Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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2章 運命は夜に訪れる
6:降臨


 とある世界では、校庭で行われた赤と青の剣戟。しかし、黒と青の遭遇は、火花さえ散らさぬうちに終結し、弓道場の掃除に勤しんでいた少年の耳に届くことはなかった。

 

当然、彼は掃除を終わらせ、何事もなく帰宅を果たした。そんな彼を、思いがけない客が待ち受けていた。

 

「遅かったのね。まちくたびれちゃったわ」

 

 白い肌に白銀の髪。満月に足りない月光と、門燈の淡い明りでも、最上級の紅玉を思わせる瞳は明らかだった。まるで、冬の妖精。年齢は小学校の高学年ぐらいか。

その身を飾るのは、いかにも高価そうな紫色のコートと帽子。それが余計に、少女を等身大のビスクドールのように見せていた。整いすぎるほど整った顔立ちは、一度目にしたら忘れないだろう。

 

 彼も覚えていた。

 

「む。きみは、昨日の……」

 

「あら、おにいちゃん。昨日教えてあげたのに、まだ呼んでいなかったの?」

 

 少年の琥珀の瞳を見上げて、紅玉が妖しく瞬いた。

 

「せっかく教えてあげたのに。早く呼ばないと、死んじゃうよって」

 

「な、何を言っているんだよ!?」

 

「はじめまして、わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 そう言って、少女は優雅にコートの裾を持ち上げて、貴婦人の礼をした。

 

「あ、ああ、よろしく。ええと、おれは……」

 

「ねえ、お客さまをいつまで外で待たせるのかしら」

 

「あ、悪かったな」

 

 何が何やら呑み込めぬうちに、彼は門の鍵を開けて、戸を開けた。

 

「ええと、イリヤス……イリヤちゃんだっけ。とりあえず、話を聞くからさ」

 

 少年は、彼女を先導して自宅の敷地へと歩み入った。背後で、少女の瞳に一瞬にして険が宿ったのには気付かずに。十歩ほど歩いたところ、背後の少女からの言葉をかけられた。

 

「……わたしね、その呼び方をされるのは嫌いなの。

 それも、よりによってあなたになんかね」

 

「え?」

 

 声に籠められた激しさに、彼は振り向いた。そこに、鉛色をした死の具現が立っていた。巨人だった。荒々しく削りだされた巨岩の彫像のような筋肉に鎧われた。絶対に人ではない。三メートルちかくはありそうな巨躯だが、巨人症の人間ではありえぬ、黄金比の体格を持っている。

 

少年は呆然と口を開き、本能的に後ずさった。

 

「せめて、苦しまないように殺してあげる。やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 鉛色の巨人は、おどろに乱れた髪を振り立てて咆哮した。その形相の恐ろしさに、少年は後ずさり、踵を返して土蔵に逃げようとした。しかし、巨体に似合わぬ俊敏さを持つ剛腕が、背後から彼を痛打した。大型車にはねられたのに等しい衝撃。年齢の割にやや小柄な彼は、軽々と吹っ飛ばされ、進行方向へと短い空中遊泳を強制される。そして、目的地の扉へと叩きつけられた。

 

「ぐ、あ」

 

 体重を逃しかけていたのが幸いして、即死には至らなかった。だが、それだけだ。不吉な響きと共に、複数個所の骨折をしたのが、はっきりとわかった。そして、それが内臓を傷つけたであろうことも。喉の奥から熱い塊がせり上がり、鉄の味と匂いをさせて口からこぼれ出た。声も出ないほどの激痛に苛まれながら、彼は衝撃で開いた扉から、自らの工房、土蔵へと這い入った。

 

 なぜ、どうして、何があった? 夕日色の髪の下に疑問が渦巻く。それもあまり長いことではなさそうだった。薄れゆく意識をかき集め、彼はもがいた。不可思議な痣の浮く手を伸ばして。

 

もっと、少しでもアレから逃げなければ。このままでは死ねない。養父とのあの月下の約束も果たさないまま。

 

