Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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64:手の絆

「ね、ねえ、アーチャーのマスター。

 その男は一応、私のサーヴァントなのよ。

 あまり、苛めないでほしいものなのだけれど……」

 

 仁王立ちした華奢な赤い背に、遠慮がちな声が掛けられた。肩越しにキッと視線を向けた凛に、キャスターは宥めるように手を広げた。招待主に粗相をして怒りを買った召使いを、庇う女主人そのものである。

 

「ほら、本人も反省しているようだから、ほどほどに……」

 

 黒いミニスカートの下の、ほっそりと美しい脚線の後ろに、銀髪を乱した赤い偉丈夫が、萎縮しきって正座していた。

 

「苛めてなんかいないでしょ?

 これは、ちゃんとした聞き取り調査よ。

 なんで守護者になったのか、聖杯戦争の召喚に応じた理由はなにか」

 

 キャスターはふいと視線を逸らした。二つ目の質問こそ、アサシンには最も手痛いものだろう。彼女自身がそうであるように。

 

 凛は、アサシンことエミヤシロウに事実を述べさせ、時に質問を加え、できるかぎり淡々とした口調を心がけて応対した。まるで裁判官の態度である。士郎とイリヤのいざこざを裁定したアーチャーを真似たものだったが、自分の知る遠坂凛との差異が、一層エミヤを打ちのめした。

 

「つまり、あんたはお父さんの理想を継いだ。

 正義の味方となるべく、投影魔術を駆使して人助けをした。

 より多くの人を助ける選択を繰り返しながら。

 ついには、自分の死後を質に入れて世界と契約し、

 こきつかわれて人を殺し、もう嫌だってわけね。

 だから、元から断とうと考えたと」

 

 しかし、凛の冷静さはすぐに底をついた。エミヤの言葉を要約するうちに、翡翠の瞳に稲妻が宿り、握り拳がぶるぶると震え、黒髪が魔力で踊りだす。おとなしやかな本物のメドゥーサが、顔色を失くすような迫力であった。

 

「い、いやっ、お、落ち着いてくれ、遠坂!

 それはもう諦めた! ここの衛宮士郎は私ではないからな……」

 

 凛の眉宇がぴくりと動いた。踏み出す足が落雷の響きを上げる。

 

「それは、ここじゃない士郎だったら殺すつもりってこと!?

 ふっざけんじゃないわよ!」

 

 エミヤには返す言葉がなかった。キャスターも掛ける言葉を失った。

 

「馬鹿は死ななきゃ治らないってのは嘘ね。あんたは死んでも馬鹿よ。

 どうしてそういう方向に考えるの!」

 

「……エミヤシロウという英霊を消し去るには、他に方法がないだろう」

 

 自分殺しという矛盾を発生させ、世界の修正を起こす以外には。弟子の未来像に、凛は眉間に皺を寄せた。これほどの絶望を抱くまで、世界はどれほど彼を酷使したのだろうか。

 

「あんたがお父さんの理想を継いだのも、人助けをしてたのも並外れたことよ。

 世界が契約を求めるというのはそういうことだわ。

 でも、あんたは一番大事な人間の価値を認めず、救ってもいない。

 それがわたしは悔しいわ」

 

「一番大事な人間……?」

 

「わからないの?」

 

 エミヤは自嘲の笑みを漏らした。

 

「すまないが、心当たりが多すぎてな。イリヤも桜もセイバーも俺には救えなかったよ」

 

 凛は褐色の鼻梁に指を突きつけた。

 

「ほんとにもう、どうしようもないヤツね。

 あんたが一番大事にし、味方しなくちゃいけなかったのは、

 衛宮士郎、あんた自身よ」

 

 正義の味方ではなく、誰かの味方でもなく、第一に己自身の味方であれ。

 

「……なんだと」

 

 細い指が、鼻先から広くなった胸郭へと降りる。

 

「英霊エミヤにとっては、もう遅いんでしょうけどね。

 衛宮士郎には、まだチャンスがある。

 あんたの手で、あんたになるかもしれない存在を消したらどう?」

 

「遠坂?」

 

 先ほどまでと正反対のことを言い出す凛に、エミヤは呆気にとられた。凛は微笑みを浮かべた。

 

「イリヤに桜にセイバー、みんな救えばあんたにはならないんでしょう?

 これだって、矛盾の発生じゃないかしら」

 

 銀灰色が瞠られる。

 

「無限の並行世界のなかで、あんたにならない士郎を育て続けるのよ。

 いつになるかはわからないけど、英霊エミヤは消えるかもしれない」

 

「……雲を掴むような話だな」

 

「たしかにね。けど、殺し続けるよりは建設的だと思わない?

