Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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10:快刀乱麻

「傍証となるものはあるかもしれないよ」

 

 その言葉に反応したのは息子のほうだった。

 

「本当なのか!」

 

 ほんとうに養父思いの、なんていい子なんだろう。

士郎にとって、衛宮切嗣は本物のヒーローだったに違いない。

 

「切嗣氏の死後、返還してしまったかもしれないんだが、

 パスポートが残ってたら、それに出入国のスタンプがあるはずだ」

 

 またまた少年少女は呆気にとられた。凛はアーチャーの袖を引っ張った。

 

「ねえ、ちょっとアーチャー。それが証拠なの?」

 

「とっても有力かつ公的で客観的な証拠だよ。

 出入国管理ってのは、国がやってるんだからね。

 普通に旅行したなら、必ず通るんだ。君もそうだろう?」

 

 異国から参加したイリヤスフィールは反射的に頷いた。

 

「士郎君によると、切嗣氏は体調が思わしくなかったようだ。

 そんな人がけっこう頻繁に、スパイよろしく密出入国はしないと思うんだがね。

 探してみる価値はあるんじゃないかなあ」

 

 士郎が顔を輝かせて立ち上がった。

 

「ちょっと持ってくる! 形見に取っといたんだ!」

 

「待ってください、シロウ!」

 

 ぱたぱたと駆け出す彼の背を、甲冑を鳴らしてセイバーが追った。

 

「……お役所仕事ってすごいのね」

 

 凛はつくづく感心した。セイバーとバーサーカーのマスターの関係が、

たった一冊のパスポートで改善に向かうのかもしれない。

さすがは元国家公務員のサーヴァント。公式文書というものを武器にする。

若年の魔術師たちと、知識とその方向性がまったく違うのだ。

 

「ああ。そして、こういうものも、重要な記録のひとつなんだよ。

 切嗣氏が、ドイツに長期滞在した時期の物が残っていると更にいいんだがねえ」

 

「どうして?」

 

 首を傾げたイリヤに、アーチャーが苦笑いして告げた。

 

「イリヤスフィール君が、認知の裁判を起こすときの有力な証拠になる。

 というか、なったんだ。しかし、とても大変だったんだよ。

 だから、部下には認知届を出すようにと言ったものだ。

 男ならば生きているうちにやっておくべきだとね」

 

 嫌な思い出だったのか、渋面になるアーチャーに、二人のマスターは翡翠とルビーを点にした。

 

 これまた生々しい……。英霊にまでなった英雄だろうに、えらく俗っぽく現実的なことを言う。それに助けられたのは事実だが、なんだか夢のないことだ。というよりも、高いカリスマ性は、アレな部下を持って、苦労しての産物なのだろうか。

 

 廊下から二つの足音と、鈴のような金属音が戻ってくる。

 

「おや早かったね。

 しまっていた物がすぐ出てくるなんて、君も家事の達人なんだろうなあ」

 

「なあ、アーチャー、これのどこに載ってるんだ!?」

 

 士郎の手からパスポートを受け取ると、アーチャーは最初のページを開いた。

 

「まずは、イリヤスフィール君に確認しよう。

 この衛宮切嗣氏は、間違いなく君の父上かい」

 

 そこには、ぼさぼさとした髪に無精ひげ、あまり精気がない男性の顔写真があった。

彼が三十代前半に見えるか、というならヤンも首を横に振る。自分に似ていると言われても首を振りたいところだ。ここまで疲れた目をしてはいないと思いたい。

 

「そうよ……。キリツグに間違いないわ。

 でも、アインツベルンにいた時は、こんなにおじいさんみたいじゃなかった」

 

「うん、じゃあね」

 

 アーチャーの手が、さらにページを繰る。

 

「あった、これだね。ドイツ、フランクフルト空港のスタンプ。

 ミュンヘンとベルリンもある。

 随分足を運んだんだね。これの更新から、五年前までの二年で計八回だ」

 

 少なくない回数だった。

 

「キリツグは、わたしのことなんて忘れたんだと思ってた……」

 

「そうじゃないと思う。聞いてくれ、イリヤスヒールちゃん!」

 

「下手な発音ね。……キリツグとおんなじ。

 お母様のことも、うまく呼べなかったし。

 いいわ、イリヤと呼ばせてあげる。

 ただし、『ちゃん』はいらないわ。

 次にいったら殺すから」

 

