Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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6章 彼岸からの願い
33:聖杯探求


「どういうことよ?」

 

 門を潜り、玄関に入ると同時に、凛は実体化したアーチャーを問い詰めた。

 

「魔女というのは、本質的には女性の味方なんだよ。

 彼女たちの原型は、キリスト教に迫害された土着の宗教の癒し手だから。

 薬師にして毒使い、産婆にして堕胎医でもある」

 

 癒せる者には癒しを、癒えぬ者に永遠の安息を与える、生死のあわいに立つ女。月と水に象徴される、変容する女神の末裔たちだ。

 

「だから、心優しい不幸な女性に味方してくれるんだ。

 シンデレラにドレスやガラスの靴、馬車を贈ったように。

 オーロラ姫の死の呪いを、百年の眠りに軽減したように。

 誠意と対価をもって交渉してごらんよ。

 君の魔術の師として、大きな実りをくれるかもしれない」

 

「あんなことした相手なのに、そんなことできると思うわけ?」

 

「試してみる価値はあると思うよ」

 

 未来の黒髪の魔術師は、現代の黒髪の魔術師に微笑みかける。

 

「女性の持つ世間の知恵は、それだけで一つの魔法だよ。

 今の凛に必要なのは、魔術ではなくそちらの方だと思うんだ」

 

「魔術でなくてって、なによ、それ」

 

 色をなしかけた凛に、アーチャーはやんわりと微笑んだ。

 

「家同士は不干渉でも、周囲の人はその限りじゃないってことさ。

 桜君が遠坂家の娘だったことは、大人たちは知っているわけだから。

 学校にだってちゃんと伝達されてる」

 

「えっ!?」

 

 凛の吊り気味の目が丸くなり、間桐桜との相似が現れた。

 

「戸籍に載ってるんだから、行政側には秘密でもなんでもない。

 学校が知らないんじゃなくて、事情を配慮して口にしないだけさ。

 それが守秘義務ってことだから」

 

 あまりのことに言葉が出てこない。そんな凛に、アーチャーは語り掛ける。   

 

「だから、君たちのお母さんが健在だったなら、

 学校の先生や他の子の親から、桜君の様子を聞けただろう。

 間桐家が利用する店の人なんかからもね。

 桜君が幸せそうでなければ、必ず手を差し伸べたと思うよ」

 

 学校や衣食住は魔術では賄えない。それに関わる人々を通じて、桜を思いやり、助けることができる。高校生が陥りやすい盲点をアーチャーは指摘する。彼の知る白い魔女ならば、必ず取っただろう手段を想像しながら。

 

「キャスターと交渉したいのは、そのためでもあるんだ。

 彼女は、私のことを若いマスター達と変わらぬ容姿をしていると言った。

 これが示すことは二つ。一つは彼女は、私より年長の容姿をしているということ」

 

「もう一つは?」

 

「彼女のマスターが、君達のように若年ではないということだ。

 この日本で、成人と未成年の差は大きい。

 聖杯戦争にあたっては、成人の同盟者がいることは必ずプラスになる」 

 

 凛はアーチャーを凝視した。

 

「前回の戦争で、セイバーが活躍できたのは、

 成人のマスターの戦略によるところが大きいと思う。

 彼らもまた、戦争を予期して、充分に戦いの準備を整えたはずだ」

 

 魔術師殺しと呼ばれた衛宮切嗣ならば、その準備は入念なものだったことだろう。千年の名門のアインツベルンと、六代二百年の遠坂では比べるべくもない。戦闘に特化した者を、婿に迎えるなどという発想も、一子相伝を旨とする魔術師のものではなかった。

 

「だから、お父様は負けたのね」

 

 アーチャーが繰り返すのは、戦争は事前の準備を尽くした者が勝つということだった。可能な限りの準備を整えたとしても、優劣は発生する。それは強さの差に直結し、戦術で埋めるのは容易なことではないと。

 

「いいや、それも違う」

 

 アーチャーの黒い瞳は、あくまで静かだった。

 

「前回の戦いでは、聖杯で望みを叶えた魔術師はいないだろう。

 聖杯の取得に関するなら、全員が負けているということになる。

 それまでの三回と同様に」

 

 凛は頷くしかなかった。

 

「この聖杯戦争は、根本から誤っているのではないか。

 聖杯は探求するものであって、戦いで奪い合うものではないと私は思う。

 魔術師が学究の徒というのなら、なおのことだよ」

 

 学者になりたかった軍人の言葉は、戦おうとする魔術師には重く響いた。

 

「だから、あなたは探求を選ぶの?」

 

「二百年も成功しない理由を考えなくては、いつまで経っても成功はない。

 ゆで卵をいくら温めたって、ひよこは孵らない。

 卵の状態を調べなくてはならないが、割るわけにはいかないだろう」

 