 思考とは裏腹に、もう力が入らなかった。彼は咳き込み、更に喀血した。その血が、這いずってめくれたシートの下の魔法陣に零れおちた。

 

 ここに召喚の条件は整った。令呪の兆しを備えたマスター。魔法陣に対価たる血液が流し込まれ、エーテルが回路を駆け巡る。王冠より出で、王国に至る三叉路へと注がれ、繰り返して満たされる。世界の外、根源『』との境界、英霊の座より天秤の守り手を招く。

 

 そして四方より風が降り立った。

 

 奔騰する銀と青の光。それに合わせたかのような武装の騎士。白磁の肌、金砂の髪、柊の葉の緑の瞳。死の直前の幻影か。

 

たとえ幻影だとしても、あまりに美しい少女であった。倒れた少年に歩み寄り、膝を付く。白銀の甲冑が鈴に似た音を鳴らす。地獄のような苦痛をも、一瞬忘却させるほどの美であった。

 

「あなたが私のマスターか」

 

 なにやらわからぬうちに、彼は声もなく頷いた。実際、声など出せそうになかったが。少女は、金砂の頭を頷かせた。

 

「ここに契約は完了した。これより我が剣は汝と共にある」

 

 それはいいから助けてくれ。声が出せたら彼はそう言ったことだろう。意識が混濁したのか、痛覚が麻痺してきたのか、痛みを感じなくなってきている。もうこれは駄目かも知れない。そこに軽い足音が聞こえてきた。

 

「あら、ようやく呼んだの」

 

 白銀の少女は、土蔵の中に立つ金髪の少女を認め、更に眼差しを険しくした。

 

「なんで、あなたがここにいるの、セイバー!

 ちょうどいいわ、バーサーカー、この裏切り者も一緒に殺しなさい。

 八つ裂きにしてやるといい!」

 

「いやいや、そいつは穏やかじゃないね」

 

 この状況に全く不似合いな声が、土蔵の外側から聞こえてきた。

 

「私は冬木の管理者(セカンドオーナー)、遠坂のサーヴァントだ。

 まあ、完全に通りすがりの者なんだが、一応魔術は秘匿するんだろう?

 そういう、不可能犯罪の死体を出すのはやめてもらえないかな」

 

 遠坂凛は、隣のアーチャーに何とも言えない視線を向けた。タクシーで帰宅の途中、尋常でないエーテルと魔力の発動を感知し、この武家屋敷に乗り込んだ二人だった。鉛色のサーヴァントは、ほとんど全ての能力が最上級というとんでもない化物で、この弱いアーチャーが逆立ちしたって勝てる相手ではない。

 

「アーチャー、全っ然、仲裁になってないんだけど……」

 

 だが、この言い草は、バーサーカーのマスターのお気に召したようだった。小学校高学年ぐらいの外見に似合わぬ笑みを浮かべると、妖艶なほどの流し目をアーチャーに送った。

 

「ふうん、トオサカのサーヴァントは面白いこというのね。わたしがこの二人を殺すのは止めないの?」

 

「まあ、止めてくれるとありがたいとは思うけれど、聖杯戦争も結局は殺し合いだから、

 彼らを助けるために、私のマスターが死ぬようなことをするつもりはない。

 というよりも、私には実力行使で止める力はないしねえ」

 

 黒髪をかきながら、穏やかな口調で冷静かつ辛辣なことをいう。それに白銀の少女は目を細めた。

 

「あなた、ちょっとキリツグみたいね」

 

「ええと、どちらのキリツグさんかな」

 

「エミヤキリツグ。十年前、アインツベルンのマスターとして参加した、わたしの父よ!」

 

「はあ。この家、衛宮という表札が掛かっていたね。

 じゃあ、あそこに倒れているのは、ひょっとして君のお兄さん?」

 

「そんな奴なんて知らない! キリツグはわたしを捨てたんだもの!

