Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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10章 いつか蘇る王
59:真名


 アーチャーの助言に従って、士郎とイリヤとセイバーは病院へと向かったが、慎二と桜を見舞うことはできなかった。

 

「面会謝絶、ですか……」

 

 告げられた言葉を鸚鵡返しにする士郎に、三十代なかばぐらいの看護師がすまなそうに答えた。

 

「ごめんなさいね、せっかくお見舞いに来てくれたのに。

 どちらの患者様も熱が高くて、身内の方以外は遠慮させていただいています」

 

「そ、そんなに具合が……!?」

 

 士郎は青褪め、イリヤはドイツ語で呟きを漏らした。

 

【やりすぎよ、リン……】

 

 臓硯が死ぬような風邪を装ったとは言っていたが、これは少々……。桜のほうは、熱にうかされた悪夢で終わらせようとしたのかもしれないが、慎二に対しては激怒していたのだろう。

 

 ライダーの結界が阻止できて、本当によかった。穂群原に、ガンドによるアウトブレイクが起こらずに済んだ。よせばいいのに惨状を想像して、士郎の顔がますます青くなった。

 

 遠坂は同じことを数百人単位にできるんだ。本物の魔女だ。なんて、おっそろしい……。

 

 士郎の顔色を誤解した看護師は首を振り、安心させるような笑みとともに教えてくれた。

 

「いいえ、感染予防ですよ。二、三日もすれば、お見舞いも大丈夫よ」

 

「そ、そうですか。よ、よかった……。あの、俺、衛宮士郎っていいます。

 二人に大変だけど頑張れって、伝えてもらってもいいですか」

 

 士郎の言葉に、彼女は頷いた。

 

「はい、伝えますね。よかったら、これに書いていただけますか?」

 

 渡されたのは、可愛らしいメモ用紙。士郎は考え考え、桜と慎二へのメッセージを書いた。桜には看護師に伝言したようなことを。慎二には、それに一言付け足しした。

 

『治ったら、一緒に歴史の勉強をやらないか? いい先生がいるから。

 衛宮士郎 TEL0*0-****-****』

 

 ペンを握る手元を見つめるセイバーに、緊張の色が走った。

 

「シロウ……。気配がします」

 

 霊体化しても、サーヴァントはサーヴァントを感知できる。

 

「ラ、ライダーか?」

 

 声を低める士郎に、金沙の髪が頷く。士郎はさらに声をひそめた。

 

「じゃあ、聞いてくれ。ライダーたちも協力してほしい。

 まだヤバイのがいるかも知れないんだ。

 桜たちは、遠坂とキャスターたちが守るから」

 

 士郎の提案を、ライダー主従が受け入れるかどうか。同盟に応ずる公算は高いとアーチャーは言っていたが。

 

「そいつは、ひょっとすると桜の父さんの仇かも知れないって。

 ライダーも気をつけてくれよ」

 

 囁いて、士郎は神妙に病室のドアに頭を下げた。

 

「遠坂は妹を助けることができたんだ。

 ランサーとキャスターが手伝ってくれたんだけど。

 ライダー達が協力してくれたら、きっと何とかなる。頼む……」

 

 踵を返した小柄な少年を、霊体化した長身の美女はじっと見つめた。サクラの想い人である『先輩』。彼も、サクラを助けてくれた一人だった。シンジを救ってくれた一人でもあった。

 

 ライダーの襲撃を、アーチャー主従が見事に対処したからだ。結果、ライダーは吸血鬼事件を続けることも、学校の結界を発動させることもできなかった。その間に囚われの姫君と兄は、二人の魔女とその従者に救われた。まるで、幸福なお伽話のような結末。

 

 ライダーは眼帯の下で目を伏せた。灰色の水晶のような美しい瞳を。メドゥーサには訪れなかった救いの手は、神ではなく桜を取り巻く人々が差し出したもの。だが、それは桜に告げないでと凛は言った。

 

『桜を助けたのは私だけれど、殺したのも私よ。

 臓硯は死んだ、教えるのはこれだけでいいわ』

 

 あの少女は、名にふさわしく生きていくのだろうか。魔術師の矜持に胸を張り、されど孤独に。

 

 でも、サクラは姉の手助けに気づいている。熱からひととき意識を取り戻したとき、パジャマに目を落として呟いたのだ。

 

「……姉さん……」

 

