Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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24:呪文と言葉

 結局、遠坂凛とアーチャーは衛宮邸に宿泊した。魔術回路を開く痛みに唸る士郎を放置することはできない。万が一だが、死に至ることもありえる。

 

 とはいえ、弱ったマスターの枕元に遠坂主従が控えるなど、セイバーに許容できることではない。折衷案で、凛は客間に通され、アーチャーは居間で持ってきた資料に取り組むことにした。

 

 なにかあれば、アーチャーに声を掛け、凛を心話で呼ぶ。それでいいじゃないかというアーチャーの提案だ。セイバーと凛に受け入れられる内容である。

 

ついでにアーチャーは、あの不可解な治癒を議題に上げてみた。

 

「昨日の怪我、あれは致命傷だよ。それが治ったぐらいだから、危険性は低いと思う。

 しかし、生来の体質ではないようだね。セイバーの召喚に関連するのかな」

 

「どういうことでしょうか」

 

「以前怪我をして、部活を休めと言われた時は、

 治癒まで相応の時間がかかったようだから」

 

 セイバーは密かに舌を巻いた。たったの一言から、そこまでの考えを巡らせることができるのか。彼のマスターは小首を傾げた。

 

「ひょっとして、セイバーの魔力が逆流しているのかもね。

 以前の参加者には、サーヴァントと魔力を同化させて、

 一時的に不死に近い肉体を得たマスターもいたそうよ」

 

「もともとイリヤ君の家の悲願は、

 不老不死または死者の蘇生に類するものと考えられるからね。

 頷ける話だ。ああ、そうか、だから『聖杯』なんだよ。

 魔力の釜というだけじゃなくて、ダブルミーニングだ」

 

 ゴルゴダの丘で処刑された、イエス・キリストの血を受けた杯。その聖杯で汲んだ水は、飲んだ者の傷病を癒し、あるいは不老不死を与える。病に倒れたアーサー王が求め、騎士らが探索して持ち帰り、王は快癒したという伝説は有名である。

 

「もう、名称からしてあからさまにアインツベルンのための儀式じゃないか。

 『ヘブンズ・フィール』も天の杯という意味だそうだし」

 

 再び、ぐったりとする漆黒の長い洗い髪。

 

「ああもう、ご先祖様はどうして気が付かなかったのかしら」

 

「恐らく言葉の問題だ。キャスターって、最初なんのことかと私は思ったね」

 

「『魔術師』よ」

 

「違うよ。英語で直訳すると『投票者』さ」

 

 凛が眉を顰めた。

 

「テレビのキャスターと同じじゃないの?」

 

「そいつは和製英語。ニュースキャスターとは別個のものさ。

 ニュースが接頭語に付くから『ニュースを報じる者』になるんだ。

 詠唱する者というニュアンスで選んだのなら、スペルとかを頭にくっつけないと」

 

 アーチャーの言葉に、今度は顔を覆う凛だった。

 

「いやぁ、もう……。間抜けすぎる。カッコ悪いわ」

 

「アインツベルンがドイツ人だったせいかな?

 遠坂は当然として、マキリも英語圏の人間じゃないんだろうか」

 

「それ、聖杯戦争となんか関係がある?」 

 

「魔法使いといえば、呪文を唱えるものだろう。

 他国語だから間違えたとも思えなくてね。

 呼び出される側に配慮でもしたのかな」

 

 セイバーが首を傾げる。

 

「配慮とは……どのような?」

 

「ヨーロッパの暗黒時代に行われた、魔女狩りという名の異教弾圧。

 土着の信仰にキリスト教が取って替わるため、知識層の女性を迫害したんだ。

 彼女たちは、教会以上に地域の住民からの信頼を受ける存在だったからだ」

 

 翡翠が瞬いた。

 

「魔女狩りが? あれはでっちあげだってのは知ってるけど」

 

 これもまた、凛が思ってもみない発想だった。魔術は知らないが、戦史では優等生だったヤン・ウェンリー。

 

 戦争の歴史は、人類の歴史とほぼ等しい。宗教戦争は文化衝突の一形態だ。銀河帝国の専制と、自由惑星同盟の共和民主制を考える上で、ずいぶんと地球時代の歴史資料を読み漁ったものだ。大半は趣味だけど。

 