 そのほうが、幸せになる人は多いんだから。

 少なくとも、あんたが言った三人と、その世界の士郎は幸せになる。

 ……ところで、わたしの名前がないのが気になるんだけど」

 

「遠坂は、俺が助けるまでもなく、雄々し……」

 

 言いかけて、エミヤは単語を選び直した。翡翠の輝きが鋭さを増したからだ。

 

「いや、凛々しく難局に立ち向かい、乗り越えて行ったからな」

 

 彼が相対しているのは、キャスターを叩きのめし、バーサーカーをも一回殺せる魔術師だ。機嫌を損ねるべきではなかった。

 

「ふん、まあ、そういうことにしておいてあげる。

 わたしだって、士郎が幸せになってくれたほうが嬉しいわ。

 あんたはわたしの最初の弟子で、……友だちなんだから」

 

 凛は、エミヤに右手を差し出した。

 

「あんたも協力しなさいよ。

 正義にも色々あるでしょうけど、

 頑張った人間が幸せになるのは、間違いなく正義だわ。

 その数が増えるのだって、正義だと思うわよ」

 

 銀灰が再び丸くなり、次に笑いの形を作った。

 

「くっ、ははは……」

 

 大きくなり、肌の色を変じた両手で、エミヤは凛の右手を包み込んだ。

 

「まさに君は賢者だ。だからあの人を呼べたのかもしれんな。

 ……そうだな、この世界でも果たせる願いはあった。

 桜は君たちが助けた。セイバーのことも何とかなるだろう」

 

 あのヤン・ウェンリーが気に掛けてくれるのだから。 

 

「……ならば、俺はイリヤを助けてやりたい」

 

*****

 

 そして、遠坂凛はアーチャーことヤン・ウェンリーとの手筈どおりに動き出した。言峰教会と聖堂教会の日本支部には、停戦が成立した旨を打電する。

 

『七者の協定成立、連絡されたし』

 

 時計塔には、ファックスが入り次第、文書で連絡することにする。言った言わない聞いていないを防ぐ措置だ。電話会社には遠坂家の電話の通話記録も残る。一応の保険だ。アーチャーからの受け売りの説明に、キャスターは菫の瞳を丸くし、彼女の従者は灰色の目を点にした。

 

「……君は本当に遠坂なのか!?」

 

「あんたが士郎であるようにね」

 

 エミヤは言葉に詰まった。やはりというべきか、エミヤの知る遠坂凛とは違う。ヤン・ウェンリーの影響をこれでもかと受けている。そういえば彼は、変幻自在かつ柔軟な防衛戦を得意としていた。

 

「これで、現時点で停戦が成立したっていうタイムスタンプになる。

 今後誰かが殺されても、犯人探しは楽になるってことよ。

 第八の連中がいくら強くても、同時に三か所の口は塞げないわ」

 

 第二の霊地、遠坂の魔術工房には、凛に生きていてもらわねば困るキャスター。アサシンはどちらの魔女にも頭が上がらぬ。間桐兄妹とライダーは、襲撃の秘匿が難しい病院に。

 

「しかし、それだけでは弱かろう。教会なら病院を抱きこむこともできる。

 言峰だけでも桜や慎二を殺すには充分だ」

 

 エミヤの言葉に、凛は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「あいつはランサーのマスターだったから、ライダーの正体は知ってると思うわよ。

 きっと、会食に聞き耳を立ててたはずだもの」

 

 アーチャーに促され、凛自身がランサーに教えた。今にして思えば、彼はかなり早い段階から、ランサーのマスターに目星をつけていたようだ。

 

「彼女の真名はメドゥーサ。眼帯をしていても、物凄い美人だわ。

 髪の毛だって蛇にはなってなくて、アメジストを紡いだみたい。

 人生の最盛期の肉体と、戦闘力が同居してるんでしょうね」

 

「なにが言いたいんだね」

 

「と、いうことは、彼女()見た者が石になるのではなく、

 彼女()見た者が石になるんじゃないかしら。

 おいそれと手が出せないと思わない?」

 

 ヤンがランサーにライダー討伐の協力を願い出たのは、彼ぐらいしか対抗できる者がいないからだ。死の魔眼を持つ、ケルトの魔神バロール。バロールを斃したのは、クー・フーリンの父、光の神ルー。メドゥーサ討伐における、祖父ペルセウスと孫ヘラクレスの関係に酷似している。ケルト版ヘラクレスというのは伊達ではない。

