遠坂凛が召喚したアーチャーの真名はヤン・ウェンリー。自称、千六百年後の人間だという。そのうえ、異世界の異星人だとも。
物凄く胡散臭い。ちょっと前に流行った山姥ギャル風に変貌した、衛宮士郎の未来形が知っている口ぶりなので、より疑わしい。
その衛宮士郎の未来形だって、肌や髪はともかく、文字どおりに目の色まで変わっている。身長は二十センチは伸び、筋肉は隆々、真っ赤な外套を着込み……。現在形の一応の友人として、声を大にして言いたい。
「どうしてそうなった!?」
アサシンことエミヤシロウは、銀灰色の目を逸らした。
「いや、その、正義の味方を目指してだな……」
「だったらさ、それなりの格好ってものがあるだろう!?」
社会的正義の執行者を意味するなら、警察官でも消防士でも自衛隊員でも、医師に弁護士、もちろん政治家だって選択肢だろうに。
「なんだよ、それは。アメコミのヒーローかよ!」
的確な突っ込みに、遠坂凛は小さく拍手した。
「あ、慎二、あんた凄いわ。当たらずしも遠からずよ」
この衛宮士郎は、虐げられた弱者救済のために、戦乱の国で戦いに身を投じたのだと聞いた。確かにそれはアメコミヒーローに近い在り方だ。己の力で、弱者と正義のために奉仕するボランティア。
「馬鹿か! あれはものすごい超人の、大金持ちがやるものさ。
どっちか一方があるだけのヤツがやったって、なんの得にもなりゃしない」
反論に口を開きかけたエミヤに、慎二はずばりと言い切った。
「僕が言っているのは、ヒーローに救われたヤツじゃなくて、
ヒーローにとって得になるかってことだからな。
そいつの家族や恋人、友達もだけどね」
身長や体格は、成長ということでいいだろう。しかし、肌に髪、瞳の色の変化。親しい者、彼を案ずる者が傍らにいたのなら、そのままにしておいただろうか。
「おまえにとっての、そういう連中はどうなったんだよ」
生前のエミヤは、慎二の同盟を撥ねつけた。戦いの末に、ライダーと彼は落命した。
しかし、失ったのはそれだけではなかったのかもしれない。間桐慎二の死後、衛宮士郎にアンチテーゼを叩きつける同性の友人はいなくなり、再び現れることはなかったのだから。
「……いなくなってしまったよ。
思えば、それも私が守護者となる発端だったのだろうな」
「ってことは、おまえの時の僕は死んだわけか。
それにしても守護者だって!?
……はん、だから、千六百年後のアーチャーを知ってるのか」
このエミヤは、アーチャーにだけは敬語を使っている。
「つくづく鋭いな……」
慎二からの誘いの背後を考えていれば、違うやり方と別の未来があったのかもしれない。 ……自分にはもう遅いが、この世界の士郎にはチャンスがある。そして、エミヤシロウが聖杯戦争に召喚されるなら、別の士郎にもチャンスを与えることができるかもしれない。
「今ごろ気付くとは、まさに皮肉だがな。
しかし、私にもまだできることはあるのかもしれん。
――ありがとうな、慎二……」
礼を言われた少年の頬に朱が刷かれた。
「……やっぱり、おまえは衛宮だな。
そのあざとい天然ぶり、全然変わっちゃいない」
傍らの凛も、腕組みして眉を顰め、首を振った。
「そうよね」
根っこの部分が、小さな少年のままなのだ。自分の能力のみに目を向け、自分が与える影響を度外視している。
「僕に礼を言う前に、もっと考えろよ。
多少違っていても、おまえには聖杯戦争の知識があるんだろ。
それを使ってさ」
誰も失わなければ、衛宮士郎は孤独な英雄にはならないかもしれないのだから。
「僕だって死にたくないけど、桜を泣かせるなよな」