 そこのセイバーと一緒に裏切ったのよ。お母様を死なせたくせに!」

 

 激しい言葉に、土蔵の中のセイバーは、釘づけにされたように動きを止めた。アーチャーはまた髪をかきまぜると、首元のアイボリーのスカーフを外しながら歩き出した。

 

「通りすがりの者がすぐさまどうこうは言えないんだが、

 そういう恨みを含めて、君たちは話し合いをすべきじゃないのかと私は思う。

 そのためには、彼を病院に運ばないと。その出血量だと、あと十分保たないよ」

 

 そういうと、すたすたと土蔵に入っていく。凛も慌てて後を追おうとした。同級生の衛宮士郎の傍らに立つ少女騎士。彼女こそ、凛の希望だったセイバーに違いない。見事な戦装束から察するに、相当に名のある騎士だったのだろう。瀕死のマスターのせいか、能力はセイバーとしての基準を下回るものだが、それでもアーチャーよりも遥かに強い。

 

「いいよ、凛。君はそこで待っていてくれ」

 

「だって、衛宮くんの手当をしないと!」

 

 そこで心話が聞こえてきた。

 

『正直、重傷すぎると思うよ。

 私の視界に同調して、君に治せそうな怪我なら来てくれ。

 しかし無理なら、君はそこにいなさい。

 セイバーが私を殺したら、君は希望の相手と契約が可能だ。

 その選択肢を残せるようにね』

 

 それは凛の足を停めるに充分だった。冷徹なほどの判断と思考。王である凛が生存していれば、歩である自分を切って飛車角の入手が可能だと。

 

 そんな考えを窺わせない様子で、アーチャーは悠然と怪我人の隣にしゃがみこみ、世間話でもするように声を掛けた。

 

「ええと、君は衛宮君でいいのかな。私の声が聞こえるかい」

 

「う、あ……ぐ」

 

「大丈夫じゃあなさそうだが、ちょっと体を動かすよ」

 

 そう言うと、手際のいい動作で、側臥位に姿勢を変えて、スカーフで口腔内の出血を掻きだす。それに眉を寄せると、少年の上半身を触診した。ようやくセイバーが我に返った。

 

「マスターに何を!」

 

「落ち着いて、応急処置さ。あれ、この症状、絶対に肋骨骨折、肺穿孔、

 外傷性気胸を併発していると思ったんだが。骨折箇所がわからないな……」

 

 アーチャーはまた眉を寄せた。先ほどまで絶え絶えだった息が、明らかに整いはじめ、脈も安定している。この出血量なら、絶対にショック症状を起こし、急速輸血が必要になるはずなのだ。思ったより怪我が軽かったというだけでは、失血症状の改善の理由にはならない。肺に貯留した血液による呼吸困難も、自然に治るものではないのだ。

 

「変だな。なんだか、怪我が治っているみたいなんだが。

 これも魔法、いや魔術なのかい」

 

 従者に質問を向けられた黒髪の美少女は、左右に首を振った。アーチャーのマスターは言う。

 

「魔術は充分に集中して行わないと、それこそ死に至るのよ。

 そんな半死半生の状態で、大怪我を治すような魔術を使うのは無理だわ。

 他者に魔術を施すのは最も難しい。こんな位置からではわたしにもできない」

 

 鉛色のサーヴァントのマスターには聞く必要もない。アーチャーは、青と銀で武装した金髪のセイバーを見上げた。

 

「じゃあ、セイバー、これは君の力かい?」

 

「いいえ、私は……」

 

 かつてはできた。今は失われた宝具を思い、沈痛に首を振る。

 

「いや、凄いな。もう顔色もよくなってきた。

 これを解明した方が、聖杯うんぬんより人類に役立つような気がするんだが」

 

 軍人として、いやというほど負傷者を見慣れたアーチャー、ヤン・ウェンリーの見立ては、かなり正確なものだ。本来ならば、そろそろ下顎呼吸へと移行し、三分以内に臨終の息を吐いているだろう。なのに、もうすぐ意識を取り戻しそうなほどに回復している。脱いだ軍服の上着を、衛宮少年にかけてやりながら、アーチャーは肩を竦めた。

 

