Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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 ――ひとりぼっちになってしまった『彼』は、父の会社の弁護士の助けを借りて、負債の清算に奔走した。

 失われてしまった、父を含めた十五人の家族。でも、彼らには本当の家族がいた。天涯孤独になってしまった『彼』とは違って。

 まずは、その謝罪と賠償。浴びせられる罵声、それよりも遥かに堪えるのが悲嘆と慟哭。失ったのは『彼』も同じ。同じように振舞えればどんなによかっただろうか。

 上に立つ者は、その地位に応じた責任と義務を同時に負う。『彼』はそれを負債と共に相続したのだから。

 次に、船と一緒に宇宙の藻屑となった積荷の賠償。金額や物資だけの問題ではなく、規定の期日に届かなかったこと。失われた信用に必死に頭を下げて回った。

 『彼』の父は、金育ての名人などと渾名された商人で、保険と貯蓄と帰ることもなかった地上の家の代金で、なんとか清算することができた。借金がないだけましといったところだった。

 あてが外れてしまったのは、『彼』の父の骨董コレクションが、一点を除いてみな偽物だったこと。本物ならば、大学に通い、歴史学者となっても何不自由なく一生が送れただろうに。

 無料で歴史を教えてくれる、そんな都合のいい学校が……あった。自由惑星同盟軍士官学校戦史研究科。『彼』はぎりぎりで願書を提出し、なんとか合格したのだ。宇宙船育ちで、運動体験に乏しい『彼』にとって、過酷な学校生活の始まりだった。

 実年齢より二、三歳若く見える。これは十六歳の少年にとって、重大な肉体的ハンデだった。必死で行軍練習や実技に取り組んでも、及第点ぎりぎりを取るのがやっと。その辛さに、いっそあの時受験のために下船などしなければと、何度思ったことだろう。

 そんな『彼』にも励ましてくれる友達が出来た。同室だった性格のいい優等生と、学校の事務長の娘。どちらも金髪碧眼で、『彼』にとっては眩しい光のような存在だった。『彼』はおずおずと手を伸ばした。彼と彼女はその手を握り返し、陽だまりに連れ出してくれた。

 ――私は、生きていてもいいのだろうか。


3章 趣味と実益
14:素人歴史愛好家


 四時間ほどは眠っただろうか。凛が目を覚ました時には、正午を回っていた。

 

「うう、あんまり寝た気がしない……」

 

 日常的に魔術の鍛錬を行う凛は、ショートスリーパーである。

しかし、完全に体内時計がずれてしまった。なにより、あのサンドイッチが結構きいていて、まだお腹が減らないのだ。着替えをして、よろよろと居間に降りていくと、ソファーでアーチャーが寝息を立てている。調べ物をしているうちに眠り込んでしまったのか、一昨日集めた資料に半ば埋もれて。

 

「まーた寝てる。ま、いいわ」

 

 まだ時間はあるし、サーヴァントに身支度はいらない。羨ましい話だ。サーヴァントに飲食は不要だが、食べた物は魔力に還元される。マスターからの供給に比べれば微々たるものだが。紅茶を呑みながら首を捻っていた彼にそう説明したら、感心したように頷いた。

 

 凛のアーチャーは、紅茶以外にはあまり執着しなかった。一昨日の昼食は、凛だけが食べるのは不自然だから頼んだそうだ。だが、多少でも補助になるなら、食事をさせるのはいいかもしれない。何だか知らないが、とにかく燃費が悪いサーヴァントなのだ。睡眠も魔力の補充にはなる。この遠坂の屋敷は、冬木第二の霊脈上にあるのだから。

 

「ううん、ユリアン。もう朝かい……?」

 

 今度はユリアン。だが、もう内心で突っ込む必要はない。こちらが彼の里子なんだろう。きっと、このだめな大人に家事をしてくれていた。

 

「わたしはユリアンじゃないし、朝じゃなくて昼よ。

 でもまだ寝てて。あんた、家事の役に立たないから」

 

「そいつはどうも……。マスターの仰せのとおり……」 

 

 言葉の最後は寝息になった。あのランサーやセイバーに比べて、なんとも冴えない英霊だ。

 

「サーヴァントのトレードってできるのかしら……」

 

