Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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7章 連戦
39:悼み、痛む


 心霊写真に、アインツベルンのメイドたちが三者三様の反応をしていたころ。彼女たちの主人は、父の墓石の前で、神妙と当惑が入り混じった顔で合掌をしていた。遠坂主従は、墓地の奥にある立派な墓所の前で、やはり合掌して線香を上げている。

 

「キリツグ、ほんとに死んじゃったんだ……」

 

 ぽつりと呟くイリヤに、士郎は掛けるべき言葉が見つからなかった。切嗣の死から五年だが、彼の心はまだ整理が終わっていない。応えたのは藤村大河だった。

 

「うん、悲しいけどね……。

 でも、イリヤちゃんが来てくれて、切嗣さんもきっと嬉しいと思うよ」

 

「こんなことで喜ぶなんてずるいわ。

 わたしは待ってたのに。ずっと、ずっと、待ってたのに!」

 

 悲痛な叫びは、冬の空気を貫いて響く。嗚咽の声が続いた。黒い髪が二つ、気遣わしげに振り向いた。だが、遠坂凛と連れの青年はその場を動かず、視線のあった大河に目礼をするにとどめた。

 

 墓石で死角になるアーチャーの袖を、凛は引っ張った。

 

「いいの? 放っといて」

 

「涙は喪の重要なプロセスだよ。悲しみへの特効薬さ。

 泣けないほうが心配なんだ。まずは一段階の前進だね」

 

 家族の問題だから、士郎とイリヤとその関係者で解決すべきだという方針を変える気はないらしい。

 

「それに、君に慰められるともっと気まずいさ。

 彼らの父よりも、君のお父さんの方が五年も早く亡くなっているんだからね」

 

 冬の冷気ですこし冷たくなった手が、おずおずと凛の後頭部に触れた。

 

「君はとても強い。そして賢くて優しい。だが、世の多くの人はそうじゃない。

 強者の基準で考えてはいけないんだ。ここは部外者らしく遠慮をしとこう。

 それに、やらなきゃならないこともある」

 

 そう言うと、彼はノートとペンを取り出し、墓石の隣を覗き込んだ。

 

「うーん、思ったよりは少ないな。跡取り以外を養子に出してるせいか?」

 

 アーチャーが首を傾げて見ていたのは、法名碑に刻まれた名と没年だった。

 

「これを調べに来たのね」

 

「まあ、ここ二百年ぐらいのご先祖様をね。

 ただ、お墓の広さにも限りがあるし、墓石を立て直したりしたかもしれないから、

 お寺に聞いたりしなくちゃならないだろうけどなあ。

 凛、また書記を頼むよ。読めるけど、私は漢字が上手に書けないんだ」

 

 アーチャーの外見は日本人と言っても通用するが、本来は英語に近い言語を話していた。それが流暢な日本語に聞こえるのは聖杯の加護だ。

 

 一方、現代ドイツ語に近い帝国語も話せる。こちらは聖杯の加護によらないため発音が拙い。凛やイリヤたちはドイツ語を話せるし、セイバーにはサーヴァントとして加護が働く。士郎に直接聞かせたくない言葉は、翻訳されない利点があった。衛宮家の子どもたちには、ヤンも配慮しているのだ。

 

 しかし、日本語はそうはいかない。読めるし聞き取れるが、書く方はお手上げだ。複雑な漢字を書くのは、不器用なヤンには難しい。

 

「こんなに一杯!?」

 

 アーチャーは戸籍も引っ張り出し、一番古いものと墓石の人名を交互に見比べた。ややあって一点を指す。

 

「いや、この人からは戸籍に載ってる。この人より前の右から十人分でいいよ。

 法名と没年、俗名を書いてくれ」

 

「結構あるじゃない」

 

「でも写真はちょっとなあ……」

 

「ああ、そうね。なんか罰当たりだもの。いろいろ写るとやだし……。

 アーチャーたちの画像があるのにいまさらだけど」

 

 頷くと、凛はノートにペンを走らせた。ミス・パーフェクトと言われるだけあって、凛は書道の手本のように端正な字を書く。だから、ヤンも書記を頼んでいるのだ。

 

