魂の眠る地、死者の庭園 ~フリーレンの幻想入り~   作:龍改二

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第2話 魔女たちの舞踏会 -人間の魔法使い-

 

――人間の、魔法使い。

 

その平然とした名乗りに、フリーレンの胸の奥へ、静かで温かな安堵が広がっていく。

彼女が生きてきた世界において、人ならざる言葉を持つ怪異――魔族は、人類を欺き、油断させ、喰らい尽くすための手段として魔法を操り、人の真似事をしてきた。

だが、目の前の少女は違う。自らの身が脆く、いつか朽ち果てる人間であることを自覚した上で、誇り高くその肩書を口にしている。かつて人類に魔法を教え授けた師フランメや、不器用ながらも必死に術式を学び続けたフェルンの姿が、その小さな佇まいに自然と重なった。

 

「私はフリーレン。……魔法使いだよ」

 

そう短く応じたフリーレンの立ち姿を、魔理沙は帽子を目深にかぶり直しながら、じっと観察するように見つめた。

魔理沙の眉が、怪訝そうに僅かに寄る。

 

(……なんだこいつ。魔力の揺らぎが、まるで見えねえ)

 

魔力を練り上げる魔法使いであれば、どれほど平素を装っていようとも、大気の微振動や魔力の対流として体外に微小な気配が漏れ出るものだ。だが、この白い髪のエルフの周囲には、一切の波紋が存在しない。鏡のように静まり返った水面。あるいは、底が完全に隠された深淵。

魔力の隠匿という技術そのものを看破したわけではない。しかし、感覚の鋭い魔理沙の直感が、目の前に立つ華奢な少女の「ただ者ではない底知れなさ」を正確に告げていた。

魔理沙の口元に、知的好奇心に満ちた獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「へえ……面白そうな奴を拾ってきたじゃないか、霊夢。まあ挨拶は後だ。それより、これを見てくれよ」

 

魔理沙は黒い手袋を外して懐を探り、掌を差し出した。

その手の上で淡く発光していたのは、一欠片の桜の花びらのような結晶だった。周囲の凍てつく大気とは明らかに異質な、ほんのりとした温もりを放っている。

 

霊夢が顔を寄せ、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「何よコレ、桜の花びら? 妙に暖かいわね」

 

フリーレンは無言で身を乗り出し、その結晶の表面を流れる力場の波形を凝視した。

数秒の観察の後、感情の起伏を交えずに告げる。

 

「これは花びらじゃないね、魔力の塊だ。それも一つの季節を無理やりカタチに押し固めたような、歪な魔力だよ」

 

「やっぱりそうか」

 

魔理沙が我が意を得たりと頷く。

 

「誰かが『春』を集めて魔力にしちまってるってことだな。それでいつまで経っても春が来ねえわけだ」

 

「……魔理沙、あんたコレどこで拾ったのよ?」

 

霊夢のジト目が魔理沙を射抜いた。魔理沙は視線を明後日の方向へと逸らし、人差し指で頬を掻く。

 

「アリスの家」

 

「盗んだわけ? サイテーね」

 

「人聞きが悪いな! ちょっと借りてきただけだっての。研究熱心なアリスのことだから、森に落ちてた春の欠片を熱心に調べてたんだよ。そいつをちょっと拝借して、こうして情報共有に来てやったんじゃないか」

 

「はいはい、相変わらずの泥棒稼業ね」

 

霊夢は深くため息を吐くと、袖を払って庭石へと飛び降りた。寒風に長い黒髪と赤いリボンが翻る。

 

「紫もコレを追ってどっか行っちゃったってわけね。なら、私たちも異変調査といきましょうか。さっさと衣替えしてお花見するためにも、フリーレンが元の世界に帰るためにもね」

 

霊夢はお祓い棒を握り直し、曇天の空を見据えた。

 

「よしきた。湖の周りでチルノと冬の妖怪がキャッキャと吹雪を起こして遊んでやがったからな。関わるだけ時間の無駄だし、迂回して森へ突っ込むぜ」

 

魔理沙も八卦炉を弄びながら箒に跨がり、獰猛なまでの笑みを浮かべてフリーレンを振り返る。

 

「ほら、行こうぜフリーレン。まずはその結晶の出どころ――魔法の森のアリスんとこへ案内してやるよ。ついてこられるか?」

 

フリーレンは立ち上がり、杖の感触を確かめると、雪の積もる参道の先、淀んだ雲に覆われた森の彼方へと視線を向けた。

 

* * *

 