「風土に根ざした信仰には、薬草などへの知識が含まれている。

 医師で薬剤師、助産師でもあった白い魔術の使い手だ。

 だからこそ、ぽっと出のキリスト教には邪魔だったんだよ。

 神秘が薄れたなんて、案外とそのせいじゃないのかね」

 

 宗教のない未来に生きたヤンは、しごく罰当たりな台詞を吐いた。セイバーがいつの時代の人間なのかを測る目的もある。十字軍の参加者やジャンヌ・ダルクならば、烈火のごとく怒るだろうと思ったのだが、その様子もない。

 

ヤンは黒髪をかき混ぜ、言葉を継いだ。

 

「そういう存在をそんな風に呼んだら、気を悪くするかもしれないだろう。

 魔術師殺し(メイガス・マーダー)か。凛、魔術師はメイガスと呼ぶんだね?」

 

「まあ、そうね」

 

「なるほど、ウィザードやソーサラーではないってわけだ。

 じゃあ、語源はマギ、東方の三博士ということか」

 

 言葉遊びのような会話に、セイバーの眉間に皺が寄る。

 

「それが何か?」

 

 ヤンは、英語が銀河連邦公用語へと発展し、ルドルフ・ゴールデンバウムのゲルマン文化偏重により、ドイツ語が復活して、銀河帝国公用語が成立した歴史を知っている。帝国からの逃亡者たちは、銀河連邦公用語を復活させ、後の自由惑星同盟公用語となった。

 

 それが可能だったのは、英語とドイツ語は古代ゲルマン語を共通の祖とするからだ。

しかし、近隣の民族の文化からも大いに影響を受けた。

 

 最たるものが西方世界の中心、東西文化の要衝たる古代ローマ。ギリシャ文明やエジプト文明、メソポタミア文明の後嗣でもある。古代ローマ人はラテン語を話した。マギもラテン語であり、それは英語の語源ともなった。

 

「言葉は本質を表すんだ。マギの技はマジックで魔術。魔術を使う者がマジシャン」

 

「あんたの二つ名ね」

 

「私のは手品のほうになるけどね。

 実はもうひとつ、マギが語源ではないかという言葉があるんだよ」

 

 金髪と黒髪の美少女達は顔を見合わせた。

 

「なんなのよ」

 

「メディック。医療だ」

 

「はぁ? 今度は何が言いたいの」

 

「東方の三博士が、イエス・キリストに贈ったのは、黄金と乳香と没薬。

 後ろ二つは、香料であり薬でもある」

 

「香料が薬、ですか?」

 

 金沙の髪が傾げられる。

 

「薬草の一種だからね。殺菌と防腐作用もあるんだよ」

 

 凛の瞳に不審の色が浮かんだ。洒落っ気なんて皆無なアーチャーが知っている香料。ということは、歴史的に有名な用途があるんじゃないのだろうか。

 

「ねえ、あんたが知ってるってことは、何の香料と殺菌と防腐に使ったの?」

 

 その問いに、優等生の発言に機嫌をよくした教師の笑みが浮かべられた。

 

「さすがに君は察しがいいなあ。ミイラの製作に使用したんだ」

 

 言葉もないセイバーに、凛が溜息を吐きながら首を振ってみせる。

 

「こういう奴なのよ。あんまり真面目に付き合うと疲れるから。ね、セイバー」

 

「はい……」

 

「永遠の命を願うのは、人間の普遍的な感情だよ。

 そして死者の復活への願いも、世界中の神話に語られてる。

 なにもイリヤ君の実家ばかりのものじゃない。

 もっとも、成功例はほとんど聞かないがね」

 

 その言葉には、西洋と東洋の少女らも頷かざるを得ない。

 

「人間誰しも死ぬのは怖い。可能ならば逃れたいものだ。

 その最先端の研究者が、魔術師だったわけだろう。

 魔術からは、自然科学や薬学、医学、天文学が分化していき、文明は発展した」

 

 鉛から金を生み出そうとしたことが元素の発見につながり、見えない神秘を覗く水晶玉は、顕微鏡や望遠鏡になった。星の運行に人の運命を重ね、観測することが天文学の基礎である。東方の三博士は、キリストの誕生を星の輝きで知ったのだから。そうした学術の積み重ねが、ヤンの時代の技術の根幹ともなっている。