 凛がせっせと筆記する間、ヤンは戸籍と法名碑を見比べた。

 

「このお墓には、君の曾祖父母までが納骨されてるんだね」

 

「ええ、祖父母から教会にお墓があるわ」

 

「なるほどね。江戸時代はキリスト教は禁教だし、

 太平洋戦争の突入以前から、また弾圧されたからか。

 君のご先祖様が聖杯戦争に加わったのは、そっちの思惑だったのかもなあ」

 

 また始まった。凛は従者を横目で睨むと、名前を書き写すのを再開した。

 

「遠坂の先祖は、根源を目指して武術を修めてたそうよ。

 でも魔術師に転じたんですって」

 

「ああ、それなら納得だ。信仰が先にあったんだね」

 

「今度は何よ」

 

 黒い瞳が、遠坂家の墓標に注がれた。

 

「根源に行きたいというのは、魔術師の願望だというが、

 隠れキリシタンだった君のご先祖様にとっては、

 神に会いたいということではないかな」

 

 冬の風が、二人の黒髪をかすかに揺らした。梅の香がどこからか漂ってくる。

 

「キリシタンの弾圧は江戸時代中ずっと続いたんだよ。

 ばれれば拷問、改宗しなけりゃ死罪ってのも変わらない。

 だから、君のご先祖だって寺に墓を作り、神社の氏子だったりしたわけだろう」

 

 死後には神の許へ行くという。だが、計り知れない重圧に耐え、信仰を守り抜いた遠坂の先祖は、生きて神にまみえたいと願ったのではないか。

 

「だから、聖杯戦争に?」

 

「いや、そうとばかりも言い切れないな。

 自己鍛錬をして、神に会いたいと願う人が、神の座に行くために別の道を探す。

 ここまではいい。

 しかし死者の復活という、神を冒涜するような真似に喜んで参加するかな」

 

 ペンを走らせる手が止まり、頭半分上にある顔を翡翠が凝視した。

 

「聖杯の概念を持つということは、かなりの確率でキリスト教の英雄だ。

 彼らに仮初めの生を与え、また殺して贄とするなんて許容できるだろうか」

 

 聖書に載っている聖人たちは、赫々たる武勲や偉業の主だ。竜を退治したゲオルギウス、巨人ゴリアテを投石器で斃したダビデ。神に授けられた指輪で、悪魔を使役して神殿を造ったソロモン王。民を率いてエジプトを脱出し、海を割って約束の地へたどり着いたモーゼ。

 

 聖書に載らぬ英雄にも、信仰の篤い者はいくらでもいる。十字軍を率いたリチャード獅子心王。彼は佩剣の銘をエクスカリバーとしたそうだ。ブリテンの英雄、アーサー王にあやかったのである。

 

 神の声を聞き、シャルル七世と共にフランスを救い、だが魔女として処刑されたジャンヌ・ダルク。後にそれは撤回され、彼女は聖人の列に加わる。

 

「二百年前のご先祖様は、必ず参加する権利を得て、

 冒涜に掣肘を加えたかったのかもしれないよ。

 ならば、教会との関係が良好なのも頷ける」

 

「止めないで参加をしたですって!?」

 

「相手は、神をも畏れぬ真似をしようとする異国の連中だ。

 自分より魔術師としての実力もずっと高く、

 その時に逆らったら殺されていたかもしれない。

 従うふりをして、魔術の研鑽を行い、それとなく邪魔をし、

 対抗手段を身につけてぶち壊す。

 このぐらいのことを考えても不思議はないよ。宗教は息が長いものだ」

 

 ヤン自身は神はいないと思うが、いると信じる者を否定しようとは思わない。

 

「長崎の隠れキリシタンは、三百年以上も聖句を口で伝えたんだから。

 こういうのを考えるのが、歴史学の楽しみの一つなんだよ」

 

 凛は考え込んでしまった。何千年も前の聖書や教典の一節を巡って、未だに紛争が絶えない国がある。

 

「……よそのことは言えないわよね。

 二百年も聖杯戦争にこだわっている私たちも同類かも知れない」

 

