Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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71:サーヴァント・ソープオペラ

 二月初めのマウント深山商店街は、夕食の準備時にも関わらず、閑散としていた。そこここに警察官が立ち、反比例して親子連れや子どもの姿がない。児童が監禁され、虐待を受けていた件で、神父の言峰綺礼が指名手配となったためだ。言峰には、十年前の連続誘拐殺人の容疑も掛けられていた。

 

 そんな中で、美女と美少女の姿はことさらに目立った。長い黒髪をなびかせているのは、地元の名士、遠坂家の令嬢。物珍しげに、並んだ店を見渡しているのは、死去した間桐翁の遠縁の女性だという。

 

 長男が入院して、手が足りないからと間桐家の兄妹の世話役を頼まれだが、臓硯と連絡が途絶えてしまった。心配して来てみたら、臓硯は死去、子どもたちも祖父を襲った感染症で入院していた。

 

「悲しむというより、ただただ驚きましたわ。

 こちらの凛さんに病院でお会いして、色々と助けていただいて」

 

 これは、話好きな花屋の女主人が、世間話の端々から得た情報である。青みがかった銀髪に、深い青紫の瞳。名画の女神のような美貌の持ち主で、淑やかで知的。日本語が非常に達者である。商店街の面々が好感を持つには充分だった。

 

 次に現れたのは、黒髪の青年に伴われた青い髪の長身の美男子だった。年齢はそれぞれ、大学の低学年と高学年といったところだろうか。年少の黒髪の青年のほうは、中肉中背でごく普通の容貌だったが、年嵩のほうは長身に青い髪と赤い瞳、耳にはピアス。友人であることが、少しばかり不思議な取り合わせである。

 

 彼らは街角のコーヒースタンドに入ると、着席もそこそこに、黒髪はテーブルに地図を広げ、蒼髪は手にしたカメラを操作した。

 

『あの山は臭えが、何日も籠もれるもんか?』

 

 籠城に必須なのは水と食料だ。

 

『湧き水ぐらいはあるかもしれんが、食えるような鳥や獣は見当たらねえ。

 今は冬だから、草木も枯れてる。火を焚くと隠せねえぞ』

 

 サバイバビリティ溢れる台詞に、落ちこぼれ軍人が苦笑する。

 

『それがね、山になくても平気なんですよ。

 現代は水と食料品の調達も備蓄も容易です。

 もっとも、今あそこにいたら、余計に籠もるしかないでしょうがね』

 

『違いねえや。ニホンのケイサツってのは大したもんだ。

 早速、山狩りしてるんだもんな』

 

 双方が口にしているのは、母国語であった。ランサーことクー・フーリンは、アイルランド語の母体となった言語。アーチャーことヤン・ウェンリーは、英語を元に発展した自由惑星同盟公用語だ。聖杯の加護なき一般人には、英会話っぽく聞こえる。留学生と、英語のうまい日本人学生にしか見えない。

 

 運ばれてきた紅茶をヤンは一口啜り、残念そうに首を傾げた。

 

『うーん、やはりこういうところのは、時代が違っても味に差がないものだなあ』 

 

『……俺には坊主の淹れたヤツと違いがわからん。

 それより、呑気に茶なんぞ飲んでる場合か?』

 

 ヤンはカップをテーブルに戻した。

 

『第四次のアーチャーがいるなら、私と同様のクラススキルを持つはずです』

 

 思いがけない言葉に、今度はランサーが首を傾げた。

 

『単独行動ですよ。彼の容貌は公になっていない。

 いくらでも言峰神父と別行動がとれるんです。

 金さえあるなら、ホテルやマンションに住んでいても不思議はありません』

 

 ランサーは舌打ちすると蒼い髪をかき回した。

 

『あ……、それがあったか!