 いや、チームとして考えた方がいいか。御三家が協調して、外来の参加者を各個撃破する。アーチャーが言った構図だ。となると、やっぱりこいつは、なくてはならない『頭』になる。

 

 あの濃い面々、管理者の言う事を聞きなさい! では動かないだろうし……。凛は溜息を吐いた。このアーチャーがどうにかそうまとめたのだ。

 

「やっぱりそれは無理か。でも、間桐は参加してるの?」

 

 朝、桜に手を握られたが、令呪を持っている人間と接触した時のような痛みを感じなかった。でも、桜の義兄、慎二は魔術回路が枯渇している。彼の父にはわずかな魔術回路があるとのことだが、アルコール浸りでいるらしい。では、臓硯、あの五百年生きている化け物がマスターか。

 

「だとすると、ランサーかライダーかアサシン。

 キャスターだったら、間桐邸に籠るはず。

 いいえ、これも引っ掛けかもしれない。

 いずれにしろ、ランサー以外は、

 学校の結界なり新都や深山の事件のどれかの容疑者……」

 

 これでは同盟を組むのは無理だ。アーチャーはキャスターを引き入れたいようだが。

 

「ランサーを引き入れるか、交渉はしなくちゃならないってことね。

 ランサーが間桐のサーヴァントならいいんだけど」

 

「そいつは期待しない方がいいよ」

 

 いつの間に目を覚ましたのか、ソファに横になったまま、片眼を開けたアーチャーが応じた。

 

「どうしてよ」

 

「三騎士と言うのは、恐らく外来の参加者を騙すフェイクだ。

 この地に拠点を持ち、霊脈を押さえている遠坂や

 間桐が召喚すべきはキャスターだよ」

 

 この意見に、遠坂の当主は豊かな黒髪を乱す勢いでソファに駆け寄った。

 

「何ですって!」

 

 アーチャーは寝がえりを打ち、また両目を閉じた。

 

「御三家の共闘が前提ならば、どう考えてもそちらのほうが理にかなっている。

 君の家は、冬木第二の霊脈にあるって自慢してたじゃないか。

 目くらましのために、魔術師を最弱と言い、

 剣士、槍兵、弓兵を三騎士なんてもてはやして、

 外来の参加者に引かせる気だったんだろうが、

 その知識が伝達されていないんだよ、恐らくね」

 

「でも、三騎士には対魔力が付与されるわ」

 

「だが、セイバーとランサーは、マスターが傍にいなくては十全の力を発揮できない。

 つまり、マスターも相手に身を晒すことになる。

 どんなに強い英霊だって、頭は一つで腕は二本。元が人間である以上は変わらない」

 

 そのとおりだ。召喚できるのはあくまで、人間だった英雄たち。百の頭と腕を持つヘカトンケイルのような、そういう存在は含まれない。

 

「その何がまずいっていうのよ」

 

「だから戦闘時には、マスターの守備に致命的な隙が発生する。

 この二組と対するに、マスターはマスターを狙うだろう。

 セイバーやランサーには魔術で勝てないからね」

 

「それはそうよ。セイバーがよかったっていうのは、

 わたしの魔術での同士討ちを心配しなくていいからよ。

 でも、あんたにはあんたで、いいところがなくもないわ。……たぶんね」

 

「……そいつはどうも。

 そうして、マスターが戦っているところに介入し、

 漁夫の利をおさめられるアサシン。こいつが次善の選択肢だよ」

 

 どちらも弱く、ハズレとされているサーヴァントだ。

 

「そんなはずないでしょう!」

 

「そして今回、アインツベルンはバーサーカーを選んでる」

 

「ええ、とんでもない化け物。きっと大英雄にちがいないわ。

 あんな魔力をバカ食いするクラスを、きちんと制御できるんだもの、

 あの子も化け物魔術師よ」

 

「いいや、違うよ。バーサーカーを選ぶ最大のメリットは、

 サーヴァントの意志を無視できることさ。

 彼は聖杯を手にしたら、何をしたいなどとは考えられない。

 だからこそ、思考力を奪ったクラスが存在し、呪文も設定されているんだろうね。

 前回、あのセイバーを召喚した陣営に、思うところがあったのかな」

 

 凛は言葉を失くした。

 

