Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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29:夢破れし者の哀歌

 遠坂邸は、魔術師遠坂凛の工房である。魔術師にとっての砦。至るところに魔術的な罠が仕込まれた、難攻不落の要塞だ。アインツベルンのマスターは当然、へっぽこな弟子を招じ入れるわけにはいかない。

 

いきおい、会合場所は衛宮邸になるのだった。

 

「リン、もうここに泊りこんじゃったら?」

 

「うーん、イリヤ君。私は賛成できないね。風紀的にも危機管理の点でも」

 

 実体化したアーチャーが首を振る。

 

「我々が連携しているのは教会に公表した。

 戦争継続派も連携して攻めてくるかもしれない。攻めなくとも方法はある。

 士郎君の所に凛が寝泊りしていると世間に言うだけで、かなりのダメージだよ。

 どうも魔術師の皆さんには、そういう発想がないようだが」

 

 顔を強張らせた士郎と凛に、アーチャーは眉間をさすった。ヤン艦隊の良心、生ける軍規のありがたさを今さらながらに実感する。だからこそ、間桐慎二を『魔術師』という単語で挑発しておいた。『間桐くん』と『士郎』も無論その一環だ。

 

 ヤン・ウェンリーは、普段は見え透いたところのある善人だが、戦争では宇宙一人が悪くなるとは別の部下の評である。アーチャーにとっては甚だ心外だが、ここにいる面々が知ったら、全員がその美丈夫に賛同したことであろう。だから黙っているのだが。

 

「魔術師といっても、一般常識を甘く見ちゃいけない。

 君たちを傷つけ、生活をままならなくさせるには充分だ。

 イリヤ君は、おつきの人を抱えた切嗣氏の娘だからいいが、赤の他人の凛は駄目。

 昨日は車のおかげで見られなかったからいいけどね。

 わかったかい?」

 

 声もなく頷く高校生たちであった。

 

「それに、戦争継続派も連携して攻めてくる恐れがある。

 少なくとも、ライダーのマスターは一度は継続を選択したんだからね。

 複数の拠点を持てば、敵も分散せざるを得ない。

 どちらか一点に集中するならば、こちら側が挟み撃ちするチャンスになる。

 期間限定の戦いだから、相手に迷わせるだけでも意味があるんだよ」

 

 そして迷ったり、焦ったりすると、ヤン・ウェンリーの思う壺。銀河帝国の綺羅、星のごとき名将たちを手玉にとった思考誘導である。

 

 ただなあ、とヤンは内心で嘆息する。この少年少女たちはせっかちだ。これを今から説得にかからなければならなかった。

 

「では、そのライダーについて報告しよう。凛、携帯を出してくれるかい。

 うまく写っているといいんだが。ああ、これこれ」

 

「アーチャー、あんた、いつの間に……」

 

 彼は乱射したレーザー光線にフラッシュを紛れ込ませ、ちゃっかりと写真を撮っていたのであった。

 

「ほら、私は鏡に映るじゃないか。

 写真にも写せるんじゃないのかと思ってね。

 昨晩、自分を撮ったら撮れたんだよ」

 

 ライダーの前には、アーチャーの写真。自撮りに慣れているわけもないので、画像は少しぶれているし、視線もあっていないが、アーチャーが映っていた。えらく鮮明な心霊写真だ。

 

「自撮りってさあ、女子高生じゃないんだぞ」

 

 がっくりする男子高校生に、女子高生が反論した。

 

「失礼ね、わたしはそんなことしないわよ」

 

 正しくはそんなことできないだが、士郎も追及はしなかった。優雅なミス・パーフェクトには、たしかにふさわしくないと思うし。

 

「私だって面倒くさいが、作戦を立てるためには細かいことが重要なんだ。

 確認してみて、ライダーも同様じゃないかなと思ったのさ。

 口で言うより実物を見せた方が早い」

 

 そして、自分と同じくらい驚愕を味わってほしい。このやるせなさも共有してほしい。傷ついた歴史マニアであった。琥珀とエメラルド、ルビーが揃って大きさを増し、口々に呻き声があがった。

 

「う、うげ、これ誰? というかなんなんだよコレ!?」

 

「こっ、これがライダーのサーヴァント……! 

