Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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4:遭遇

 翌日、霊体化したアーチャーをお供に凛は登校した。昇降口に入った瞬間、強烈な不快感が襲ってきた。

 

『やられたわ……!』

 

『どうしたんだい、凛』

 

『結界が張られてる。それも人体を融解させて、魂を回収する極悪なヤツよ!』

 

『……そりゃ一大事。この瞬間にも発動する代物かい?』

 

『そうはならないと思う。これだけの規模だと、発動するまでに相応の日数がかかるわ』

 

『じゃあ、第二目標はこの結界の解除だね。……あ、凛。お友達が来てるよ』

 

アーチャーの警告のおかげで、幸いにも凛は醜態を晒さずにすんだ。

 

「おっはよ~、遠坂。なーにシリアスな顔してんのよ」

 

「……おはようございます、美綴さん」

 

 人の悪そうな笑顔を浮かべて、背後に立っていたのは、同じ2年A組の美綴 綾子だった。茶色っぽいボブヘアをした、さっぱりした印象の美人である。スポーツ、それも武芸百般を得意としており、凛に次いで男女の人気が高い少女だ。凛が厳重に着込んだ猫を見事に看破している数少ない相手で、遠慮のない会話のできる悪友である。

 

「聞いたぞ、昨日学校サボって、なかなかのイケメンとデートしてたそうじゃない。

 ひょっとしてケンカした?」

 

「違います。あの人は柳井さん。わたしの大叔父の孫にあたるの。

 彼のお祖父さまが亡くなって、戸籍を調べたら分かったそうよ。

 それで、勝手に戸籍を取るのも悪いからって、断りの電話をくださったの」

 

「よく、あんたんちの電話がわかったわね」

 

 好奇心にきらきら輝く栗色の瞳に、翡翠の瞳は温度を変えなかった。

 

「ええ、わたしもそう思ったけれど、冬木市の遠坂ってうちだけなのよね」

 

 綾子ははたと手を打った。

 

「そういえばそうだった。なんだ、つまんない。

 どんなドラマがあったのかと思ったのに」

 

「そんなのないわよ。

 ついでだから、お祖父さんの実家のお墓参りもしたいって。

 わたしも知らなかったとはいえ、お葬式にも行かなかったから、

 せめて市役所とかを案内させてもらったの」

 

 これは、昨晩協議して作ったカバーストーリーだ。アーチャーは大学生二年生。実家は関東だが、冬木市から特急電車で一時間ほどの街に下宿中という設定である。

 

「なーんだ、彼氏作るの、遠坂に先を越されたと思ったのに。

 うちの部の一年達が見掛けてね。ちょっと地味だけど身長もあるし、

 割とハンサムで、磨けば光るって言ってたからさあ。

 ……で、泊っていったの、彼氏?」

 

 綾子はにやりと笑い、凛を肘で突いた。凛はすげなくその手を払う。

 

「あのねえ、初対面の親戚に、そこまでするはずないでしょう。

 いま大学生で、冬木の近くに下宿してるから、親に頼まれて来たんだって言っていたもの。

 夕方には帰ったわよ。でも、市役所で時間がかかっちゃってね。

 お墓までは無理だったわ。また案内することになりそう」

 

「もぉ~~、つまんないなぁ」

 

「ちょっと綾子、不謹慎よ。彼、ご不幸があったばかりなのに」

 

 友人と他愛のない会話を続けながら、教室へと向かう。そして、昼休みの開始をジリジリとしながら待つ凛だった。

 

『……朝ね、学校にマスターはいないって言ったの、あれ、取り消すわ』

 

 柔らかな調子の心話が、凛に語りかけてきた。

 

『まだ学校の関係者だとは限らないよ。

 ここは不特定多数の人間が出入りするところだからね。

 しかし、これが三件と別の犯人なら、六騎中四騎が容疑者になってしまう。

 ただ、君が信じてくれるかどうかは分からないが、私にはこんな芸当はできないよ』

 

 ここで自分を容疑者から除外しないのが、アーチャーの怖さなのかも知れない。

 

『信じるわよ。

 昨日ずっと一緒にいたし、

 あなたはこんな無差別攻撃をするタイプじゃないと思うもの』

 