「ちなみに、機動力のある強力な宝具に騎乗するライダーも、見せ札の可能性が高い。

 どんな乗り物かは知らないが、これほど秘匿と相性の悪いクラスはない」

 

 ヤンはむくりと起きあがった。凛は思い出した。彼をライダーとして召喚したら、という仮定を。

 

「今、ものすごく納得したわ。あんたの宇宙戦艦とか冗談じゃないもの」

 

「まあ、私の場合は極端すぎるがね。

 しかし、夜に戦うといっても、物音を立てればより響く。

 欧州、中近東の乗り物といえば、戦車や名馬の可能性が最も高い。

 やはりこれは、二百年前に作ったシステムとのギャップなんだろうなあ。

 当時はよかったが、社会や技術の発達で、馬がいなくなってしまったんだよ」

 

「ああ、そうかも。考えてもみなかったわ」

 

 歴史マニアの未来人の指摘に、現代人は頷いた。

 

「船だと戦場が限定されるから、ライダーを狙うなら考慮するだろう。

 空飛ぶ乗り物の伝承がないではないが、こいつも疑問だね」

 

 凛は首を傾げた。

 

「相手の攻撃は届きにくいわよ」

 

「だが、市街地に潜まれた相手を見つけるのは難しい。

 現代戦の空爆は、そういう敵の排除が目的だが、魔術の秘匿でそれはできない。

 となると、一方的に不利だよ。自分のほうは一発でばれるのにさ」

 

「それはいくらだって手段があるわ。マスターが結界を張ったりすればいいんだから」

 

 凛の反論に、軍人のサーヴァントは難色を示した。

 

「それで秘匿はクリアできるとしても、

 馬にしろ戦車にしろ、要は兵力を高速移動させる道具に過ぎないんだよ。

 攻撃には、矢を射るなり、槍で突くなりしないと意味がない。

 だが、その役割は他のクラスに取られてしまっている。

 乗り物で体当たりするのかい? 合理的じゃないね」

 

「そうとは限らないでしょ。宝具自体に武器が備わっている場合もあるわ。

 あんたの戦艦だってそうでしょう。どうやって攻撃してたのよ」

 

「主力武器は中性子線ビームだ。有効射程距離は五光秒。

 百五十万キロの彼方から撃ち合うのさ」

 

 凛が電子機器の取り扱いが苦手とか、もうそんなレベルの話ではない。距離の単位が『光』ときた。想像を絶するとはこのことだ。

 

「……ちょっと待って。ここからどのくらいの距離になるっていうの」

 

「うーん、月までの四倍ぐらいかな。

 彼我の距離がもっと接近すれば、レーザー水爆やレールキャノンの出番になるが」

 

「それ、どんな武器なのよ」

 

「ええとね、レーザー水爆は……」

 

 聞くだに禍々しい単語に、艶やかな黒髪が左右に振られた。

 

「やっぱりいいわ。知りたくなくなってきた。

 体当たりのほうがまだマシな気がする」

 

「体当たりなんかするのは、強襲型揚陸艦ぐらいだなあ。

 こいつは白兵戦の人員を送り込むための艦で、厳密に言うと強制接舷だ。

 しかし、白兵戦隊員は宝具に含まれるんだろうか……?

 戦闘技術的には、セイバーとランサーの中間になってしまうんだが」

 

 『バナナはおやつに入りますか?』みたいな自問に凛は呆れた。おざなりに手を振って、英霊ヤン・ウェンリーがライダーだったらという仮定を打ち切ることにした。

 

「も、いい。あんたがライダーじゃなくてよかったと改めてわかったから。

 じゃあ、アーチャーはどうなのよ」

 

 その問いに、ようやく大儀そうに起きあがり、黒髪をひと混ぜする。

 

「三騎士の中でも一見ぱっとしないし、接近戦にも弱い。

 あんまり、弓で名だたる英雄も聞かないしね。中世ヨーロッパだと」

 

「無駄なしの弓のトリスタンとか、ロビンフッドくらいよね」

 

「だが、ギリシャ神話まで手を広げれば、ヘラクレスにオリオンあたりも候補だ。

 どうやって呼んだらいいのか、触媒の入手は困難だろうがねえ」

 

 本当に歴史マニアって……なんていうかこう、発想の方向が見当もつかない。

 

「ちょっと待ちなさい。ギリシャ神話って、キリストの聖杯以前でしょうが」

 