 赤地に黒猫がプリントされたパジャマは、サクラの物ではない。その配色と図柄、さらに残った魔力の痕跡で、そうと気がついたのだろう。

 

『協力してもいいですよね、サクラにシンジ。でも、すこし羨ましいです』

 

 姉に想い人、その両方に助けてもらえるなんて。でもなぜ、ランサーやキャスターも仲間なのだろうか? 今更だが、首を傾げるライダーだった。

 

 でも幸いといえよう。アーチャーことヤン・ウェンリーは、稀代の戦略家にして戦術家である。ライダー陣営を弱敵と見定め、マスターの才能を立てる形で撃破し、その功をもってキャスターの懐柔にかかったのだから。

 

 それだけではない。学校を軸に士郎を取り込み、芋蔓式にイリヤも引っ張りこんだ。わらしべにされた結果の長者だとは、知らないほうがいいことだろう。

 

*****

 病院を出た士郎は、図書館へと向かった。

 

「図書館なんて久しぶりだな……」

 

 アーチャーの提案がなければ、来ることがなかっただろう。セイバーは、アーチャーの提案にじっと考え込んでいた。祖国の歴史を知るには、みずからの正体を明らかにすることになる。士郎とセイバーの関係は、彼の養父に勝ること百倍だが、士郎と敵であるはずのアーチャーとの関係は更にいいのだ。

 

 受容的で理性に富んだアーチャーは、父のように兄のように士郎に接している。どうやら、彼の里子は士郎に似たところのある少年だったようだ。士郎に知られれば、きっとアーチャーにも伝わる。サーヴァントの真名を知り、利用することの巧みさにかけては、アーチャーに並ぶ者はいない。

 

 それが怖ろしい。でも知りたい。相反する心に、セイバーはブラウスの胸元を握りしめた。

 

「あの、お願いしたい本があるんですけど……」

 

 セイバーの煩悶を知らず、士郎は司書の女性にアーチャーから頼まれた本のジャンルを告げている。

 

「あら、今は高校生もそういう勉強をやるの?」

 

 初老のふくよかな司書が、柔和に目を細めた。

 

「え、高校生もって、何がですか?」

 

「小学校の五、六年生で、地域を調べる学習があるのよ。

 よかったわね。ちょうど、それに貸し出されていた本が戻ってきたところよ」

 

「はあ、ありがとうございます」

 

 そのやり取りに、セイバーは目を瞠った。こんなに簡単に、調べたいことがわかるのか。俯いた頬に、視線を感じる。大粒のルビーが、じっと見つめていた。

 

「セイバーが言いにくいんなら、わたしが借りてあげてもいいわ」

 

「イリヤスフィール……」

 

 冬の少女は、律儀に約束を守ってくれていた。しかし、知っている。広めようとしないのは、イリヤには意味がないからだ。ヘラクレスの力をもってすれば、弱点を衝くまでもなく、セイバーをねじ伏せるのはたやすい。

 

「セイバーが気にするのは、キリツグがいいマスターじゃなかったから?

 でも、シロウはキリツグじゃないし、わたしもお母様じゃないわ」

 

 夫に対して従順で、優しい妻だったアイリスフィール。セイバーに対しても、慈愛に満ち、夫にとりなそうとしてくれた。イリヤはそう聞いている。

 

 でも、あと一歩足りなかった。キリツグに意見をし、ボサボサの襟首を引っ張ってでも、話し合いの席につかせるべきだったのだ。アーチャーのように、普通の人間のように。でも、それが作られた母の限界。

 

 しかし、イリヤにはできる。父から受け継いだ人間の部分が、設計図以上の成長を可能にする。だから、おとうとのために意見するのだ。それがお姉ちゃんの役割だろう。

 

「だから、シロウにはちゃんとつたえてね。……セイバーから」

 

 そう言うと、カウンターに伸び上がるようにして、士郎と司書に告げた。

 

「ねえ、シロウ。わたしにも本を借りてもらえない?」

 

「ああ、いいぞ。どんな本がいいのさ」

 

「いつかよみがえる王様と、その国が今どうなっているのかが知りたいわ」

 

「へ?」

 

 怪訝な顔になったのは赤毛の少年一人で、司書の女性は得たりと頷き、手元の端末を操作した。

 

「あのね、お嬢ちゃん。その王様と王国の本は沢山あるの。

 絵本から、博士が読むようなものまでね」

 

「じゃあ、両方がいいわ。一番かんたんなのと、一番むずかしい本」

 