 

「そのせいで、魔法と呼べるのはいまは五つしかないのよ。

 他の手段で代替できるものが魔術になったんだから」

 

 かつては、呪文一つで松明に炎を点すことができれば、充分に魔法と呼べた。しかし、今ではマッチがあり、ライターがある。いや、懐中電灯の方がはるかに優秀だ。

 

 凛の最強の宝石魔術も同様である。威力で比べるなら、ミサイルのような近代兵器には及ばない。ただし、霊体であるサーヴァントには一般の兵器は効かないが。

 

「なんにしたって、狭い世界で他者の検証も受けずにやれば退嬰もするさ。

 昔は魔術師として名を成し、尊敬や畏怖を捧げられていただろうに。

 時を逆行する学問なんてかっこつけても、

 私には葡萄をやせ我慢する狐としか思えないね」

 

 肩を竦めるヤンに、翡翠の瞳が険しくなった。

 

「なんですって!?」

 

「君の魔術、何か日常で利益を生むかい?

 あ、士郎君の上納金と授業料は除いてね。

 魔術や薬で、病人やけが人を公然と癒し、感謝されるようなことはあるのかな」

 

 凛は口を噤むと、視線を逸らせた。そんなことはできない。魔術の行使が明るみになったら、時計塔の封印指定執行者に狩られるのだから。それ以上に、費用対効果で現代医学に敵わないのだ。マスターの様子に、アーチャーはそれ以上の追撃はせず、射たのは別の疑問点だった。

 

「キャスターは、魔術で名を成した英雄だ。魔術を秘匿しなくてよかった時代の人間。

 令名か悪名かは措くとして、君たちより原初に近い位置にいる。

 当時最高峰の薬学の権威でも不思議はない。

 昏倒事件の悪臭は魔法薬のたぐいかもしれない」

 

 セイバーが拳を握り締め、鋭い眼差しで声を張り上げる。

 

「卑怯な! すぐさま討伐すべきです」

 

「いや、そうとばかりも言い切れないな。

 戦う方法がそれしかないのなら、使わざるを得ないんだ。

 毒や陰謀は、多くの場合非力な者の手段なんだよ」

 

「非力?」 

 

 セイバーにアーチャーは苦笑してみせた。

 

「そう。私に力があるなら、何も考えずに正面から粉砕できる。

 バーサーカーのように。しかし、持たざるから考えるわけさ」

 

 あまりに的確な具体例に、セイバーも凛も頷くしかなかった。

 

「キャスターの犯行も非常によく考えられたものだ。

 私は、キャスターは女性の可能性が高いと思う」

 

「たしか、あんた最初にそう言ってたわよね。

 小さい子と母親は重症にならないようにしてるって」

 

「他にも悪臭という小道具を使って、ガス中毒と思われるように辻褄を合わせてる。

 こいつが男の発想と思えないんだよなぁ」

 

 セイバーは周囲の人々を思い返した。ことに生前の面々を。

 

「たしかにそうかもしれません。――いろいろと雑でした」

 

「雑なら付け入る隙があるんだが、細やかな相手はとても厄介だ。

 おいそれと現場を押さえられるようなヘマはしてくれない」

 

「見逃す気ですか」

 

 黒髪が左右に振られ、組んだ両手に顎を乗せる。

 

「ここまでの犯行を証明できない以上、これからの犯行を抑止するんだ。

 キャスターは、魔術は秘匿するという、現代のルールを弁えて対応している。

 ほぼそれに成功し、今のところ死者や重症者を出していない。

 斃すほどの重罪には問えないよ。この昏倒事件に関してはね」

 

「マスターの入れ知恵かも知れぬでしょう」

 

「それでも別にかまわないよ。

 理があることには従い、損得を計算できる相手ならね。

 見ず知らずの人間に、不必要に残虐な真似をしないタイプのような気がする。

 吸血鬼や一家殺人と違って、非常にやり方が洗練されてる。

 これみよがしな学校の結界の犯人でもなさそうだ」

 

「犯行には為人(ひととなり)が現れるって、あんた言ってたわね」

 

 凛の問い掛けに、アーチャーは髪をかき回しながら渋面を作った。

 