『ありがとう。ただね、連続昏睡事件の犯人は容疑者の順位は低いと思う』

 

『どうしてかしら』

 

 これには質問というより、アーチャーの言葉を促すものである。

 

『あれも非道な行為には変わりはないが、

 被害者のダメージを的確にコントロールできている。

 隠蔽方法も無理がない。高度な技能を持った理知的な相手だよ。

 一方、この結界とやらは人体を融かすんだろう。

 この学校の生徒職員、数百人を融かしたら隠蔽なんて不可能だ。

 前者の方法を使える術者が、あえて後者の手段を取ることは考えにくい』

 

 彼の発言は、凛の推論とも合致するものであった。

 

『同感よ。あの事件で吸い取られた精気は、霊脈の流れに乗って、

 柳洞寺に集められているわ。

 犯人は陣地作成スキルを持つ、キャスターでほぼ間違いないと思う』

 

『じゃあ、学校の方がキャスター以外だとして、

 その主従は君の存在を知っているのかな?』

 

『遠坂の参加が確定だということは、これに参加しそうな勢力は知っているはずよ。

 突発的な参加者でもなければね』

 

『君の存在を知っているなら、百害あって一利なしだと思うなあ。

 生徒を人質に取るにしても、凶器ができるのは何日も後だ、

 黙って見ていて自分に従えと喚いたところで……』

 

『誰が聞くもんですか』

 

『そのとおり。主従が君の存在を知らないか、なんらかの齟齬があるのかも知れないね』

 

 このアーチャーは、戦闘面では非力だが、助言者や参謀としては紛れもない当たりであった。

 

『どんなふうに?』

 

『例えば、マスターは君を知っているが、サーヴァントには知らされていない。

 そんなサーヴァントが、マスターに隠れて勝手な行為をしている場合。

 双方が君を知っていても、凶暴なサーヴァントを

 マスターが制御しきれない可能性もある。

 あるいは君を知っているのに、マスターの命令に

 サーヴァントが従わざるを得ないのかもしれない』

 

『前の二つは分かるわよ。

 でも、最後のはちょっとねぇ……。そんなマスター、馬鹿すぎない?』

 

『人間は馬鹿なことを平気でやるんだよ。

 自分が強大な力を手にしていると思い込んだりすると特にね。

 君は頭がよくて、強力な魔術師さ。

 でも、そうではない人間だって無力という訳ではない。

 君の尺度だけで測るのは危険なことだ』

 

 穏やかな心話は、苦みを帯びて響いた。

 

『君にとっての弱者が、他の人にとってもそうとは限らない。

 金貨一枚の価値が、億万長者と貧乏人で違うように。

 自負を持つのは結構だが、それに溺れないようにね』

 

 これは遠坂凛のうっかり属性に、五寸釘を刺すも同然の指摘であった。そんな彼の気配が遠ざかろうとする。

 

『ちょっと、どこに行くの?』

 

『とりあえず、校舎を見て回ってくるよ。

 ああ、それと校舎の見取り図、

 さっき事務室の前にあったパンフレットでいいから手に入れてきてくれるかい?

 次の授業までには戻ってくるよ。あと、絶対に独りにならないように。いいね』

 

 本当に、生前の彼はどんな英雄だったのだろう。星の海を無数の戦艦が行きかう未来に、『魔術』や『魔法』は、まだ残っているのだろうか。『弓の騎士(アーチャー)』というよりも学者っぽくて線が細く、強いて言うなら『魔術師(キャスター)』かと思ったものだが。それがある意味で生鵠を射ていることを、凛は未だ知らない。

 

 その後、昼休みに簡単な作戦会議をして、この結界の解除を試みようということでふたりの意見が一致した。新都を中心に起こっている集団昏睡と連続傷害、深山町で起きた一家殺人のせいで、早く下校するようにという学校から指示があり、部活動も中止となった。そのおかげで、いつもより早く生徒の姿が減り、心おきなく探索を始められる。

 

「だめだわ、これ、私の手に負えない……」

 

 見るからに禍々しさの漂う呪刻に、凛は唇を咬んだ。

 