 釘、いや氷柱を打ち込まれて士郎は怯んだが、気を取り直して雪の妖精に訴えた。

 

「う、じゃあ、イリヤ。爺さんは、外国に行くたび、やつれてきてさ。

 俺を引き取った頃に比べて、この写真はさらに老けてるんだ。

 変なお土産くれるたびに、笑ってても悲しそうだった。

 絶対に、イリヤのこと忘れてなんかいなかったと思う。

 ……死んじまったの、最後の旅行から一月も経ってなかったんだ」

 

 空気が密度と質量と湿度を増した。セイバーがアーチャーに縋るような視線を送る。

ここまでのやりとりで、自分の言葉はイリヤにとっては逆効果だと思い知らされたのだ。

 

「そういうことだよ。人の行動は記録に残る。でも、心はなかなか残らない。

 日記なんかつけてれば多少違うけど、人は簡単に本音を出せないからね。

 それに勘違いもするし、物忘れをしたりもする。

 記憶力というやつは、男の苦手分野でね。女の人には敵わないんだ」

 

 ふと微笑んで、黒髪をかきまわす。アーチャーには珍しい、照れ笑いに近い表情だった。

 

「だから、周囲の人の言葉を丹念に集めて、よく考えてみないとわからない。

 それでも、なお正解はない。

 当然だよね。自分の心でさえ完璧に理解できる人間はいない」

 

 アーチャーは凛にちらりと笑みを向けた。ここに乗り込む前に、心の贅肉なんて発言を繰り返しながら、顔見知り程度の同級生を見殺しにはできなかった、心優しいマスターを。

 

「自分を含めた人の心を解明できたら、それこそが魔法だと私は思うよ。 

 私たちサーヴァントだって、元はその不完全な人間だ。

 ろくに交流がないマスターの心を推し量るのはとても難しい。

 だって、時代も国も立場も違う。セイバーは性別も違うね。

 私のマスターと彼女のマスターは、同じ国の同じ高校生だが、

 同じ学年でも顔見知り程度だからね。

 やはりお互いの心の中のことなんてわからないと思うよ」

 

「じゃあ、なんのためにそんなことをするの?」

 

 アーチャーは、自分の傍で膝を抱えた小さな少女に向き直ると、細い両肩に優しく手を置いて語りかけた。

 

「それはね、イリヤスフィール君、君が納得をするためだ。士郎君もだがね。

 死者を知り、その思いを推し量り、自分なりに理解できるように。

 それだって正解はないけれど、自分が出した答えであることが重要なんだと思う。

 そうなってようやく、自分のほんとうの思いがわかる。

 悼んで泣くのか、やはり怒って恨むのか。そして、その後にどうするのかね」

 

 アーチャーの言葉に、イリヤはスカートを握り締めた。自分にはこの戦争の先はない。そんなことは知らぬ、すぐに敗退するかもしれないサーヴァントが、こんなに真摯な言葉をくれるとは。

 

 士郎も悟らざるを得なかった。これは、十七、八の人間に言えることではない。もっと、ずっと人生経験を積んだ者の言葉であった。自分の姉貴分の現役高校教師が、爪の垢を押し頂いて飲むべきである。

 

 温かな手が少女の肩から離れ、彼はマスターへ顔を向ける。

 

「それでね、凛。君もまた、聖杯戦争の孤児だ。

 彼らの父の過去はおそらく我々の調査の疑問とも重なることだよ」

 

「ええ。私の父も前回の参加者だったわ。

 でも、どういう状況で亡くなったのかはわからない。

 そしてセイバー、あなたが現世から消滅した後、この街は大災害に見舞われたのよ。

 死者五百名以上、焼失家屋は百棟以上。

 冬木の平年の約一年分にあたる死者だったわ。

 あなたのマスターの体験した地獄絵図よ」

 

 セイバーは緑柱石の瞳を見開いた。

 

「そんな、そんな馬鹿な!」

 

「それと聖杯戦争が、まったく無関係だとは思えないのよ。

 もしも聖杯を手に入れるとしても、それがわからないうちは使えたものじゃないわ。

 冬木の管理者としては、調査中の停戦を申し入れようと思ってる。

 聖堂教会の監視役にね。

 新都の集団昏倒と吸血鬼、深山町の一家惨殺、うちの学校の結界。

 全部サーヴァントの仕業よ。

 こんな連中野放しにして、戦ってなんていられないでしょ。

 いつ背中から刺されるか、わからないもの」

 