「クー・フーリンが召喚できる以上、そっちの聖杯かは怪しいね。

 彼はイエス・キリストと同時代人で、どちらも夭折にしている。

 中近東のキリストの逸話を、アイルランドの彼が聞けたとは思えない」

 

「じゃあ、聖杯の概念って……」

 

「ヨーロッパに広く分布する、魔法の大釜伝承が有力候補じゃないかな。

 ケルト、北欧、ギリシャ神話にも登場してるよ。

 だから時代区分はあてにならないとみていい。

 私の時代には、いわゆる宗教はほとんど残っていないんだ」

 

 その見本が、この黒髪黒目の東洋人っぽいサーヴァントだ。凛は肩を落とした。

 

「あんたに時代を言われると、納得するしかないわね」

 

「なによりも、戦場で最も人を殺したのは飛び道具だ。

 剣や槍の射程外から、敵を撃つこともできる。

 篭城しているマスターを狙う輩を、死角から狙うことも。

 単独行動スキルが付与されるのは、そのためだと思うんだよなあ」

 

 たしかに、共闘するなら効果的な組み合わせかもしれない。キャスターが本拠地を固め、バーサーカーが囮となり、死角からアサシンないしはアーチャーが必殺の一撃を放つ。

 

「でも、弓兵も三騎士って、もてはやされてるクラスよ」

 

 凛の言葉に、アーチャーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「私を見てもそう思うかい?」

 

「うっ……」

 

「このクラスは、本来は一種のトラップではないだろうか。

 召喚者の知識と、用意する触媒によっては、強い英霊を呼ぶのも可能なんだ。

 『キリストの聖杯』以降の英雄にこだわらなければね。

 強い弓兵を呼びたいなら、『キリストの聖杯』以前の英雄の触媒を用意すればいい。

 しかし、そうと知らない者に取られても御三家側には脅威じゃない。

 召喚するサーヴァントの強さに、有意に格差を設けられるんだよ」

 

 凛はおのれのうっかりぶりを呪った。

 

「あの壺、地下室にしまわなきゃよかった……。

 中国の壺が触媒になるなんて思わなかったのよ!」

 

「だろうねえ。明代は一騎当千の英雄の時代ではないものなあ」

 

「千六百年後のあんただって、一騎当千の英雄じゃないでしょう!」

 

 いきり立つ凛に、寝癖のついた黒髪が上下動した。 

 

「いや、まったくそのとおり。

 だが、こいつが本物の戦争じゃないことはわかってるよ。

 軍隊として運用するでもなし、個々のぶつかり合いに、

 複数の兵種を用意する意味なんてない」

 

 そう言うアーチャーは、軍人というよりも学者の卵に見えた。

 

「あんた、そんなこと考えてたの」

 

「ああ。この聖杯戦争、そこからして怪しいじゃないか。

 なんで、様々なクラスにする必要があるんだ。

 本当に力比べと言うなら、もっとも伝承が多い剣士を七人呼んで、

 勝ち抜き戦の試合でもやればいいんだよ。

 ジークフリートにローランにシグルド、そしてアーサー王と円卓の騎士。

 七人くらいすぐ思いつくし、二週間とかからずに終わる」

 

 欠伸交じりだが、相変わらず合理的過ぎる発言だった。

 

「たしかにそうかもね。じゃあ、なぜこんな形にしたんだと思うの?」

 

 凛は逆に質問してみた。

 

「英霊が生贄と仮定すると、その方法では死に至るとは限らないからじゃないかな。

 だからこそ、『勝負』じゃなくて『戦争』ではないのだろうか。

 これは、ポーカーじゃなく七並べみたいなものだ。

 強い札じゃなく、目的に近い札を引くべきなのに、そいつが忘れ去られてる。

 一子相伝の魔術師が本気の殺し合いなんか演じたら、当然そうなるに決まってるさ」

 

 身も蓋も底もないほどに冷静な考察だった。

 

「きっと、最初のころは取りきめがあったんじゃないだろうか。

 第四次聖杯戦争で、傭兵を入れるぐらい切羽詰まった家がいたせいで、

 おかしくなったのかもしれないよ」

 

「じゃあ、アインツベルンが何かをやったっていうの」

 

