魔法少女なのに機動戦士   作:ヒゲホモ男爵

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1:目が覚めたら

 

 

 

 俺は逃げている。

 

 ハンドルを握って、足をぴんと伸ばしてペダルを踏みつけて、とっくにいつも通りの帰り道を踏み外して突き抜けて、逃げている。

 日曜、休日残業の帰りに。

 

 6月上旬。時期柄に日が長く、定時でも夕焼け前の明るかった空が前触れもなく暗くなった。

 周りの車も人も全部消えて、スマホから流していた動画も消えて、ずーっと青信号の夜道が突然現れた。

 何秒かは何が起こったのか分からなくて、今もわかってないけど、さっきまで赤だった信号の前でブレーキペダルを踏んだままだった。バックミラーに怪物の顔が映り込むまでは。

 

 鳥肌と、汗。

 それから頭を劈(つんざ)く悲鳴のような悪寒。

 全部に突き飛ばされて俺はアクセルペダルを踏み抜いた、のが数分前。

 今日俺は、なんだかんだ3年の付き合いになる車が悲鳴をあげながら急発進する音を初めて聞いた。メーターの針が右に突き抜けるのを初めて見た。ほんの小さな段差でハンドルが弾ける感覚を、それを押さえ込んでまっすぐ走る難しさを初めて体感した。

 死から逃げる焦燥感を、初めて感じた。

 

「──クソッ!もうガゾリンが…ッ!」

 

 給料日前だからと、給油を先延ばしにしていたツケがすぐそこまで来ていた。

 初めて乱暴な運転をしているから、180近い速度で走る車の燃料消費ペースなんて肌感は掴めていない、けれどガソリンが目に見えて異様な減り方をしていた。瞬きをすれば次の瞬間には半メモリが消えている。

 なのにフロントガラス越しに見える先の景色がいつまで経っても変わらない。

 ずっと同じところを走っているのか?

 

 そう思った瞬間(とき)には衝撃が来ていた。

 体が前に押し出される感覚。

 シートベルトに押し戻される感覚。

 さっきまでそこにあった"前に進む力"がごっそり抜け落ちた、急停止の感覚だった。

 

「あぐッ!!?」

『プリクラッシュセーフティ機能が作動しました』

 

 頭をハンドルに酷く打ち付けた。

 間の抜けたクラクションが一度、鳴った。

 なのに頭をあげた時、車の前方にあるべきはずの"何かにぶつかった形跡"は無かった。

 メーターが示す速度は0km/h、ガソリンは全て無くなっていた。ほんの少し前まで半メモリはあったはずなのに。

 

「は……ぁ……?」

 

 あまりに理不尽、あまりに不可解、あまりに不愉快。

 エンジンが停止した。

 俺の車はハイブリッドなのにだ、100を超えた速度で走っている間に発電した電力がバッテリーに残っているはずなのに、電飾の一切が消えた。

 

 そして、またバックミラーに怪物の顔が見えた。

 俺は車を出て走り出した。

 そしてすぐ捕まった。

 

 正確に表現するなら、上から押さえつけられた。頬や腕にめり込むコンクリートの痛みが現実そのものなのに、変わらず周りは真っ暗闇で静かすぎるままで。

 俺の顔の前には、怪物の顔があった。

 怪物(そいつ)は夜に溶けるような黒い体色で、創作の竜みたいに鱗だらけで、肥大化した両腕と比較的小さな両足で、孔の空いた胴体と、彫りのない白面をつけた頭を支えていた。

 シルエットだけでいえば、ゴリラが近い。

 でも俺は乗用車の10倍はある背のゴリラは知らない。

 白面の下に穴だけの両目とヤツメウナギみたいな口を持つ生き物も知らない。

 

 そんな怪物が俺を摘んで頭の上まで持ち上げて、俺の足の下で大口を開けた。

 どうやら俺を食べるつもりらしかった。

 俺はコイツに食べられるから、20年近くの人生を終わりにしなきゃならないらしい。車のローンもあるし、仕事もあるし、彼女だっているのに。

 

「……わけ、わかんねぇ」

 

 ──浮遊感。

 それから痛みは一瞬だった。

 

 怪物は俺の体を下半身まで口に入れたあと、歯を閉じた。ぶつ切りにされた上半身が落っこちて。

 そこで終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございますだポン」

 

 

 

 

 ……俺は、自分の部屋にいた。

 

 部屋は明るかった。

 ベッドに仰向けに寝ていたから、その明るさが照明ではなく窓から入ってきている外の光だとすぐに分かった。

 夕焼けよりも、ずっと明るい時間だ。

 

「──ッ!」

 

 飛び起きた。

 右手はいつも俺がスマホをおく定位置に走って、いつも通りにそこにあったスマホを掴んだ。

 左手は下半身の無事を確かめた。

 

 結論から言えば、さっきまで点きもしなかったスマホの画面は電源ボタンを一度押すだけで普段通りに点いた。そこにはやはり定時よりもずっと早い、朝6時を示す時計と、明(・)日(・)の日付が表示されていた。

 さっき怪物に食いちぎられたはずの下半身は、そこにあった。けれど、下半身も、それどころか左手も、ず(・)っ(・)と(・)小(・)さ(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「──なん…だ、これ……!?」

 

 異様に小さく、高い声。

 咄嗟に右手がスマホから離れて喉に触れる、そこにはあるはずの硬さ(喉仏)がない。

 ひとつに気付けば違和感というものには芋づる式に気づいていける。ベッドから上半身を起こしているのにいつもより低い視点、いつもより広く感じるベッド、ヒラヒラに感じる寝間着、視界の端に映る女児物の下着。

 

「……!?……!?」

 

 俺はベッドから飛び出して洗面台に向かった。

 途中で勢いがつきすぎてリビングのテーブルに膝をぶつけた。いつもなら脛が当たる高さなのに。

 テーブルから小さな髪留めが落ちるのが見えた、が、考えている余裕などなくてそのまま走った。

 よく知る間取り、よく知る家具、よく知る我が家。

 知らない小物、女児物に置き換わった脱ぎ捨ての服、知らない広さ、知らない我が家。

 

 その全部を一旦走り抜けて、洗面台。

 鏡の前に据(・)え(・)置(・)か(・)れ(・)た(・)踏み台に飛び乗って──そこに映ったのは少女だった。

 

 

 腰までかかった茶色の髪。

 生きている温かみのある肌の色。

 黒に少し茶色を含む瞳。

 華奢で、白く、若い……子供の体。

 見た目よりも大人びた、透けの寝間着を身にまとった小学生くらいの女の子が、鏡の中にいた。

 

「なんの冗談だ、さっきから……」

 

 まだ悪夢が終わっていないのかと考えた。

 そうでないなら、さっき怪物に食べられたところまでが悪夢で、今見ているこれはタチの悪い幻覚か、そうでなくとも冗談としか

 

「冗談じゃないポンよ」

 

 リビングの方から声がした。

 悪夢から覚めた直後に聞こえた声と同じ、小学生男児のような拙い、妙な語尾の声。

 それが俺の声に反応してみせた。

 俺は振り返りざま、洗面台に置かれていた子(・)供(・)サ(・)イ(・)ズ(・)の(・)ハサミを引き抜いて突き出すように構えた。

 今のさっきで死ぬ体験までして警戒心が際限なく高まっていたからだ。けど俺がハサミを向けた先には、拍子抜けするほど可愛らしい見た目の生き物がいた。

 

「…幻覚の次は幻聴、んでまた幻覚か」

「どっちも違うポン」

 

 リビングのテーブルの上で鎮座する白い小型の狐のような生き物が、はっきりと俺の言葉に言葉を返した。

 口が動いている、瞬きをしている、影がある。

 悪夢を見て起きたばかりの俺の頭は嫌な意味で冴えている、目の前のソレが現実だと一考できるだけの材料が見て取れた。が、幻覚幻聴は総じて見ている本人に都合がいいように見えるものだ。