「なっ…なんだって!? ウソだろ、遠坂」

 

「信じられないわ。

 そういうことがないように、アインツベルンは

 英雄だった英霊召喚の術式を組んだんだもの」

 

「残念ながら嘘じゃないんだよ、これがね」

 

「では、どうして私たちにそれを明かしたのですか、トオサカの主従よ」

 

 美しい少女の詰問に、士郎ならば顔を赤くしただろうが、ヤン・ウェンリーの美貌への耐性は高い。敵対していた皇帝ラインハルト、かの絶世の美青年のほうが迫力があると思う。

 

「まず、君たちセイバー陣営には時間的にできないから」

 

 しごくあっさりした回答に、剣の主従の肩の力が抜けた。

 

「次に、さきほどのバーサーカーでは、ああいう事件はできないし、

 飛び抜けた力量のマスターのおかげで、その必要もないからさ」

 

 凛も腕組みして頷き、イリヤスフィールは自信ありげに微笑んだ。バーサーカーのマスターも、従者に劣らぬ化け物魔術師だった。魔術回路の量といい、生成できる魔力といい、並みの魔術師百人分の凛のさらに上を行く。それに、あの二メートル半の巨人では、吸血鬼や一家惨殺という『等身大』の犯行は不可能。

 

「あれは、食うに困ってるサーヴァントじゃないかなあ。

 特に、吸血鬼はあからさまにそうだ。

 血には魔力が含まれるそうだが、行き当たりばったりがすぎる。

 こんな事件が続いたら、夜歩きする人は減ってしまう。

 あるいは、近いうちにそれをどうにかする方法を構築中なのかもしれないがね」

 

 凛と士郎はアーチャーの顔を凝視した。

 

「それが、学校の結界っていうことなの?」

 

「推論にすぎないよ。だが、容疑者はぐっと減った。

 キャスター、ライダー、アサシンの三騎だ。

 昏倒は柳洞寺のキャスターの可能性が高く、ゆえに容疑順は低い。

 あとは、半々ってところだね。

 しかし、よりによって、なんで学校を選んだんだか」

 

「なんでさ」

 

「結界が発動したら、数百人が融解させられるそうだ。

 だが、あんまり子どもの帰宅が遅かったら、親が連絡なり迎えなり寄越すだろう。

 実際はそこまで猶予はない。業者やその他の来客がもっと早く来るだろうからね」

 

「はあ!? 遠坂、本当にそんなシロモノが仕掛けられてんのか!?」

 

 驚愕する琥珀の瞳。士郎の理解力もそろそろ限界に達しようとしていた。しかし、冬木の管理者は無慈悲に頷いた。

 

「ええ、発動まで一週間くらいはかかる見込みだけどね」

 

「だが、魔術の秘匿、という点で完全にアウトだろうに。

 もしも私がやるなら、不特定多数の人間が出入りし、

 発動で多数の死者が発生しても、誤魔化しおおせる場所を選ぶね」

 

 アーチャーは、さらりと恐ろしい事を口にした。

 

「……どこさ」

 

「駅だよ。朝夕のラッシュ時、電車がホームに入った瞬間を狙う。

 事故で死者多数、遺体が損壊したとしても言い訳が立つ。

 ついでに、ここは遠坂のマスターの生活圏に入っていない。

 邪魔もされないってわけさ」

 

 衛宮家の居間に集っていた少年少女の顔から、血の気が一気に引いた。このアーチャー、バーサーカーとは別の意味で怖い。あちらは外見が鉛色だが、こちらは腹の中が真っ黒だ。

 

「それほどに恐ろしいことができるサーヴァントだということを、

 マスターは理解しているんだろうか。

 そして凛、君もようやく深刻性に気がついてくれたみたいだね」

 

「だから、あんた、学校に仕掛けた時点で齟齬があるって言ったのね」

 

「ああ、自分の力を一番理解しているのはサーヴァントだ。

 少なくとも、その意見をマスターが充分に聞かないのか、

 サーヴァントが黙っているのかとは思う。

 学校で死ぬのも、駅で死ぬのも、死者にとっては同じことだ。

 いずれにせよ、一般の市民にとって最も危険な陣営だ」

 