 なんと羨ま、い、いやはしたない姿なのでしょう。

 宝具は見たのですか、アーチャー?」

 

「ヘンなかっこう。ねえ、こんな服でなにに乗るの? 前だって見えないんじゃない」

 

 箱入り娘の言葉に、硬直する義理のきょうだい。馬に跨るにしろ、戦車を駆るにしろ、眼のやり場のない格好になるに違いない。ご丁寧に、武器は鎖の付いた釘のような短剣だ。そして目元を隠した仮面。騎乗兵という単語から想像する範囲を超えている。どう見ても妖しいお店の従業員であった。絶句する未成年に対し、中身が成人のサーヴァントはあっさりとしたものだった。

 

「いや、宝具は見ていないよ。そんなものを出されても困るからね。

 だから廊下を戦場に設定したんだよ。

 それにできるだけ、彼女の顔も見なくて済むようにした」

 

「やっぱり、あんた察しがついてたのね」

 

「うーん、誠に不可解なんだが、別の英雄を呼ぼうとして召喚されてしまったから、

 彼女はライダーなんじゃないかと思うんだ。

 そういう状況で召喚されたから、あんな格好にあんな武器なんじゃないかと」

 

 別の意味で異形のライダーと対峙しながら、冷静に考察しているアーチャーも相当であった。そら恐ろしくなるセイバーである。

 

「アーチャー。私にはあなたが何を考えているのかわかりません」

 

「いや、セイバー。あの格好を目の当たりにしてごらん。

 誰なのか気になって仕方がないよ。あれはない。あんまりだ。彼女も気の毒に」

 

 嘆くことしきりのアーチャーに、士郎は訊いてみた。

 

「で、誰なんだよ、このライダー」

 

「ペルセウスを召喚しようとして、呼ばれてしまったメドゥーサ。

 鎖の短剣は、アンドロメダの鎖のイメージの混合かな?

 そっちの方は濡れ衣だよなあ。かわいそうに」

 

「ちょっと待ってくれ。ペルセウスって誰さ?」

 

「じゃあ士郎君、ペガサスの神話は知っているかい? 秋の星座の代表格だけど」

 

「翼の生えた天馬だろ」

 

「そう。ギリシャ神話でも華やかな物語だね。

 ペルセウスは武勲を立てることを王に約束し、

 髪が蛇になっている魔物を倒しに行くんだ。

 神様から幾つも武器や道具を借りてね。

 冥府の神ハーデスからは姿隠しの兜、知恵と戦の女神アテナからは盾と剣。

 そして、伝令神ヘルメスからは空飛ぶサンダルを。

 あと、石にならない袋もあったっけかな?」

 

「じゃあ、宝具をいっぱい持っている英霊になるのか?」

 

「彼が召喚されていれば、そういうことになっただろうね。

 しかし、ペガサスの乗り手ではなく、生みの親が来てしまったんだろう」

 

 苦り切った顔のアーチャーは眉間を揉むと、座卓に突っ伏した。

 

「ほんとにもう、どうしてああなったんだ!

 最盛期の肉体なら、ギリシャ神話屈指の美女なんだよ。

 絶世の美女、知恵と戦いの女神アテナが嫉妬するようなさ!」

 

 少年少女はもう一度携帯画面を覗き込んだ。長く美しい紫の髪、黄金比の肉体、彫像のような眉目。確かに物凄い美人だ。衣装が全てをぶちこわしにしているが。

 

「そのさ、アーチャー。気持ちはわかるけど続きを頼む」

 

 きっと知らないのは士郎だけなんだろう。他の女性陣は一様に頷いているのだから。

 

「……ペルセウスが退治に向かったゴルゴンの三姉妹は、

 末妹のメデューサだけが不死身じゃなかったんだ。

 彼女たちの顔の恐ろしさは、直視した者を石に変えてしまうというものだった。

 それは、女神アテナに美貌と美しい髪を嫉妬されて、

 そんな姿にされてしまったんだよ。

 そうしておきながら退治に道具を貸す。ひどい話さ。

 やったのは自分なんだから、元に戻してあげればいいだけのことなのに」

 

「完全にマッチポンプじゃないか!」

 

「だろう? 

