巨猿が来てからも私達がすることは変わらなかった。
私が蜘蛛糸をばら撒いて猿の動きを阻害しつつ、影ちゃんが近寄ってきた猿を叩き落とす。
問題は猿達も学び始めてるってこと、糸の性質を理解した猿は己の命を“使う”ことに躊躇いがなくなっていた。
自らが糸に張り付き踏み台になる猿もいれば、糸に絡まった瞬間迷わず身を投げる猿だっている。
増援は止まっていた、減り続ける猿は犠牲を重ねそれでも私達を殺さんとその壁を登り続ける。
順調って言いたい、このままいけば猿は全滅する筈だから。
でもそうは言えないんだよ、だってまだ問題の三匹が動いてないんだから。
あの巨猿達を警戒しながらさっきと同じことをしなければいけない、っていう事実がさっき以上に私の精神をすり減らしていた。
ステータス的には私は普通の猿にも劣る、それは影ちゃんも同じようなこと。
だから巨猿から意識を逸らせない、アレが動いた瞬間この陣形は崩壊する。
———最初に動いたのは、一番レベルの低い巨猿だった。
くるりと背を向けると、私達の巣から遠ざかっていく。
そのまま立ち去ってくれる……なんてことがあるわけもなくて、巨猿はこっちに振り向くと一直線に走り出して……
……まさか!?
『ボス猿!!行った!!』
そのまさか、巨猿は私が作った糸の道を。
そしてその道中にいる影ちゃんを飛び越えて、
焦りはしたが迎撃の用意は間に合っている、空中で機動制御の出来ない巨猿は私の投げた投網に引っ掛かる。
障害物に当たったことで軌道がズレた巨猿は鈍い音と共に私の真下の壁に激突する。
それで倒れるような相手でもない、すぐに絡まった糸を解かんと暴れ出すソレに私は蜘蛛毒を……
『もう一匹!!』
目を離している暇はなかった、真下を覗くと二匹目の巨猿に襲いかかられている影ちゃんの姿。
恐らく猿と同じルートで壁を登ってきたソレは、その右腕を振り下ろして影ちゃんの息の根を止め……
……られることはない、その前に私の投げた糸によって拘束される。
そうして一段落ついたところで最初に拘束した巨猿の口に蜘蛛毒を投げ込んで、ようやく一匹の巨猿を倒し切る。
二匹目も行動不能になっていることを考えると実質倒したのは二匹、警戒するのはあと一匹。
『違う!!蜘蛛子ちゃん!!』
そうだ、巨猿は三匹いる。
最初に襲いかかってきたのは一番レベルの低い個体、影ちゃんを襲っていたのは恐らく二番目の個体。
無意識だったのか、そう思わされるように動かれていたのか。
なんとなくそれらの猿は、私達に対して順番に襲いかかってくるものだと思っていたんだ。
だから、いつの間にか定位置を離れていた最後の巨猿に気付かなかった。
『
それは私のすぐ傍に、振り向いた私の目前に。
私に向かって開いたその大口を今まさに閉じようと、手遅れの距離まで迫っている。
避けられる?いや、迷った時点でもう避けられない。
この足場はトラップになっている、巨猿が私を殺せば同時にこの巨猿も拘束されるだろう。
でも私は死ぬ、それで終わり。
これを受けて私の身体が耐えられる道理もなく、二度と目覚めることはないだろう。
だから選択したのは回避じゃなくて、迎撃。
私目掛けて開かれているその大口に蜘蛛毒を、私の鍛え上げたこの毒を。
でも間に合わない、毒を投げ込むよりも相手が口を閉じる速度の方が早い。
共倒れでは意味がないのに、この現状を打開出来るだけのスキルもステータスも私にはなかった。
聞こえたのは、巨猿が貧弱な蜘蛛を噛み砕く音。
———ではなく、硬い何かがその牙を受け止める音。
巣の下にいた筈の影ちゃんが、そこで巨猿の牙を受け止めていた。
目線を逸らしたなんてことがあるわけもない、直前まで影ちゃんはそこにいなかった筈。
けれど確かにその爪は巨猿の牙を受け止めていて、私の身体は傷一つなく無事だった。
その開かれたままの大口に準備しておいた蜘蛛毒を投げ入れれば、一撃とは言わずとももがき苦しみ始めるその巨猿。
そうなった相手に苦戦するようなことはなく、影ちゃんがその首に牙を突き立てるとそれはじきに動かなくなった。
疑問に疑問が重なって疑問ばっかりの私の考えは視線にも現れていたようで、その瞳に気付いた影ちゃんが困ったような表情を見せた。
が、すぐに巣の下を覗き込むとまだ残った猿を捉えながら再び定位置へ戻っていく。
ボス格だった巨猿を失った猿達が私達の手によって全滅させられるまで、さほど時間はかからなかった。
***
群れの最後の猿が私の目の前で糸に捕らわれ、動けなくなった。
周囲を見渡しても猿の姿は見えない、見えるのは拘束されて身動きが取れなくなった猿と、ぐちゃぐちゃになった猿の死骸くらい。
もはやこの場に自由に動ける猿は残っていなかった。
援軍は来ない、それらしき気配も感じない。
私達はようやく、全ての猿を行動不能に陥れた。
行動不能にしただけで殺し切ったわけではないんだけど。
MPもSPもカッツカツ、HPは余裕があるけど何を貰っても死にかける私からしてみればフルだろうがギリだろうが正直あんまり変わらなかった。
マイホームから降りて、巣の下にいる影ちゃんと合流して、拘束された猿達の息の根を止めていく。
最初に巨猿を仕留めた後、数えるのも億劫になる量の猿達を丁寧に丁寧に殺していく。
万が一生き残って他の群れを引き連れてきたら敵わない、絶対に生きて帰さないという強い意志を持って確実に。
動けなくなった猿達はせめてもの抵抗と言わんばかりに近付いた私達へ威嚇してきたけど、それで怯むような段階はもう過ぎている。
それは影ちゃんも同様なようで、怯えの混じったような瞳でこちらを見つめる猿達にトドメを刺し、食べ、またトドメを刺す。
その途中でなんか物騒な称号を貰ったりしたけど、まあ気にしない。
それはそれとして外道扱いされるのはなんかなー、私そんなに外道じゃないんだけどなー?