 琥珀と緑柱石が互いを見つめ、小声で会話を交わした。

 

「なあ、セイバー。俺、アーチャーのほうがおっかないと思うんだ」

 

「同感です、シロウ。アーチャー主従から目を離さぬほうがいいでしょう」

 

「でも、学校の結界をどうにかしなくちゃならないよな。

 俺は遠坂に協力したい。だって、俺には何にもできないからさ。いいか?」

 

「賛成します。城を脅かされて、立たぬ城主はいない」

 

 そう言ってセイバーは頷いた。

 

「じゃあ、俺にも協力させてくれ。学校の結界のこと。

 そういえばお礼もまだだっけ。ありがとうな、遠坂とアーチャー。

 で、ごめん、イリヤ。

 知らなかったとはいえ、俺が爺さんをとっちまってたんだよな」

 

 本当に真っ直ぐな気性をした、いい子なんだよなあ。だからこそ、性格の偏りが気になるわけで。

 

 普通はもっと恐れ、イリヤに隔意を抱く。凛とヤンに不審の目を向け、警察を呼ぼうとするだろう。父の死に、もっと打ちひしがれ、泣き喚き、周りに心配を掛けたっていいのだ。それが当たり前の反応であり、子どもの感情というものだろう。

 

 周囲にとって理想の反応をするように、自分をコントロールしているかに見えて、とても気にかかる。

 

 そう思うのは、どことなく被保護者に似た少年だからか。よく見ると、感じのいいなかなかのハンサムくんでもある。ちょっと表情が乏しいのと、口調がぶっきら棒なので損をしているのではないか。

 

 だが、そんな彼の笑顔にはなかなかの破壊力があるな、とヤンは思った。年齢は違えど、いずれ劣らぬ美少女たちが、頬を赤らめているではないか。

 

 やれやれ、甘酸っぱい思春期で微笑ましいことだ。そう考える妻帯者であった。こんなろくでもない聖杯戦争の渦中でなければ、どんなによかったことか。ヤンのこんな思いだって、代償行為に過ぎないのかもしれないが。

 

「……まだ、許したわけじゃないわ。

 でも、アーチャーの言うとおり、キリツグのことは知りたい。

 お母さまを死なせたのに、なぜアインツベルンを裏切ったのかも」

 

「まあまあ、そいつは明日以降にしないかい。もう夜も遅い。

 こういうことは、夜にぐるぐると考えても、あんまり実りはないんだ。

 とりあえず凛、監視役に一報を入れた方がいいね」

 

 アーチャーの提案に、凛の柳眉が寄った。

 

「あいつに何を話すのよ」

 

 聖堂教会と魔術師は、本来敵対関係にある。あまり手の内を晒したくない。 

 

「事実を伝えればいいのさ。

 君がアーチャーを召喚し、アインツベルンとセイバーのマスターと接触した。

 三者協議の結果、十年前の聖杯戦争について、調査検証が必要と判断した。

 冬木の管理者遠坂と、はじまりの御三家アインツベルンの名において、

 停戦を申し入れするとね」

 

 言われるがままに、凛は教会へと電話した。今度は、アーチャーに操作をさせてだが。電話帳に登録した番号を呼び出し、通話ボタンを押すのはまだちょっと無理だ。

 

 いけ好かない凛の後見人は、彼女の申し出にしばし言葉を失い、ややあってから

明日、三者で出頭すべしとのみ答えた。凛はすかさず通話終了ボタンを押した。

 

 この携帯電話、いままで敬遠していたがなかなか便利だ。受話器を叩きつけるよりも、ずっと優雅に会話を打ち切れる。遠坂の家訓にふさわしいと言えよう。

 

「明日、三人で来いですって」

 

「時間の指定はないのかい」

 

「別にないわよ」

 

「じゃあ、マスターたちがきちんと休息してからでもいいね。

 魔力は生命力なんだろう」

 

「アーチャー、学校の結界はどうすんだ?」

 

 士郎の言葉にアーチャーは首を振った。

 

「昨晩、凛が邪魔する措置を取った。こいつの挽回もあるから、

 今日明日は大きな展開はできないだろう。

 もともと発動に一週間はかかるし、

 さっき言ったように息のあった陣営とは思えない。

 そのうえ、マスターは知識がないのか、あるいは自己顕示欲が強いよ」

 

「どういうことさ?」


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