『あ、あー、聞こえてますか?』
聞こえてませんよ、聞こえてません。
『はい、問題なく聞こえているようで』
やっぱり心を読んでくるか、じゃあ発言しなかったとしても意味はなさそう。
私、悠々と眠りについた筈なんだけどな。
どうして眠ってる最中にこうして話しかけられてるんだろう。
何をどう考えても夢じゃないし、これ。
そう断言出来る程度に、夢にしては意識がハッキリしすぎている。
『蜘蛛さんにベッタリなあなたに話しかけるのは、このような形が一番楽かと思いまして』
まあその通りだ、私はほぼ四六時中蜘蛛子ちゃんの影に潜っている。
傲慢やら叡智やらの恩恵を受けられたり、足の速い蜘蛛子ちゃんに無理なく着いていけたり。
そもそも離れる理由がない、故に私は蜘蛛子ちゃんに引っ付いている。
たまに単独行動することもあるけど、クイーンから狙われてる現在彼女と離れる選択肢は取りづらい。
『時、止められるのに?』
『ええまあ、ですがこういうアプローチの方がワクワクしませんか?』
その前提があった上で、Dちゃんならやろうと思えばいくらでも私単体に話しかけられると思うけど。
そう、私にこうして話しかけてきたのは管理者D。
あの時私に〈虚飾〉をプレゼントしてくれた当人であり、この世界を管理する者の一人。
それでいて傍観者でもある、なんだか色々と酷い邪神ちゃん。
そんな彼女が蜘蛛子ちゃんに聞かれないよう、彼女を抜きにして私に対して語りかけてきている。
『私に何か、用事でも?』
『いえ、特には』
Dちゃんがこうやって干渉してきたのは二回目、そのうち一回目はなんだか訳アリの様子だった。
そして二回目の今回、同じく理由があって私に話しかけてきたのかと思ったらそうではないらしい。
『そもそも私、蜘蛛さんと比べあなたには特段大きな魅力を感じていませんから』
散々な言われよう……って言いたいところだけど、私自身もそう思う。
正直私を見ていても彼女の望むような面白みはないだろう、というか蜘蛛子ちゃんの方が特殊なんだと思う。
私がDちゃんとこうして会話して、関わっているのは多分オマケ。
蜘蛛子ちゃんの傍にいる存在だから、彼女のついでとして干渉されているのが私なんだろう。
『興味なし、かな』
『そういうわけではありませんよ』
嘘、ではないと思う、その言葉は。
でもその言葉の先に深さはない、ただただ淡々と“そうでもない”という言葉、感情を叩き付けられている。
『エルローウンブレラという魔物は、軽いシステムのバグを魔物として落とし込んだ存在です』
そのため本来魔物に“設定している”人を襲う本能がない、とDちゃんは続けた。
禁忌の影響とか、あとは蜘蛛子ちゃんの話で私も少しはシステムのことを知っている。
それを理解と呼ぶのはまだ難しいけど、そこらにいる一般人よりはシステムのことを分かってると思う。
けど私はシステムにあるバグなんて知らない、私の元の種であるウンブレラ種がそのバグから生まれた存在だというのも。
『サン・スキュアまで進化した個体はあなたが初ですし、その進化先であるリヘ・カッテもあなた以外に存在した歴史はありません』
ウンブレラ種が温厚な種である以上、過度に魔物や人を害する機会は少ないだろう。
そうやって戦う機会が減ればレベルアップの機会は少ないし、レベルアップが少なければ進化に辿り着く個体も少ない。
転生者である私はちょっとしたイレギュラー、割と積極的にキルを重ねていたからここまで進化している。
そう考えるとウンブレラ種は確かにシステムと噛み合ってない魔物だし、バグの産物というのも納得出来るかも。
『退屈と言うには勿体無い程度に面白いと思いますよ、それ以上の刺激は得られていませんが』
『あなたは、私に何を求めているの?』
『何も?』
心底どうでもいいと、そんな声色。
いや、Dちゃんの声から感情は感じられない。
ただその声の先にいるその子が、心底どうでもいいという感情を抱いていることがなんとなく理解出来た。
『暇潰しに意味を求めるなんて野暮でしょう』
娯楽を求めて行う暇潰しと、文字通り究極の暇潰しは少し含まれる意味合いが違う。
彼女が行っているのは後者、私は彼女にとってそういう存在でしかない。
『それとも、あなたは何か求められないと行動しないような人間なんですか?』
否定は出来ないね、元々他人の顔色を見ながら動くタイプの人間だし。
自分から何かをしたいって思うこともあるけど、その先でするのはやっぱり他人の顔色を伺うこと。
それが嫌ってわけじゃない、むしろそれが好きだった。
好きだったけど、紛れもなくそれは自分ではなく他人に動かされている証明。
『あぁ、今は人間ではないんでしたね』
『まだ、人間を自認してるよ』
こっちに転生してから半年くらい……いや、もっと経ってるのかな。
いちいち数えてる暇もなかったけど、私がこの姿になってからそこそこの時間が経っている。
その影響か少しずつ私も馴染んできている、この身体で動くこと、生きることに違和感がなくなってきた。
それでもまだ、私は茉莉花 影を自認している。
アイデンティティというのは大切だ、それ自体が己を保つ楔になるから。
私はまだそれを保持していて、その個性を自分の持つべきものだと受け入れている。
だからさっきから叩きつけられてるDちゃんの言葉であんまりダメージを負ってない。
いや嘘ごめん、やっぱり結構傷付いてる、深刻なダメージではないってだけ。
『Dちゃんは』
でも結局、私はそれを冗談として流せる。
良いことなのかもしれないし、悪いことなのかもしれないけど。
私は、これ以上彼女に壊されることはない。
『蜘蛛子ちゃんで遊んで、楽しい?』
あくまで
『はい、とっても』
『そっか』
彼女は私に無関心だ、彼女は蜘蛛子ちゃんに強い関心を抱いている。
その興味は蜘蛛子ちゃんにとって良い方向に作用してくれるのだろうか?
