『……転移は?』
『無茶かも』
蜘蛛子ちゃんが転移した先にいたのは、待ち伏せの蜘蛛軍団。
私達が巣へ転移し逃げてくることがバレていた、それ故のクイーンの采配。
魔物というのは知能が低い、本能のままに活動する魔物達がこんな狡猾な手段を取ることは少ない。
そう、少ないだけ、実際地龍アラバなんかは明確に考え思考し行動していた。
そんなアラバより格上のクイーンタラテクトが、物を考えない筈がないのに。
完全に油断していた、というよりクイーンのことを舐めていた。
そもそも迷宮の外へ追いかけてくることが予想外だし、その先で待ち伏せされているのも予想外。
迫り来るアークタラテクトの牙、囲まれた状況下では避け続けるのは難しい。
蜘蛛子ちゃんの前に出てその牙を腕に受け、振り払うようにして距離を取る。
しかし下がった先にも蜘蛛の軍隊、囲まれている。
『影ちゃん、純潔は?』
『アーク相手なら、多分あと二回くらい』
即座に逃げてきたとはいえ、クイーンタラテクトからの連戦。
あの時私は純潔を吐かされた、MPの減り方が凄まじかったこともあり現在純潔の連続使用は出来ない。
が、いくら蜘蛛の軍団がいたところで所詮はアラバに劣るような相手。
純潔がなくとも私は受けられるし、攻撃役だって蜘蛛子ちゃんがいる。
そして蜘蛛子ちゃんがいる状況なら私の吸収も安定しやすい、ピンチのようで捌き切れる程度の相手。
そう、クイーンを相手にするよりは何十倍もマシな相手である。
蜘蛛子ちゃんの繰り出した土の槍がアークタラテクトの身体を吹き飛ばし、追撃の暗黒魔法で壁に叩きつけられる。
その隙に私はもう一匹のアークに爪を突き立てる、大きなダメージにはならないが十分な感触。
私やアラバと違って天鱗を持っていない蜘蛛達は蜘蛛子ちゃんの魔法も私の攻撃もよく通る、問題はアークタラテクトがこの場に五体いること。
『影ちゃん!!移動するよ!!』
三匹目のアークに組み付かれる直前、蜘蛛子ちゃんが私の頭にそう語りかけた。
咄嗟に蜘蛛子ちゃんの影にワープする、元々潜影に、現在は虚飾の効果として使えるこの能力は限定的な転移のようなもの。
短距離かつ特定の影にしか移動出来ない代わりにMPの消費がなく発動までのタイムラグもない。
非常に優秀なスキルである、これのお陰で咄嗟に蜘蛛子ちゃんを守ることができたりする。
『中層?』
『そう!!雑魚蜘蛛を焼き払う!!』
ここは上層と中層の間の位置、蜘蛛子ちゃんが走り抜ければ一瞬で中層まで辿り着く。
中層はマグマ溢れるフィールド、蜘蛛型の魔物には活動が難しい場所である。
それは蜘蛛子ちゃんも例外ではないけど、火に強めの私がいる以上地の利が得られる。
そんな彼女の考えをクイーンに見通されていなければ、の話だが。
中層の入り口に向かう坂に、それはいた。
人形のような姿をした、いいや、人形そのものである姿の魔物。
のっぺりとした顔のない頭部に球体関節を持った、迷宮では見ないような容姿。
人工物のような、デパートにあるマネキンみたいな外見。
その手、六本ある手には同じく人工物であろう剣が握られている。
あれはなんだ、あれはどういう存在なんだ?
