凛とアーチャーは警戒しながら階段を下り、到着したタクシーに乗り込んだ。むろん、従者は霊体化して。温かい車内の座席に納まると、凛はふと疑問が湧いてきた。
『ねえ、アーチャー。あなたの国の第三艦隊の旗艦が【ク・ホリン】だったのよね』
凛はアーチャーに心話で問い掛けた。柔らかな肯定が返ってくる。
『ああ、そうだよ』
『じゃあ、あなたの旗艦は? なんて名前なのよ』
第三艦隊とヤン艦隊。ナンバリングの中に混じる司令官のファミリーネーム。通常は一万二千隻、最大で二万隻を超える艦隊。兵員数は政令指定都市の人口レベル。アーチャーはそう言っていた。だが、その規模に個人名が冠せられるのは普通ではない。
この頼りないサーヴァントが、とても高位の軍人だということに、凛は遅まきながら気づいたのである。彼の部下にとっては、司令官自ら銃を持ち出し、身を守るようなことがあってはならなかっただろう。
『【ヒューベリオン】さ。この時代だと【ヒュペリオン】と発音するようだね』
『そっちはギリシャ神話っぽい名前ね』
『そのとおり。土星の衛星の【ヒペリオン】と同じだよ』
アーチャーは解説してくれたが、凛は気まずく心中に呟いた。
『ごめん、全然知らないわ』
『まあ普通はそうだろう。そんなに有名な神様じゃないからね。
私も旗艦になってから、その名前を知ったぐらいだよ』
『へえ、それで、どんな神様なの?』
『ゼウス以前の古い神々の一人で、
天体の運行と季節の変化を人間に教えたとされているそうだ。
一説には、太陽神ヘーリオスの別名だとも言われている。
エピソードらしいものはこれぐらいかな』
たしかに派手な逸話を持つ神ではなさそうだ。
『あ、そうなの……。ところでギリシャ神話の神には、名前に意味があったわよね』
有名どころではヘラクレス。『ヘラの栄光』という意味である。彼の苦行の数々が、女神ヘラの差し金であったことを考えれば、なんとも皮肉と言うか……。
女は恐ろしい。
『よく知ってるね。さすがは優等生だなあ』
ヤン曰く、約五千人の同期生の中の上の成績で卒業した。彼が告白した射撃や白兵戦の駄目さをカバーして、なお中の上ということは、得意教科は突き抜けて優秀だったということになる。
この自己評価が低いサーヴァントの語らぬ点をこそ、凛は汲み取らないといけないのだろう。
『あなたには負けるけどね。で、意味は?』
『【高みを行く者】だ』
智将ヤン・ウェンリーの旗艦の名は、主にぴったりな名前であった。千六百年前の遠坂凛が、それを真実の意味で知ることはないのだが。
――今はまだ。