 ペルセウスは、女神アテナの鏡の盾に、

 メドゥーサを写して近づき、首をはねるんだ。

 その血潮から生まれたのが天馬ペガサス」

 

 柔らかな抑揚で紡がれる、遥か神代の物語。アーチャーは物語の優れた語り手だった。それは、彼の里子も聞いたであろう優しい声。

 

 凛ははっとした。この父と夫を失った子と妻が、どれほど嘆き悲しんだだろうか。彼という上官を失った、二百万の部下達もだ。今から千六百年後の、だが彼にとっては死後の出来事。凛は初めて認識した。聖杯戦争とは、なんて歪んだシステムなのか。

 

 ヤン・ウェンリーは英雄譚の続きを語る。

 

「ペルセウスは、ペガサスに乗って故郷に凱旋する途中、

 生贄にされそうになっている王女アンドロメダを、化け物鯨から助けるんだよ。

 メドゥーサの首を見せて岩にしてね。

 この神話の登場人物は、全部星座になっているんだ」

 

 そう言うと指を折って星座の名前を上げる。四辺形のペガスス座に、他の銀河を持つアンドロメダ座。アンドロメダ銀河は、我々が属する天の川銀河から約二百万光年離れているが、もっとも近いお隣さん。

 

 くじら座には老齢の巨星ミラ。星の膨縮が始まっているため、変光星としても有名である。

 

 アンドロメダの母のカシオペア座は、Wの形が特徴で、北極星の指標星座。ほかの星座は秋の星座だが、北極星に近いので、季節にかかわらず見ることができる。

 

 父親のケフェウス座は目立たないけど、全天一美しい赤色星ガーネットスターを王冠に持つ。

 

「ま、この一家は、星の位置が示すとおりのかかあ天下でね。

 娘が生贄にされたのは、母親がうちの子は海神ネーレウスの娘より

 美しいなんて言ったからさ。その一人は海神ポセイドンの奥さんだ」

 

「海の神様が二人もいるんだ」

 

「もっと沢山いるよ。ざっと三千人ぐらい」

 

「へっ?」

 

 神話のあまりの壮大さに、琥珀が真ん丸になった。 

 

「海は広いからね。他に有名なのは、外洋の守護神オケアノスかな。

 オーシャンの語源だ。ポセイドンは地中海、ネーレウスはエーゲ海の神」

 

「ああ、そうなんだ……。世界中の海の支配者じゃないんだな」

 

「そりゃ、地中海地方が世界の全てだった時代の神話だからだね。

 ネーレウスは古い神で、ポセイドンの大伯父だ。三千人の海の神は彼の息子。

 同じ数の娘もいる。そいつもあって、婿としては黙ってたらまずいわけさ」

 

 ユーモアを織り込んだ説明に、士郎とイリヤの目が輝いた。

 

「すごいわ。どうしてそんなにくわしいの?」

 

「船乗りは、古来から星を指標に航海していたからね。

 父の船の航法士のじいさまが教えてくれたんだ。

 これは彼の受け売りだよ」

 

 凛は感心しつつも呆気に取られた。実に自然な切り返しで、航行しているのが星の海だとは思うまい。

 

「なあ、じゃあペルセウスとメドゥーサはどうなったんだ」

 

「うん、英雄のペルセウス座の一角には、メドゥーサの首の星がある。

 こちらも変光星として有名なアルゴルだ。ミラとは変光のメカニズムが違うがね。

 ペルセウスの石像もメドゥーサの首を持っている。

 その手の触媒を使って、イメージが曖昧な者に召喚されたのかもしれない。

 少々、無理があるかな、この推論は」

 

 首を捻る黒髪に、金沙の髪が頷いた。

 

「しかし、アーチャー。あなたの考えにも一理あります。

 サーヴァントの強さは宝具によります。

 宝具が豊富なサーヴァントはそれだけで有利ですから」

 

「ありがとう、セイバー。触媒が不適切で、ペルセウスを呼ぶには弱かった。

 だから彼女は、女神に嫉妬された美貌に、

 怪物と化した後の能力なんかが変な具合に付与されて、

 あんな姿なんじゃなかろうかと思うんだ」

 

 大変悲しげなアーチャーである。

 

「ランサーはイメージのアレンジの範囲内だ」

 

 彼にひどい評を下したイリヤが、びっくりして声を上げた。

 