蜘蛛子ちゃんの鑑定、そして叡智の解析が私にも流れ込んでくる。
あれは、蜘蛛だ。
人形を操る小さな蜘蛛、その蜘蛛が本体の魔物だ。
パペットタラテクト、全ステータスが一万を超えているその魔物。
握りしめた剣を構え、すれ違うように斬りかかってくる。
避けると思った、けど、避けられていない。
何が原因か、蜘蛛子ちゃんの反応が僅かに遅れたようで剣の先には彼女の胴体が存在する。
純潔で防ぐべき……いやダメだ、このパペット相手に使用したら今度こそMPが空になる。
咄嗟に蜘蛛子ちゃんの身体を押し出すように、強く私の手で弾き飛ばした。
その腕、私の片腕が斬り落とされる。
『影ちゃん!?』
『大丈夫!!』
先程と同じように蜘蛛子ちゃんの影に潜り込む、失ったのは左腕。
私は右利きだからあんまり問題はない、片手さえあれば十分に戦闘は続行出来る。
これが人間ならまた話は違うのかもしれないけど、私の場合はレベルアップすれば新しく腕は生えてくるし。
とにかくここを生き残れば、これくらいの負傷はなかったことになる。
問題はそもそも生き残れるか怪しいこと、か。
私の防御ステータスはかなり高い上、耐性も揃っていれば天鱗で物理的な防御力の増強だってされている。
易々と斬り落とされたわけじゃないのは感覚的に分かった、増強系のスキルをフルで使えば受け止められないこともない。
けど逆に言えば、そこまでしなければ私でもアレは受けられない。
当然蜘蛛子ちゃんがアレをもらえば、当たりどころによっては即死。
忍耐の効果で耐えられるだろうけど、忍耐は回復ではなく食いしばりの効果しかない。
次の攻撃が避けられない状態になれば、結果的に何も変わらず死に絶えるだけ。
『……クソ、集中してる暇がない!!』
前門のパペットタラテクト、後門のアークタラテクト五匹とその仲間達。
とにかく魔法を乱射する蜘蛛子ちゃん、鱗系統のスキルがない蜘蛛達にその攻撃は有効に機能する。
剣やら魔法やらで闇弾を撃ち落とすパペットとアーク、そのうちの一匹。
防御姿勢を取っているアークに、不意打ち気味で殴りかかる。
パンチより刺突の方が威力が高いのは当然、しかしこのパンチは私を意識させることだけが目的。
私の攻撃を防ぐことを優先したアークの足元から飛び出した暗黒の槍がその身体を串刺しにした。
とにかく一匹、あとは四匹とパペット一匹。
先程から蜘蛛子ちゃんの魔法の余波でやられている雑魚蜘蛛達とアークの存在はわけが違う。
一匹のアークタラテクトがやられたと、それを認識したパペットタラテクトは魔法を無視して私に飛びかかってきた。
しかし残念、蜘蛛子ちゃんがアークを一匹倒したことで私もレベルアップの恩恵を受けていた。
何も左手が再生するだけじゃない、私の場合はその“MPが回復する”という方が重要。
純潔によって弾かれたその剣、純潔は相手の攻撃がどれだけ強力だろうがMPの限りそれを防ぐ。
使い放題とは言えないけど、クイーンの攻撃よりはよっぽどマシだ。
まだ防げる、その確信を持ってパペットタラテクト……
『よいしょっ!!』
……を無視して、蜘蛛子ちゃんの近くにいるアークタラテクトに覆い被さる。
彼女に気を取られていたアークは私の行動に咄嗟に反応出来ない、そしてこの状況になれば私の独壇場。
ゆっくりとその影に呑まれていくアークは当然抵抗の意思を見せるし、他の三匹のアークは私に対して攻撃を仕掛けてくる。
が、魔法を減衰する私相手に咄嗟に放てる攻撃手段は少ない。
少し遅れて突撃してくるアークと、その背後から物凄い勢いのパペットタラテクト。
けどもう遅い、私の身体はそこにはない。
一匹目のアークが倒れたことで私にヘイトを集中させていた蜘蛛達。
そうなれば蜘蛛子ちゃんの側に余裕が出来て、一つの術式の構築に集中出来る。
再び発動した彼女の長距離転移、私達は中層の深くまで移動してきた。
あの場所からここまで来るのには時間がかかるだろう、だってマグマに囲まれた空間だし。
