影ですが、なにか? 作:邪神ですが。
睡眠が必要ない私は蜘蛛子ちゃんが寝ている間も私は行動を続けられる、今回は索敵が主な行動。
今いるのは地上から100メートルくらい、高所にある壁に使った蜘蛛子ちゃん謹製のマイホーム。
私も彼女も壁を登れるから、外敵の侵入を防ぐという意味では合理的な位置に作った基地だと言える。
安心して休息が取れる場所があるっていうのは心の安らぎになるもので、隣で気持ち良さそうに寝ている蜘蛛子ちゃんの横で私も束の間の安らぎを謳歌していた。
だからって気を抜いてたわけじゃないと思う、これに関しては本当。
結果的に
けど多分、もはやそういう話ではなかったんだと思う。
『蜘蛛子ちゃん!!起きて!!』
熟睡体制に入っていた彼女を叩き起こし、急いで巣の真下を確認させる。
蜘蛛糸で作った巣が岩ばかりの迷宮内で目立つことは分かっていた、だから岩を運んでカットして、貼り付けて。
遠目に見る分には出っ張った岩場にしか見えないようにカモフラージュした、筈だった。
《アノグラッチ LV6 ステータスの鑑定に失敗しました》
《アノグラッチ LV3 ステータスの鑑定に失敗しました》
《アノグラッチ LV8 ステータスの鑑定に失敗しました》
《アノグラッチ LV5 ステータスの鑑定に失敗しました》
其れは、群れ。
蜂と同じ、明確な意思を持って統率された猿の群れ。
ざっと数えて五十匹以上はいるその群れが、明確な敵意を持ってこの巣を認識している。
カモフラージュされているにも関わらず、気配を出していないにも関わらず。
あちらが行動を起こす前に気付けたのが唯一の救いだった、跳ね起きた蜘蛛子ちゃんが迎撃の姿勢を取っている。
何故こちらを認識している?何故二人ぼっちの私達にこんな群れで襲いかかってくる?
その行動に一体、何の得があるっていうんだ。
……まあ、
その垂直な壁を登らんとする猿の群れが私達に襲いかかってくるのは、きっと復讐だ。
言い方を変えるなら、そういう種族特性を持っているからなんだろう。
あの時猿を殺したから、その加害者である私達を殺しに来たと。
私達襲われた側な筈なんだけどな、先に手を出したのは猿側だった気がするんだけどな。
あの数の魔物相手に防衛戦……いや、逃げる方が得策、だけど……
蜘蛛子ちゃんと違って私は速度のステータスがそこまで高いわけじゃない、あの猿達より遅い可能性だって高い。
壁を走れる分有利ではあるけど、それを許してくれるような相手でもない。
だって石投げてきてるし、石、これだけ高い場所にある巣に石が届いちゃってるし。
『石は、私が受ける』
私はともかく、蜘蛛子ちゃんはただの石ですらダメージが大きい。
それ以上に、こうでもしないと中距離以降の迎撃手段が乏しい私は何も出来ない。
邪魔になるのは嫌だ、荷物になるのだって嫌だ。
壁に蜘蛛糸を貼り付けて猿の動きを妨害する蜘蛛子ちゃん、その身体に当たらないように石を弾く。
受け止めて投げ返す、みたいなことが出来ればいいんだけどそこまで私の集中力が……
レベルが1つ上がったところでそう易々と出来るようになるものではないと思う!!
恐らくスキルの効果で毒を錬成して猿にぶつけていく蜘蛛子ちゃん、私に出来ることは石を弾くことだけ。
近距離戦闘になれば私の出番……と言いたいところだが、正直真正面からの一対一ですら私はあの猿に負けるだろう。
その猿が五十匹、いや、ぞろぞろと増援が増えているのが見える。
どうすればいい、私は、何をすればいい?
《アノグラッチ LV5 ステータスの鑑定に失敗しました》
《アノグラッチ LV4 ステータスの鑑定に失敗しました》
恐らくあの毒は無限に出せる資源ではない、HPはないと思うけど、MPなりSPを使うスキルであることは確実。
なら絶対に蜘蛛子ちゃんはどこかでバテる、バテた時にフォローをするのが私の役目。
けど力不足、私にあの猿を蹴散らせるような力はない。
だからといって今、蜘蛛子ちゃんの迎撃を手伝えるような方法も持っていない。
いっそ囮になる?いや、私が瞬殺された後に蜘蛛子ちゃんが狙われて終わり。
そもそも私だって死にたくない、いくら何でも正気のまま誰かのために命を捨てられるほど私に度胸はない。
それでも、足手纏いになるようなことは一番嫌だ。
もう一度言おう、私は壁を走ることが出来る。
なら当然、垂直な壁に立ち続けることだってお茶の子さいさい。
私は巣から降りて、巣の真下の壁に垂直に立っていた。
『近寄ってきた猿は、私が』
巣に乗り込まれてからじゃ遅い、そこまで来たら猿も使える足場があるんだから。
狙うなら登ってきてる最中、体勢が不安定なうちを狩るしかない。
石が飛んでこようがどうでもいい、私の防御力とHPなら最低限のダメージに抑えられるから。
『毒、尽きたら合図して』
垂直な壁、その上蜘蛛糸による妨害がオマケに付いた戦場。
わざわざその場を動く必要がない私と違って、猿は壁を登らないといけない。
蜘蛛糸の効果をモロに受ける猿と、動かないんだから受けることがない私。
蜘蛛子ちゃんの支援もあって地の利は私が得てる、油断しなければどうにか出来る。
近寄ってきた猿の顔面に右爪を刺す、倒せないけど落ちてくれたからこれでいい。