 秘匿した戦さだから、この時代の豊かさで抜け道を作れるってわけだな』

 

『まったくですよ。戦時国家なら、異国人にこんなに寛容ではありません。

 だが、この国はやはり異国人が少ないんです。

 あなたがたのように、髪や瞳の色の異なる美男美女は大変目立ちます』

 

 そういえば、黒や茶の髪の男女ばかりだ。金髪の者もいないことはないが、顔立ちの骨格そのものが違う。

 

『彼は非常に美しい、目立つ容貌だそうですね。

 私以外の、他のサーヴァントと同様に』

 

 彼らが最も執着するであろう、衛宮士郎とセイバー主従。聖杯の器たる、イリヤとバーサーカー。彼らも、そろそろ街へ繰り出してくる頃だろう。

 

 自身もサーヴァントだが、ランサーとアサシンを擁するキャスターは、聖杯戦争の中核を担っている遠坂凛と同道し、間桐邸はライダーとアサシンに守られている。その二人も、衣服などの準備が整ったら、人間として行動してもらうつもりである。キャスターの従妹と、イリヤを連れ戻しにきたアインツベルンの使用人として。

 

 これからのシナリオに、ランサーは目を眇めた。

 

『どっちの坊主も貧乏くじだな……。俺まで身につまされるぜ』

 

『身につまされるのは、私も同じですよ。

 好きでやってるわけじゃなくて、彼を配せるのがあそこだけなんです』

 

『まあな』

 

 ランサーは頬杖をついた。二人の学友を装うには、二十代後半のアサシンは不自然だ。凛にはアーチャー、間桐兄妹にはキャスターとライダという『親戚』がいるので、

これ以上の増員は無理。それはわかる。――だが。

 

『で、アーチャーよ、何が狙いだ?

 人間のふりをせずとも、霊体化しとけば済むことだろうによ』

 

『んー、我々が同盟し、マスター間の停戦がなったということの表明と言いますか』

 

 柘榴石の視線に促され、アーチャーは紅茶の紙コップを置いて続けた。

 

『アサシンのマスターはキャスターですが、教会には届け出ていないそうです』

 

『そりゃそうだろう。掟破りをわざわざ教えるはずがねえ』

 

『だが、教会には、サーヴァントの顕現を探知する機器があります。

 マスターは不明でも、アサシンの出現は知られている。

 そのアサシンが、士郎君たちの関係者として現れるのは、

 彼のマスターが停戦に合意し、彼もそれに同意したということです』

 

『ほう、それがどうした?』

 

 ランサーの相槌に、アーチャーはうっすらと笑みを浮かべた。文脈は大違いだが、後輩がよく口にした台詞だった。

 

『このままでは、第二次聖杯戦争の再現ですよ。

 召喚した英霊が戦わず、タイムオーバーになった。

 当然、聖杯も現れない』

 

『それで令呪が作られた、だろ?』

 

 アーチャーは頷く。 

 

『ええ、そこが違います。

 令呪があるのに、マスターが戦わせる気がないということですから。

 聖杯を欲する者には逆に厄介ですよ。

 任意で出来レースに移行できるでしょう?』

 

『……次から次へと悪どいことを考えつくな。

 おまえの頭の中はどうなってんだ?

 あいつは外道だが、本気で聖杯を欲しているようには感じられなかった。

 本気なら、偵察して撤退せよと令呪で命じねえだろう』

 

『言峰神父の願いは分かりませんが、『彼』はセイバーに言ったそうです。

 聖杯は彼の財であり、それを取り戻すのだとね』

 

 人畜無害そうな顔をして、言葉の奥に正反対の意思がある。ランサーは呆れ顔になった。

 

『取り戻したかったら、俺たち全員が相手だっていうことだな?

 おまえが一番喧嘩を売ってるじゃねえか!』 

 

 アーチャーは眉を下げた。黒髪をくしゃくしゃにかき回す。

 

『せいぜい高値で買ってくれるといいんですが……。

 それよりなにより、彼らに出てきてもらわないと話になりません。

 我々の同盟に脅威なり、興味なりを抱かせるぐらいしか方法がないんですよ。

 残り一週間ちょっとではね』

 

***

 

 翌朝、冬木駅前に長身の美女が現れた。すれ違う者が男女を問わずに振り返る、絶世の美貌と黄金律の肢体の持ち主だった。冬の朝日に、長い髪が紫水晶の輝きを発する。

 

 メタルフレームの眼鏡さえも、怜悧さを引き立たせる絶妙のスパイスだ。服装は喪服であった。女性を美しく見せると言われるが、その効果は絶大で、彼女が乗り込んだタクシーの運転手は、白日夢を見ているような気分だった。

 