「それで、キャスターに見てもらうってこと?」

 

 アーチャーはこくりと頷いた。

 

「それも方法の一つだが、残りの家には頑固な老人がいるんだろう。

 若い君が、改善なり廃止なりを訴えても、そんなに簡単には通らないよ。

 土地の管理者の遠坂ならば、首をすげ替えても構わないということになりかねない。

 桜君にはその権利と資格があるんだ」

 

 凛の背筋を寒風が吹き抜けていく。限りなく冷徹に、そして辛辣に『敵』の思考を読み解く。彼のスキルの軍略や心眼(真)のランクの高さは、そういうことなのだ。

 

「そのことを忘れてはいけない。

 サーヴァントを使えば、完璧なアリバイを用意して殺人ができる。

 宝具や魔術なんかなくても、人を殺すのは簡単だ」

 

 棒立ちになった凛に、アーチャーは表情を緩めた。

 

「だがまあ、聖杯戦争の勝者は一組なのだから、勝てなかったら存続を望むだろう。

 やみくもに君を殺すとは考えにくい。年寄りは保守的だからね。

 二百年も見切りをつけずにいるぐらいだ。

 もっとも、私に人様のことをいう資格はないがね」

 

 しかし最後のほうは、自嘲の笑み交じりだった。凛の胸がチクリと痛んだ。彼は言っていた。百五十年も戦争が続き、誰も平和を知らない世界に生きていたと。

 

「しかし、君のような少女が、そういう年寄りを納得させるのは難しい。

 だが、方法がないわけじゃない。

 権威主義者は、往々にしてより高い権威に弱い。

 それにはキャスター以上の適任者はいないよ。

 私のような門外漢が、好き勝手を言うよりもずっと効果的だ」

 

「そんなにうまく行くかしら」

 

「だから複数の方法を考えて、準備をしておくわけだよ。

 その手紙だってきっかけになるかもしれない」

 

「もう戦争どころじゃなくなってきたわね。聖杯は探求するもの、かぁ……」

 

 溜息を吐く凛に、アーチャーは首を振った。

 

「その探求の果てに、聖杯戦争の解明がなされるとしたらどうだい?

 二百年成功しなかった原因を究明し、改良を行い、次代に繋ぐ。

 魔術師にとってそれも一つの栄誉じゃないか」

 

 静かな笑みを浮かべた黒い瞳を、凛は凝視した。

 

「栄誉どころの騒ぎじゃないわ。快挙よ。

 時計塔の入学試験どころか、王冠の位階に到達できるぐらいの!」

 

「戦いや勝利の方法は一つじゃない。

 戦争は血を流す政治だが、交渉や政略は血を流さない戦争だ。

 そっちのほうがずっと優雅だ。君の家訓にもふさわしいじゃないか」

 

 アーチャー ヤン・ウェンリーは、闘争ではない勝利を求めていたのだ。

 

「千年前、二千年前の国家の滅亡は、現代には関係ないことが多い。

 だがそのころに発見された公式や法則は、今日でも使われている。

 魔術は学問なんだろう。学問的な勝利じゃ駄目かい、凛?」

 

「あなたの時代でも、アインシュタインの公式が使われるように?」

 

「そうだよ。何百年も昔の国家の興亡は、歴史書に語られるだけだが、

 民の嘆きや王の苦悩が、憲法や民主主義を生み出していった。

 戦火への反省が、平和の礎となり、双方が現代の日本を形作っている。

 こいつは士郎君にも言ったが、過去から現在、未来はつながっているんだ。

 過去の聖杯戦争の検証なくして、今回の聖杯戦争をやっても成功しないだろう」

 

 凛は再び頷いた。六十年の間隔は、聖杯戦争への研究や反省、準備の時間でもあった。

 

 今回はたった十年。凛がいかに魔術の才能に恵まれていても、遠坂の魔術を継承するだけで精一杯だった。第四次戦争がどうなったのか、何が起こったのか。父の死の真相すら、調べるには到底間に合わなかった。

 

「ええ、そうね。ましてやあんたがサーヴァントじゃあ、戦っても勝てないもの」

 

「そいつを言われると申し訳ないが、そもそもこのシステムが完成しているのどうか。

 単に、屋根の雨漏りや扉の建て付けの問題ならまだいいが、

 屋根や扉がないんだとしたらどうする?」

 

「そこからぁ!?」

 

「だって、一回目と二回目は、戸籍からじゃ参加者の目星もつかないんだよ。

 地下室と書斎の文献、時間があるんなら

 片っ端から読ませてもらいたいところだけど」

 