「難しいほうは、とっても難しいわよ」

 

 イリヤは鹿爪らしい顔で腕組みをし、士郎を見上げた。

 

「アーチャーなら読めるよね」

 

「でもな、解説が高校生レベルじゃなくなると思うぞ。俺、ついて行けないよ……。

 それにアーチャーも、間桐と組むんならそんなに顔を出せないだろうし」

 

 セイバーもこくこくと頷いた。

 

「やっぱり、高校生ぐらいのにしておこうかしら」

 

「……それがいいと思う」

 

「私からもお願いします」

 

 二人の同意に、司書は頷いた。

 

「では、少しお待ちくださいね」

 

 それから二十分後、どっさりと本を抱えた三人は帰路についた。

 

「イリヤの読みたかった本、そんなにあったのか……」

 

 冬木に関する資料は三冊。残る七冊はイリヤのリクエストだった。

 

「むー、ちがうわ。ひとりの王様なのに、本がこんなにあるなんて思わなかったの」

 

 家に帰り着いたイリヤは、遠坂邸で待機中のアーチャーに、電話でその不満をこぼした。

 

『歴史に異説はつきものなんだよ。だから、複数の資料を読み比べるんだ。

 共通する部分があり、異なる部分がある。

 その違いがどうして生まれたのか、埋もれた事実が見つかることもあるのさ』

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

『さっき言ったように、資料を読み比べるんだよ。要点を書き出したりしながらね』

 

「ええー!?」

 

『第三次と第四次聖杯戦争の状況は、そうやって調べて推測したんだよ』

 

 遠坂家に残された文書と、新聞記事の縮尺版のコピー、そして複数の郷土史。

 

「アーチャーって、ほんとうに歴史が好きなのね……」

 

 イリヤから告げられた素人歴史家からのアドバイスは、士郎とセイバーにも悲鳴を上げさせた。

 

「無理! それ無理! 

 そんなのできたら、俺、テスト勉強に苦労してない!」

 

「よもや、これもあの男の策では……」

 

 セイバーは目の前の本の山を睨みつけた。

 

「私を煙に巻き、聖杯戦争の遅延を図っているのか……」

 

 あるいは、さっさと告白してしまえということかもしれない。だとしたら悪魔も顔負けの奸智である。

 

「なあ、先に一冊で済むほうからにしないか……」

 

  士郎が手にしたのは、『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国史』だった。厳密にはイギリスという国は存在せず、日本の法的には上記の国名が正式だ。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという四つの国が、王または女王の下に統治されている。

 

「……あのさ、イリヤ。これ、ほんとうに高校生向きなのか……?」

 

 厚さが五センチぐらいありそうな本だ。開いてみると活字は二段組。ふたたび、アーチャーに助言を求めるイリヤだった。

 

『一冊で収まっているんなら、確かに高校生向きだよ。

 詳細なものだと、何十巻もあるんだからね』

 

「一冊でも、ぜんぶ読んでる時間はないの!」

 

『じゃあ、まず、セイバーの時代を読むんだ。

 そこから飛ばして、現代の体制が生まれていった過程を調べるといい。

 後者は、士郎君の世界史の参考書あたりに、ダイジェストがあると思うよ』

 

「――だって」

 

「それが楽になったって、言えんのかなあ……」

 

 嘆息した士郎は改めて本を眺めた。

 

『グレートブリテン島および北アイルランド連合王国』

 

「セイバーはイギリスの英雄だったんだな。で、どの国なのさ……?」

 

 イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。候補が四つもある。

 

「私の時代では、ブリテンと呼んでいましたので……」

 

「じゃあ、その時代はいつなのさ?」

 

 セイバーはついに意を決した。

 

「……シロウ。私の真名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴンです」

 

 琥珀がきょとんと見返す。

 

「うん?」

 

「しかし、私は男として生きていた。アルトリウス・ペンドラゴンとして」

 

「あるとりうす? 俺、聞いたことないけど」

 

 セイバーは睫毛を伏せた。

 

「愛称はアーサー。これならばわかりますか……?」

 

 剣士となりうる英雄。名はアーサー。

 

「へ、え、ええーーっ!? あ痛え!」

 

 慌てた士郎は立ち上がりかけ、座卓の天板に膝をぶつけてしまった。

 

「アーサーって、アーサー王!? 円卓の騎士のアーサー王なのか!?」

 

「はい……」

 