 彼は事故を起こさぬように、必死で安全運転に努め、向かった先は坂の上の間桐邸。

本来は凝った造りの洋館なのだが、老人と、酒浸りの息子、まだ高校生の孫二人という家族構成のせいで、最近は手入れが行き届かない様子だった。伸び放題の樹木に、塀や壁の煉瓦はヒビや苔が目立ち、お化け屋敷と化していた。

 

 それがどうだ、よほど腕のいい庭師と大工をいれたのか、往時の美しさを取り戻している。出迎えたのが、乗客にどことなく似通った、甲乙つけがたい美女。お伽話の一幕のようだった。運転手は昼の休憩で、同僚に朝の幸運を語った。

 

「いや、そりゃもう別嬪なお客さんだったよ。

 この世のものとも思えないぐらいの美人って、いるものなんだなぁ……」

 

「いや、最近はわりと見かけるぞ。別嬪な外人さんさ。

 藤村の親分の隣の家に、銀髪と金髪の美人が出入りしてたろ」

 

「あ、あのリムジンのか! やめてほしいもんだよ。

 あんな狭い路地にまで入っくるんだから」

 

「そうそう、新都の広い道ならともかくな。

 あ、そういや、この前、新都のホテルまで

 宝塚の男役スターみたいな美人を乗せたよ。

 半月くらい逗留するって言ってたが、あれからお見限りで残念だ」

 

「へえ、男装の麗人かい? そりゃ見てみたいもんだ」

 

 最初は、他愛のない雑談だった。

 

「あんた、冬木ホテル前をよく担当するだろ?

 背が高い、ショートカットの赤毛の美人だよ。泣きぼくろが色っぽい。

 見かけたことあるんじゃないか?」

 

 冬木ホテル前担当者は、眉を寄せ首を振る。

 

「……いや、心当たりがない。

 わざわざ冬木まで来て、缶詰になるほどのホテルじゃないんだがなあ」

 

「どこかにホームステイでもしてるのかね?」

 

「それなら、食い物屋か商店街で評判になりそうなもんだが。

 昨今物騒だからな……。念のため、冬木の生安にでも伝えとくか」

 

 思わぬ方向に転がり、池に落ちた小石は波紋を広げていく。 

 

***

 さらに半日後。長い職員会議が終わり、へとへとになった藤村大河は、校門の前に黒いリムジンが横付けされているのに驚いた。

 

「あ、あれ!? イリヤちゃん?」

 

 車の窓が開いて、白銀の妖精が顔を出す。

 

「タイガ、お疲れさま。危ないから、お迎えに来たのよ」

 

「イリヤちゃんが?」

 

 そりゃあ、藤村組の黒塗りベンツよりはいいかもしれないが、後ろから歩いてきた学年主任と同僚の葛木教諭の無言が痛い。

 

「あのね、タイガに助けてほしいの。

 おじいさまに言われて、シェロが来ちゃったの」

 

「シェロ? だあれ、その人?」

 

「うちのシツジ。まだなんにもキリツグのこと調べていないのに、

 わたしのこと連れて帰るっていうの!」

 

「ええーーっ!?」

 

 背後で学年主任と葛木が囁き交わす。間桐への弔問はどうするかと葛木が問うと、学年主任は顎をしゃくった。

 

「……ほら、衛宮の親父さんの隠し子騒動。新局面らしいな。

 間桐の家から辞退の連絡があったし、藤村先生は部活の顧問だ。

 この際いいとしよう」

 

 大金持ちのお嬢様のゴリ押しで、衛宮士郎には金髪のメイドが監視に張り付き、なにやら気の毒である。トイレの前まで彼女がついてくるのだ。率直に言って、学校としても迷惑だった。

 

「話をまとめて帰ってくれるなら、ありがたいじゃないか。

 衛宮だって自分のせいでもなし、あれは可哀想だよ。

 藤村先生には、あちらに行ってもらおう」

 

「……そうですか」

 

「それにな、藤村先生の格好。

 どっちみち着替えに帰ってもらうつもりだったんだ」

 

黒いパンツはいいとして、白いダウンジャケットに黄色と黒のボーダーのセーターは弔問に相応しくない。

 

「今夜は通夜じゃないし、葬式は後にするそうだけど、あの服はちょっとな」

  

 これには葛木も頷かざるを得なかった。

 

「は、では、そういうことで……」

 

「じゃ、藤村先生、衛宮の家のことは頼んだよ」

 

「ええぇーーっ! そ、そんなぁ……」

 

