幻想郷に飛ばされてしまったアインズ様、今回はこの幻想郷をナザリックの支配下に置くようです。   作:白いスミレ

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第一話

静寂。

 

 それは、ナザリック地下大墳墓において珍しいものではなかった。

 

 巨大な玉座の間。

 

 そこには一切の無駄が存在しない。

 

 黒曜石を思わせる床。

 

 幾本もの柱。

 

 そして最奥に設けられた、巨大な玉座。

 

 その玉座に、一人の存在が座っていた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 かつてユグドラシルと呼ばれた世界で、幾多の冒険を経てギルド長の座に就いていた男。

 

 ――いや。

 

 今となっては、人間と呼ぶことすら適切ではない。

 

 白い骨。

 

 赤く燃える眼窩。

 

 黒いローブ。

 

 そして、周囲に漂う圧倒的な死の気配。

 

 彼こそが、ナザリック地下大墳墓の最高支配者だった。

 

 アインズは玉座に座ったまま、静かに周囲を見渡していた。

 

「……」

 

 何も起こらない。

 

 当然だった。

 

 ここはナザリックなのだから。

 

 しかし――。

 

 その日は、ほんの僅かな違和感があった。

 

 アインズは、それを言葉にすることなく感じ取っていた。

 

 空気。

 

 魔力。

 

 そして――世界そのもの。

 

「……妙だな」

 

 小さく呟く。

 

 すると、玉座の間に控えていた一人の女性が即座に反応した。

 

「何かございましたでしょうか、アインズ様」

 

 アルベド。

 

 ナザリック地下大墳墓の守護者統括。

 

 美しい顔立ちとは裏腹に、その身に秘めた力は凄まじい。

 

 彼女はアインズの言葉一つであっても聞き逃すまいと、跪いたまま主を見上げている。

 

「いや……」

 

 アインズは言葉を止めた。

 

 何だ?

 

 何がおかしい?

 

 ユグドラシルではない。

 

 そのこと自体は、もう何度も確認している。

 

 問題は――。

 

「……世界が、違う?」

 

 呟いた瞬間。

 

 玉座の間にいた者たちの空気が変わった。

 

 アルベド。

 

 シャルティア。

 

 コキュートス。

 

 デミウルゴス。

 

 そして、その他の守護者たち。

 

 誰一人として口を開かない。

 

 アインズは立ち上がった。

 

 巨大なローブが揺れる。

 

「アルベド」

 

「はっ」

 

「現在位置を確認しろ」

 

「承知いたしました」

 

 アルベドが立ち上がる。

 

 同時に、周囲の守護者たちも動き始めた。

 

 それは軍隊のようだった。

 

 いや。

 

 軍隊などという言葉では足りない。

 

 彼らにとってアインズの命令とは、絶対だった。

 

 疑問を挟む余地などない。

 

 アインズはその様子を見ながら、内心で一つだけ考えていた。

 

 ――まずい。

 

 表情の存在しない顔では、当然その焦りは誰にも伝わらない。

 

 だが、アインズの精神は決して平静ではなかった。

 

 新しい世界。

 

 未知の環境。

 

 未知の敵。

 

 そして何より――。

 

 この世界に、ナザリック以外の存在がいるのかどうか。

 

 それが分からない。

 

 もし強大な敵が存在しているのであれば?

 

 もしナザリックを上回る勢力が存在しているのであれば?

 

 もし、かつてのユグドラシルプレイヤーが――。

 

「……」

 

 考えすぎだ。

 

 アインズは思考を切り替える。

 

 まずは情報だ。

 

 未知の世界で最も重要なのは、情報。

 

 それはかつての冒険者としての経験からも理解していた。

 

「デミウルゴス」

 

「はい、アインズ様」

 

「この世界について調査を行え」

 

「御意」

 

 デミウルゴスは深く頭を下げた。

 

「ただし――」

 

 アインズは一拍置く。

 

「ナザリックの存在を不用意に知られるな」

 

「……!」

 

 デミウルゴスの表情が変わった。

 

 それは驚きではない。

 

 歓喜だった。

 

「なるほど……」

 

「?」

 

「さすがはアインズ様です」

 

「……」

 

 何が?

 

 アインズは心の中で首を傾げた。

 

 しかしデミウルゴスは続ける。

 

「この未知なる世界において、我々の存在を早期に知らしめることには何の利点もない。まずは情報を集め、敵対勢力の存在を確認し、その上で最も有効な手段を選択されるおつもりなのですね」

 

「……ああ」

 

 とりあえず肯定する。

 

「その通りだ」

 

「おお……!」

 

 デミウルゴスは感動したように目を伏せた。

 

 アインズは思った。

 

 ――危なかった。

 

 どうやら話は上手く伝わったらしい。

 

 そのときだった。

 

「アインズ様」

 

 コキュートスが口を開いた。

 

「外部ヨリ、報告ガ」

 

「何?」

 

 玉座の間に緊張が走る。

 

「ナザリック周辺ニ……森林ガ、存在シテイルト」

 

「森林?」

 

「ハイ」

 

 アインズはしばらく黙った。

 

 そんなものは、ナザリック内部には存在しない。

 

 ましてや、ナザリックは――。

 

「外へ出る」

 

 その一言で、全員が動いた。

 

 そして――。

 

 ナザリック地下大墳墓の外。

 

 そこに広がっていた光景を見て、アインズは言葉を失った。

 

 森。

 

 どこまでも続く巨大な森だった。

 

 木々はユグドラシルで見たものとは明らかに異なっている。

 

 風が吹く。

 

 葉が揺れる。

 

 鳥の声が聞こえる。

 

 遠くには山々。

 

 そして空には――。

 

「……月」

 

 アインズが呟く。

 

 そこにあったのは、見慣れた世界の空ではなかった。

 

 異なる世界。

 

 異なる空。

 

 異なる大地。

 

 そして――。

 

 その世界には、ナザリック以外の生命が存在していた。

 

 アインズはしばらく空を見上げていた。

 

 その背後では、守護者たちが一斉に跪いている。

 

 誰も口を挟まない。

 

 やがてアインズは、ゆっくりと振り返った。

 

「諸君」

 

「「「はっ!」」」

 

「我々は――」

 

 一瞬だけ言葉を止める。

 

 そして。

 

「新たな世界へ来たようだ」

 

 その声に、守護者たちは深く頭を下げた。

 

 アインズは再び森を見る。

 

 この世界には何がいる?

 

 人間か。

 

 魔物か。

 

 それとも――。

 

 未知なる強者か。

 

 いずれにせよ。

 

 ナザリックは、ここに存在している。

 

 ならば――。

 

「まずは、この世界を知る」

 

 それが最初の一歩だった。

 

 だが。

 

 このときのアインズは知らなかった。

 

 森の遥か彼方。

 

 人間の住む場所からさらに遠く離れたところに――。

 

 この世界には、ナザリックとは異なる理を持つ者たちが存在していることを。

 

 そして。

 

 その者たちにとってもまた。

 

 この日こそが――。

 

 「異変」の始まりだったことを。

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