「わけがわからないが、まずは人死にが出なかっただけよしとしようか。

 そうだろう、バーサーカーのマスター。

 恨み事があるなら、それを伝えて原因を探るべきじゃないか。

 こんなに大騒ぎしているのに、誰も彼の家から出てこない。

 まだキリツグさんとやらが帰宅していないだけか、あるいは一人暮らしなのか。

 ならば、どうして衛宮くんはそういう境遇になったのか。

 聞いてみてからでも遅くはないだろう」

 

 この言葉に、宝石色の瞳の持ち主たちは、そろって目を見開いた。ルビーの瞳の少女が問う。

 

「どういう意味?」

 

「十年前まで、衛宮キリツグ氏と同居していた実子が知らない、私のマスターの同級生。 

 つまり、彼はキリツグ氏の実子ではない。そして、バーサーカーのマスター……」

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 そう言うと、彼女は顎を逸らした。

  

「レディに名乗らせたんだもの、あなたも応えなさいよ、トオサカのサーヴァント」

 

 アーチャーは苦笑すると、さまにならない敬礼をした。

 

「これは失礼。私はアーチャーのサーヴァントだよ、一応。

 フォン、ということはドイツ系かな。

 ではフロイライン、失礼な質問だが、君は一体いくつだい」

 

 イリヤスフィールは、その質問に艶然と微笑んだ。

 

「本当に失礼ね、レディの年齢を聞くなんて。

 でも、アーチャーには教えてあげる。あなたは紳士で賢いもの。

 他の人には秘密よ。こっちに来て」

 

「はいはい」

 

 言われるがままに、今度はイリヤスフィールへと歩み寄り、後ろに控えるバーサーカーにも頓着せずに、しゃがんでイリヤの耳打ちを受ける。彼のマスターと、セイバーは、呆気に取られて見ていることしかできなかった。外見は凛とさほど変わらないのに、完全に言動がお父さんである。ああ、里子はいたみたいだっけ。

 

「ははあ、なるほどね。ではフロイライン、君の事情をよく話した方がいい。

 そして、彼の事情も聞いてあげた方がいいよ。

 君が言う、十年前の聖杯戦争。それが五百人以上の死者を出した冬木の大災害と関連し、

 記憶の断絶を招き、親を失った子、子を失った親を生み出しているとみて間違いない。

 また、娘を失わせた夫を、妻の実家が許すだろうか。

 孫に向けて、娘の夫を詰るのではないかな?

 これは一般論だがね」

 

 イリヤスフィールは、しゃがんで視線を合わせたままで語る、アーチャーの漆黒の瞳を見つめた。彼女の父にどこか似た、不思議な英霊を。ギリシャの大英雄、ヘラクレスを従者にしている聖杯の化身にはわかる。彼が実はとてつもなく格の高い英霊であることが。彼を本来の力で召喚することは、どんな魔術師、いや魔法使いにも不可能。

 

「本当に、あなたはおもしろいサーヴァントね、アーチャー。

 じゃあ、そこのセイバーのマスターとの話し合い、あなたも同席していいわよ。

 というより、あなた、わたしのサーヴァントにならない? 

 わたしなら、もう一人くらい平気よ」

 

「ちょっと待ちなさいよ、アインツベルンのマスター。

 一応、私も名乗っておくわ。私は遠坂凛。

 そして、そいつは私のアーチャーよ。へっぽこだし、とんでもない魔力食いだけど。

 それでも、一人でマスターとサーヴァント、二組の中に放り込む真似はできないわよ」

 

「あなたもおもしろいマスターね、リン。

 マスターがサーヴァントを守るなんて、逆じゃない。

 でもいいわよ。アインツベルンのマスターとして、冬木の管理者には礼を尽くすわ」

 

 アーチャーは遠い眼をした。外見年齢はどうあれ、美少女に取り合いをされるなんて生前もなかったのに。この姿の時こうだったら、卒業パーティーで切ない思いをせずにすんだのだが。人生ではままならず、死した後に機会が巡るとは、なんと切ない話だろうか。

 

 まあ、調停役として期待されているだけだろうけれど。


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