降り積もる雪は、魔法の森の鬱蒼とした樹冠に遮られながらも、針のような冷気となって地表に沈殿していた。

 

光の届かない薄暗がりの中、湿った土と腐植、そして幻惑を誘う菌類の胞子が混ざり合った独特の匂いが立ち込めている。その毒気すら、季節外れの寒波によって薄氷の下へと押し込められていた。先導する霊夢と箒に乗った魔理沙の背を追いながら、フリーレンは雪を踏みしめ、森の奥深くへと歩を進める。

 

やがて樹海の切れ間に、白銀に縁取られた瀟洒な洋館が姿を現した。

 

古びてはいるが手入れの行き届いた木造の館。その静まり返った敷地へと足を踏み入れた瞬間、フリーレンの肌をかすめる大気の質感が微かに変じた。

 

館の庭先や出窓の向こうに、無数の小さな人影が息づいていた。

 

精巧に彫り込まれた磁器の肌に、丁寧に仕立てられた異国風のドレスを纏った少女の姿。掌に収まるほどの大きさから、幼子の背丈ほどあるものまで、大きさも装いも様々な人形たちだった。

ある人形は庭石の上の雪を小さな箒で払い、ある人形は窓辺で分厚い革表紙の書物を幾冊も器用に抱えて本棚へと運び、またある人形は銀のトレイに載せたティーカップの湯加減を確かめている。それらは単なる機械仕掛けの玩具などではなく、生きている人間以上の滑らかさでそれぞれの作業を分担していた。

 

だが、箒から降り立った魔理沙の姿を視界に捉えた刹那、その穏やかな空気は一変した。

 

庭先にいた十数体の人形が、寸分の狂いもなく同時に首を巡らせた。

ガラス球の瞳が一斉に魔理沙を射貫き、愛らしい陶器の指先が、隠し持っていた極小の短剣や銃口、鋭利な針へと滑らかに伸びる。日常の所作から迎撃の戦闘機動への移行には、迷いも硬直も一切存在しなかった。

 

「うわ、あんた嫌われてるわねえ」

 

霊夢が心底うんざりしたように肩をすくめ、お祓い棒を軽く構えた。

 

「これくらい別に、いつものご挨拶だぜ。居留守使われるよりはずっとマシってもんだ」

 

魔理沙は口元に不敵な笑みを浮かべ、八卦炉を弄びながら軽口を叩く。

しかし、その傍らで立ち止まったフリーレンの視線は、全く別のところへと注がれていた。

 

「……無数の人形が同時に遠隔操作されている。とんでもない魔力操作の技術だ」

 

フリーレンは赤褐色の杖を握る手に僅かに力を込め、目を凝らして自らの魔力探知を極限まで研ぎ澄ませた。

 

翡翠の瞳に映る世界の理が、急速に分解されていく。

そこに在るのは、彼女の知る魔導工学の常識とはあまりにもかけ離れた光景だった。

 

(自律思考核がない。これはゴーレムじゃないな)

 

魔力を注ぎ込み、一定の行動指針を刻んだ核によって動く疑似生命――それならばフリーレンも幾度となく目にしてきたし、自ら造り出すこともできた。

だが、眼前の人形たちには思考の核が存在しない。空っぽの器に過ぎない人形の関節や指先に、大気と同化するほど極限まで細く紡がれた魔力の糸が、幾重にも、幾千にも張り巡らされている。

 

(極限まで細く紡がれた魔力の糸で、一体一体の指先、視線の角度、重心の移動までを完全に遠隔操作している……? 十指どころじゃない。館の内外にいる数十体を同時に、寸分の乱れもなく。いったいどれほどの精神集中と演算精度を維持しているんだ)

 

迎撃の陣形を敷く人形たちの歩法は完璧であり、背後の窓辺で本を運ぶ人形の足取りもまた、些かの乱れも見せていない。片方で戦闘を目的とした機動を行いながら、もう片方では壊れやすい陶器や紙片を扱っているのだ。並列処理という言葉ですら生ぬるい、狂気的なまでの魔力制御の極致。

 

気の遠くなるような研鑽を積み重ねてきたフリーレンだからこそ、そこに注ぎ込まれた技術の異常さと、それを平然と維持し続ける術者の底知れなさが、戦慄となって背筋を駆け抜けていた。

 

人形たちが無言のまま散開し、雪を蹴って三方向から間合いを詰めてくる。

空中に張り巡らされた無数の魔力の糸が、張り詰めた弓弦のように澄んだ緊張感を帯びて軋み始めた。

 

 

 

 

 

 

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