魔眼を持つ者に対しての相性は極めてよいだろう。そのランサーは、もう言峰のサーヴァントではない。

 

「もちろん、知らなくても一向にかまわないわ。

 ひと睨みで石になって、あいつのお父様殺しも確定ってわけ。

 そしたら、冬木港に沈めてやるんだから」

 

 エミヤは目を伏せ、眉間を揉んだ。

 

「君たちの奸智にはつくづく恐れ入るよ」

 

「複数形で言うのはやめてよ」

 

 そして、魔術的には無防備な衛宮家には、三騎士と狂戦士。一人を除いて、最強の布陣である。

 

「明日になったら、キャスターには間桐に行ってもらうから、お願いね。

 そろそろガンドの効力も切れるから、桜たちも退院できると思うし」

 

「……ガンド!? 何でまた桜たちに……」

 

「蟲ジジイを始末するためのアリバイよ。

 ライダーは、桜に同情して召喚に応じてくれたから、

 慎二の言うことを聞いていたの。

 ……アイツもアイツなりに、桜のことを何とかしようとしてたのよ」

 

 エミヤが愕然とすることばかりだった。

 

「慎二がやろうとしたことは間違いなく悪事だけど、未遂で済んだわ。

 わたしのほうが悪人よ。桜と臓硯をランサーに殺させたんだもの」

 

「でもね、お嬢ちゃん、いいえ、冬木のセカンドオーナーとお呼びすべきね。

 あなたの選択は、あの状況ではもっとも優れていた。

 あの蟲を殺さねば、あなたの妹もいずれ死んでいたわ」

 

 キャスターはそれ以上は言わなかった。あの娘の心身を癒すことも、名目とはいえ家庭教師の役割になりそうだから。

 

「ええ、臓硯については後悔してない。

 生き返らせたからいいってものじゃないけど、

 桜に私の手が届いたことはよかったと思う。……勝手よね」

 

 凛はセーターの上から家宝のペンダントを握り締め、自嘲の笑みをこぼした。

 

「嫌いな人間を殺しても、愛する人間が幸せになるなら嬉しいんだもの。 

 これじゃ、永遠の平和なんか訪れるはずがないわ。

 だって、人類全員がみんなを平等に愛するってことじゃない?

 そんなの神様よ」

 

 凛の言葉に、キャスターはほろ苦い表情で首を振った。

 

「あら、神こそが最も嫉妬深く、残酷で不公平なものよ。

 その神を越えるような願いを、聖杯ごときが叶えるとしたら、

 さぞや歪なものになることでしょう」

 

 凛は目を瞬いた。

 

「あら、あなただって聖杯に願うんじゃなかったの?」

 

 銀青の髪が、肩の上でせせらぎに似た音を立てる。

 

「とんでもない。聖杯は魔力の釜でもあるのでしょう。

 私は、現世に留まるために欲しかったの。

 サーヴァントの受肉というのが、不完全な第三魔法なのでしょう」

 

「そのほうがいいんじゃない?」

 

 再び、微かな瀬の音。

 

「最初はそのつもりだったけれどね。

 私も未来の魔術師に倣って、第三魔法について考えてみたのよ。

 不老不死、あるいは死者の復活。我らサーヴァントの受肉は後者ね。

 おそらく、この姿で受肉し、ずっと変わらないことでしょう」

 

「それがアインツベルンの理想でしょう?

 人生の最盛期の肉体と頭脳を、劣化させずに永久に保ちたいって。

 サーヴァントをその状態で呼ぶのも、きっと応用じゃないかしら」

 

 凛のアーチャーがまさにそうなのであった。身体能力がまだましな学生時代の肉体に、頭脳や経験は三十三歳の頃のもの。あどけなさを残した少年と青年の狭間の姿で、中身は食えない策略家だ。

 

 しかし、藤村大河と同年代のキャスターには、そこまで大きな乖離は見られないのだが。

 

「だから困るのよ。今の世は神の眷属が姿を消した。

 この姿のまま、この街で何十年も過ごすのは難しいわ」

 

 凛は頷いた。核戦争からの避難などよりも、そちらの方が想像がたやすい問題だった。

 

「結局、聖杯の解析をしなきゃってことね。冬木から引越しもできないもの」

 

「ええ。でも、もう放浪は沢山よ。

 裏切りの魔女だの、激情の王女だの、そんな二つ名も欲しくはない。

 ここで静かに暮らし、あの方を看取ってから、私も逝きたいの」

 