遺憾の意だよ、まことに遺憾でーす。
あとまあ〈魔物の殺戮者〉なる称号を貰ったり、レベルが10に上がったり。
それによって念願の、二度目の進化も出来るようになった。
ハッピーだねハッピー、さっきまであまりにもアンハッピーすぎたけど。
まあひとまずこれも後回し、猿を殺し切るのが最優先。
そんな中でふと一つ気になったことがあって、影ちゃんの背中をつついて質問してみる。
触れた時過剰なくらいビクッて肩が跳ねてて面白かった、ごめんて。
『どうやって庇ったのか、って?』
あの時間違いなく巨猿は私の眼前まで迫っていて、そこから影ちゃんが移動しても間に合う距離じゃなかった。
だってそもそも影ちゃんって私より速度が低いわけで、私が避けられない攻撃に影ちゃんが割り込める筈がない。
そう思って聞いてみたら“鑑定してみて”なんて言うので、影ちゃんのステータスを再び鑑定してみる。
変わったことと言えば影ちゃんのレベルも10になってることとか、鑑定さんのレベルが上がったことで影ちゃんのスキルが見れるようになってることとか。
そう、スキルが見れるようになっている。
HP自動回復とか集中とか回避とか、私も持っているようなスキルが沢山。
あと例の〈n%I=W〉なる謎スキル、影ちゃんのそれも鑑定不能。
でその一つ前、謎スキルさんの前にこれまた私の見たことがないスキルが存在する。
多分これが私における〈韋駄天〉の枠、影ちゃんの持つ転生特典。
《潜影:対象の影に潜ることが出来る。その間、自身と対象の状態を一部共有する》
『さっき、存在に気付いた』
影ちゃんはこのスキルの効果で私の影まで移動して、その影から飛び出すことで攻撃を防いだんだそう。
どうやら影から影への移動、この“対象”っていう存在の影には短距離ならいつでも移動出来るらしい。
一か八かで試したところ上手くいったと、困ったような笑みを……
いや正直表情はわからないんだけど、なんかそんな感じの雰囲気で話してきた。
……あんまり言うべきじゃないんだろうけど、さ。
うん、なんか、ちょっと適当すぎない……?
いや蜘蛛に転生した私もだいぶ適当だと思うけど!私の方はそもそも蜘蛛となんの繋がりもないし!
魔物転生なんて自分がなっても嬉しい筈がないだろうがー!!
こほん。
そんなことが考えられる程度には私の心には余裕が出てきていた。
猿を仕留め終わった、それと同時に全身から力が抜ける。
勝った。
今度こそ勝った、本当に戦いが終わった。
ここにいる生命は、私と影ちゃんの二人だけ。
……ふふ、ふふふ、ふはははは!!
生き残った!!生き残ってやったぜヒャッホウ!!
私は生きてる!!まだ生きてるぞざまあみろ!!
地龍にぶっ飛ばされた時はどうなることかと思ったし、何よりも怖かったし。
それに、胸の奥底に悔しさがあった。
逃げて逃げて逃げ続けて、怖くて怖くて、悔しくて悔しくて悔しくて。
誇りなんて残っていない私は、今日の今日まで逃げ続けてきた。
でも逃げなかった、私は今戦い抜いてここにいる。
逃げなかった、逃げずに強敵に勝利した。
嬉しい、今なら何が来ても勝てそうな気さえしてくる。
仲間だっているんだよ?あのボッチゲームプレイヤーの私に仲間がいるんだよ?
ふはは!!魔王でも勇者でもかかってこい!!
今の私は何にだって負けないぞ!!
あ、でも地龍だけは本当にやめてください。
いえーい!!影ちゃんハイターッチ!!
『いぇーい?』
改めてもう一度、その喜びを噛み締める。
勝った、私達は生き延びたんだ。
匿名を外しました、改めてよろしくお願いします。