 双方の書棚をぎっしりと埋め尽くした、遠坂家歴代当主の文書。父や祖父の遺した物は、いままで魔術の修練のために何度も読み返した。曽祖父以前の文書は、すべて達筆すぎる毛筆で、現代人の凛には解読不能だった。聖杯の加護のあるアーチャーに、解読してもらえるなら願ったり叶ったりだが……。

 

「わたしだってあんたに頼みたいわよ。でも、そんな時間はないものね……」

 

 遠坂が根源への道を目指してより六代二百年。だが、遠坂家の歴史はさらに古い。平安貴族の流れを汲むという名家なのである。魔道を志す前の先祖の文書も、地下室に保存されている。膨大な量だ。せめて該当者にあたりをつけないと、お手上げというほかなかった。

 

『太平洋戦争の終戦以前は、家を継ぐのは長男。

 次男、三男や娘が優れた魔術師でも当主にはなれない。

 かといって、昭和三十年以前の乳幼児死亡率や感染症の脅威を前に、

 一人っ子にすべてを託すのは危険すぎる』

 

 社会情勢からのアーチャーの分析で、遠坂家の当主イコール魔術の継承者と言い切れなくなったからだ。

 

「ほんとに厄介よね……。

 第一次と第二次は失敗したらしいから、余計に伝わってないのよ」

 

「できることからやるとしようか。さあ、キャスターからの返事を読んでみよう」

 

「ええ……」

 

 浮かぬ顔のマスターに、アーチャーは微笑みかけた。 

 

「それにしても、死んでから歴史研究ができるなんてね。

 念願だった、大学に入ったような気分だよ。召喚してくれてありがとう」

 

 普段と異なる笑顔だった。知的好奇心に輝き、喜びに満ち溢れて若々しい。

 

「じゃあ、感謝しなさい! ちゃんとわたしたちの勝利を掴むのよ」

 

 凛はそう言い放つと、玄関に施錠するためにアーチャーに背を向けた。危ないところで間に合った。本当はえげつない性格のおっさんの癖に反則だ。

 

 今のはちょっと、いやかなり……。

 

 紅潮した頬を隠すためと、キャスター対策に念入りに結界を張り直す。落ち着きなさい、遠坂凛。不毛すぎるから!

 

 まったく気付いた様子のないアーチャーに、安堵が半分、いらだちも半分。優雅にそれを押し隠し、凛は毅然と顎を上げるとアーチャーを伴って居間へと向かうのだった。

 

 そこで二人はキャスターからの手紙を開封し、腕組みして唸り声で合唱をすることになった。魔女の手紙はとんでもない代物だった。

 

 凛の目には美しい筆跡の日本語に、アーチャー ヤン・ウェンリーは読むと、流麗な自由惑星同盟公用語に見える。聖杯の加護は、口語のみならず文章にも及ぶ。

 

 それでもヤンは、現代ドイツ語とほぼ等しい銀河帝国公用語で手紙を書いておいた。ルドルフ・ゴールデンバウムの復古主義が、こんなところで役立とうとは。ヤンは帝国語の発音が苦手だが、読み書きに不自由はない。敵国の本であろうが読み漁る活字中毒のおかげだ。

 

 時代も国もわからぬ相手に出すなら、英語の発展形である同盟公用語よりも、現代ドイツ語のほうがましだろうという心胆であった。

 

 冬木の聖杯は日本の英霊を召喚できない。だが、キャスターは未知の異なる言語に変換される術式を編み出しているのだ。

 

「未来の言葉にも対応してるなんて……。 

 聖杯のシステムを解析して、転用してるってことよ。

 とんでもない魔術師だわ。

 とにかく、わたしと、士郎とイリヤ、あんたの訪問は許可。

 でも、セイバーとバーサーカーは、山門から進入禁止。

 柳洞寺はもともと天然の結界で、霊体は山門以外からは入れないの。

 のこのこ行くのは危険すぎるわ」

 

「凛、もうひとつおまけがある。消印の時間をみてごらん」

 

 便箋にのみ注意を払っていた凛だが、封筒を見て慄然とした。

 

「嘘でしょう……。 

 この時間じゃ、まだライダーと戦闘になってない。

 『弓の騎士と主の健闘を讃えて』なんて書けないはずよ!」

 

「戦いの様子を監視していたとしか思えないだろう。

 複数の条件づけで、文章を最適な形に変化させるのかな?