「もの凄く古くて高度な魔術よ。ひょっとしたら宝具かもしれない」

 

「現界していないセイバーは除外できる。私には不可能。

 するとキャスター、ライダー、ランサー、アサシン、バーサーカーが容疑者。

 ただし、新都の昏倒事件がキャスターによるものなら、容疑の順は低くなる」

 

「バーサーカーは理性と引き替えに能力を上昇させるクラスよ。

 複雑な魔術や宝具を使える可能性は低いと思う。

 アサシンは……こんな能力の持ち主なら、

 アサシンのクラスでは召喚できないような気もするわ」

 

 根本的手術が不可能である以上、できるのは対症療法である。呪刻を発見次第、凛は魔術刻印を起動し、呪刻に自分の魔力を流して浄化していく。これはほんの一時しのぎ、術者本人が改めて魔力を流せば、あっさりと機能を回復するだろう。

 

 その傍ら、アーチャーは凛が貰って来たパンフレットの、校舎見取図に赤ペンで呪刻の位置を書き込んでいる。赤丸は既に片手の指では足りなくなっていた。

 

「凛、この学校にもレイミャクってやつは通っているのかい?」

 

「ええ、冬木全体がそういう土地だから、聖杯戦争の開催地になっているわけだもの」

 

「大体の流れをこれに書き入れてもらえないか」

 

 アーチャーが差し出した見取図に、水色の蛍光ペンで大まかに蛇行した矢印を書き込む。それを見たアーチャーは拳を口元に当てた。

 

「ふーん、だいたいレイミャクの流れを堰き止めるように、

 ジュコクとやらが配置されているように見えないかな」

 

「確かにそうね……」

 

「そして、こいつを高低差や方位を加味して示すとこうなる」

 

 今度は、パンフレット表紙の校舎の写真に赤丸が書き込まれていく。凛は目を瞠った。今までに発見した呪刻を三次元視点で見ると、校舎に針金の輪を斜めに引っ掛けたように、魔法陣の一部が浮かび上がってくるではないか。

 

「こいつが線対称の図形と仮定するなら、ジュコクの位置はある程度予測が可能だね。

 もう数箇所と中心点を探せば、起点も推測できると思うよ」

 

「やるじゃない、アーチャー! で、次の位置はどこになるのかしら」

 

「ここは四階だったね。じゃあ、一番近いのは多分屋上だ」

 

「行きましょう」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。一応、退却ルートの準備をしておくよ」

 

 四階は特別教室が並んでいる。アーチャーは、ベランダ出入口のサッシの錠を開けて回った。彼にとって、退路の確保は常識だ。だが、凛の意気込みに水を差したのも事実ではあった。

 

 なんなのよ、もう。逃げること前提なわけ!?

 

 凛の内心はアーチャーに伝わった。彼は、ベレーを脱ぐと、黒髪をかき回して言った。

 

「私は一応、戦術レベルで負けたことはないんだ。

 『不敗のヤン』なんて味方には呼ばれていたもんだよ。

 とはいえ、戦略レベルで大敗してるから、それ以前の問題なんだがね」

 

 だから、なんでそう一言多いのか。台詞の前半で上昇した安心感が、続く言葉で台なしだった。

 

「私は勝てない戦いはしないよ。

 そのぐらいなら逃げるから、君もそのつもりでいてくれ」

 

 頼りなげな言葉に隠された悪辣さを、やはり凛はまだ知らない。

 

 

 屋上に出ると、すでに夕闇が空を濃藍に変えていた。半円よりも丸みを増した月が、ほのかに光を投げかける。冬の冴えた空に、宵の明星と天狼が白銀に輝く。

 

 アーチャーの黒い瞳が、彼には見慣れぬ、だが歴史書に記された星座を見上げた。とはいえ、凛の方には彼のそんな感嘆に気付く余裕はなかった。アーチャーの予測どおり、屋上の片隅に一際複雑な呪刻が刻まれていたからだ。

 

 魔術刻印のある左腕をかざし、呪文を詠唱する。魔術はつつがなく発動し、しばしの浄化をもたらした。凛は、ふっと息を吐いた。この複雑さから見て、ここは重要な基点だろう。かなりの妨害効果が期待でき、わずかに安堵したのだ。