 大河だって、今はちょっと衛宮家に出入りしたくない気分なのだ。初恋の相手には、内縁の妻と隠し子がいた。その娘の可愛らしいこと、奥さんがどれほど美しかったかを雄弁に語ってくれる。

 

 服装も裕福で、言動も上品だ。変な日本文化に染まりつつはあるけど。イリヤの大人バージョンと、女として張り合っても勝ち目はゼロだ。

 

 幸いにもイリヤは懐いてくれて、請われるがままに切嗣の思い出話をするのだが、かつての乙女心と、今の女心に大きな痛手である。まだまだ吹っ切っていないことを再認識して、辛くてしんどい。

 

「ね、ねえ、士郎はどうしたの?」

 

「あのね、一番もめちゃってるのは、シェロとセラなの……」

 

「ああ……」

 

 これは逃げられない。お嬢様至上主義と言わんばかりのセラと、当主の命でやってきた執事では、対立もするだろう。無口なリズと新入りのセイバーでは、とりなしようがなかったに違いない。お人好しの士郎が仲裁役を買って出て、双方から集中砲火を食らうのが目に浮かんだ。だからイリヤはリズを運転手にして、助けを求めに来たのだろう。

 

「うん、じゃあ、おねえちゃんもイリヤちゃんの味方になるよ」

 

「ありがと、タイガ」

 

 そんな大河だったが、衛宮家に帰り着き、水際立った男ぶりの執事に圧倒された。黒い執事服を一分の隙なく着こなし、自己紹介する声は深い響きのバリトン。銀髪とファーストネームからして、イリヤの親戚なのだろう。褐色の肌と銀灰色の瞳は、イリヤやセラ達と異なっているが。

 

「当家の者が、長らく失礼をいたしました。

 お詫びを申し上げます。イリヤ様、お暇のご挨拶を」

 

「ぜったい、イヤよ!」

 

「これは旦那様からの命令です」

 

「おじい様の命令っていえば、わたしがいうことを聞くと思ったら、

 大間違いなんだから!

 キリツグはわたしを捨てたんじゃなかった。

 わたしに会えなかっただけだったのよ!」

 

 イリヤの熱演に士郎は遠い目をしつつ、脚本どおりにパスポートを差し出す。

 

「し、そうだぞ、執事さん。このパスポートに載ってたんだ。

 じいさ、親父は何度もドイツに行ってた。

 俺の運動会や、授業参観も忘れたことがあったぐらい、何度も」

 

 エミヤの心の一部も痛んだ。不幸の輪の一つは、アインツベルンの閉鎖体質であることに間違いはない。

 

「確かに士郎君に罪はない。

 だが、旦那様のご不快は、私も理解ができるのだよ。

 手塩に掛けたご令嬢を嫁入りさせ、日本に帰った矢先に急逝なさったわけですから」

 

 なんという説得力。大河はたじろぎながらも、弁護を開始した。

 

「で、でも執事さん。

 イリヤちゃんが、切つ、お父さんのことを知りたいって言うのは、

 当然のことだと思いますよ。なぜ、こんなに急に……」

 

「セラからの連絡もありまして、これまではイリヤ様の気が済むまではと

 思っておられたようですが、言峰教会の神父の犯罪です」

 

「え!? だって、ドイツから来たんでしょ? ちょっと早すぎません?」

 

 これは脚本の想定にあった質問で、ちゃんと対応の台詞が練られていた。脚本家の慧眼がちょっと怖い。

 

「私がドイツから来たのは間違いありませんが、

 本国で手をつかねていたと思われるのは心外ですな。

 いつでも対応ができるように、私は少し前から日本に来ておりました」

 

「あ、はい……。じゃ、なんで今ごろ来たんですか?」

 

「イリヤ様を刺激するのも逆効果かと思いましてね。

 郊外にある、当家の別荘で待機していたのです」

 

 大河は頷いた。

 

「なるほどねえ……。なんか、納得です」 

 

 イリヤの実家も、一枚岩ではないんだと大河は考えた。アイリスフィールの父なら、切嗣を娘を死なせた男と捉えても仕方がない。しかし、イリヤは可愛いのだろう。唯一の娘の忘れ形見を、憎い義理の息子と切り離したいのだろうな、と思える。 

 

