Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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本話には、筆者による自由惑星同盟の独自設定が含まれます。


閑話11:アーチャーVSキャスター場外戦

『ねえ、あんた、キャスターのマスターを知ってるの?』

 

 凛は、心話でアーチャーことヤン・ウェンリーに尋ねた。衛宮家から遠坂邸への帰路で、アーチャーもランサーも霊体化していたからだ。

 

『知ってるっていうか、当たりをつけてカマをかけてみたのさ。

 推測は正しかったようだ。魔力搾取を止めてくれたからね』

 

 凛はアーチャーのいるあたりに、胡乱な目を向けた。もう忘れかけていたキャスターへの手紙の内容。やけにおとなしく従ったと思っていたけれど、それも道理。陰険きわまりない脅迫文だったのである。

 

『誰よ!?』

 

『君のクラスの先生』

 

 凛は、十七年の人生で育ててきた猫を総動員し、落ちようとする顎を食い止めた。

 

『な、なんですって? 葛木先生がどうして……』

 

『住宅地図を買ってもらっただろう?

 柳洞寺の住所に、葛木宗一郎って載っててね』

 

 残念ながら、猫達は非力だったようである。あんぐりと開いた口を、凛は手で隠すよりほかなかった。

 

『……そ、そんなものに!?』

 

 恐るべし住宅地図、税込18,900円也。この出費もちゃんと元を取っていたのか。

 

 と、同時に、先日のアーチャーとキャスターのやりとりが腑に落ちた。交渉の合間に、キャスターは決まり悪そうにアーチャーへと問い掛けたのだ。

 

「ところで、アーチャー、その……配偶者控除っておいくらくらいなのかしら?」

 

 こんな生活感ありありの台詞を、魔術の英霊の口から聞きたくはなかった。自らの守銭奴ぶりを棚に投げ上げて、凛は打ちひしがれたものだ。

 

 そんなマスターを尻目に返答したのは、未来の魔術師ヤン・ウェンリー。彼は、金にまつわる大抵の苦労は経験してきた。現代アニメの小さな魔女の台詞ではないが、生きていくのは物要りなのである。

 

「奥さんに一定以上の収入があると受けられませんが、ええと……」

 

 アーチャーの疑問に聖杯が答えてくれる。

 

「最高で年間三十八万円だそうです。一月三万円ちょっと。

 少なくない差じゃありませんか?」

 

 黒いフードが深々と頷いた。

 

「でも、ご主人の年間の所得が高いと駄目ですよ」

 

「おいくら?」

 

「一千万円以上みたいです」

 

「……ならば平気だと思うわ」

 

「なお、内縁関係だと受けられない。ね、婚姻届って大事でしょう?」

 

 二人の魔女は思わずよろめいた。紙一枚の届出は、とっても重たいものだった。

 

「あなたが人として生きていくなら、健康保険や年金なんかもからんできます。

 職種によっては、労働組合などの優遇措置も関係する。

 今の時代、特に日本はそういう点で厳しい社会なんですよ」

 

「あんたは馴染みすぎよ……」

 

 どういうことなのと問うてみたい凛だった。で、実際に口にしてみると。

 

「私の国は、逃亡奴隷が築いたので、過去の国のいいとこどりをした面があるんだ。

 四十万人の逃亡者のうち、五十年後に新たな星に辿りつけたのは、

 十六万人しかいなかったんだよ」

 

 ふたりの魔女が呻き声を上げる。

 

「オデュッセウスも顔負けの放浪ね……」

 

「十六万人って、それっぽっち!? あんた、四百億って言ったでしょ」

 

「私の国は百三十億だよ。残りは敵国とその自治領だ。

 二百年でそれだけ増えたのはものすごいが、

 帝国との最初の戦いは国ができて五十年後。

 その時には、二万五千隻、三百万人の兵が動員されていた」

 

「五十年で二十倍!?」

 

「いや、違う。もっとだよ。艦隊だけが国民の全てじゃない」

 

 五十年のうちには、生まれる者もいるが、死んでいく者もいる。ひそかに、帝国からの逃亡者を受け入れたりもしたが、同盟の存在は隠されていたから、人数は限られている。

 

