蜘蛛子ちゃん、進化中に自由に動き回れるっぽい。
多分睡眠無効の効果で意識を失わなくなってるからなんだけど、同じスキルを持っている私は意識が残ってても動けなくなる。
これは一体どういうこっちゃと思うけど、まあ動けるに越したことはないので一旦スルー。
動き回れるということは私が防衛する必要もなく、自由気ままに進化を始めた彼女。
で、進化が終わった直後に私から離れていったのは恐らくDちゃんと話しに行ったからかな。
わざわざそんなやり方をせずとも私に勘付かれず話せるだろうに、敢えてこういう形を取る。
嫌がらせなのか、それとも他に理由があるのか。
私の知らないところで蜘蛛子ちゃんと話してますよー、っていう謎のアピールをされてる感じ。
盗聴とかしようにもバレたら碌なことにならなそうなので、大人しく私は一人佇む。
佇みながら、これから先のことについて軽く考えることにしよう。
クイーンタラテクトの上に何らかの存在がいそう、って話は取り敢えず蜘蛛子ちゃんに伝えた。
問題はそれに対してどう対処するか、の部分。
そもそも私達はクイーンに勝てない、その下に位置するパペットがギリギリの範囲だと思う。
そのパペットも不意打ち気味に集団で仕掛けてこられると、逃げることだけで精一杯。
そんなクイーンに、恐らくクイーンより強い上司がいる。
まあ勝てない、クイーンに対する勝ち目が見えてないのに勝てるわけもない。
とはいえクイーンには蜘蛛子ちゃんが遠隔魂攻撃中、実のところ時間をかければいつかは倒せる。
だから逃げ回ることを選択してたわけなんだけど、外にまで追いかけてきたクイーンやら出待ちしてきたパペットやら。
目の前の敵だけ倒してもその上がいるんだから、何も根本的な解決にはならない。
逃げることに特化した蜘蛛子ちゃんと防御能力に特化した私、クイーンに上がいようと一度の撤退は出来るかもしれない。
けど相手も転移を持っていたりしたらそもそもその可能性だって潰えるし、純潔だって一度使えば当然バレて対策される。
身の振り方を考えなければいけない、というかこの先どうするべきかを考えないといけない。
どうやって???
ん、んー、私個人に出来ることっていうのは正直少ない。
そもそも私のスキル、戦法って蜘蛛子ちゃん頼りなことが多くて離れた時は当然弱体化する。
それは蜘蛛子ちゃんも一緒、彼女の方は単独戦もやれるけど私がいないのは単純弱体化ではある。
でもDちゃんの口ぶり的に私が単独で動くことを望まれているというか、その方が“面白い方向”に進みそうというか。
でもそれによって何か起こせる未来が見えない、だって勝てないものは勝てないし。
進化によってステータスがまた大幅に上がった、パペット単体相手なら多分私は耐久が可能。
耐久が出来るってことは嫉妬での耐久戦が出来る、あのサイズ感なら吸収による即死も狙える。
だからまあ、パペット相手ならどうにかなるかもしれない、そのリスクを背負う意味は……
……ぁそっか、私はタラテクト種じゃないのか。
元タラテクト種でクイーンタラテクトとの繋がりが多少ある蜘蛛子ちゃんと違って、私って別に縛りを受けてない。
蜘蛛子ちゃんを殺そうと動いている蜘蛛軍団、彼女に味方をしている私も当然狙われている。
でも多分、あの蜘蛛軍団って私のことを狙って追跡する手段がない。
単独行動するメリットはそこか、軍団が蜘蛛子ちゃんに気を取られているうちに私が別でアクションを起こせるんだ。
『影ちゃーん?』
『ん』
なんとなく行動方針が掴めたところで、Dちゃんとの会話が終わったらしい蜘蛛子ちゃん。
その表情が微妙な感じなのはDちゃんから何か余計なことを言われたか、それともためになる情報を受け取ったせいで逆に気分が悪くなったか。
『蜘蛛子ちゃん、ちょっといい?』
まあとにかく、私のやるべきことを伝える。
『どしたのさ』
必要なことはただ一つ、相手の情報網を混乱させること。
蜘蛛子ちゃんを追い回している蜘蛛の軍隊、それとは別の犠牲者を出すことで相手のヘイトを分散させる。
それと同時に相手の戦力を削っていく、それが狙い。
そのためには、ちょっとは私が個人で頑張らなきゃいけない。
『あのパペット、私が倒そうと思う』
そのためにまずは、あのパペットタラテクトを私が倒す。
***
人族と魔族の戦争、その影響で魔王軍の三人の軍団長が戦死した。
当然その他にも多大なる犠牲が出ている、人族よりは少ない犠牲だが。
戦争の最中突如として現れた神話級の魔物、クイーンタラテクト。
そう、戦死と言える者はまだマシだと言える。
人族魔族問わず、双方の陣営はその魔物によって壊滅的な打撃を受けることになったのだから。
そのクイーンタラテクトを召喚したのは、魔王様だろう。
俺は魔王様にそれを証明された、戦死した第一軍団長のアーグナー殿が魔王様を裏切ったことを伝えられた。
人族との戦争を回避するための算段を記した計画書、エルフとの密輸の利益が書かれた帳簿。
アーグナー殿の遺品を整理している時、俺が見つけたのはそんな物の数々。
そして俺に遺品整理を命じたのは、他でもない魔王様自身だった。
そう、魔王様は最初からアーグナー殿が裏切っていることを知っていたのだ。
戦場に突如として出現したクイーンタラテクトが、偶然アーグナー殿を殺害した。
そういう体で魔王様は裏切り者であるアーグナー殿を始末したのだろう。
