩いている。
あまりにもだらだらと、景色とか草花を楽しみながら歩いているせいで蜘蛛子ちゃんの速度ステータスからは考えられないほど元いた場所から進んでいない。
なんなら私も蜘蛛子ちゃんの影から出て、二人で並んで歩いている。
こういう気分を味わうのは今世で初めてかもしれない、友達との散歩はいいものです。
そんな中で見つけた果物らしき物体を食べて蜘蛛子ちゃんが喜んでいた、どうやら甘いらしい。
私も一個だけ貰ってみる、やっぱり味はしない。
味はしないけど不快感がないというだけでまだ私も嬉しい、タニシよりは美味しいと感じられる。
彼女がこんなに喜んでるなら森で果物を取って生活しつつレベルを上げるのも……
『……揺れた?』
『この世界にも地震なんてあるんだねー』
エルロー大迷宮にいた頃は揺れたことなんてなかったから知らなかった、いや、日本の地震が多すぎるんだろうけど。
……いや違う、危機感知は発生してないけど嫌な予感がする。
こういう予感っていうのは大概当たる、悪い予感に限って当たるものだから。
急いで蜘蛛子ちゃんにそれを伝えようとする、その言葉を聞く前に彼女も異変に気付いた。
走り出す蜘蛛子ちゃんに急いでしがみついて、その影に潜る。
一目散に、逃げるように駆け出す彼女。
蜘蛛子ちゃんは私より何倍も速い、彼女が本気で走れば私が追いつける筈もないってくらいに速い。
そんな彼女のステータスをもってしても、ギリギリだった。
さっきまで私達のいた森が、跡形もなく消し飛んだ。
走るのに必死な蜘蛛子ちゃんと違って、影に潜っているだけの私にはそれを凝視する余裕があった。
アラバのブレスに似ているようで、それとは威力が桁違いのエネルギーの奔流。
それは私がアラバを真似て放ったソレと同じように、闇の属性を纏っていた。
そのブレスは森の一角を消し飛ばし、それで飽き足らず山の一部を削り取っていた。
そう、私はそれを見たことがある。
中層にて火龍を蹴散らした、あの一撃。
どうやって迷宮から出てきたのかは分からない、そもそもどうやって私達のいる位置を把握したのか。
いや、それは蜘蛛子ちゃんに繋がったパス的なものを追ってきたのかもしれないけど。
とにかくそこにはヤツがいる、私の理解の範疇に及ぶ存在ではないヤツがいる。
クイーンタラテクト、蜘蛛子ちゃんの親でありながらエルロー大迷宮最強の蜘蛛がそこにいた。
ステータスの鑑定には失敗した、けれど蜘蛛子ちゃんの方は成功したらしい。
『ステータス全部2万越え!!単純計算でアラバの5倍!!』
『転移は!?』
『もう準備してる!!』
蜘蛛子ちゃんは魔導の極みを持っているけど、それでも複雑な術式を構築するのには時間がかかる。
転移の発動準備が完了するまであと少し、しかしクイーンタラテクトは移動するだけで天変地異を引き起こしていた。
その天変地異移動をしながら片手間に放たれたブレスが私達に殺到する、蜘蛛子ちゃんは術式の構築に夢中。
『ぐ、ぉおおおお!?』
純潔で防ぐ、防いだというのにその余波だけで私達の身体が吹き飛びそうになる。
しかもMPの消費がえげつない、具体的に言えばあと一発。
いや、あと一発も防げない、あれは一度限りしか防げない。
けど純潔を使ったお陰で蜘蛛子ちゃんは術式の構築に集中出来た、間も無く転移が発動する。
転移先はエルロー大迷宮、クイーンタラテクトと入れ違いになる形で私達は迷宮内に逃げてきた。
『……はぁ!?』
中層と上層の中間点のような、私達がマイホームを作り上げていたその場所。
その場所に、待ち構えていたかのように蜘蛛の大群が蠢いていた。