 だから信じない。

 俺はソレを無視して散らかった部屋の片付けを始めることにした。女児服どころか下着まで落ちている部屋を無視し続けるにも無理があったし、なにより枕元からなくなっていた仕事用の携帯を探すために。

 

「どうかしたポン?」

 

 無視して、足元の服…ワンピース?を拾う。

 妙な生き物がテーブルから降りて、俺の足元でくるくる回り始めた。邪魔だったから摘んで適当に投げた、重かった。

 

「あぁ、片付けをするポン?手伝うポン」

 

 そいつは投げられておいて全く気にする様子が無いどころか、散らばった衣服を一箇所に集め始めた。

 ぴょこぴょこと跳ねるように部屋中を駆けては服を口先ではんで、テーブルの上に重ねていく。それも上着、ズボン、下着とで分別までして。

 

 俺はズボンの山をひったくって、寝室のカラーボックスにまとめて突っ込んだ。

 似たりよったりなジーンズばかりだったはずのそこには、小学生サイズのスカートだのが詰まっていた。

 それから上着も、下着も。

 全て中身が女児物に置き換わっていた。

 

「ちゃんと畳んでいれないとシワになるポンよ」

 

 言葉が出なくなっていた俺に、後ろからそいつが声をかけてきた。てめぇは俺の母さんか。

 

「いつまでも寝間着でいたら遅刻するポン、そこのクローゼットに外着が入ってるから着替えるポン」

「……はぁ??」

「なんだ、ちゃんと聞こえてるポンね」

 

 努めて無視していたのに、そいつがあまりに意味不明な事を言うものだから返してしまった。

『遅刻』『外着』『クローゼット』『着替える』??

 何に遅刻するっていうんだ、仕事か?仕事のことを考えられる状態だと思っているのか?

 外着?俺は工場勤務だ、制服もとい作業着は工場のロッカーの中、外着なんてスーツじゃあるまいし指定はない。いつも仕事前に着替える時はカラーボックスから適当に服を引き抜いてきた。

 だいいち、そいつが指した方にあったクローゼットに見(・)覚(・)え(・)が(・)な(・)い(・)。こんなもの俺は知らない。

 なぜこんなものがある?

 なぜコイツが知っている?

 まるで習慣を見て知っていたような言い草で。

 

 

 俺は今一度自分の家を、自分の周りを見直した。

 基本的には俺の知っているままの家だった。

 内装もなにも男物、極端に変化しているところはクローゼットを除いて見当たらない…ように見える。

 ベッドの大きさもそのまま、リビングのテーブルの高さも座椅子の大きさもテレビもそのまま。

 

 だが、変化があった。

 異変と言ってもいい。

 

 さっき膝をぶつけた拍子に落ちた髪留め。

 テーブルの上に置かれた、持ち手の塗装が少し剥がれた、使い込まれた手鏡。

 テレビの前に飾られた玉サボテン。

 座椅子の座面に動物柄のクッション。

 ベッドの枕元に、赤ぶちのメガネ。

 

 見えている範囲では足りなかった。

 見えていない範囲の変化が怖くなった。

 焦りと恐怖が俺を突き動かした。

 

 キッチンでは、調理器具のサイズが全て子供サイズになっていた。包丁も握りやすい大きさのものに。

 洗面台には化粧水・乳液の類が増えていた。歯ブラシは新品に、歯磨き粉はいちご味に。

 風呂場には目新しいシャンプーハットが増えていた。洗髪剤やボディソープはそのままだった。

 一番変化が大きく、何もかもが変わっていたのは玄関…靴箱だった。俺の靴が全部なくなっていた。代わりにあったのは女児サイズのスニーカーと、新品のローファーだけ。

 

 

「どういう冗談だ、これは!」

 

 寝室に戻った俺は、白い生き物に掴みかかった。

 自分のものではない小さな手がその首根っこを掴んで、締めあげた。それでも指は全く沈んでいかない、俺の怒りに握力が全く足りていない。

 

「だから冗談じゃないってさっき言ったポン」

 

 そいつは狼狽(うろた)えることもせず、まったく動揺する様子もなく、むしろため息混じりに俺の手からすり抜けた。

 それから最初と同じ、リビングのテーブルの上に降り立って、腰を落として俺をまっすぐに見てきた。光の無い目だった。

 

 

「冗談でも幻覚でも幻聴でもない、これが現実、これが今の君だポン。東(あずま)良太郎(りょうたろう)くん」

「俺の名前を──」

「君の名前を知っているのは今やボクだけ、君の過去を知っているのはボクだけ、君が男だった事を知っているのはボクだけだポン」

 

 得体の知れないものだ。

 俺がこうなっているのはコイツのせいだと、理解した。

 

「君は死んだ。昨日の夕方、魔獣が展開したフィールドに囚われ、逃走を試みるも失敗、下半身を食べられて死亡したポン。そこでボクが君の上半身と車を回収して生き返らせたポン、上半身だけで元通りのサイズに生き返らせる事は難しかったから、車をコストに補って魔法少女として生き返らせたんだポン。ただ生き返らせるだけだと世界との齟齬が多いから、辻褄を合わせるために改変してエネルギーを沢山消費したポン、だから君の今の体は小さな女の子になったんだポン。年齢も辻褄を合わせる都合で君は元よりもずっと遅くに産まれたことになったポン、君が一人息子だったご両親はその時間で余裕ができて結果的に成功して、今や超上場企業の社長副社長ポン。遅咲きに産まれた君のことを溺愛に溺愛してるからお金には困らないポンね。それから君は今日から中学校の新入生だポン、早く支度しないと入学式に遅刻しちゃうポンよ。用意はボクがそこのクローゼットにまとめておいたから──」

 

「──ま、まてまて、まてまてまて!」

 

 動画の2倍再生より早い速度でまくし立てられた。

 情報量が多すぎる。

 死んで、生き返った、女児の体で。この時点でもう理解が追いつかん。しかも、なんだ?魔法少女って言ったか?車で補った?じゃあ俺の車は?ローンも消えたんだろうな?世界との辻褄合わせで改変した?家のそこらで起きてる変化はそれが理由?

 それから、ずっと遅く生まれたことになって?両親が……生き、て……?

 

「……生きてるのか、父さんと母さんが」

「生きてるポン」

 

 俺の問いは、あっけなく肯定された。

 

「東 礼二郎(れいじろう)、東 美玲(みれい)、享年ともに48歳。君の記憶では君が18歳の時に飛行機事故で亡くなった二人は、52歳になって存命だポン」

 

 言葉が、出なかった。

 4年前に死んだ両親が生きていた。こいつの言い分にそう言い方をするなら、生きていたことになった。

 俺はすぐにスマホの電話帳を開いた。この手には少し大きなスマホの画面には、葬儀の後に削除したはずの両親の登録が、そこにあった。

 

「……かければ、つながるのか」

 

 こぼれた言葉は、白い生き物に拾われた。

 

「信じられないなら、試してみるといいポン」

「…………」

 

 俺は、この番号が二度と繋がらない事を知っている。

 葬儀の後に何度も確かめた。

 遺体も遺留品も帰ってくることは無かった、なら生きている可能性もあるだろうと何度もかけた番号だから。

 それでも、この白い生き物の言う事が少しでも本当なら、と。俺は、ボタンを押した。

 

 たったの2回で、呼出音は途切れて、

 

 

『…………はーい、しおんちゃん?朝からどうしたの?今日は入学式でしょう?』

『しおんからかい?』

 

 母さんと、少し遠くから父さんの声が、聞こえた。

 自分を呼ぶ名前は違ったけれど。

 もう4年も聞いていなかった声なのに、それが偽りなく父さんと母さんの声だとすぐに分かった。

 