「しかし、イリヤ様と士郎君が仲良くなり、セラまで感化されたようです。

 お帰りになる気配もないまま、待っているうちにあの事件を知りました。

 容疑者は十年前の事件との関連も疑われているではありませんか」

 

 執事は洗練された仕草で首を振り、息を吐いた。

 

「アイリスフィール様は、十年前に冬木で亡くなられました。

 大災害のせいか、その事件によるものかもはっきりわからないままです。

 旦那様のご心痛も察していただきたい」

 

「だ、大丈夫ですよ! 警察だって動いてますし!」

 

「そうでしょうか? ここは女子どもばかりの家です。

 日中は、イリヤ様とセラとリズだけ。

 これ以上、目を離すわけにはいきません」

 

 その言葉に、イリヤが執事の腕に飛びついた。

 

「だったら、シェロも家にいてくれればいいじゃない!

 わたしたちのことを守ってくれれば!」 

 

「イリヤ様……」

 

 渋面を作った執事に、セラが冷静な口調のまま決め台詞を放った。

 

「そうです。今も大事ですが、お嬢様の将来のことも考えてください」

 

 褐色の肌の上で、銀色の眉が角度を変えた。

 

「は? 将来とは……」

 

「このまま、ドイツに帰ってうやむやにしてしまったら、

 お嬢様は父なし子のままになってしまいます」

 

 強烈な一撃に、大河と士郎の膝が砕ける。精神的にはエミヤも同様だった。この小芝居の原案はヤンだが、脚色したのはセラで、切嗣により厳しい内容となっている。それでもショーは続けなければならない。イリヤの命と未来がかかっているのだから。

 

「て、てて、なし、ご……?

 そういう言葉をどこで覚えたんだね、君は……?」

 

「ご近所の年配の奥様が、そう助言してくださいました」

 

 これは事実だ。切嗣の生活ぶりに眉を顰めていた人は多いのだが、遠慮もあるし、士郎自身に面と向かっては言えなかった。だが、可愛い娘が現れたとなれば話は別だ。可愛いは正義だ。陰ながら味方するのも、紛れもない正義ではあるまいか。

 

「イリヤ様のお好きなドラマならよかったのですが。

 とにかく、このまま引き下がってはいけないと」

 

 リズも頷く。

 

「そうなの。……かわいそう、イリヤ……様」

 

「士郎様や切嗣様の名誉にも関わることです。

 イリヤ様の将来には、もっと差し障りがあるかもしれません。

 ご結婚なさってから、そのことでいびられてしまったらどうするのですか」

 

「はうっ……」

 

 大河は胸を押さえた。これは痛い。すごくもっともな理由なだけに。

 

「認知の裁判の準備が整うまでは、ここを離れるべきではないと思います」

 

 とうとう大河は畳に突っ伏してしまった。弱々しく呻く。

 

「う、ううう、もうやめて……。生々しすぎるよう……」

 

「藤村様のお気持ちもわかります。

 ですが、イリヤ様はそれを背負い、生涯立ち向かわなくてはならないのです」

 

「ああああ……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 追撃はさらに鋭かった。結婚適齢期を迎え、越えつつある身が槍衾になりそうである。  

 

「私にも、イリヤ様を任せられぬという旦那様のお気持ちは

 分からないではありません。

 それでも、旦那様にイリヤ様からお父様を奪う権利はありませんでした。

 先日は、士郎様にも藤村様にも失礼を申し上げましたが」

 

 セラは一礼した。

 

「しかし、これは調べねばわかりませんでした。

 誰にも悪意がなくても、不幸は起こってしまうものですが、

 そこで諦めては何も解決いたしません」

 

 大河の予想とは少々異なり、セラが士郎と切嗣の擁護に回り、帰還を促す執事と対決していたのだった。

 

「し、士郎はどうなのよ?」

 

「俺は、イリヤが思うとおりにするのがいいかな。

 ……まあさ、この執事さんが帰って来いって言うのもわかるけどな」

 

 士郎は乾いた笑いをこぼした。

 

「あと一人ぐらい増えたって、もう誤差の範囲だもんな……。

 だって、アインツベルンの人は、家事やってくれるし、食費も払ってくれるし」

 

「うぅっ!」

 

 何度目になるか、また痛いところを突かれて、大河は再び呻いた。

 

「男手が増えるんなら、まあいいんじゃないのかな。

 いざとなったら、俺、藤ねえんちか、一成んちに行くからさ……」

 