いいや、違う、それは絶対碌なことにならない。
ならないけど、私にそれを止める術はない。
だから私は蜘蛛子ちゃんを守らないといけないし、その結果としてDちゃんに興味を持たれないといけない。
そうすれば彼女に向く筈の善意が、悪意を少しは私が背負える。
っていう風に考えているこの思考自体盗聴されてるだろうから、全部Dちゃんには筒抜けなんだろうけど。
『一つだけ、聞いてもいいかな』
『ダメと言ったら?』
『断らないよ、Dちゃんは』
『傲慢な発言ですね、あなたは傲慢の支配者ではないでしょう?』
でも絶対に、彼女はこの要望を断らない。
私の知ってるDちゃんは変なところで律儀で、変なところでフェアだから。
その平等精神を持った上で悪い方向に事を進めそうな雰囲気があるけど、今はなりふり構っていられない。
『いいでしょう、質問を許可します』
『
『質問への回答を拒否します』
『それは、ずるいよ』
食い気味に返答してきたDちゃんの言葉を遮るように遺憾の意を唱える。
『どうしてそう勘がいいんですかね、あなたは』
『Dちゃん、分かりやすいから』
『不敬です、そのような発言は控えた方が身のためですよ』
割と彼女は分かりやすい、いや分かりづらいけど。
声に感情が出ず、こうして顔が見えず、言動もふざけているようで裏にあるのは歪んだ善意や悪意ばかり。
なのになんとなく言いたいこと、その真にある感情が分かるからこそ彼女は分かりやすい。
分かりづらいのになんとなく分かる、それはまた一種の分かりやすさなんだと思う。
……っていう風に私に思わせるためにわざとらしくこう振舞っている可能性もあるけど、なんてったって神なんだし。
『ええまあ、影さんの方が分かりやすいですし』
ですよねー。
『一から十まで語ってしまうと面白くありませんが、クイーンタラテクトの上がいるという予想自体は正解です』
さて本題、私の一つの想像だ。
蜘蛛子ちゃんが教えてくれた進化先の中に、パペットタラテクトという魔物は存在しなかった筈。
特殊進化だとしても彼女の進化マップにその存在は表示される、だからパペットタラテクトは蜘蛛子ちゃんでは進化出来ない魔物。
彼女はグレータータラテクトやらアークタラテクトに参加出来る、逆説的にグレーターやアークは“パペットに進化できない”ということになる。
なら、パペットタラテクトって一体なんなんだ?
明らかに人工物である剣を六本携えて、人の身体を模した人形を操り戦う小型のタラテクト。
クイーンタラテクトの眷属として見た時、その姿はあまりにも野生とはかけ離れすぎている。
クイーンにも知性はある、だとしてもクイーンがあんな剣を作ったりするところは想像できない。
クイーンの上に、人の文化を認知し模倣出来る存在がいるように感じた。
クイーンがラスボスなら、そのラスボスを操る裏ボスがいました的な。
『それ以上は己の目で確かめてください』
なんて風に進化する前から考えてたんだけど、やっぱりビンゴだったか。
本当は進化し終えてから蜘蛛子ちゃんに相談するつもりだったんだけど、その前に答えが得られたのはちょっとした収穫かな。
だとすると、うーん、私ももう少し身の振り方というか、立ち回りを考えるべきかもしれない。
『その先であなたは絶望しますか?それとも醜く足掻きますか?』
『足掻くよ、私は』
私は私に出来ることをする、出来ないことはやろうとしない。
それは保身かもしれないし、自分可愛さになんとか無理を避けてるのかも。
けど、結局のところ死んだら全部意味ないし、なにより。
『蜘蛛子ちゃんに、着いていきたいから』
ぶっちゃけ蜘蛛子ちゃんに対しての好感度、前世にいた知り合いの誰よりも高いからなぁ。
いやまあ並ぶ人もいるっちゃいるけど、その人達に対して今の私が出来ることはないし。
そう考えるとやっぱり、今の私が一番尽力するべきは蜘蛛子ちゃんだ。
『付き纏うだけの影に甘んじていては、あなたに変化は訪れませんよ』
そうだね、でも私はそう動くのが性に合ってる。
なんてったって影だからね、
『あなたが蜘蛛さんと同じくらい私を楽しませてくれること、期待しています』
その言葉と共に、私の意識が遠ざかっていく。
いいや、この場合はきっと私の意識は“戻っている”のだろう。
私の身体が目覚めるからこの場から引き離される、これは多分そういう感覚。
……あ、一つだけって言ったけどもう一つ聞きたいことがあるんだった。
『Dちゃん』
言葉は返ってこない、けどお構いなしに続ける。
『私の両親、元気かな』
数秒間が空いた後、やれやれと言った様子で口を開く彼女。
『元気ですよ、肉体的には』
『精神的には、ダメと』