『…しおん?どうかした?何か言ってちょうだい?』

「……あぁ、ごめん。その、声が…聞きたくなって」

 

 咄嗟に口から嘘が出た。

 ……いや、嘘じゃないな。

 声はずっと、聞きたかった。

 

『あらまぁ、不安になっちゃった?』

「……そうだね、うん、すごく…不安だった」

『大丈夫よ、しおんなら大丈夫……ほら、貴方も何か言ってあげて』

『───っと、しおん、聞こえるか?』

 

 父さんの声が近くに聞こえた。

 父さんの、声。

 

「うん、聞こえるよ、きこえる……っ」

『喉の調子でも悪いのか?鼻声になってるぞ?』

「大丈夫、だいじょうぶだから……っ!」

『そうか?……入学式なのに行ってやれなくてすまないな、埋め合わせはするから』

「…いいんだ、いらない。ちゃんと帰ってきてくれればそれでいいんだ、声が聞けたから、いいんだ」

『今日のしおんは甘えん坊だな』

「……もうちょっとだけ、子供でいたかったんだよ」

『変な事を言うなぁ、しおんはまだまだ子供だよ』

「……そうだね、そうだった──っ、飛行機!飛行機には乗らないよね!?」

『飛行機??今回の出張は新幹線だけど──あぁ美玲!コーヒーが書類にかかってる!ごめんまたあとで!』

 

 声をかける前に、通話は途切れた。

 4年物の重みが、肩から抜けた気がした。

 

 スマホの画面には、1分程度の通話記録が映っていた。もう一度通話ボタンを押せば、きっとまた2コールで……慌てているだろうから、3,4コールも待てば、また声が聞こえるだろう。

 もう一度、声が聞きたくてたまらない。

 ……けれど、その前に済ませるべきことがある。

 

 

「これで信じてくれたポン?東(あずま) 心音(しおん)、魔法少女ロード・ベル。ボクだけの魔法少女」

 

「御託は後だ、説明しやがれキツネ野郎」

 

「君ってば、少しくらい感謝の気持ちを見せてくれてもいいポンよ?」

 

 

 

 ▽

 

 

 

 6時半。起床から30分後。

 俺は頭を抱えていた。

 

「り、理解できねぇ……っ」

「必要なのは理解じゃなく納得ポン。そういうものだと納得するしかないって話だポン、あんだすたーん?」

「できるかァ!」

 

 パムと名乗ったそいつの話は複雑怪奇を極めた。

 

 

 曰く、この世界では14年前から『魔獣』が現れるようになった。魔獣は人間の目にも映る、しかし魔獣はフィールドとやらを展開する事で認識されないまま、任意の人間をフィールドに招き(引き摺り)入れて、人間を捕食する。

 初めの数年、それらは原因不明の失踪として処理されてきた。そこに魔法少女が登場する。

 魔法少女とは『契約魔』を介して『魔法界』と契約した少女のことであり、その正体は魔法によって秘匿されつつも、魔獣を倒す力と使命を持つ。

 契約魔とは、魔獣が現代に現れていることを察知した魔法界からの使者であり、魔法少女の素質ある者を選出し、契約をもって人類に魔獣への対抗手段を与える者。

 魔法界とは、契約魔たちが暮らす世界。世界間移動技術と魔法を有する外の世界のこと。

 

 魔法少女は、数こそごく限られた人数しかいないものの、魔獣の発生から14年。魔獣を倒す世界の味方として一般にも認知されているという。

 

「だから!それが分からん!」

「えぇ〜」

 

 俺が分からないのは、魔獣も魔法少女も周知の事実だというところだった。

 魔獣だの魔法界だの、そういう設定はいい。現実味がなさすぎる話は理解を放棄して納得する事ができなくもない。ぶっ飛びすぎた話は理解を置いておいて、過ぎた話といって現状に向き合う事が出来る。

 だが、魔獣も魔法少女も何年も前から皆さんご存知などと、納得できるはずがない。

「皆知ってるんですよ〜」「俺が知らなかっただけか〜」で済ませられない。

 

「そんなに言うならテレビを点ければいいポン、あー…チャンネルは3番だポン」

「何でお前がウチのチャンネル配置知ってんだよ」

「まぁまぁ今はいいポン」

「よくね……チッ」

 

 言う通りにしなければ話が進まないのが目に見えた。イラッとしたが、それで状況が進む訳でもない。

 俺はテレビの、パムの言う通り3番を点けた。

 番組名称は『魔法少女特番シーズン14 #13』

 

「……は?」

「ニチアサってやつポン」

 

『本日の特集魔法少女はクレセントムーン!先日も民家1軒を占拠した魔獣を打ち倒し──』

 

 気付いた時にはテレビを消していた。

 

「いい加減これで納得してほしいポン、仕事にのめり込んでニュースどころかテレビも見ない、家に帰っては寝るだけの日々を送っていた君が知らなかっただけポン」

「バカな……」

 

 確かに、仕事にのめり込んでいた。両親を失った直後は仕事を逃げ道にしていたからだ、忙しくしていれば悲しまずに済んだ。しばらくして気持ちが落ち着いたあとも習慣づいて仕事ばかりしていた。

 テレビもニュースも見なかった。事故とか、暗い話を耳にしたくなかったから。

 ネットもろくに触らず、動画も同じものを繰り返し見るばかりで……

 俺の、俺の生活が停滞していたから、魔法少女なんてものに気付かないまま生きてきたっていうのか……!

 

「じゃあ納得して貰えたところで、お礼が欲しいポン」

「……お礼?何に」

「混乱してるだろうからうっかり忘れてても仕方ないポン。よく考えてほしいポン、ボクは君の命の恩人だポンよ?」

 

 パムは、生き返らせたのだからお礼をよこせと言う。

 納得しきれていない部分もあるが、あの死の感触は本物だった。痛かったし熱かった、絶対に死んでいた。そこから生き返らせてくれた礼を、という話なら嫌ではなかった。

 ……が、しかし。

 釈然としない。

 

「……お前、俺のことを"魔法少女として生き返らせた"って言ったよな?」

「言ったポンね」

「こうも言ってたよな?"上半身だけで元通りのサイズに生き返らせるのは難しかった"って、車をコストに補ったって、辻褄を合わせるのにエネルギーを沢山使って、だから俺は女児の体になったって」

「言……ったポンねぇ〜……」

「でもよ、辻褄合わせるってのは俺が生き返ったこともそうだろうが、主に"俺が女児になったことに"だよな?……なんで魔法少女なんて要素を付け足した?ただ生き返らせるだけなら必要ない、魔法少女でないなら女児になったことへの辻褄合わせも、それにエネルギーを割く必要もなかったんじゃねぇか?」

「…………スゥ〜…」

 

「勘の良いガキは──」

「よし煮る」

「煮る!?!?」

 

 パムの首根っこを掴みあげてキッチンへ、カップ麺生活で鍛えた手さばきでヤカンに水をチャージ、パムをin。

 蓋をして火をかけること10分──

 

「10分もかけられたら死ぬポン!!」

「まだ10秒も経ってないぞ」

「ちょまっ蓋閉めないで、力つよ……ポン!」

「そのわざとらしい語尾がいつまで続くか見物だな」

「セリフが敵側すぎるポン!?」

「漬け石で落し蓋してないだけ有情だろぉ」

「連勤で心が荒んでるポン、現代社会の歪みポン…!」

 

 ヤカンの中で暴れ回るパム。

 どうやら泳げないらしい。

 熱湯責めしようと思っていたが、ガス代が浮きそうだ。

 

「こ、こんな事してる暇ないポン!ほんとに急がないと入学式に遅刻しちゃうポンよ!そしたら学校側は保護者に連絡するポン、ご両親に心配かけてもいいポンか!?」

「こいつ、口だけは回る」

「分かったら早く着替えるポン!着替えはあのクローゼットの中にあるポン、さっさとTS直後の初々しい反応と生着替えシーンを見せ…………あ」

 

 

 

 

 

「へぇ、ホントに学校の制服だ」

 

 クローゼットを開くと、ハンガーにかけられたブレザーとシャツ、スカート、タイツ、リボンネクタイ。

 隣には運動着とスクール水着。

 下には中身が揃えられたスクールバック、その他諸々。パムが言っていた通りに必要な用意が揃えられていた。

 パム、仕事はできる方らしい。

 

 ガタ……ガタッ!