 

「なんだよ。消しちまうのか、もったいねぇ」

 

 凛は弾かれたように顔を上げた。

 

 ふてぶてしいほどの自信に満ちた、よく通る男性的な声。給水塔の上に、長い髪をなびかせて痩身長躯の男が立っていた。瑠璃の髪と柘榴石の瞳。白い顔は美麗でありながら、猛々しさと気品を備えている。全身を覆うのは、群青色に白銀で幾何模様が刻まれたボディースーツのような武装。その存在感と魔力は、明らかに人のものではない。

 

「これ、貴方の仕業?」

 

「いいや、こんな小細工は俺の趣味じゃねぇよ。他の奴らはどうだか知らねぇが」

 

 アーチャーが凛を庇って前に出る。その背の薄さは、目の前の青いサーヴァントと対抗しうるとは思えなかったが、彼は悠然と質問した。

 

「では、新都の集団昏倒と吸血鬼、二つの事件については?」

 

「そっちも知らねぇな」

 

「だろうね」

 

 黒いベレーが小さく頷く。

 

「貴公の容姿と、為人(ひととなり)には合致しない」

 

 その言葉に、男が楽しげに紅い瞳を細めた。次いで右手に真紅の槍を出現させる。

 

「は、面白いこというな」

 

槍兵(ランサー)のサーヴァント……!」

 

 それもまた三騎士の一角、最速の英霊が選ばれるクラスだ。白兵戦に特に優れ、またセイバーほどではないが、魔術に対する防御を与えられている。魔術師やアーチャーにとっての天敵と言える。それ以前に、外見からして凛のサーヴァントより遥かに英雄豪傑らしい。能力に至ってはまさに天地の差であった。絶対に勝てない。一撃で倒されてしまうだろう。

 

 それを理解していないはずもないだろうに、アーチャーの態度からは動揺も緊張も窺えなかった。鈍感なのではないかという口調で会話を続ける。

 

「それに今、武器で深山町の一家惨殺容疑は除外できた」

 

「へェ、なんでそう思う?」

 

「貴公は、槍の名手だからランサーとして召喚されたのだろう。

 なのに女性や子どもを滅多刺しにしなくては殺せない技量だというのなら、

 聖杯の選考基準を疑うからね」

 

 柔らかな衣に包まれた強烈な皮肉だった。だが、ランサーは感心したように軽い笑いを漏らした。

 

「違いねえ。大人しそうな顔して言うじゃねえか、兄さんよ。

 セイバー……じゃねえな、アーチャーか?」

 

「そいつは間違いじゃないが、私を見てそう思った理由は何だろう。

 五つも候補があるのにね。

 貴公が他の四騎を知っているからかい?

 せっかくだから教えてくれると助かるんだがね」

 

「――あ」

 

「あっ!」

 

 アーチャーの前後で、同音の男女二重唱が発生した。その意味するところは大きく異なったが。

 

「と、とにかくだな、ごちゃごちゃ言うのはもう終わりだ。

 俺達はただ命じられたまま、た戦うのみ!!」

 

「ランサー、噛んでる」

 

 凛は淡々と指摘した。

 

『サーヴァントも元は人間。結局のところ、強大であっても無謬(むびゅう)の存在じゃない。

 我々が活路を見出すとするならそこだよ』

 

 昨晩、アーチャーが語った言葉である。たしかにそうかもしれないと納得した。その発言者は肩越しに振り向くと、凛をたしなめた。

 

「マスター、歯に衣を着せてあげなさい。気の毒だよ」

 

「てめえが言うな!! ッチ、てめえの舌は毒矢なのかよ。

 アーチャーで合っているじゃねえか」

 

 アーチャーは黒髪をかき回した。

 

「そんなこと言われても、槍と飛び道具じゃ同じ戦いはできないじゃないか。

 犬は噛み付く、猫は引っ掻く、喧嘩のやり方は人それぞれだろう」

 

 後輩の台詞を盗用して応じた時である。ランサーの表情が一変したのは。

 

「――犬と言ったか、貴様」

 

「そりゃあ言ったけど、今のどこに怒る要素が……ああ」

 