「可能性は低くないね。

 なお、第三次は君の曽祖父が参加したと思われるが、きちんと生還してる。

 でないと君の大叔父、つまり『柳井くん』の祖父が生まれないからね」

 

 凛は舌を巻いた。それは先日、アーチャーがでっちあげた名であった。

 

「戸籍って、そう使って調査するんだ……。知らなかったわ」

 

 あの十六通で12,450円也の戸籍代金、ちゃんと役に立っていたのだ! 高いと思ったが、その分の価値はあったのか。これは驚きだった。

 

「でも、限界もある。この戸籍制度は明治五年にできたが、

 公開されているのは明治十九年に作り直されたものが最も古いんだ」

 

 呆気に取られた凛に、枕代わりの六法全書を見せるアーチャーである。

 

「つまり、聖杯戦争開始の二百年前の事は戸籍からではわからない」

 

「じゃあ、どうやって……」

 

「ここで登場するのがお寺だよ。遠坂家の先祖代々の墓はどこにあるのかな?」

 

「柳洞寺だわ……」

 

 キャスターが根城にしていると思しき場所だ。

 

「でもなんで柳洞寺が出て来るのよ」

 

「人間、生まれたからには必ず死ぬ。要するに、納骨した時の記録に頼るわけだ」

 

 凛の翡翠の目が点になる。歴史マニアって一体……。

 

「だからこそ、キャスターと平和裏に交渉したいんだよ。

 住宅地図で見たかぎりだが、とても大きなお寺だった」

 

「ええ、そうよ。昔から深山町にある家は大体あそこの檀家だわ」

 

「士郎君の家もそうかな?」

 

「多分、そうでしょうね。藤村組の親分さんが後見人になったぐらいだし」

 

「その線で、セイバー陣営の主戦論を押さえたい。

 確かに非道な行為だが、暖房のきいた室内で、

 救急車を自力で呼べる行為にとどめてる。

 失血の上、真冬の路上に放置しておく吸血鬼犯とは明らかに違う。

 おそらく、寺の住人にも、現段階では重大な危害は加えていないだろう」 

 

 アーチャーの言葉に、凛は胡乱な目を向ける。続いた言葉は突拍子もないものだった。

 

「冬木市の年間の平均死亡者数は六百人から七百人だったのを忘れたかい?」

 

「それがどうかした?」

 

「一日二人が亡くなっている計算になる。

 あれだけ大きなお寺なら、週の半分以上は葬式や法事をやっていないだろうか」

 

「ええ、そうみたいだけど、何の関係があるっていうの」

 

「新聞で見るかぎりだが、昏倒事件が起こり始めてから十日は経っている。

 その間に葬式ができないと、たちまち町中の噂になると思うんだ。

 欧州や中近東の住人が、人を操り、異なる宗教の葬儀を行うのは無理ってものだ。

 そして、異教を弾圧した時代や場所の人間ではないんだろうね」

 

「ああっ! ……たしかにそうだわ。

 柳洞寺の子も同級生だけど、別に変わった様子はなかった……。

 それに英霊によっては、寺なんてタブーもいいところよね」

 

 冠婚葬祭のうちで、予測ができず待ったもきかないのは、葬式だけだ。葬式を上げる寺の都合がつかないと、火葬だってできない。火葬場を管理している市民課だって困る。ヤンは、十年前の市民課職員の話と、戸籍を取りに行ったときの状況を結びつけて判断したのである。

 

 人が死んだら、遺体をどうにかしなくてはならないのは未来も変わらない。マスジッド宙港で永遠の眠りについた、あの老大佐のように。人類が存続するかぎりは、大地に墓標を立てるだろう。遺体の有無には関わらず。ヤンの父の墓は空っぽだが、母の隣で眠っていることだろう。

 

 自分のはどうなったことやら。そんな思いはおくびにも出さず、彼は続けた。

 

「柳洞寺にいるなら、キャスターは実体化しているほうが自然だ。

 霊体化した状態では、ほとんど現世に干渉できなかったよ。

 資料のページさえめくれないくらいだ。

 陣地を作るには、何らかの作業が必要じゃないのかな。

 ねえ、マスター、魔術師としてその辺はどうなんだろう?」

 