 

「ブレザーなんて袖通すの何年ぶりかな」

 

 俺は割と落ち着いた気持ちで、女物の制服に袖を通していった。シラフならまず無理だったろう。やはり一度ストレスを発散した直後というのはアドレナリンが分泌されているのもあるのだろうか、普段は足踏みするような事も出来る。

 勇気があるというか。

 スカッとした気分でいられる。

 

 ガタ……ガタッ!ゴホッ!ゲボッ!

 

「へぇ〜制服の胸元の三角形って別パーツなのか、初めて知った。タイツの履き方は……ネットで調べるか」

「ゴハァッ!!!」

「あっ出てきた」

「殺す気かいッ!?!?!?!?」

 

 寝室のクローゼット前で着替える間中、見える所で漬け石落し蓋を施したヤカンの中で水責めをしていたパムが出てきてしまった。

 3分ってところか、まだ着替え終わってないのに。

 

「あっ♡ローアングル、生脚とスカートによる絶対領域が麓から見るエベレスト山頂の如く輝いて見──」

 

 再漬け石。

 蓋閉め。

 キッチンへ。

 ヤカンをコンロにセット、カチッとボタンを押せば火打石がガスに火をつける。

 

「アッツ!アッツ!ゴメンナサイ!!ゴメンナサイ!!」

 

 

 

 

 

「お前語尾と性格……いやこの際いいや、キャラ付けどこ行ったよ?」

「まさか会ったその日に五右衛門風呂されるとは思ってなかったポン、危うくお空に返しかけたポン」

「まだ続けるの?無理だよ?」

「まだ続けるポン、無理は承知ポン」

 

 朝7時。起床から1時間後。

 ヤカンの中から頭だけ出したパムと、俺は洗面台で向き合っていた。

 シンクに置かれたヤカンの周りを水で満たして、火傷したと大泣きしたパムをゆっくり冷やしてやっている最中である。急に冷やすと痛いから、らしい。

 

 パムは器用にヤカンの中で180度回り、鏡に映る俺を見て言った。ボクの説明はだいたい終わったから次の用意をしよう。と

 俺が魔法少女にされた理由が全く説明されていないと言おうとしたが、多分へそを曲げているから今日は何を聞いても答えてくれそうにはない。ちょっとやり過ぎたと反省しよう。

 しかし洗面所で用意とは何をするのか、歯磨き?

 

「あー歯磨きは夜寝る前にやってたから朝はやらなくてもあまり影響無いポン、昼やればいいポン」

「見てたような言い方だな?」

「…………」

 

 あーまた答えてくれないやつだった。

 話を変えるしかない。

 

「…で、用意って?何するんだよ。着替えたんだからもう出ればいいだろ急いでるんだったら」

「かぁ〜っ!これだから身嗜みに頓着のない非モテはだめポン、全くなってないポン」

 

 口端を吊り上げて鼻で笑うパムカス。

 帰ったら洗濯機にかけよう、コイツ。

 

「肌は髪と同じくらい女性の命!スキンケアは朝夜で2回やるのが基本だポン!」

 

 今日の中でパムがいちばんのやる気を見せている。いや今日会ったばかりなんだけど。

 

「なんだそのやる気」

「肌は大事も大事ポン!髪よりも手を抜いた時の反動が酷いんだポン!毎日しっかりやらないと、いざ魔法少女になった時にそばかす肌荒れの魔法少女なんかビジュ売れしないポン!」

「おい」

 

 ビジュ売れって言ったぞ今、悪どい魂胆が顔見せしてるぞ。売るのかよ。

 売るつもりでいたくせに命の恩人とか言ってたのかよ、悪どいが過ぎるだろ。

 

「化粧はしてないからクレンジングは抜かして…まずは洗顔ポン!洗顔料に少しのぬるま湯、これを優しく肌にあてるポン!汚れが落ちるまで!」

 

 熱気に満ちた動きで俺の手をひっぱり、手のひらに向かってカショカショと泡を出していくパム。次はといわんばかりにパムは手の先にぬるま湯をどこからともなく生み出して、一切の躊躇なくそれを泡とこね出した。

 俺は今、生まれて初めて魔法というものを目にしたはずだったのに、それが朝のスキンケアに使われていく様を見ているしかなかった。

 あぁ肌に伝わるほんのりぬるま湯温度……

 

「洗顔が終わったら化粧水・美容液・乳液!順番を間違えちゃだめポンよ!ホントはスキンケアの前にシャワーでも浴びてほしいポンけど、今日は急いでいるから明日からでいいポン。今日の夜に髪を正しくケアする方法を教えるポン、それからそれから──」

 

 

 平然と今日の夜も一緒にいるつもりらしいパムの圧倒的な熱量に押され、俺の肌は綺麗にされていった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「ところでそのメガネ、なんでつけてるポン?」

 

 朝7時半。天気:晴れ。

 歩いて20分ほどの距離にあるという学校へ向かう道中、スクールバックのジッパーを押し上げて顔を出したパムが、そう言った。

 枕元にあった見知らぬ赤ぶちのメガネ、俺がそれを身につけていることが不思議だったらしい。

 どうせ歩いているだけで、時折道を案内するパムの声を聞くしかする事がなかったから、暇つぶし代わりに自論を聞かせてやることにした。

 

「一言で言うなら……経緯がどうあれ、今の俺は東 心音だってとこか?」

「急なポエムはきついポン」

「グレーチングでミンチにするぞ」

 

 首根っこを掴まんと振るう手、頭を引っ込めてすり抜けるパムカス。

 

「すばしっこい奴……まぁ、お前が改変とやらをした結果この世界に東 良太郎はいない。似たような部屋でひとり暮らしをしている東 心音が東夫妻の一人娘、手鏡を使い込むくらいには身嗜みに気を使っていて、枕元にメガネを置くくらいには常用している小さな女の子が父さんと母さんの子供だっていうんだから、俺はそうするってだけの話だよ」

「話を要約できないとバカって理論はご存知ポン?」

「おう、お前俺の立場になって3行にまとめてみろ」

「甘んじてヤカンに入るポン、勘弁してほしいポン」

 

 頭を出して首を差し出すパム。

 実に殊勝な態度である。が、いつまでもバックの中にいられるのも、中身の教科書類がもみくちゃにされそうでよろしくない。

 引っ張り出して両手で抱えることにした。

 ……重いな。

 

「今重いって思ったポンね」

「思った」

「仮にもぷりちーな契約魔を抱っこして感想がそれとは魔法少女としての自覚が足りていないポン」

「そりゃ自覚してねぇからな、だいいち魔法少女ってのが話聞く限り無垢な少女なら、重いものはハッキリ重いって言える子って解釈なんじゃねぇのか?」

「良太郎……いちばんはじめに君に出会って……君の……脳を奪わなくてよかったよ…………」

「寄生虫かよ」

 

 気色悪いパムカスをぽいっと捨てる。

 途端に戻ってくるパムカス。

 

「重いって言ってるだろ」

「それから足りてないのは魔法少女としての自覚以前、少女としての立ち居振る舞いポン。肩を振って歩かない、口調もなおす、座り方その他もろもろ全部ポン」

 

 平然と無茶を言うパムカスだった。

 20年ものの、それも無意識に積み重ねてきた男の動きを矯正しろという。一朝一夕でできる話ではない。

 お淑やかに歩く自分の姿……想像できねぇ。

 

 そこにパムが振り返ってきた。

 片手にはビー玉サイズの白濁色の水球。

 どこからともなくぬるま湯を出した時と似ている、これも魔法?色が違うってことは別の魔法なんだろうか。と考えているうちに、その魔法が服も何もをすり抜けて、俺の腹…の少し下に押し込まれた。

 

「お前何して──」

「お手伝いポン」

「んきゅっ!?」

 

 直後襲いかかる電撃にも似た刺激。

 腰の裏から頭のてっぺんまでを弱い電流が走り抜けたような、堪えの効かない衝撃。

 

「顔・耳共に真っ赤、腹部を庇うように曲がった腰、頼りなげにスカートを握りしめる両手、隙間なくピッタリと閉じた両脚、内股……実に素晴らしい恥じらいだポ──」

「ふンッ!!!」

 

 ローファーの先をカスの顔面にめり込ませて蹴り飛ばした。が、直後に下腹部から迫り上がる悪寒、鳥肌。

 これは──尿意!?