「集団昏倒の犯人が、結界の設置者ならば、凛が気付かぬ内にやられていただろうさ。

 反面、ちょっと気分が悪くなったとか、

 風邪が流行ったという程度で収まったと思うね」

 

「数百人を融解させるようなことはしないと?」

 

 セイバーの反問に、ぼさぼさになった黒髪がうなずいた。

 

「下手に手を出して、恨みを買うのは逆効果だと思うんだよ。

 必要ならば、非情に徹し、残虐な手段も厭わない。

 生前の敵に、似たようなタイプがいたんだ」

 

 『彼』が最も憎悪したのは、自国の旧王朝とそれを支えた権門であった。その粛清は容赦のないものであったが、敵国たる自由惑星同盟への出兵には、むしろ反対派だったと聞き及ぶ。宇宙統一なんぞ、正直言えば損だからだ。

 

「へ、へえ、そうなの……」

 

 心話を送られた凛が口の端を引き攣らせる。セイバーは無言で表情を硬くした。セイバーの生前を知りもしないだろうに、言う事がいちいち急所に命中し過ぎる。彼女にとっては、実に嫌な相手だった。

 

「では、放置しろと!?

 管理者のサーヴァントを名乗るならば、片手落ちというものだ」

 

「ちょっと違うなあ。

 仕掛けるには、時期尚早だと言っているんだ。

 手紙の返事もまだだし、相手が折れてくれるかもしれない。

 それが無理でも、確実な対処法を編み出してからにすべきだと思う。

 いずれにせよ、君たちの魔力供給の目途がたたない間は駄目さ」

 

 やんわりといなされたセイバーは、アーチャーとの会話を打ちきることにして、無言で一礼すると士郎の寝室に向かった。それをしおに、凛も立ち上がって客間に向かう。

 

 残ったヤンは、資料をめくりながら、黒い瞳で別の物を見ていた。

 

「そう、言葉なんだよ。ヘブンズ・フィールは天の杯。

 アイリスフィールにイリヤスフィール。フィールを名に持つ親娘。

 たしかに杯は女性の象徴だが……。

 そして聖杯の担い手。母が銀髪紅眼、父が黒髪黒目、娘は母の色彩をしてる」

 

 銀髪紅眼。アルビノに見られる特徴だ。それが三人、いや故人も含めれば四人。遺伝的な要因によるものだが、近い親族といえども、ここまで頻発するものではない。

 

 イリヤの場合は、父が黒髪黒目なのだからなおのことだ。あの真紅の瞳にも関わらず、視覚障害は見受けられず、陽光への備えもしていない。アルビノの人間は虚弱体質であることが多く、実年齢とは異なる幼い容姿も、最初はそれだと思っていた。

 

 しかし、呼ばれたメイドを見てヤンは首を捻ったのだ。こんなにアルビノが揃うだろうか。しかも妙齢の女性ばかり。イリヤの実年齢からすると、五年間ほどで三人も生まれていることになる。いくらなんでも不自然だ。それに、皆がみな、人形のように美しい。メイド二人の能力も大変なものだ。

 

 ヤンが作ったセラの台詞は、外国人に話せるようにと、当初はもっとシンプルなものだった。それに首を振り、法律知識を組み入れて、もっと強烈な印象を与えられるように要求したのはセラだ。難しくなった台詞を一発で記憶し、外国語を駆使して流暢に話せるものだろうか。

 

 そして、四十人分の膂力を持つセイバーを子猫のように運べるリズ。今のヤンならば、同等の体格差の士郎でもああやって運べるが、生前は無理だった。すなわち、尋常の腕力じゃない。

 

「凛は、アインツベルンは錬金術の大家だと言った。まさか……」

 

 その時だった。蛍光灯の光に影を落として、ひらひらと舞うものが視界をよぎる。黒と薄紫の優美な蝶だ。――二月の最中にいるはずもない。

 

 蝶は意志あるもののように、いや意志をもって彼の黒髪に止まった。ちょうど、左耳にかかるあたりの位置に。

 

『よく気がついたこと。アレらはピュグマリオンの末裔の手になるものね。

 そうそう、書状はいただいたわ。

 返事をしたためるよりは、こちらの方が早いから、

 こんな恰好だけれど失礼させていただくわね』

 

 優美で落ち着いた女性の声が、アーチャーの耳朶を打った。


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