「ミッシングリンクは、四次と五次だけじゃない。

 三次と四次にも断絶があるんだ。

 情報を繋ぐべき凛の祖父が、五十代で亡くなっているせいだ。

 三次でも何かが起こっていて、そいつが四次に影響を与えている」

 

 アーチャーに視線で促され、凛はメモを再開した。

 

「三次にも何かが起こったっていうの?」

 

「さっき、戦争前にキリスト教が弾圧されたと言ったが、

 外国人の入国も同じことが言える。

 枢軸国側であるアインツベルンはともかく、

 それ以外の国の人は、日本に入国するのも相当に難しかったはずだ。

 この冬木では、とんでもなく目立っただろう」

 

「そんなの、魔術で認識をそらせばいいでしょう。なんとでもなるわ」

 

「そうかい? 大荷物でやってきて、半月も逗留し、

 食事や買い物に来る外国人が、五人ぐらいいても?」

 

 凛の手が再び止まった。もう、書くものを書き終わったせいでもあるが。

 

「え?」

 

「時計塔や魔術協会が斡旋した外来の魔術師は、ヨーロッパ出身者が多いんだろう。

 当時は旅客機なんかないから、船旅で何か月もかかる。

 それが往復だ。着替えだけでも大荷物だよ」

 

 またも、時代差による盲点を衝かれた。

 

「そして、現代のように流通も技術も発達していない。

 便利な商店やホテルどころか、冷蔵庫すらない。

 食べ物の買い置きがほとんどできないところへもってきて、

 水だって、井戸のある拠点を押さえないと手に入らない」

 

「……あ、ああ、そうね。スーパーもコンビニも自販機もないんだわ」

 

「蛇口をひねれば、水や湯が出てくる水道もだよ。

 水の確保は、軍事上の難題なんだ」

 

「あんたの時代でも?」

 

「ああ、そうさ。水があり、容易に降下できる惑星は非常に少ない」

 

 なにげない質問の答えが、凛の度肝を抜く。

 

「あ、あんたって、本当に宇宙人なのね……」

 

「昭和初期に来日した外国人には、さほど違わない状況だと思うがね。

 言葉もろくに通じない、補給困難な異国の地で、

 拠点と物資の入手が必要というだけで、

 外来の参加者にとっては重大なハンデだよ。今だって皆無じゃあない」

 

 凛やイリヤのバックアップのない衛宮主従を想像してみればいい。それでも士郎には家があるが、外来の参加者たちには家がないのだ。

 

「多くの不動産を所有している遠坂や、間桐の目を誤魔化してはおけないさ」

 

「いくら外国人でも、そこまで考えなしじゃないわよ」

 

 さすがに、両家の不動産を借りたりはしないと凛は反論する。

 

「いや、情報は横のつながりの遮断が難しいんだ。

 君たちの家は、市街地にも土地を持っているんだろう?」

 

 凛は頷いた。後見人が二束三文で売り払ったので、かなり減ってしまったが。

 

「別の借り手には商店が含まれないか。あるいは飲食店が」

 

「……確かにそうだわ。昔からのお店がまだあるもの!」

 

 凛も、米屋と酒屋によく注文する。重い物を配達してくれる利点は、価格には替えられない。後者については、遠坂家の当主として、地域のつきあいへ贈答が欠かせないからだ。だから、未成年世帯でもブランデーを買うのを黙認してくれる。スーパーではこうはいかない。

 

「大家さんに変わった事はないかと聞かれたら、すぐに答える珍客じゃないか。

 これで二週間も戦争をやってたら、

 複数の郷土史に外国人の奇行として残ったはずだ」

 

 翠の瞳が見開かれ、黒髪に縁取られた静かな横顔を凝視する。

 

「なにも語られないということが、第三次の不首尾を意味する。

 噂になる前に、閉幕したんじゃないかな。不都合が早い段階で発生してね」

 

 小さな拍手が二人の耳朶を叩いた。二つの黒髪が音の方向へと向き直る。

 

「お見事ね」

 

 そこに、黒と紫のドレスの女性が佇んでいた。


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