 

「なに、しやがったテメェ!」

「普通は蹴る前に聞くポン……ぐふっ…」

「場合によっては殺す!」

「しょ、少女らしい振る舞いができるように魔法をかけただけポン、ちょっと反動で尿意に襲われるだけの……」

「欠陥じゃねぇか!!」

 

 ──少し考えれば分からなくもない。

 確かに、俺が男のままの振る舞いを直さずそのままでいたら、傍目には東 心音という少女が大股で歩いたり胡座(あぐら)をかいたり粗暴な言葉を吐いたりしているように見えるわけだ。

 母さんが俺、もとい東 心音をちゃん付けで呼んでいたことから、『東 心音』はそういうものではない可能性が高い。

 見た目だけで考えたって、鏡に写ったあの少女の口から舌打ちが出てくるようにはとても思えない。

 そういうのを、ボロが出ないうちに矯正しようというパムカスの考えには賛同できる。父さん母さんに会った時、別人と思われて傷つけたくはない。

 

 がしかし、だからといって説明もなしに欠陥魔法をぶち込んでくるパムカスには殺意すら覚えた。

 今すぐトイレ行きたい。

 

「おいクソパム、近くのトイレ案内しろ」

「ぐぇっ、新品の靴底は角ばってて痛いポン」

 

 パムカスを踏みつけ、ねじって催促した。

 俺はこの辺の土地勘がないからだ。

 3年暮らした土地でも、今日家のドアを開けたら様変わりしていたのだ。見知らぬ住宅街と道に囲まれていた。近場にあるはずがない学校ができていた。

 カスが改変した結果、地理にまで影響が出ているらしい。おかげで俺は自宅周辺さえ何も知らない。

 

 だがそれでも漏らすわけにはいかない、文化人の尊厳として、絶対に。

 

「いいかクソカスよく聞け」

「ついに蔑称からもパムが消えたポン……」

「次俺に説明も承諾もなく魔法使ってみろ、タバコの山に火をつけて、その上で燻製してやる」

「なんでボクが的確に嫌がる事がわかるポン!?」

「 さ っ さ と 案 内 し ろ 」

「ハイヨロコンデ」

 

 するりと俺の靴裏から脱出して先導し始めるパムカス。自力で抜けられるのかよ。

 ………好きで踏まれてたって事なのか…???

 

 

 俺はパムに恐怖を覚えた。

 生理的な意味で。

 

 

 

 ▽

 

 

「いや学校(目的地)じゃねぇか」

 

 パムの後を追うこと約1分。

 ひとつ道を曲がった先にトイレがあるというパムに従って着いた先は、当初の目的地たる学校だった。

 それもそれなり大きな学校。

 今日が入学式だからだろう、正門の両脇には祝いの立て看板が立っている。人の姿はまったく見えないが……めちゃくちゃ近くまで来ていたんじゃねぇか。なんで気付けなかった……

 

「"こんなに大きな学校、どうして近くに来るまで気付けなかった"……そういう顔ポンね。それは当然ボクがそうなるように道を選んでいたからで──」

 

 俺の足は音を置き去りにした。

 

「──答えろ、本当は家から何分だ」

「………ごふんです、直前まで見えないようにして、ババーンとしたらサプライズになるかなって……」

「知ってるか?サプライズって親しい間柄にしか許されていない行いなんだよ」

 

 コンクリートの上をベイゴマよろしく吹っ飛んでいったパムは、ガードレールの支柱でくの字になって止まっていた。そのまま用水路に落ちればよかったのに。

 ……一時間強の時間を過ごしていてもこのカスの考えていることが全く分からない、特に行動原理が。気色悪いエロキツネになる瞬間はあれど、それに対する反撃は大人しく受ける。

 直接こちらを害するような行動もしてきていない、尿意はまぁ……命に関わるものではないから別として……いや、社会的な命は危険に晒されていると言えるのか?

 

 ……とにかく、依然信用ならない。

 そんでもって早くトイレいきたい。

 も、漏れる……っ!

 

「学校の大人に許可とか、言ってる余裕もない、な……!もう……っ!」

 

 

 

 

 ─────間に合った。

 

 

「なんでお前個室まで入ってきてんの?」

「そりゃあボクが君の契約魔だからに決まってるポン、魔法少女と契約魔は一心同体ポン!」

 

 名も知らぬ学校、1階の教室傍のトイレ。

 駆け込んだ一番手前の個室。

 服をおろして腰を落としたところに、パムが復帰してきた、ペーパーホルダーの上に降り立って、つまりは真横に。……平然と入ってくんなよ、プライバシーはどうなってんだプライバシーは。

 

「……おい、俺は今仮にも女子だぞ、まだ見られることに羞恥心があるほど女子やってねぇが、聞かれるのは男でも嫌なんだぞ」

「大丈夫ポン、ボクそっち系の趣味はないポン、気兼ねなく出すもん出してほしいポン」

「変態にも種類あるの嫌だな……」

 

 ここまで来て我慢もしていられなかったので、あれこれ考え始めると嫌になりそうだからさっさと出した。

 違和感すごいなこれ……!

 

「出したあとはちゃんとペーパーで拭くポン、擦ると肌が荒れるから押すように拭くポン」

「お前なんでずっと女子のアレコレに詳しいんだよ……もはやキモイよ……」

「それから君が学校に駆け込む時に脱ぎ捨てた靴は、将来君のものになる靴箱に入れておいたポン。それからこれ、スリッパ持ってきたポン」

「キモイと気遣いを両立するな、脳がバグる」

 

 言われた通りに後始末をして、靴下だけだった足元に「来賓用」と書かれたスリッパをつけた。

 子供の頃を思い出すな……夏休みに急ぎで忘れ物を取りに来た時とか、上履きを忘れてスリッパ履いてた。

 

「……さて、無事目的地についたし、一息ついたから説明を始めるポン」

「おう、最初にやれな」

「まずはボクがさっき使った魔法だけど、あれは君が無意識に行う男性らしい挙動を矯正するものポン」

「無視かよ」

「使用の度に激しい快感と尿意に襲われるけど、効果は折り紙つきポン。むしろ近年の改修でようやく人体への使用が可能になった、元は危険な魔法ポン」

「元々のデメリットは?」

「最悪は3ヶ月の植物状態ポン」

「欠陥じゃねぇか」

 

 とんでもない魔法を使われていた。

 こいつ倫理観どうなってやがる。

 

「……まぁもう一度使われちまったもんはしゃぁねぇか、使用の度にって言ったな?1回じゃ矯正しきれないのか」

「元々はここと異なる世界で悩める人のために開発された魔法ポン、大元は1回で矯正しきる強い魔法だったポンけど、強すぎて反動も凄まじかったポン、記憶喪失とか人格分裂とか。だから効力を分割して……」

