Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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95:Question&Answer

「凛、イリヤ君、短い間だったがありがとう」

 

 黎明を迎える前の空に、白く輝く有明の月。泣き腫らした目の少女たちに、アーチャーは軽く頭を下げた。

 

「お願い、行かないで!」

 

 イリヤは彼に飛びついた。

 

「おっと……」

 

 アーチャーは衝撃でよろけかけたが、なんとかイリヤを受け止めた。生前の十倍の力があるなら、小揺るぎもしなかったろうに。

 

 凛は悲鳴を飲み込んだ。サーヴァントとしての身体機能を失い始めている。彼は最後の力で船を呼んだのだ。

 

 黒いベレーの遥か上方に、二重写しになった仮想の夜空。そこに彼の船が姿を現していた。英雄王との決戦の際は星にしか見えなかったが、濃緑をベースに鋼色を配した、直線的な形をしている。いかにも兵器らしく、無骨だが研ぎ澄まされた機能美があった。

 

 イゼルローン駐留艦隊旗艦、ヒューベリオン。この一隻が、ヤンが出せる最後の宝具だった。

 

「大丈夫かい? 突き抜けなくてよかったよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、平気さ。でも、今のままじゃ体を治せないだろう?

 認知の裁判をやるためにも、元気でいなくちゃならないよ」

 

 アーチャーの説得に、翡翠と琥珀が点になる。

 

「あ、本当にやるの、それ……」

 

「そんなことしなくても、イリヤは俺の家族だ!」

 

 勢い込む士郎に、アーチャーことヤン・ウェンリーは微笑んだ。

 

「でも、そうして始めて、君たちは本当の家族になる。

 法律上というか、戸籍上のね。こいつは重要だよ。

 お父さんのことを、もっと深く調べることができるんだ」

 

 黒いジャンパーにしがみつく銀髪が、向きを変え、黒髪の青年に問いかける。

 

「南の島にいる、キリツグのお父さんとか?」

 

「そう」

 

 温度を失い始めた手が、銀髪を撫でた。

 

「探してごらん。切嗣さんの過去を。

 士郎君に託した彼の理想の意味を。君に伝えられなかったことを。

 どうして、彼はそういう願いを抱くに至ったのか。

 それをよく知ることで、

 士郎君の目指すものも明らかになっていくのではないかな?」

 

 未来の魔術師が、若き魔術師たちに謎をかける。

 

「その中で、第四次聖杯戦争も明らかになっていくはずだ。

 イリヤ君のお母さん、凛のお父さん、慎二君の叔父さん。

 士郎君の本当の家族のことも」

 

「あ……」

 

 揺れる琥珀に、黒曜石は静かだった。

 

「私たちに出来たのは、当面の危機を除くことだけだ。

 実際のところ、大事なことはなにも解決していないのさ」

 

「そんなこと……!」

 

「あるんだよ、凛。聞いてくれないか?」

 

 反論しかけた凛を、珍しくヤンは遮った。 

 

「君は後見人を失った。彼は前回の聖杯戦争の重要な証人で、

 聖堂教会の監視役でもあった。

 この戦争の後始末が君たちの肩にかかってくるんだ」

 

 そう言うと、ヤンは指折り数え始めた。

 

「とりあえずは、聖杯戦争に関連する賠償だね。

 キャスターとランサーの本当のマスターや、

 キャスターとライダーが起こした事件の被害者たちの救済。

 聖堂教会や魔術協会、時計塔なんかとも折衝しなくちゃならない」

 

 一本、二本と指が折られ、中指が曲がる。

 

「それから、間桐翁と言峰神父の死によって、遺族には重荷がのしかかってくる。

 こうした償いは、私たちにはできないんだ。

 存在するはずのない幽霊だから、法に拠ることはできない。

 賠償しろと言われても、私に財産はないし」

 

 ヤンは肩を竦めた。

 

「あの宝具の数々も、英雄王と一緒に消え去ってしまったものなあ。

 残念だったね、凛」

 

「うっさいわよ! ……この金食い虫。

 そんなの、これからいくらでも元を取ってやるわよ」

 

 凛の憎まれ口は、機先を制されたからだ。『あんたが残ってなんとかしなさい!』と喉元まで出かけていた。凛がそんなことを口にしたら、彼に名を二度呼ばれることになるだろう。そんなの、プライドが許さない。

 

「うん、その意気だ」

 

 強がる元マスターに、アーチャーは微笑んだ。この子は逆風に翼を広げ、高みへと昇るのだろう。見届けることができないのは残念だけれど、せめて言葉を残そう。

 