「……いったいどうしたのよ」

 

「多産の奨励だよ。千六百年後でも、妊娠出産は女性にしかできないことだ」

 

 キャスターは、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「船が星座になるのではなく、船で星の海を渡る時代でも?」

 

「ええ、そうですよ。だから大変だったんです。 

 最初の到達者は十六万人。単純計算で、女性はその半分。

 しかし、子どもが産める年齢を考えると、その時点だと約二万人」

 

 凛は何も言えなくなった。これはもう、なまじな子沢山ではなさそうだ。

 

「で、近親婚の悪影響を防ぐため、日本式の戸籍制度が復活したわけです」

 

 凛の疑問から、アーチャーの国の波乱に満ちた建国史が顔を出そうとは。

 

「でも、日本式って?」

 

 首を傾げた凛に、驚くような事実が明かされた。

 

「戸籍は日本発祥のオンリーワン。現在、制度を導入している外国は、

 すべて太平洋戦争以前に日本の統治下にあったんだ」

 

「え、そうだったの?」

 

「うん」

 

 彼の顔が、いたずら小僧の笑みに彩られた。

 

「それをちょっと調べれば、私が現代までに存在しないってすぐわかるんだがね」

 

 ドイツに近い文化の帝国から独立した、多民族の民主制国家。さらに戸籍制度のある国は、過去も現在も存在しない。

 

「最初から盛大にネタばらしをしてるのに、

 凛も士郎君もイリヤ君も、まだまだマスターとして甘いねえ」

 

「あんたはサーヴァントとして辛すぎ!」

 

 お怒りのマスターから、アーチャーはキャスターに向き直った。

 

「愛する人と幸せになるためには、聖杯戦争以外のことも大変ですよ」

 

「本当にそうね……。ある意味で、戦いよりも厄介なことだわ」

 

「男はこういう手続きが苦手なので、女性が動くことになるものです」

 

「確かに……。あの方、下世話なことには疎そうですもの……」

 

 似たような社会の既婚者の言葉は、大変な説得力だった。お姫様育ちのキャスターには、喉から手が出る助言者だ。……彼を逃してはならじ!

 

「私も、妻がだいたいやってくれましたが、多少は覚えています。

 私がいる間は、できる範囲でご相談に乗りますから」

 

 ほっそりした両手が、アーチャーの右手を包み込む。黒いフードが頭を垂れた。

 

「よろしくお願いするわ……」

 

*****

 

『あ、当たったからいいようなものの、当てずっぽうすぎるでしょう!』

 

『そうでもないさ。あそこの僧坊は、女性やカップルの宿泊はお断りなんだってね』

 

 これは、役所に置いてあった冬木の観光パンフレットの一文だそうだ。戸籍を取りに行った際に、『広報ふゆき』と一緒に貰ってきたという。

 

『そりゃ、一応は宗教的な場所だもの。修行のお坊さんもいるしね』

 

『じゃあ誰が連れてくれば、寺の人が受け入れてくれるか。

 キャスターの手口は非常に女性的だ。

 で、クラスの特性上、現界して作業しなくちゃならないと思われた』

 

『まあ、そうね。実際に魔女だったしね……』

 

 当てずっぽうかと思ったが、アーチャーの推理は根拠があったのだ。

 

『お寺のお坊さんは聖職者だろう。

 この国の宗教ははかなり寛容だけど、サーヴァントは欧州か中東の人物だよ。

 明らかに宗教が違う若い女性を連れてきたら、街中の噂じゃないのかい?』

 

『若い女ねえ……。

 サーヴァントは肉体の最盛期で召喚されるってことね。

 でも、セイバーぐらいの外見ってことはあり得るんじゃないの?』

 

『未成年の外見なら、もっと大騒ぎにならないかい?』

 

『あ、わかった。士郎を見てればよくわかるわ……。

 隠し子とか誘拐騒ぎなんて、もっと洒落にならないわよね』

 

『そんな様子がないってことは、キャスターの外見は成人で、

 住職一家とは別の人物と一緒なんだろうなあと。

 魔術で誤魔化すったって、限界があるだろうし』

 