「分割してなお初めの頃は植物状態にしてたのかよ、禁止しろよそんな魔法」

「まぁまぁ。お察しの通り1回じゃ女の子らしい振る舞い……君に合わせていうなら、ボロが出ないようにするにはあと10回くらい必要ポン」

「10回?多いな、さっきの1回は?」

「足元、気付いてないポン?」

 

 パムに促されて足を見た。

 太ももは綺麗に閉ざされていた、膝から下は少し開いて、つまるところの内股。女の子座りというやつ。

 効力は確かということらしい。

 ……これも今後のため、と考えれば。

 

 

「──パム、このままその魔法を俺に使え」

 

 パムが首をかしげた。

 俺が承諾するとは思っていなかったらしい。

 説得用の言葉を用意していたのに、という顔だ。

 

「お前にとって俺が魔法少女……あー自分で言うのは慣れねぇが、少女らしくなるのが都合がいいはずだ」

 

 パムは黙って聞いていた。

 そうしていると相変わらず光の無い目が強調されて不気味さが増す。

 それでもこいつは中身男の着替えで興奮するエロおやじだ、そう考えて恐怖心をかき消した。

 

「けどお前は、今度はちゃんと魔法の説明をした、いきなり魔法を使わなかった。お前からすれば俺の承諾なんかなくても女らしくしちまえば後の祭りだっていうのにだ……だから、今回は信用してやる」

 

 パムの耳がぴくりと立ち上がった。

 両前足を交互にから踏みして、動揺……で合ってるのか分からないが、とにかくいい。

 

「それにそのー、なんだ、あと10回もトイレ探すはめになるのはごめんだしな。今なら漏らしても問題ないしな!はっはっは!」

「…………」

 

 ……気まずい。

 話をもとに戻そう。

 

「……それから、今は、まだ混乱してるけど、お前が俺の命の恩人だから礼をしろって話」

「……!」

「礼はする、でもちゃんと、納得してから礼をさせろ。経緯はどうあれ……命を救ってもらったのは確かだ」

 

 

 …………

 

 

「だぁー!黙るなよ!恥ずかしくなるだろ!!」

「いやぁ〜だぁって〜///」

「ヘラヘラするな気色悪いッ!さっさと魔法かけろクソパム!!!」

「はぁ〜い」

 

 

 

 ▽

 

 

 ──ひどいめにあった。

 

 

「腰が抜けてるポンね、立てるポン?」

「むりに、きまってんだろ……手ぇかせ……!」

「ボクには無理ポン、頑張るポン」

「くそが……!」

 

 最悪だった、魔法をかけられる度に漏らした。

 いくら最初からトイレの体勢準備万端だったとはいえ、我慢のきかない粗相を10回も強要される感覚はいいものではなかった。何よりあの……"魔法により尿意をもよおす"仕組みが、強制的に体の水分が尿に変換されることだったとは……

 おかげで脱水症状出まくりだよちくしょう。

 毎回毎回、腰の辺りから頭の先までビリビリが走るのもあって腰が抜けちまったし……

 これで効果がイマイチだったら許してない。

 

「ほら、そこの手洗いで水を飲むポン。ちゃんと上水・市水が引かれてるから安心するポン」

「下水の手洗いなんかあってたまるかよ……!」

 

 半ば掴みかかるように、ひたすらに喉を潤した。

 ひとくち嚥下する度に生き返る。

 体が芯から喜んでいた。

 

「い"き"か"え"る"ぅ"〜"」

「酒でも飲んでるみたいな言い方ポン」

「……ぷはっ、俺は酒もタバコもやらねぇよ」

「お、効果はバッチリみたいポンね」

「は?」

「鏡を見るポン」

 

 ──鏡には、ハンカチで口元を隠すように、お淑やかに濡れた口を拭う少女が写っていた。

 元の俺なら多分、腕で口を拭っていたところだ。

 それに気づいて笑う少女(俺)の顔さえ、微笑みのそれだ。表情まで融通がきくらしい。

 

「魔法ってのはすごいな」

「ようやく魔法のすごさが理解できたポン?」

 

 手洗いの縁に飛び乗ってきたパムを、そのまま抱き上げる。「お?お?」と困惑するパムを、180度逆さに吊るしあげた。

 

「おわ──ー!?」

「ただし魔法全部にデメリットがあるっつーなら話は別だ、俺はごめんだね」

 

 確かに魔法はすごい。

 ただしこのパムとかいう畜生は俺を魔法少女にしようという。魔法少女なら魔法をたくさん使うのだろう、その度にこんな目に遭うのはごめんだ。

 

「その点は心配いらないポン!デメリットのある魔法の方が少ないポン!だから戻してッ頭に血がのぼ、うっ!」

「話を聞こう」

 

 パムを元に戻す。

 真っ青になったパムの顔色がだんだん生気を取り戻していくのを見届けたのち、ようやくパムは口を開いた。

 

「……き、きみ、すぐ暴力に走る癖、やめるポン……」

「相手(お前)の態度次第だな」

「それから、もう時間ポン」

「時間?あー、入学式か?」

 

 露骨に話をそらされたが、ずっと話を遡れば学校に来たのは入学式に遅れると急かされたからだった。そういう意味では話を戻されたともいう。

 もう入学式が始まるから時間がない、話は後にしようということか。

 

 

「いや?入学式は明日ポン」

「…………は?」

 

 は?

 

「……いや、父さんも母さんも今日は入学式だって言ってただろうがよ」

「君のご両親は海外ポン、時差ポン」

「きゅ、休日になんで学校が開いてるんだよ……正門の飾りは!?」

「明日の入学式の準備ポンね〜」

「教師とかそういうのは!?そうでなくても警備員くらいうろついてるもんじゃねぇのか!?誰にも会わなかったぞ!」

「教師はみんな反対側の教員棟、職員室で明日の入学式に向けて忙しくしてるポン。警備員は今は3階にいるから会わなかっただけポン」

「なっ……!?」

 

 騙されて連れてこられていた。

 よくよく考えてみればおかしい所に今更気づいた。

 俺がこうなる前は、つまり東 良太郎として最後の頃は6月だった。なのに入学式と言われて不思議に思わなかったのがまずおかしかった。入学式は普通4月だ。

 今が4月なら、そも曜日が俺の記憶と連続しているはずもない。日曜日なのに残業出勤した次の日だから月曜日だろうと、月曜日だと思っていたから入学式と言われても不思議に思わなかった。

 だが、俺が今日は月曜日だと、仕事帰りに襲われた次の日だと知ったのはスマホを見たからで──

 

「……お前、俺のスマホに細工したな」

「説明をしてから魔法を使うように、そう言われる前の事だから許してほしいポン」

 

 ──こいつやりやがった。

 即座に日本の標準時刻を検索してみれば、日曜日。俺が襲われた日曜日でもない、4月の日曜日。

 ほんの少し芽生えかけた信用を、潰された。

 それだけで目の前の白い生き物の、俺の中での意味がどん底まで落ちていく。

 

 

「………………お前」

 

 

 そいつは、頭を下げていた。

 これまでのおちゃらけ混じりのそれではなく、四足歩行で出来うる限りの、土下座だった。

 言葉ひとつも発することなく、全ての沙汰を俺に委ねるような。それでごめんとも、許してほしいとさえ言わない。

 

 ……呆れるほどに人間を分かってやがる。言葉で仲直りできるのはお友達だけだ、そうでもないのにいくら謝罪の言葉を並べたところで薄っぺらくて仕方がない。

 こいつに出来るのは許しを乞うことではなく、赦しを待つことだ。だから何も言わない、ただ頭を下げる事で自らの行動の意味を俺に考えさせようとしている。

 後から頭を下げるくらいなら、なぜやったのかと。

 