 凛はまじまじと美貌の王女を見つめた。

 

「……あ、そういう形で生前の未練を晴らすってのもありよねえ」

 

 歴史家志望の名将が、平和な時代で英雄に会い、歴史の研究を楽しんでいるように、激情と陰謀で悪名に塗れた人生を送った彼女が欲するのは、平穏な日常なのだろう。

 

「受肉が第三魔法の応用なのだとしたら、

 それを上回る神秘でないと姿を変えられない。

 神秘が薄れた今となってはとても難しいわ。

 このエーテル体ならば、研究して術式を編めば、

 相応の外見に変じられると思うから」

 

「ちょっと待って。じゃあ、前回のアーチャーが受肉しているとしたら、

 そいつは十年前の姿をしているってこと?

 歳はアーチャーぐらいで、金髪に赤い目の大変な美形だったって

 セイバーが言ってたわ。

 それが十年もそのままだなんて、いくらなんでも目立たない?」

 

 男性の場合、十代後半からの十年で一番容姿が変わる。翡翠とアメジストが互いを見つめ、傍らの偉丈夫に視線を転じた。

 

「この男はまた極端でしょうけれどね」

 

「ええ、わたしのアーチャーは、夢で見るかぎりだけど、

 あんまり今と変わっていないし……」

 

 結婚して一年も経たないうちに死んだと言っていたから、あれは三十歳を過ぎた記憶だと思う。金褐色の髪にヘイゼルの瞳の美女に、しどろもどろに求婚をしていた。

 

 そして、たぶん結婚式だろう。似合わない礼装を鏡に写し、苦笑をしていた顔は二十代半ばにしか見えなかった。

 

「まあ、そうなの? 

 可愛らしさが消えるか否か、随分と差があるものだこと。

 この男があの坊やなら、今の可愛いままがよかったのに……」

 

 凛も彼女の意見に深く同意した。

 

「ほんとにね。アーチャーはまだ背が伸びるって言ってたけど、

 頭一個分も違うなんて思わないわよ。

 おまけに肌や髪ならまだしも、目の色まで変わっちゃって」

 

 二人の魔女の俎上に載せられ、縦横微塵に切り刻まれて、エミヤは鳩尾をさすりながら溜息を吐いた。奇蹟の三十代と比べられては困る。

 

「いや、その、そういう比較はやめてくれたまえ」

 

「あんた、生前に聖杯戦争を経験してるんでしょう。何か覚えていないの?」

 

 色褪せた髪が振られた。

 

「すまないが、私の記憶はかなり磨耗している。

 そのうえ、サーヴァントとして参加したらしい記録も混ざっていてな。

 どれが真相なのか、わからなくなってしまったよ」

 

 凛の眉宇が曇った。

 

「やっぱり、カンニングは無理かあ」

 

 再び、エミヤは頭を振った。灰銀の瞳に確信を込めて。

 

「だが、その黄金のサーヴァントの天敵はこの私だ」

 

「えっ!?」

 

「無数の宝具を所持するアーチャーだそうだな。

 彼に対抗できうるのは、衛宮士郎しかいないだろう」

 

 なんという皮肉だろうか。黄金のサーヴァントは、目の眩むような数多の宝具を所有するという。守護者に堕ちた衛宮士郎と正反対の英霊。

 

 それが実父母の、養父とその妻子の、師匠と妹分の、そして自分のセイバーの仇だとは。借り物の理想に、紛い物の刃。しかし、それこそが究極の一では対抗できぬ、宝具の蕩尽に対する切り札。

 

「……そして、一つ思い出したよ。

 あれを私にしないために、助けなければならない人々をな……」

 

 エミヤは背筋を伸ばし、惚れ惚れするような一礼をした。

 

「我がマスターとアーチャーのマスターにお願いする。

 早急に教会を攻めたい。私に力を貸してくれ」

 

 人を救うことによってしか、自分を救えないエミヤの根幹は死しても変わらなかった。

 

「……わかったわ。で、誰を助けたいの?」

 

 ほんとうに、つくづく、どうしようもない奴だと思う。この期に及んで、まだ人助けだなんて。しかし、救える誰かがいるのなら、それは決して間違ってはいない。情けは人のためならずって言うのなら、いつか、この士郎にも届くだろう。それを凛は願う。

 

 鋼の瞳を一瞬伏せてから、エミヤは告げた。この少女の後見人に、あらたな罪状を積み上げることになっても。

 

「教会に、孤児たちが監禁されていた。彼らは私だったかもしれない存在なんだ」


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