 凛は頷くしかなかった。名士、遠坂の若当主だから知っているが、柳洞寺の社会的な地位は高い。現住職が外人女性を連れてこようものなら、一大スキャンダルになる。これは、高校生の二男、柳洞一成でも同じことだ。

 

 また、年齢的に問題のない若住職、零観でも騒ぎが起こることは避けられない。寺の奥さんというのは、滅多な人には務まらないからだ。葬祭の裏方の手伝いに、墓地や寺の掃除に管理、いろいろと大変な役割を持っている。家族だけでなく、地域住民とうまくやれるかも問われる。

 

 柳洞零観は、藤村大河を憎からず思っているようだが、彼女でも正直難しいと思う。

アーチャーの推理のような、外国人の女性では絶対に無理だ。檀家の連中まで騒ぎ立てることだろう。弟の一成も、なんらかの反応をするはずだった。

 

『そう考えると、地図にある葛木宗一郎さんが鍵を握っていそうだ。

 どうやって探そうかと思っていたら、学校に同姓同名がいるじゃないか。

 若くて未婚の先生が、外国人の恋人を紹介するのは不自然ではないだろう?』

 

 霊体化したアーチャーは、学校の事務室へ入り込み、葛木教諭の住所を調べたという。学生時代、学校事務のお兄さんと交友があったおかげだそうだ。

 

『もっとも、キャゼルヌ先輩ならば、

 電話の隣に先生の住所録を貼っておかないけどね。  

 この国はほんとうに平和なんだと思ったよ』

 

 そして、じつにあっさりと地図の葛木宗一郎と同一人物であることがわかった。タネを明かされてみれば、なんのことはない。情報の断片を元に、常識を踏まえて資料を調べ、ちょっと推理しただけだ。

 

 彼の魔術にはタネも仕掛けもある。断片をつなぎ、全体像を作り上げる突出した能力。それを自在に操って、心理戦と情報戦で相手を揺さぶり、一点集中砲火で仕留める。戦場の心理学者と呼ばれたゆえんだ。

 

『だから、魔力搾取をやめてほしい、やめないなら相応の手段をとるという内容に、

 倫理の授業の感想を添えてみた。で、ライダー戦で光線銃を乱射してね』

 

 凛は固まった。ついでに思考も凍りつき、

 

『えげつない、アーチャーほんとにえげつない』

 

 感想が川柳になってしまった。

 

 非力なアーチャーだが、マスターを知られたキャスターには最悪の相手だ。彼女が陣地を離れるのは難しく、学校は対魔力の高いライダーの根城にもなっている。

 

 一方のアーチャーは、霊体化して潜み、ほぼ無音、光速の銃撃ができる。射撃や格闘は下手とはいえ、軍事国家で及第点をとれた腕前で、身体能力は生前の十倍。そして、マスターの凛は強大な魔術師だ。攻撃のバリエーションはイリヤに勝る。

 

 金貨一枚の価値は、億万長者と貧乏人では異なる。誰かにとっての弱者が、別の者にとっても弱者とは限らない。これもアーチャーが言っていたことだが、凛たちは貧乏人の金貨だったのだ。持たざるキャスターは、早々に折れるしかなかった。

 

 苦笑の気配が、凛の心に触れた。

 

『いいじゃないか。集団昏倒事件は、ガス会社の努力によって終結をみたんだ。

 そういうことにしておけば。これだって、管理者の役割だろう』

 

「あ……」

 

 事件が起こってからではなく、その前に手を打つ方法もある。

 

『私も、生前にこれができればよかったんだけどなあ』

 

 ぽつりとした言葉は重く、凛の心へと沈んでいった。海に沈む夕日のように。いつか夜を越え、旭日となって凛を導く願いになるのか。それは未来の物語。




 黒ヤンさんからお手紙ついた。

『前略 ――マスターと一緒に久々の学校生活を味わっています。
 この時代の授業はとても興味深い。特に、倫理が面白いですね。
 ところで、魔力搾取を早々にやめていただけませんかね?
 応じていただけないならば、私も相応の手段を講じますが……』

 キャスターさんは白旗上げた。

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