「いや、家主の君を追い出すわけにはいかない。

 それはそれで、イリヤ様の不名誉だ。

 とりあえず、一段落するまでは、私もこちらの警護をいたしましょう」

 

 こうして、アサシンことエミヤシロウは、衛宮邸にまんまと潜り込むことに成功した。士郎にとっては、地獄の特訓の始まりでもあったが、エミヤにとっても過去の自分との対峙となった。

 

「衛宮士郎の本質は作る者だ。――想像しろ。最強の自分を」

 

「……注射器でか?」

 

 憧れという点で、剣の投影よりも数段見劣りするのは否めない。

 

「当然だ。ライダーは、ギリシャ神話のメドゥーサだぞ。

 第五次のサーヴァントでは最古の存在だ。

 ゆえに対魔力も高いだろう。

 貴様の生半可な投影のままで、通用なぞするものか」

 

「……わかったよ。イリヤやセイバーのためにもなるもんな」

 

 エミヤは目を伏せた。衛宮士郎が自分より誰かを優先するのは、相変わらずだった。

切嗣を大事に思うのも違わない。しかし、切嗣に関わった自分を取り巻くものにも目を向け、できることをしようとしている。闇雲に走るよりも、時に立ち止まり、考えながら進む。時速は遅くとも、着実に目標を目指し、結果的に到達時間は短くなるだろう。

 

「――投影開始」

 

***

 白昼堂々出没するサーヴァントに、苦言を呈する監視役は失踪中。平和な世界を楽しむというアーチャーの願いに、他のサーヴァントも感応したかのように動き始めた。

 

 それはヤン・ウェンリーの反乱交響曲の、ゴミ箱に突っ込まれた楽譜の一部。銀河帝国の同盟領征服は、五年ほどで無理が出てくるだろうと彼は考えていた。

 

 内乱からの復興も途上だったのに、同盟を征服し、フェザーンに遷都した皇帝ラインハルト。

 

 しかし、アムリッツァの大敗以前は、人口が倍違う帝国と同盟の生産力はさほど変わらなかったのである。フェザーンなど、宇宙人口の五パーセントで十二パーセントもの富を生んでいた。この二国を併呑したら、経済戦争で負けるのは帝国本土だ。

 

 新帝国の最大の敵は、帝国本土と新領土の距離の暴虐。いずれ後背から襲われるだろう。その時が来たら、動くシャーウッドの森が挟撃を開始する。同盟領の各地を転々とし、星と人の海を味方にした、大規模かつ長期的なレジスタンス運動。

 

 これは準備期間と金銭と兵力の少なさゆえに、生前は断念せざるを得なかった。なにしろ、軍服を脱ぐこと、わずか二か月しかなかったのだから。

 

 そう、今回も本当の敵は時間だった。彼らはこの十年間待ってきた。一方、ヤンたちに残されているのは、最長でも十日足らず。彼らは戦わず、逃げに徹すれば勝てるのだ。

 

 だがそれでは困る。戦ったとしても勝利できるかわからない強敵。しかし、今戦わなければ絶対に負ける相手。

 

 そして、相手にも同じことが言えるのだ。戦わなければ勝てるが、それでは彼らの欲を満たせないのではないか。言峰綺礼が執着した、衛宮切嗣の思想を受け継ぐ養子。英雄王ギルガメッシュが興味を示した、セイバーことアルトリア・ペンドラゴン。両者に現状を与えたであろう、聖杯の器の娘。

 

 この挑発と極上の撒き餌に、食いついてもらわねば。

 

 ――敵をして、その願望が叶えられるかのように錯覚させる。そうしなければと思い込む状況を構築し、落とし穴の上には金貨を。

 

 冬木を舞台に、複数のサーヴァントによる派手な陽動。充分な援軍が見込める状態での、バーミリオン会戦の焼き直しだ。

 

 そして、魚は掛かった。ただし、餌ではなく釣り人に。

 

「道化師め、やるではないか」

 

 落日の瞳が、宵闇の瞳を見据えていた。




注1:ソープオペラ
アメリカで、主婦層をターゲットにした昼時のTVドラマ。日本の昼ドラの原型。スポンサーが石鹸会社だったため、この通称が付いた。

注2:生安
冬木警察署の『生』活『安』全課のこと。

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