「どんなに辛いことがあっても、

 君たちが力を合わせ、知恵を絞ればきっと乗り越えられるさ。

 過去を探し、知り、今がよりよくなるように考えてごらん。

 その先の未来は、君たちのものだ」

 

「アーチャー……」

 

 しゃくり上げるイリヤの髪をもう一度撫でて、手が離れた。そして、イリヤから彼の体温が離れる。弾かれたように顔を上げるイリヤに、見つめる凛と士郎に、アーチャーは敬礼した。

 

「君たちの人生の航海の無事を祈る。……今まで、ありがとう」

 

 ヤン・ウェンリーとしては、みんなに伝えられなかった言葉を。 

 

 それが最後の言葉だった。染み入るような笑みを残し、黒と白が薄らいでいく。

 

「そ、そんな、ちょっと、待ちなさいよ」

 

 伸ばした凛の手は空を切った。

 

「……わたしこそ、なんのお礼も言ってないのに!」

 

「俺もだ、遠坂」

 

 別れの言葉も言えなかった。天空の船は、音もなく飛翔を始めた。

 

「あんなに急いで、みんなを乗せてくのにギリギリだったのかな」

 

 船の窓に、青と紫と白の髪、鉛の腕に抱かれた黒い影がちらりと映り、士郎の目にもすぐに見えなくなった。船はみるみるうちに遠ざかり、光の矢となって瞬かぬ星の海を突き進む。光速を超え、士郎たちの視界から、『世界の内側』から消えた。

 

 彼らの船出を寿ぐように、永遠の夜は曙光の空へと姿を変える。

 

「美しい夜明けですね……」

 

 アーチャーの別れを見守っていたセイバーは、昇る朝日に金の睫毛を瞬いた。二月の下旬、朝の訪れは早くなった。冬はもうすぐ終わり、春が巡り来る。豊穣の女神の娘が、空け()めた空に麦の穂を掲げていた。彼女の導きで、枯れた草木が残した種が、芽吹いて野山を彩り始めるだろう。

 

 そんな当たり前のことも、セイバーは忘れていたように思う。もう、きっと忘れはしない。

 

「……シロウ、リン、イリヤスフィール。

 私もお別れです」

 

「セイバー……」

 

 言葉に詰まる士郎に、青いドレスと銀の鎧も凛々しい騎士の王が一揖した。

 

「私はここで、聖杯よりも尊いものを得ました。

 真実を明かし、語らえる友です。

 あなたたちがいたことで、私は孤独ではなくなりました」

 

 女であることを隠し、王位に就いたセイバーには、どちらも得られなかったものだ。

 

「選定の剣を抜いた時、そうしていればと思わなくはありません。

 ですが、真実を明かしていたら、私は王になれなかった。

 十年どころか、最初の争いで命を落としたことでしょう。

 偽りでも、わずかな間でも、国を守ることができた。

 それは、決して無駄ではなかったと思います」

 

「……うん」

 

 セイバーは再び空を見上げた。

 

「ですから、後悔することははしません。

 残りの時間を精一杯に生きます。たとえ、短い時間であっても」

 

 セイバーが浮かべた笑顔は、それまでで一番美しかった。

 

「ありがとう、シロウ。リン。イリヤスフィール。

 答えを得ました。

 私の願いは、大勢の人の手を経て、ここに到るのです。

 皆が笑顔の争いのない国を。その理想は間違いなどではなかった。

 ただ一人、剣で成し遂げられると思ったことが、誤りだったのだと」  

  

 セイバーの髪が、鎧とドレスが、そして聖剣が、輝きながら、静かに解けていく。

 

「シロウのいう『全てを救う正義の味方』という理想は尊いものです。

 シロウだけではなく、皆がそうなればきっと届きます。

 ……別に、正義の味方が大勢いても構わないのでしょう?

 イリヤスフィールの好きなテレビのように」

 

「セイバー……」

 

 声を揃える姉弟に、セイバーは珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「私の轍を踏まないよう、シロウたちは仲良くしてくださいね。 

 さようなら、友よ。

 あなたたちと出会えたことが、聖杯にも勝る宝です。

 本当にありがとう……」

 

「俺も、ありがとう……。俺、頑張るから。きっと頑張るから」

 

 それは煌めく夢の終わり。生あるものは再び歩み出す。長いか、短いかの違いはあろうとも。過去を訪ね、今を生き、やがて未来へと続く。

 

 そして始まる、新たな物語。


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