 うーん、こいつがまさしく玉虫色の言葉ってやつか。

 やれやれ、ほんとに厄介な相手だ」

 

 アーチャーのぼやきに頷くしかない。だが、彼はめげなかった。

 

「敵に回すにはね。味方か同盟者にできれば非常に心強い。正念場だよ」

 

「味方にできると思うの?」

 

「せめて、敵として襲われない程度にはしたいものだね。

 明日は士郎君とイリヤ君は朝一で後見人に事情を聞き、午後に部活だったろう。

 午前中の予定を早めに切り上げてもらって、私たちとお墓参りに行こう」

 

「私たちって、まさか……」

 

「簡単さ。君の大叔父の孫として行動するんだ。

 曽祖父の墓参りと、ご先祖の納骨記録である過去帳を見せてもらう。

 キャスターに挨拶しながらね。凛、お寺に連絡しておいてくれないか」

 

 凛の目がまた妹似になった。

 

「え、敵地に乗り込んで調べる気なの?」

 

「当然だろう。有益なことは何一つわかっていない状態だよ。

 聖杯の不具合がいつから発生したのか。

 いや、そもそも、きちんと完成をみたシステムだったのか。

 その差は大きい。前者ならまだしも、後者だったら大変なことだ」

 

 屋根の雨漏りなのか、屋根がないのか。後者ならば屋根を乗せるだけでは駄目だ。壁を崩し、骨組みから直さなくてはならない。

 

「だから、設計図に相当するものを見つけたいんだよ。

 今回成功するとはちょっと思えないが、現象が発生している今こそ、

 目星ぐらいはつけておかないとね。

 継続にしろ、改善にしろ、廃止にしろ、いつまでたっても結果が出ないよ」

 

 聖杯戦争の廃止。聖杯に招かれたはずのサーヴァントとも思えない発言である。

 

「ちょっと待ってよ。廃止するって、あんた……」

 

「まあ、ちょっと聞いてくれないか? 二百年前の日本は鎖国していた。

 二回目は明治。日本の人口は四千万人。この冬木もずっと人家が少なくて、

 まだ電気も電灯もない。夜は暗く、牛馬が当たり前にいて、

 夜に聖杯戦争をしても問題はなかった。人間が太陽にあわせて生活していたからだ。

 だが、今はどうだろう」

 

 人口は明治時代からの百年で、三倍に増加し、平均寿命は三十年以上も延びた。最も劇的な変化は、妊産婦や乳幼児の死亡率の激減である。平和により工業と経済が発展し、牛馬はいなくなり、人工の光で闇は薄れた。

 

「こんな市街地で、サーヴァントや魔術師が秘密裏に戦争するなんて、

 土台無理な話だよ。さらに六十年後の社会なんて、予測もつかないだろう」

 

 凛は怪訝な顔になった。紀元前の神話にも詳しい彼が、千五百年ほど前の事を知らないなんて。ずいぶんと矛盾している。

 

「アーチャー、あなたは千六百年後の未来から来たんでしょう。

 知っているはずよね」

 

 凛の反問に、黒い瞳がゆっくりと瞬いた。

 

「だがきっと、この世界から、私の世界へはつながってはいない。

 君の研究テーマの、平行世界の運用と関係がないこともなさそうだがね」

 

 様々な可能性を挙げる彼には、珍しい断定口調であった。

 

「どうしてそう言い切れるのよ」

 

「私の時代につながるのなら、世界はもっと二極化しているはずだ。

 ちょっと調べてみたが、東西冷戦の終了の有無で世界が分かれたんだろう」

 

「あなたの世界は、冷戦が継続してたの?」

 

 アーチャーは、お手上げのポーズを作った。

 

「恐らくはね。その頃の資料は極めて残存数が少ない。みんな焼けてしまった」

 

 世界中の資料が焼失するとは、尋常ならざる状況ではないか。凛はアーチャーの顔を凝視した。

 

「私の世界では、西暦2029年に全面核戦争が勃発した。

 生き残った人類も、生存をかけて互いにいがみ合った。

 核の冬の中で、紛争が一世紀近くも続き、

 2129年に地球統一政府(グローバル・ガバメント)が発足する。

 首都はプリンスベーン、当時の世界人口は十億人」

 

「う、嘘……」

 

「私の世界の歴史の事実だよ。

 現代社会の情勢では、その時そうなるとは思えないが、いずれ戦争は起きる。

 今までの人類史上、こんなに長く平和で豊かな時間はないんだ。

 君達は、どんな宝石よりも稀有な時代に生きている」

 

 アーチャーの面をよぎったのは、透き通るような微笑だった。

 

「第三次聖杯戦争は、第二次世界大戦の前夜に開催されたことだろう。

 第六次聖杯戦争が、第三次世界大戦の最中でないと、断言できる者はいない。

 私にもわからないんだ。異世界人だからね」

 

「……それでも、あなたは聖杯に願わないの?」

 

「何をだい?」

 

 底知れぬ黒い瞳が、静かに凛を射抜いた。


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