「ええーっ! あれでも範囲なの!?」

 

「彼の時代の戦支度は、体を青く塗って白い塗料で加護の文字を書くんだよ。

 それが鎧と一体化した姿なんだろうね、きっと。

 まあ、それは二騎のどちらにも言わないであげてくれ。

 一番不本意なのは彼らだろうからね」

 

「あんたもでしょう。なんでそんなに落ち込むのよ」

 

「……私にだって、夢を見させてくれたっていいじゃないか。

 ライダーの正体がメドゥーサならば、あの姿は気の毒に過ぎる。

 サーヴァントが最盛期の姿で召喚させるというのなら、

 ギリシャ彫刻のようなドレープのドレスに、

 美しい髪を凝った形に結いあげた、そういう姿でいいじゃないか!」

 

 艶やかで豊かな髪の美女が、たおやかな手で純白の天馬のたてがみを撫で、鞍上に横座りして天空を騎行するのだろう。一説には海神ポセイドンの寵愛を受け、ペガサスは彼との間の子だったとも言われている。

 

 海神は、彼女に貝紫で彩ったドレスも贈っていたかもしれない。一着の服を染めるのに、何千個もの貝を必要とする貴重な染料である。ユリウス・カエサルの服にも使われた帝王の紫。

 

「ちょうど、この髪のような色になるんだ。

 空と海の青に映えて、さぞ美しい姿だったろうに」

 

 膝を抱えてしょんぼりしながら、理想像を語る歴史マニアのサーヴァント。マスター以外がはじめて見る、外見相応の表情であった。

 

「そのほうがよかったのに。この服よりずっとすてきだわ」

 

 携帯画面を再び凝視したイリヤの評だった。凛も同感である。このアーチャーにも、ロマンチストな部分があったらしい。

 

「ひょっとしてだけど、これ、蛇のイメージに引きずられたんじゃないのかしら?

 この写真じゃよく見えないけど、あの眼帯には鱗模様があったでしょ」

 

「ああ、そうかも知れない。でも、これはないよなあ……。

 せめて、呼びだす相手の勉強ぐらいしてくればいいのに。

 ライダーも可哀想だが、私だって悲しいさ。

 夢が片っ端からおじゃんになってくのに、誰も慰めてくれない……」

 

 そんな不真面目な態度で、誰かに同情してもらおうというのが間違っている。一番冷淡なのは彼の主だった。

 

「なにブツブツ言ってんのよ」

 

「だから、キャスターがマスターともども下品な輩と評したのかねぇ……。

 そうそう、昨日の手紙は、昨夕には届いたらしいよ。

 素晴らしい社会インフラだね。昨晩、君たちが休んだ後で、

 彼女からの伝言を聞いたんだ」

 

 凛のこめかみにくっきりと青筋が立った。なのににっこりと微笑んでいるので余計に怖い。セイバーの主従と、バーサーカーの主の背中がそそけ立った。

 

「ちょっと待ちなさい。どこで、伝言を聞いたんですって?」

 

「この居間だけど」

 

「昨晩は私とイリヤで結界を張ったのよ。

 なのに、それをやすやすと突破して、わたしたちに気付かせもせずに……」

 

 アーチャーは黒髪をかき回した。

 

「いや、それだがね。衛宮家の結界云々なんて私は知らないんだが。

 防衛網を突破されたと知っていたら、きちんと報告したよ。

 私は魔術については全く知識がない。

 なにかやっているのなら教えておいてくれないか」

 

「あ」

 

 黒髪と銀髪の少女は顔を見合わせて、同音で合唱をした。

 

「ごめん、聖杯は一般常識や言葉の加護しかないんだったっけ……。

 ここには、士郎のお父さんが施術したらしい、侵入者警報の結界はあったわ。

 でも、警報じゃ間に合わないから、侵入に抵抗する種類の術も施術したの。

 結果として、まったく役に立っていなかったけど」

 

「マスターより優れた魔術師が、キャスターのサーヴァントなんだろう。

 驚くにはあたらないと思うね。いくつも有益な情報をくれたよ」

 

「キャスターも女の英霊なのね」

 

 眼を瞠るイリヤに、アーチャーは頷き、胡坐を組みかえた。 

 

「たぶん、大変な美女の英霊だよ」


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