 アーチャー、ヤン・ウェンリーの脳裏の歴史人名事典に、該当者が一名ヒット。遥か未来、故国の第三艦隊旗艦に、その名を冠せられた侵略への抵抗の象徴。このランサーが彼の英雄なのだとしたら。

 

 アーチャーは大きく溜息を吐いた。

 

「伝説というのは遠くにありて想うものなんだなぁ」

 

 ク・ホリン、あるいはクー・フーリンとして伝承に語られる光の御子。光の神ルーとアルスター王の妹の間に生まれ、百の黄金のブローチで身を飾る、槍の名手の美丈夫。それがどうして全身タイツに身を固めているのか。

 

「いや、ほんとうに、どうしてこうなったんだ!?

 いやいや、これはなにかの間違いかも……」

 

「その心臓、貰い受ける」

 

「やっぱり、間違いなんかじゃないんだね」

 

 アーチャーは悲しげな視線を彼の武器に送った。真紅の槍は、脈動するかのように周辺の魔力を収奪し始める。冷え冷えと濃厚な死の気配が集った。アーチャーは再び溜息を吐いた。

 

「ランサー」

 

「どうしたよ、今頃命乞いか?」

 

 真紅の槍を構え、猛々しい嗤いを浮かべる敵手に、アーチャーはあっさりと肯定を返した。

 

「こういう手段を取るのは、非常に気が引けるんだが、そのとおりだ。

 貴公と決着をつけるなら、せめて最後の晩餐に招待させていただきたい。

 三日後でいかがだろうか?

 ただし、貴公とマスターがそれまでに斃れたら無効。

 私が貴公以外の手にかかったら、代わりに私のマスターが招待するものとする」

 

 畳みかけるように伝えられた言葉に、ランサーは呆気にとられた。

 

「――ッ、俺の正体はお見とおしってことかよ」

 

「三日後の十八時に本校正門に集合。

 ホワイトタイ、ブラックタイ、武装も不要。

 文字どおりの平服でお越しください。以上!」

 

 否とも諾とも返答を待たず、アーチャーは踵を返した。凛の手を引っ張って、校舎内へ駆け込む。後には深紅の目を見開き、口を開けっぱなしにした青い槍兵が残されていた。

 

「おい、どうすんだよ、くそマスター。

 あのアーチャー、弱っちいがめちゃくちゃ厄介な相手じゃねえか」

 

 冬木の管理者たる遠坂家は、第二の霊地に要塞となる工房を構えている。大きな主催者特権を有しているのだ。当代の凛は、潤沢な魔力と五大属性という希少な特性を持つ強力な魔術師。

 

 彼女のサーヴァントはアーチャー。戦士としてはまったくお話にもならない。ランサーの望みである、力を尽くしたギリギリの戦いの相手は務まらないと断言できる。しかし、かわりに滅法頭が切れる奴だ。

 

 ごくわずかな失言から、ランサーが他四騎のサーヴァントの情報を持っていることを見抜き、さらにはランサーの真名を断定してのけた。おまけに、ランサーの誓約を知っていて、それを利用して三日間の休戦に持ち込んでしまった。

 

 その間に彼ら主従がどう動くか。地の利と管理者としての権限を生かして、交渉と防衛戦に徹すれば、これほど堅固な存在はない。籠城されると、対城宝具を持たぬランサーでは攻め手に欠ける。

 

 ランサーは瑠璃の髪を掻き毟った。

 

「で、俺は招待に応じるしかねえ。

 まさか、犬料理を出したりしねえだろうな、あの野郎……」

 

 ここ、日本という国では犬は食用ではないと聖杯からの知識は告げる。しかし、この時代にそういう食文化の国はあり、この日本ではあらゆる国家の料理が食せるとも。ランサーは目を眇めて呻いた。

 

「いや、いらねえから、そういう知識は!」

 

 しかもこの知識、アーチャーにも入手できるのである。

 

「聖杯ってのは何なんだ? どう考えても悪意に満ちた代物じゃねえか。

 そいつが叶えてくれる願いなんざ、碌でもない代物に違いねえ」

 

 不信感が募るランサーだった。


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