 そして生憎なことに今の俺には説明が足りていなさすぎる。こいつを今ここで突き放してしまう事は出来ない、それをしてしまったら、なぜ俺が少女にされたのかを知る機会が無くなってしまう。

 気に食わないが効果的だ。

 

 感情に任せて糾弾すれば、いっとき気は済むだろう。

 理性で感情を抑え赦しを与えれば、情報が手に入る。

 ふたつを天秤にかけさせられている。

 選択肢などあって無いようなものだ。

 

 だから俺はこう言うしかない。

 

 

「……説明を、しろ」

 

「ありがとう、良太郎」

 

「見た目じゃ分からねぇようだから分かりやすく言ってやる、次その名前を呼んでみろ、後先考えず殺してやる。俺は今てめぇの無神経さにキレてんだよ……ちったァ俺の身になって考えられねぇのか……!」

 

「……ごめん」

 

 

 ようやく、そいつは謝罪の言葉を口にした。

 それから、そいつの前足が指したのは窓の先、体育館。意識して見て初めて、嫌な感触がそこから漏れている事に気付いた。

 …俺を殺した怪物から感じたものと、よく似た感触。

 

 

「あそこに魔獣が巣食っているポン」

「……なんだと」

 

 空を見る。

 変わらずの快晴、俺が襲われた時は夜だった。

 俺を殺した魔獣は、夜になってから現れて、俺を食うために襲ってきた。

 俺の位置と体育館は遠くもなく、むしろ近い。なのに空が夜になっていないということは──

 

「魔獣は、待ちの狩りをする習性があるのか」

 

 パムが頷きを返す、俺の考えは当たっていた。

 これまでパムから聞いた話を繋ぎ合わせて考えるなら、俺が魔獣に食い殺される直前、周りが夜になって人も車もいなくなったのは、魔獣が展開するとかいうフィールドの影響だったんだろう。

 なのにいま、夜にもならずに体育館に居座っているという事は、魔獣は定点で獲物を待ち、獲物をフィールドに捉えてから食う習性があるってことになる。

 望んだ獲物以外をハブく事ができる無法のフィールドを展開したまま動けるなら、一箇所に留まる理由がない。通り魔的に獲物を食べ歩けばいい。

 

 なら次に考えるべきは、あれがこのまま明日の入学式まで放置されたなら、という未来。

 体育館の出入口には正門同様に、祝いの看板に加えて花のアーチが用意されている。入学式の会場が体育館なのは明らかだ。

 

 魔獣が展開するフィールドは、おそらく一度入ってしまえば広さの概念が無くなるのか、端まで行って出る事はできない。それは俺が一度試して死んだ。

 明日の入学式最中、たくさんの在校生と新入生、その親、教師。たくさんの人間が集まるところに魔獣が現れたなら……

 

 ──ミラー越しに俺を見ていた魔獣の目。

 ──人よりも大きな牙で腸(はらわた)を食い破られる感触。

 逃げても逃げても逃げきれず、最後には……

 それが何百人という規模で繰り返される事になる。

 

 

「……パム、こういう事情があるなら最初から正直に説明しろ」

「最初から、信じてくれたポン?」

「すまん、やっぱ無理だな」

 

 回りくどくここまで俺を連れてきたパムのやり方は、明日の命を守るための最短解だったって訳だ。

 なら、まぁ……赦そう。

 

「パム、俺は何をすればいい」

「手伝ってくれるポン……?」

「騙してまで連れてきたんだろうが。いいからさっさとお前の言う"時間"の意味と戦い方を教えろ」

「戦い方、って……」

「お前ってやつは全部言わせる気かよモテねぇぞ……やってやるよ、魔法少女」

「………!」

 

 パムがやった事は気に食わないが、結果的には明日の数百人の命を守る機会が手に入ったわけだ。

 間のことはもうどうでもいい。

 子供が死ぬほうが気に食わない。

 

 ──魔法少女ってのは、創作でしか知らん。

 パムが改変したあとのこの世界ではどうだか知らないが、俺の常識で言わせてもらうなら魔法少女を画面の中以外で見た事がある人間なんて居ないだろう。

 それでも俺が知る限りの魔法少女ってやつは、正義の味方のはずだ。正義の味方ってのは、たとえ相手が一度自分を殺した相手だろうと怖かろうと、足踏みをしないやつの事だ。

 

 

 パムを抱き上げて、同じ視座で。

 数歩踏み出して、体育館が見える窓に手を触れる。

 数歩分近づいただけで、感じる悪寒が強くなった。

 

 パムの声がして、ようやく息を吸った。

 

 

「あの魔獣は、いま増える直前だポン」

「……ふぅー、増えるってのは?」

 

 

 パムは言った。

 

 魔獣は基本的に自ら動く狩りはしない。

 魔獣は獲物を閉じ込める狩場(フィールド)を展開することができ、当然狩り以外の時もほとんど常時自分に適応している。魔獣が動く時にしかフィールドは途切れない。

 それ以外の時間では魔獣は自らを隠し、動かず。魔法少女に魔獣の出現を伝える役割を担う契約魔でも、相当の訓練を積まない限り遠距離から察知するのは困難。

 歩いて近付ける程の距離に来てようやく察知できる場合がほとんどになる。

 パムは俺の家から、この魔獣を察知したらしい。

 

 魔獣は増える。

 魔獣は一定時間ごとに分裂、増殖する。

 分裂元の脅威度はそのままに、まるで子でも産むかのように、自分よりは弱い個体を増やし続けるという。

 魔獣は人を食う度に強くなり、分裂の頻度も増える。

 さらに時間をかければ、魔獣は自らが充分強くなったと考え、フィールドなしに表立って狩りをするようになる。何百もの子を引き連れて。

 被害者の増え方はそれまでの比にならない。

 

 そうなる前に魔獣を探し出し、倒す。

 それが魔法少女の役目だと。

 俺はふたつ、確認することにした。

 

「俺が魔法少女になれば、勝てるか?」

「君を選んだ理由は、君が類稀(たぐいまれ)なる資質を持っていたからポン。絶対に勝てるポン」

「魔法少女をやれば、明日の何百人を守れるんだな?」

「今日の戦いで、この学校の全校生徒・教員しめて三百余名は明日をこえて生きられるポン。君が望むならこれから何千人でも何万人でも、君の力で不条理な死を退けられるポン」

 

 勝てるかどうか、守れるかどうか。

 それだけを確認しただけなのに、随分と仰々しい言葉で答えを返された。

 ただ負けて死にたくない、勝つなら意味を持っておきたい。それだけの、自分しか鑑みていない自己中な理由だったというのに、まるで救世主でもやらされるような言い方だ。

 

 ──一時は、俺じゃなくても。と思った。

 テレビで放送されるくらい魔法少女が認知されてるなら、有名でも無名でも他の魔法少女に連絡をすればいい、わざわざ自分から危険に飛び込まなくてもいいはずだと。

 1回死んで痛い思いをしたんだから、と。

 ……でもまぁ、そんな考えはすぐにどこかへ行ってしまった、だって俺は明日からここの生徒になるんだから。

 同級生は、どうせならたくさん欲しい。

 

「変身方法は、戦う意思を強くもって、戦う術を…自分が戦う姿をイメージすることポン」

 

 パムが、俺の肩に乗る。

 4本の足も尻尾も強く巻き付けて。

 俺と同じものを見て、これから魔獣と戦う俺と同じ危険に晒されようという。

 

「魔法少女の姿は人それぞれポン、魔法少女が用いる攻撃は魔法の転用、リソースは魔力(エネルギー)を消費するポン。上限はあるから、充電されてないスマホみたいなものと考えるポン」

「おう」

「攻撃ひとつ、身を守る装衣ひとつにも魔力を消費するポン。リソースは共有、攻めにばっかり魔力を消費しすぎると装衣を維持できなくなるから注意ポン、逆も然りポン」

「わ、割としっかり説明してくれるのな……」

「当然ポン!君はこれから死地に──」

 