とにかく、一旦は逃げ切ったということで良さそう。
『……っぶなぁー!!』
ぺたり、と床に寝転ぶ蜘蛛子ちゃん。
それを見ながら私は覆い被さったアークを吸収し終える、残念ながらレベルアップはなし。
進化してレベルを上げ続ける中で一度のレベルアップに必要な経験値の多さが増えた、増えすぎて中々上がらない。
強敵を倒せばその分上がりやすいんだけど、アークでこれだと考えると本当に必要な量が多いんだろう。
……って話は、一旦置いておくべきかな、これは。
『これ、どうする?』
『どうしようね、ほんと……』
私達が外に出た理由の一つは、蜘蛛子ちゃんを排除しようとするクイーンタラテクトから逃れるため。
なのに謎の方法で外まで追いかけてきたクイーン、そしてその先で出待ちしていたパペットとアーク。
あれは明確に私達を殺そうと狙う動きだ、楽観的に考えて生存を喜べる状況じゃない。
だって次があるじゃんアレは、次があったとして私達じゃパペット相手に勝てるか怪しいじゃん。
『……パペット単体なら、まあ……』
『どうせアークも付いてくるよ、どうせね』
それが問題である、パペット単体なら対アラバと同じように持久戦での勝利が見込める。
そもそも魔法が通りやすい分、蜘蛛子ちゃんを砲台にする期待値だって高い。
問題はアークタラテクトの軍団、アークだってバカに出来るような存在ではない。
『……ダメだ、マザーの様子がわからん』
『どうして?』
『通信が妨害されてるみたいな感じ、逆に言うとマザーからの支配力的なのも薄れてる』
だから今の私はマザーから認識されてない、と続ける彼女。
それなら追われる心配も一旦はない、その接続が戻った瞬間また追われ始めるということだけど。
ひとまずこの場所にいればパペットタラテクト以外は追ってこれないだろうし、そもそもバレてないし。
一旦落ち着こう、何気に腕が斬り落とされたりしてビックリしたんだよ私も。
『あー、影ちゃん、進化って出来る?』
そう聞いてきた彼女のステータスを見ればレベル30、言い方を聞く限り進化が可能。
戦闘に夢中で聞いてなかったけど、確認してみれば私も進化が可能になっていた。
蜘蛛子ちゃんと違って私のレベルは35、中途半端なところで進化が可能になっている。
もっとキリ良くやってほしい、そう言って50レベルとかにされたら本当に困るけど。
『うん、出来る』
進化先として表示されたのはリヘ・カッテという魔物、今回も進化先は一つしかない。
もうここから先、私の進化先は一種類しか存在しないのだろうか。
それとも私が何かしらの特殊進化のフラグを取り逃がしているのか、結構ありそうなのが困る。
『あれ、影ちゃんって進化中に意識飛ばないんだっけ?』
『うん、それはそれとして寝てるけど』
『私も睡眠無効手に入れたから、もしかして進化中に起きられる?』
そんなことに気付いた蜘蛛子ちゃんのテンションは、なんだか少しだけ高そうだった。
私としては進化中って合法的に寝られる時間の一つなんだけど、睡眠無効を取るまで色々あった蜘蛛子ちゃんからすれば起きてられることの方が重要なのかもしれない。
私が言えた義理じゃないけど、あまりにも寝ない生活を続けすぎると気が滅入りそうだからたまには寝てほしいかも。
『今回は、私が先に進化していい?』
『そうだねー、いつでも転移出来るようにだけ準備しとく』
中層での進化は二度目だけど、今の蜘蛛子ちゃんでも中層に巣を作るのは流石に厳しい。
種族的な弱点はどうしようもないらしくて、私が日光でダメージを負うように蜘蛛子ちゃんの糸もどうしても燃える。
ちょっと無防備な状態だけど、威圧をばら撒いてる今の私達には魔物が寄ってこない。
そのため巣がなくても、パペット達が来るようなことさえなければ安全に進化出来るだろう。
進化を開始して、折角なので今回も睡眠を取る。
外で安全に過ごせるようになったらベッドの上で寝れたりするのかな、やっぱり。