「あちゃー、うっかりしてたわ。

 魔方陣を敷くにしても、礼装を作るにしても、

 作業をしなくちゃ無理ね。考えてもみなかった」

 

 遠坂凛、うっかりをやらかすところだった。サーヴァントが、日常どうしているかまでは考えになかった。キャスターは籠城戦を前提とし、実体化しなければ、陣地作成を行えないのではないか。だからいっそう魔力を必要とし、あるところから持ってきているのだろう。アーチャーに言われてみれば、いかにも魔術師の発想だった。

 

「それに、いないはずの人間が出てきたら不審に思われるが、

 いるはずの人間が姿を消しても、何の不思議もない。

 トイレかもしれないし、ちょっと買い物に行ったのかと思うだろう。

 外国人ならば特に。キャスターと名乗っても、そう不自然じゃないさ」

 

「あーっ、そうだった!

 あんたの顔が東洋系っぽいから、そっちも失念してた!」

 

 またまたうっかりしていた。彼は遥か未来、国境が星の海の間に引かれた世界に生きた。歴史愛好の趣味のお陰で、ルーツに関係なく聖杯の概念を持っている。

 

 顔立ちは東洋系に近いが、肌は白く、日本人とは骨格が違う。頭が小さく、手足が長い。肉付きの薄さと相まって、軍服が似合わず損をしている。生っ白くて、頼りなく見えるのだ。よくよくよーく見ると、割とハンサムなのに。

 

「どうしようかしら。柳洞くんに事情を聞いたほういい?

 私のこと敵視してる奴だけど、衛宮くんとは仲がいいのよ」

 

「そいつはいいね。ただ、注意は必要だよ。

 その子からキャスターに伝わるかもしれない。

 士郎君も友人を人質を取られてるようなものだ。

 その彼のセイバーが切り込むなんて、不確定要素と危険が多すぎる。

 だがキャスターとの交渉は可能だと思う。君が言ったように」

 

 凛は眉を寄せた。

 

「は? わたしがなにか言ったかしら」

 

「モグリの『魔術師』は、遠坂の家門に入るか、上納金を払うべしって」

 

「え、ええーーっ!?」

 

 凛は信じられないものを見る視線を向けた。

 

「何言い出すの、あんた!」

 

「魔術師としてのルールは守っている相手だ。

 理を説き、利に誘えば、頷く可能性がある。

 とりあえず、先手を打って、手紙でも出してみたらどうかな。

 墓参りしたいけどいいですか、できれば管理者として話もしたいとね。

 イリヤ君だって、切嗣氏のお墓参りはしたいだろう。

 ついでに返信用封筒も入れておいたらいいよ。

 切手二枚分なら、無視されても安いものさ」

 

 凛は眉間に皺を寄せ、常に斜め上に突き抜けたことを言う従者を睨んだ。

 

「信じらんない。ありえないわ。聖杯戦争に郵便ですって!?」

 

「魔術勝負じゃ絶対に勝てない相手だよ。

 敵陣で、敵の得意分野の勝負をしても始まらないということさ。

 ならば勝る点、キャスターの生きていた時代より、

 進んでいる社会システム、こいつを利用すべきだ」

 

「もう、勝手にしなさい」

 

「ありがとう。じゃあ、便箋と封筒と切手をもらえるかな?」

 

 言葉もない凛だった。もう付き合ってられない。衛宮家に行かなくちゃならないから、身支度をしよう。とりあえず、レターセット一式を押し付けてから。凛が出発を急かす頃、何枚もの便箋を出来の悪い造花にしてから、アーチャーの手紙は書きあがった。

 

「こんなの、効き目あるの?」

 

「半々だねえ。だが、さほど害にはならない。

 打てる手は打っておいたほうがいいよ。敵の敵は味方ということだってある」

 

「聖杯戦争なんて、みんな敵でしょう」

 

「だが、キャスターにとっては、

 最も目障りなサーヴァントの排除を手伝ってくれるかもしれない」

 

「まさか、セイバーじゃないでしょうね」

 

 凛の詰問に、アーチャーは漆黒の瞳を瞬かせた。

 

「違うよ。吸血鬼事件のライダーだかアサシンさ」

 

 アーチャーの言葉は、聖杯の加護によってきちんと日本語に翻訳されている。だが、凛は懇願した。

 

「お願い。人間の言葉で話して」


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