 ──パムの言葉は最後まで聞こえなかった。

夜(・)が(・)降(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)か(・)ら(・)だ(・)。

 

 瞬きよりも早く、体育館から黒く不定形な影が、鋭利な刃の形を成して壁ごと俺を切り裂いた。

 初めに目を、首を、胴を狙って腕を、股を、脚を。

 体に走る鈍痛、衣服が切り裂かれる感覚、太い鞭で打たれたような衝撃に俺の軽い体は突き当たりの壁まで吹っ飛んだ。

 ──それでも、俺の体に切り傷はなかった。

 

「ありえないポン!魔獣が自らフィールドの外に攻撃をしてくるなんて!」

「喚くな!予定が早まっただけの話だろうがッ!」

 

 突き当たりの壁に、数秒前まで窓枠だった壁ごと埋もれさせられた。それでも俺の体に傷はつかず、自分に覆い被さる瓦礫さえ細腕一本で押しのけることが出来た。

 首に来た斬撃から守ろうと、咄嗟に胸に抱えたパムにも怪我はない。

 この突発的に力が湧き上がる感覚、覚えがある。パムを折檻してた時と同じだ。

 

「怪我はないポン!?」

「あぁ、変な力?のおかげでな」

「すごい魔力ポン……!身を守る役目さえまだ持たされていないのに、分厚い障壁みたいになってるポン!」

「……これが魔力、か」

 

 一番最初、パムを掴んで締め上げようとした時には呆気なく抜けられていた俺が、その次くらいからは暴れ回るパムをヤカンに押し込められたのはそういうカラクリだったらしい。

 無意識に魔力を使ってた、ってところか。

 ……凄まじい無駄使いな気がする。

 

「……って、考えてる場合じゃないな」

 

 向かいの突き当たり、壁に空いた大穴から黒い獣が入ってきた。

 白面をつけた四足歩行の魔獣。

 俺を殺したヤツよりは遥かに小さい、昔林間学校で見た親熊くらいの大きさ、それでも子供頭身の俺から見れば十分に大きい。

 肥大化した筋肉を全身鎧のように纏い、でこぼこに巨大化した爪で床を抉り、白面の裏から俺の身長並みに長い舌を涎まみれにしながらぶら下げている。

 こっちに走ってきたら、爪で切り裂かれるまで2秒もない事が勘で分かった。

 ……幸か不幸か、まだ様子見されている。

 

「りょうた……心音(しおん)、一旦逃げるポン!魔力を使えばフィールドに裂け目を作って外に出られるポン!」

「……逃げる?」

 

 パムが腕の中で喚いた。

 逃げろと。

 

「準備が足りてないポン!本当なら分裂が始まるまで30分はあると思ってたから20分は練習にあてるつもりだったんだポン!もう活性化しちゃってるけど、せめて5分でも魔力に慣れないと危険──」

「俺が逃げたとして、その裂け目はどうなる?」

「それは……!魔法少女と魔獣の魔力は消し合う関係ポン、フィールドに裂け目を作れば、修復されるまでの間、中の人間が外に出られるようになるポン。セオリー通りなら囚われた民間人を逃がすのに裂け目を作って、魔法少女が殿(しんがり)を──」

「魔獣も裂け目から出られるんだな?」

「…………」

 

 魔獣から片時も目を外すことなく、パムに問うた。

 俺が今逃げる事は、日曜日でも学校に来ている教師や警備員を危険に晒すことになるんじゃないかと。

 魔獣のフィールドからは通常逃げられない、車をどれだけ走らせても端にたどり着かない永遠迷宮。そんなものの中からどこへでも逃げ道を作る、デメリットが無いわけがない。

 魔獣目線、せっかく捕えた獲物(人間)を易々と逃がす訳がない。当然追いかける。パムがこぼした殿という役目は、それを防ぐためのもの。

 フィールドの外に逃げた人間を追おうとする魔獣をせき止める役割が必要ということはつまり……パムの沈黙が答えだった。

 

「答えろパム、俺の前にいる魔獣(アレ)は親か」

「……いや、アレは子供だポン、親はまだ体育館の中にいるポン。本体は体育館に巣食って間もない、まだ人を食べていないはずだから分裂まで猶予はあったはずなんだポン」

 

 猶予はあったはず。

 準備するだけの時間はあったはず。

 それはもういい。

 

「とにかく逃げるのは却下だ」

「心音ッ!」

 

 ──魔獣が様子見をやめて、駆け出した。触れたら肌が裂けそうな爪が俺の首にかかるまで2秒。

 パムが腕から飛び上がって、魔獣と俺の間に割って入ろうとした、庇おうとしているのが見えた。

 全部の動きが見えた。動線が読めた。

 世界が遅い。

 

 

 ──正直、子供が死ぬのは気に食わないってのはカッコつけだった。まだ顔も名前も知らないヤツらよりも、自分がまた死ぬかもしれない事の方が嫌だった。

 でも、俺が今日逃げたら、まして何もしなかったら?俺はきっと将来自分の子供に顔向けできない。

 俺が戦うのはそういう身勝手で独りよがりな理由、魔法少女(正義の味方)なんてガラじゃないんだよ。雑で荒っぽい性格も隠していかなきゃならんだろうし、先の事を考えるだけで気が滅入る。

 

 ……でも、俺が逃げたら、先(未来)の事を考えたくても考えられなくなっちまう人間がいる。

 そう考えたら、震える足を黙らせられない事もない。

 

 

 ──魔獣が一息に飛びかかってくる、爪はすぐ目に前。あと1秒。

 

 

 パムが爪の動線に飛び込んでいく動きまでゆっくりに見える。その首根っこを後ろから引き戻したら、間抜けな顔が驚きのそれに変わっていく様も、見える。

 

 パムは言った。

 変身の方法は、自分が戦う姿をイメージすること。

 そう言われてまず思い出したのは、ずっと昔にアニメ好きの父さんに見せられたロボットもの。デカい剣をもって、デカい銃をもって、ただの一機で状況をひっくり返す主人公のロボット。

 あれは強いと思った。

 戦うなら、強さが欲しい。

 強さのイメージに、それを使おう。

 

 確か一番最初に、地球に隕石を落とすとかいう映画を見せられたんだった。キャラクターが自分の知らない前後関係を匂わせてくると気になって仕方ない俺の性格を利用して、父さんがあえて事前に見るべきアニメをすっ飛ばして見せてきた映画。

 してやられた俺は、結局アニメも見た。

 

 あぁいうロボットを自分に投影したなら、武器ひとつにも名前があるから戦う姿もイメージしやすい。

 あの力が必要だ。

 ひとりで戦局をひっくり返せる力、何者をも切り裂く刃(サーベル)、近さも遠さも関係なく敵を撃ち貫く鉄砲(ライフル)、どこへでも行ける推進力(ブースター)。

 

 それだけの力があれば、俺でもたくさんの人を守っていいんだと、考えられる──!

 

 

「GUAA──!!……aaa?」

 

 

 手のひら、腕、肩、胴、反対の腕。

 一振で撫でるように──焼き斬った。

 

 ボタボタと崩れていく魔獣の体、火に焚べた水のように沸き消えて、後には腐臭が漂い残る。

 残すは本丸、体育館。

 胸の奥から湧き上がるこの力を使うなら、自分の契約魔が呼んだ名前が相応しいだろう。

 

 

 

「魔法少女ロード・ベル──出るぞ」

 

 

 

 





魔法少女の中に、推進剤吹かしまくって空を飛び・ゲロビとミサイルでなぎ払う奴がいたら面白んじゃないかな。の思いつきで制作されております。
主人公はそのうちv(ニュー)ガンダムHWS(ヘビーウェポンシステム)みたいなことになります。
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