 こわばった顔で頷くセイバーに、士郎は膝をさすりながら、さっきぱらぱらと読んだ絵本の知識を披露した。

 

「アーサー王なら聖杯を手に入れてるぞ」 

 

「な、なに!? そんなはずは……」

 

 アーサー王伝説は諸説ある。最も有名なのは、円卓の騎士が聖杯の探求をするエピソードだろう。聖杯を持ち帰った者に差はあるが、それによって王の病は癒え、彼の統治は五十年に渡って続く。

 

 セイバーは手を握りしめた。

 

「ここは、私の世界ではないのか……?」

 

 士郎は赤毛をかき回し、眉を寄せた。

 

「もしかしたら、アーチャーが言ってたタイムパラドックスが起こってんのかも」

 

 この聖杯戦争で、セイバーが聖杯を得て、元の時代のやり直しに成功する。これはその書き換えられた歴史ではないのか。だとしたら、資料から確かめる術はない。

 

「厄介だな。なんか他に……」

 

「私が最後に戦ったのは、モルドレッドでした」

 

「それは一緒だな。ほら、ここ」

 

 絵本のアーサー王は、カムランの丘で、王位を狙うモルドレッドと対決している。士郎はそのページを開くと、セイバーに見せた。エメラルドが食い入るように、活字を追う。アーサー王と異母姉の間に、モルドレッドが誕生していた。しかしセイバーは、眦が裂けんばかりに目を見開いた。

 

「私は、父ウーサーの子だからアーサー。

 モルドレッドの母は、わが姉モルガン。だからモルドレッド。

 これでは目印にならない……」

 

 セイバーの言葉に士郎はぎょっとした。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。

 セイバーが女で、相手も女ならどうやって子どもができるのさ!?」

 

「それはモルガンの魔術によって……。

 正しくは、私の因子によって作られたホムンクルスなのです」

 

「ホムンクルスって、錬金術の人造人間のことか!?

 そ、そんな、ムチャクチャな……」

 

 イリヤが目を見開いた。

 

「そんな、まさか、そんなことがあるかしら……」

 

「どうしたのさ、イリヤ」

 

 性を偽り、ホムンクルスを生む魔術。不老不死をもたらす守護の鞘。前者は魔術師マーリンと妖女モルガン・ル・フェイ、後者は湖の貴婦人によってもたらされた。

 

 そして、マーリンは湖の貴婦人の血を引き、彼女の愛人でもある。モルガンもまた、湖の貴婦人のひとりとも語られている。

 

 そして、ドイツには有名な水妖伝説がある。ラインの流れに、船人を惑わす歌を響かすローレライ。愛と引き換えに、世界の支配者となれる黄金を守るラインの乙女たち。

人の考えることに大きな差はないというが、無視できない類似だ。

 

「……もうちょっと考えさせて。でもね、セイバー。

 サーヴァントは英霊のひとかけらをコピーしたものなの」

 

「はい」

 

「もしかしたら、並行世界のどこかで、

 聖杯で願いを叶えたセイバーがいるのかもしれないわ。

 その結果、アーサー王の伝説がその本みたいになった。

 シロウ、タイムパラドックスってそういうことでしょ?」

 

「あ、ああ。うん。イリヤ、説明うまいなぁ」

 

 イリヤは誇らしげに笑って、胸を張った。それに助けられ、士郎は続けた。

 

「セイバー、俺が言いたかったのはそういうことなんだ。

 別のセイバーが願いを叶えて、この世界の過去が変わってることも

 ありえるんじゃないか?」

 

 サーヴァントの本体である英霊は、世界の外の座にいまし、サーヴァントの体験を記録として追認できるらしい。しかし、本体を離れたサーヴァントは、複数のコピーがいても他者を認識できない。

 

 並行世界があるなら、聖杯戦争も並行して起こっていることになる。ここと違う経緯を辿ったセイバーの存在を否定できない。凛やイリヤのように強大なマスターに召喚され、聖杯を手にいれ、願いを叶えていても不思議はないのだ。それを踏まえての二人の発言だった。

 

 緑の瞳が大きく見開かれ、白い手がわななきながら濃紺のスカートを握りしめる。白絹のブラウスもかくや、という顔色になった少女は、血を吐くような声で叫んだ。

 

「そんな、そんなはずはない! 歴史は変わってはいない! 私にはわかる!」

 

「なんでさ?」

 

「私はまだ生きている!」


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