それを俺に遠回しに伝えたのは、裏切り者を許すつもりはないという意思表示。
神話級の魔物を従える、その魔物より強いであろう魔王様に逆らう意思をなくすための行動。
その脅しは有効に機能している。
そうだ、俺は彼女に逆らう意思など持てない。
たとえ先の戦争で、弟が戦死していようとも。
魔王様は魔王として就任してから、一度も表舞台で戦っていない。
それが理由で魔王軍に、もしや魔王様は弱いのではないかという噂が流れている。
裏切り者、反逆者が生まれやすいのはこれが原因だ。
そもそも外見は少女のソレ、発するオーラから目を逸らせば確かにそんな印象を抱くのも無理はない。
しかし現実は違う、魔王様が戦いの矢面に立たないのは弱いからではない。
魔王様はあまりに強すぎる、それ故に魔王様が戦争に参加すればそれによって生み出されるのは一方的な虐殺。
魔王様はそれを良しとはしない、魔王様は人族ではなく魔族にも出来る限り大きな被害を受けて欲しいと願っている。
だからこそ魔王様は動かない、その気になれば単騎で人族を滅ぼせるのに、だ。
そんな存在だからこそ分かる、魔王様はその気になれば俺の弟を助けられた、その上で見殺しにした。
「私が憎い?」
そう語りかけてきたのは、会議の終わった部屋に残った一人の少女。
その少女は魔王様の傍らにいる白の少女……の背後に佇む、影様。
魔王様の連れた者の中では一番話が通じる相手であり、こうして俺とコミュニケーションを取ってくれる。
それでいて魔王様と同じように、俺の理解の及ばない力を持つ者。
あの戦場にいた勇者を、いとも容易く瞬殺してみせた存在。
俺の弟を殺した勇者を、いとも容易く瞬殺してみせた存在。
「…………」
戦場に立っていなかった魔王様と違い、彼女は現地からその戦争を見守っていた。
見守っていた、それはつまりいつでも手を出せたということ。
実際に勇者がクイーンタラテクトを倒したのを見るや否や、戦場に降り立ちその場の全てを蹂躙したのだから。
彼女がやる気になればあの場にいた魔族全員を救うことも出来たと、それが分かる、分かってしまう。
しかし見殺しにされたとしても、実際に弟を手にかけたのは勇者である。
憎むわけにはいかない、彼女を憎んだところで弟が助かるわけではないから。
むしろそれによって彼女の機嫌を損ねれば、俺どころか魔族の命運が揺らいでしまうかもしれない。
だから俺は恨まない、憎まない、魔王様を含めた彼女ら全員に忠誠を抱く。
「……貴女は、何故魔王様に従うのですか?」
戦闘では他の軍団長に劣る俺だが、人を見る能力に関しては優れていると自負している。
俺から見た魔王様も、白の少女も、黒の男も、総じて理解の及ばない存在だ。
目の前の影の少女だって例外ではない、俺はこのお方を理解することは出来ないのだろう。
それでも性格の違い、考え方の違いは分かる、彼女と魔王様の性質は合っているようには感じられない。
何故そんな彼女が、魔王様に従っているのか?
「別に、従ってない」
魔王様と影様のどちらが強いのか、正直俺には分からないが。
魔王様が神話級の魔物を従えるように、その神話級の魔物を打ち倒した勇者を影様は瞬殺した。
その力量があれば、対立することは出来なくとも魔王様にわざわざ従う必要はないように感じる。
そんな理由で投げかけた問いは、あっけらかんとした様子で否定された。
「恩はあるけど、それくらいかな」
では何故、彼女は魔王様と同じ道を見ているのか?
そこにはきっと俺には分からない考えが、思い描く未来があるのだろう。
しかしその未来に魔族の安寧はない、魔王様達の考える先には魔族の居場所はない。
だから俺は折れてはいけない、彼女達に忠誠を誓いながら、魔族を守らないといけない。
「バルトくん」
彼女が動いたのを、俺は認識出来なかった。
消えたと感じた時にはもう遅く、離れた位置にいた筈の少女は俺の眼前に迫っている。
気に触ることを言ってしまったかもしれないと、いや、俺は彼女に対しては若干礼儀を欠いていた節がある。
その動きに死を覚悟した直後、俺の口に何かが突っ込まれた。
……これは、乾燥させたクリクタの実か?
放心して目を見開く俺を見て溜息を溢すと、再び元いた椅子へと戻り座る彼女。
バツの悪そうな表情を一瞬浮かべた後、自分でもそのクリクタの実を食べながら一言。
「弟くんは、誇り高かったよ」
その言葉は、人の死を思う言葉としてはあまりにも軽く放たれた。
彼女が俺の弟を、ブロウ個人のことは特に気にしていないことがその様子から分かる。
しかしそこには同情があった、少なくとも人の命を嗤っているわけではないということが分かった。
だからこそやりようがない、彼女も俺と同じ心を持ちながら“その価値観が違う”ということを突き付けられるから。
魔族という存在をどうでもいいと嗤っている魔王様と同じように、彼女も人の命を悪平等に見ている。
そこに好感度の違いはあれど本質は似ているのだろう、それが同じ道を見る証明となっている。
俺の弟は、ブロウは死んだ。
見殺しにされ勇者に殺された、しかしその死に様は誇り高かったと彼女は言う。
「……そう、ですか……」
それでも、それでも生きて欲しかったと思うのは。
俺の身勝手な、自分勝手な願望なんだろうか。
「アリエルちゃんの方が、よっぽど優しいと思うけどなぁ」
「それが身内以外に伝わるわけないじゃない……」
「たしかに」