その猿を踏み台に登ってきた猿の右腕が振り下ろされる、が、私はまだやれる。
先頭の猿をそうやって小突き続ければ、後続の猿も落ちてきた仲間に押される形で進行が遅れる。
たまにそれを踏み台にしてくる個体がいるけど、数が多いわけではないから必要経費として割り切る。
下の方の猿は蜘蛛子ちゃんの作った投網的なもので拘束されていて、中々動けないようだ。
結果的に上まで登ってくる個体も少なくなって、私の負担も減る。
けれど減らない、猿の数は減らない、どれだけ落としても拘束しても。
一向に、猿の数は減る気配がない。
減らせば減らすほど湧いて出てくるし、落とせば落とすほど湧いて出てくる。
人間より統率が取れてるんじゃないかってほどに増えていく猿の集団は少なく見積もっても最初の倍の数はいる。
蜘蛛子ちゃんの毒を見て、私はMPかSPを使ってるんじゃないかと予想した。
それをMPと仮定しておく、SPならあんなにばら撒けないと思うから。
そう、SPが足りなくなってくる。
現実の世界の空腹度とはまた違って、この世界だと動けば動くほど赤色のSPが減っていく。
戦闘中だと特に減りが酷い、一回の戦闘だとどうにでもなるがこうも続くと心許ない。
だからと言ってこんな戦場の中で猿を捕食するのも難しい、そもそもさっきから叩き落としてるんだから食料用の猿を回収出来ない。
これは消耗戦である、猿が諦めるか私達が尽きるかの。
上で蜘蛛子ちゃんが猿を食べてるような気がするけど気のせいってことにする、うん、気のせい。
レベルアップと同時に身体の痛みが引いていくのを感じる。
上がったのは回避と影魔法、そして恐怖耐性。
そうだね、怖いよ、私はずっと怖がってる。
感覚が麻痺してるわけじゃない、命が懸かった争いに恐怖を感じないわけがないんだから。
ずっと怖いよ、ずっと、ずっとずっと怖いけど、時には死ぬより嫌なことだってある。
地龍は凄かった、私の理解の及ぶような相手じゃないんだなって思った。
怖かったけど、それでも私の身体は動いた。
今だってそう、こんな数の魔物が命を狙って襲いかかってきている。
今だって怖いけど、それでも私の身体は動いている。
だから私はまだやれる、まだまだ粘れる。
先頭の猿達を追い払い続けると、いつしか傷を負った猿が“飛び降りるようになった”。
後続の猿達の邪魔をしないために、私に突き落とされる前に壁から離れて。
鈍い音がして地面に叩きつけられた猿が、見るに耐えない姿になっているのが視界に映った。
狂っている、合理的だけど、それを実行に移せるのが狂っている。
あそこまでする魔物が私達を殺すことを諦めるか?
否、諦めない、諦めるのならとっくに争いは終わっている筈。
これは猿が全滅するか、私達が死ぬかの消耗戦だったわけだ。
申し訳程度の能力確認に使っていた鑑定のレベルが上がった、これでスキルを確認出来るようになる。
とはいえ猿を捌きながら注視して確認するなんて出来るわけもなく、流し見程度に情報を確認しながらの戦闘。
スキル一覧に苦痛軽減の文字が見えたような気がした、軽減されてるような気がしない。
スキル一覧にHP自動回復の文字が見えたような気がした、回復しているような気がしない。
とにかく落とす、突き刺す、増えてきた投石が鬱陶しい。
私の処理ペースが落ちているわけではない、蜘蛛子ちゃんも引き続き糸を撒いている。
なのにラインが押されている、猿の勢いに対して私達の迎撃が間に合っていない。
それでもお互い致命傷は受けてないんだから、状況に対してはまだマシなのかもしれないが。
とか、自分の無事に気を取られて油断してたからかもしれない。
私の迎撃は真正面、最前線の猿を叩き落とす形。
『蜘蛛子ちゃん!!』
他人の心配をしている場合ではない、一瞬だとしても気を取られたなら最前線の猿が殺到してくる。
一撃で倒されるなんてことはない、それでも無視出来ないダメージが私のHPを減らす。
上の様子が気になるけど気にしてる余裕もなければ、私が今から上へと戻る猶予もない。
とにかく目の前の猿を落として、落として、壁に貼り付いていた蜘蛛糸が剥がれて……剥がれて?
『これ、落ちる?』
掴まっていた蜘蛛糸が壁から剥がれ落ちたことで一斉に床へ落ちていく猿の大軍。
当然その壁を支えにしていた私も落ちかけた、その前に上から伸びてきた蜘蛛糸が身体を掴んでくれたことで体制を立て直す。
どう考えても蜘蛛子ちゃんの対応、時間の余裕が出来たので巣へと戻れば数匹の猿の死体に囲まれている彼女。
ひとまずお互いの無事は確認出来た、しかし猿が全滅したわけではない。
また壁に糸を貼り付け始める蜘蛛子ちゃんの隣で、私は群れの中に存在してはいけないものを見た。
それは鰐のような口を持つ、猿の亜種のような存在。
いいや、きっと猿が、アノグラッチが進化するとあの個体になるんだろう。
奇形の巨猿、この下層で見かける機会のあった魔物。
見かけた上で、勝てないだろうとすぐに二人で離れた魔物。
《バグラグラッチ LV3 ステータスの鑑定に失敗しました》
《バグラグラッチ LV4 ステータスの鑑定に失敗しました》
《バグラグラッチ LV6 ステータスの鑑定に失敗しました》
私達はこれから、その魔物を三匹相手取らなければいけない。