Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話8:百薬の長とエリキシル

アーチャーが頼んだカクテルに、士郎は琥珀の目を真ん丸にした。

 

「カシスソーダって……ランサーの分か?」

 

 長身で強面の美青年にはそぐわない。酒に弱い女性が、ジュースの延長で飲むようなカクテルだ。

 

「外見と味が一番近いんじゃないかと思うんだ。

 ワインは貴重品だから、昔は水で割り、蜂蜜などで調味していたんだよ」

 

 ドイツ人の令嬢が首を傾げた。

 

「アイスヴァインみたいな味になるの?」

 

「あるいは貴腐ワインとかね。今よりずっと甘味が貴重だから、蜂蜜も高価なものさ。

 一般人にはなかなか手が出ない。

 だから甘くするために、古代ローマ人は鉛の容器にワインを入れた」

 

 士郎が眉を寄せる。

 

「鉛って……。なんか、体に悪そうだぞ」

 

「そのとおり、悪いよ。

 ワインの成分で酢酸鉛ができて甘くなるんだが、こいつは神経系に作用する毒物だ。

 暴君ネロが、若い頃の英明さから一変した原因だという説もある」

 

「げっ……」

 

 しかし、日本人に古代ローマ人を嘲笑うことはできないとアーチャーは続けた。日本は日本で、女性のお白粉として使っていたからだ。五代将軍徳川綱吉の、常軌を逸した性格の原因ではないかと言われてる。彼以降も、虚弱で短命な将軍が少なくなかったのも。

 

「なんでよ?」

 

「ほら、昔の化粧は胸元までお白粉を塗るじゃないか」

 

「ああ、舞妓さんみたいにってことね。でも、どういう関係?」

 

 アーチャー以外は怪訝な顔になった。

 

「乳母もそういう化粧をしてるんだ。乳児のうちから、そんなものが口に入ったら……」

 

「うっ……」 

 

 凛も思わず呻いた。今度はアーチャーが怪訝な顔をした。

 

「君だって、宝石を魔力の栄養剤代わりにしてるのに」

 

「ちゃんと種類を選んでるわよ。ダイヤモンドなら炭素でしょうが」

 

 士郎は先日飲んだ石の正体を知って、ふたたび青褪めた。

 

「ダ、ダイヤぁ!? やっぱ、すぐに浄化槽の汲み取りを頼まなきゃ……」

 

 凛は眦を吊り上げると、弟子を睨みつけた。

 

「言っとくけど、魔力を放出したら砕けるから。それは不要よ!」

 

「なるほど、ダイヤか。もったいないけど賢明な選択だね。

 他の宝石じゃあ、あんまり体によくなさそうだ」

 

「そうだぞ。普通、宝石なんて飲まないよなあ」

 

 黒髪の青年は首を振った。

 

「いやいや、士郎君。

 クレオパトラは宴の際に、真珠の耳飾りを酢に溶かして飲んだというよ。

 後世の創作かもしれないが、何とも豪奢で優雅だよね。

 凛もそっちにしたらどうだい?」

 

「あのね、強い魔力を流すには、強度のある素材がいいのよ。

 真珠は脆いし、宝石みたいに歴史の蓄積がないし。

 それに、他者に魔力を流すのが難しいのは一緒よ」

 

 これは、珊瑚や象牙にも同じことが言える。

 

「そういうものかねえ。ダイヤと違って、ちゃんと薬効もあるんだが」

 

「薬効って?」

 

「真珠の成分は炭酸カルシウムだから、骨にもいいし、精神の沈静効果もある」

 

 凛のこめかみが引き攣った。

 

「……何が言いたいのよ」

 

「土壌の関係で、この国で不足しがちな栄養素なんだろう。

 君も摂ったほうがいいと思うよ。骨や歯も、心と同じく大事なものだ。

 いずれは母になるんだし、老後の健康も考えなきゃ」

 

 一般論にくるんで、しゃあしゃあとマスターの短気を揶揄している。凛は言葉を飲み込んで、代わりに拳を握りしめた。後で覚えてらっしゃい……。

 

「でも、健康法も極端なのはよくないよ。

 不老長寿の薬として、辰砂を飲んで死んだ古代中国の皇帝も多いからね」

 

「ねえ、しんしゃってなに?」

 

「『あおによし』の『丹』のことだよ。朱色の塗料の原料だ。

 イリヤ君たちやランサーの瞳みたいな色の鉱物なんだがね」

 

 凛とセイバーは顔を見合わせた。アーチャーの歴史話に登場するアイテムには、一筋縄ではいかない裏がある。

 

「……あれでしょ。東方の三博士の贈り物と同じノリなんでしょ」

 

「香料がミイラに使われていたのと同じ物というあれですか、リン……」

 

 アーチャーは思わず拍手し、残りの者たちは顔を見合わせた。

 

「すごいなあ! よく覚えてたね」

 

 否定してない。士郎は恐る恐る伺いを立てた。

 

「それ、なにさ?」

 

 黒い瞳が細められた。

 

「赤い石、柔らかい石、賢者の石。錬金術ではそうも言われた」

 

 その色の瞳の三人が、一斉に目を瞠る。

 

「その正体は硫化水銀。加熱するだけで、赤い石が銀色の水になるんだ。

 昔の人にとっては、神秘そのものだっただろう。

 たしかに防腐作用もあるが、酢酸鉛どころじゃない猛毒さ。

 水銀は日本でも公害の原因となったそうだが、知らないとは怖ろしいことだ。

 そう思わないか?」

 

 放たれたのは、一般論の姿をした、重く鋭い問いの矢。アインツベルンは、聖杯戦争とその果てに目指すものを、本当に知っているのか。答えられるものは誰もいない


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